岡山市の事務機販売会社は、いかにして「ワークスタイル提案企業」に転身したのか?
~共有型ビジネスモデルを提供するワークスマイルラボ
株式会社 WORK SMILE LABO
岡山市で長くコピー機などの販売を手掛けてきた石井事務機センターが社名をワークスマイルラボに変更したのは2018年。事務機販売からワークスタイル提案企業へビジネスモデルを転換し、業績を伸ばしている。その背景と、これからの展開を、石井聖博代表取締役に聞いた。
文/狐塚淳
リーマンショックで迫られたビジネスモデル転換
石井事務機センターは岡山市で1911年に創業。長年にわたり、事務機などオフィス用品販売事業を手がけてきた。しかし、2018年9月に、地元では高く認知されている「石井」の名前を社名から外し、株式会社ワークスマイルラボとして生まれ変わった。業態も、従来の地元企業や役所、学校などへの営業販売型の事務機セールスから、ワークスタイル提案による製品やサービス、ノウハウなどの提供がビジネスに占める比率を順調に増やしている。こうした業態転換の背景は何だったのか?
ワークスマイルラボ代表取締役社長の石井聖博氏は、リーマンショック後の業績悪化が要因だったと振り返る。
「すでにリーマンショック前には、地域の事務機販売は、環境的にも需要が飽和した状態で、業界としても成熟し、価格競争に陥りやすい状況でした。その折にリーマンショックがきて業績が急激に悪化しました。金融機関から支援の条件として既存のビジネスモデルの見直しを要求され、それからいろいろ取り組んでいたのですが、最終的にはオフィス用品販売からワークスタイル提案に転換しようということになりました」
事務機の購入はよりよい働き方を目指してのもの
そして同社では、コピー機やオフィス家具を購入する企業は、その製品自体が欲しいのではなくそれらの製品を活用して、よりよい働き方をしたいと考えているという前提に立ち、事業領域を再定義した。それに基づいて、新しい提案・販売スタイルの構築にも取り組んだ。
「2015年に社長に就任したタイミングで構想はできていたので、このプランを進めました。ワークスタイルを提案するのであれば、自分たちがお客様にまねをしたいと思っていただける働き方の事例を作っていかなくてはいけないと考えました。そのなかには当然ITツールの活用もあれば、社内のルールや制度も、働きやすい環境も必要です。トータルに考えていく必要があります。そういう取り組みを始めて、いい事例ができたものを、ものだけじゃなくノウハウの提供や、活用の事例をご提案する形に変えました」(石井氏)。
ワークスタイル提案型への変更のためには、顧客に受け入れられる形の事例を作っていく必要がある。そのために同社では、ITツールの導入と自社環境の改造とルールの策定を合わせ、自社オフィスを、新しいワークスタイルを実現する形に作り替えた。直接販売することはできないノウハウや制度的なものも、顧客に対してオープンにしているのが同社の事例の特徴だという。
また、ワークスタイル提案は営業マンが客先で説明することが難しいため、来社して体験してもらうスタイルを考えたが、なかなか来社をお願いするのも困難だったため、現在は、セミナーを開催して事例を紹介し、ワークスマイルラボが実践しているITの活用やノウハウなどを紹介している。
事例となる業務などの改善案は社員から毎月募集する形で作成しており、現在も継続している。多い時には二桁の案が出てくるという。案は、こんなツールがあるから使ってみようという形ではなく、業務上の課題があってそれを解決するツールや方法がないかという形だ。そのために利用できるツールやルールなどを探していくのが重要だという。
「そのために、常にもっといい働き方がないかという課題意識、理想をイメージしてもらうことが大事です」と、石井氏は説明する。
ただ、最初のうちは、社員から提案が出てこなかったため、石井氏自身がITツールを使ってこんな課題が解決できるのではないかというものを出していった。
「そのなかの一つがテレワークです。うちの会社では小さい子供がいるパートさんが、子供の病気で早退しなくてはならず困っていた時に、家で仕事ができれば解決すると始めたのがテレワークです」
事例を作り上げていく過程でわかったのが、どんないいITツールがあっても、いい仕組みを作っても社員のマインドが変わらないと使われないということだ。
「中小企業での経営者にとって、これが重要な課題です。それを解決するために、こんなルールにするといいですよとか、こんな制度作ったらいいですよということを示す必要がある。マインドを変えるためには、ツールや制度を使用した結果を、従業員に見せていく方法も重要になります。いま、私たちが取り入れているのは人時生産性という評価で、人が時間の中でどれだけ生産性があるかを見える化して評価にとりいれるという方法です。これが有効だったという情報も、お客様にお伝えしています」
50人規模のための事例のショールームであるオフィス
ワークスマイルラボのオフィスを見せてもらうと、確かにワークスタイル改革のためのさまざまなツールや、ルールに基づく仕組みなどが並んでいて、モデルルームのようだ。たとえばフリーアドレスでは、IT環境を整えるだけでなく、毎日座る席が偏るのを防止するために抽選する機械を入れたり、椅子の背もたれを引き上げてハンガーのように使える仕組みなども採用している。これらの一つ一つが実際に使われていて、効果をあげていることが重要だ。
言葉だけでの説明は難しいので、写真でそれらの一端を紹介していこう。
ここで紹介したのは全部ではない。もっと多くの工夫が導入されており、毎月のように新しいものが加わってくる。従来からつきあいのあったベンダーの製品に加え、新しいメーカーの製品もピックアップを欠かさない。特にITツールなどは、技術の進歩が速いため、いまいいものが来月もいいとは限らず、常に見直しをしている。
ツールや制度の選定の基準は50名以下の規模の中小企業に適していることだ。
「ターゲットとしては50人以下の企業です。こうした働き方を提案するうえで一番重要なのは共感なんです。たとえば、家具メーカーのショールームに行っても、いいな、すごいなとは思っても、多くの中小企業にとっては現実的ではありません。中小企業が、うちでもできるかもという共感を持ってもらうために、課題が共通していないといけない。組織的な問題を考えると、IT専任担当者が50名以下の企業ではほぼいません。私たちもそういう環境の中で、かけられるお金や人的リソースも限られている。そこで作った事例に一番共感していただきやすいのは50名以下の企業の経営者です」(石井氏)
今後、ワークスマイルラボが成長しても、分社化しても50名までの規模に抑え、共感を持ってもらえる規模を継続していくという。
中小企業向けテレワーク提案に適しているのは事務機販売業
現在、同社はテレワークシステムを開発している。50名以下の中小・零細企業向けのテレワークのシステムが少ないため、補助金を申請して自社開発に取り組んだ。
「今年、6月か7月くらいに出せると思います。テレワークのITインフラ導入にはやはり少し費用が必要です。月額は数万円程度ですが、5年継続が条件だったりする。これは試しに始めてみたい中小企業には大きなハードルです。そこで、テレワークを始めるにあたって必要な機能、勤怠管理であるとか、パソコンのログをとる機能、クラウドにデータ保存できる機能など、従来は個々に契約していたのを、中小企業的に使いやすいものをチョイスしてカスタマイズし、プラットフォームのような形での提供を考えています。クラウドサービスとしてサブスクリプションモデルを月額一万円程度で提供したい。これにプラスして導入サポートで虎の巻的な導入マニュアルを用意するとともに、Webでのサポートや現場サポートには別途料金を設定します」と、石井氏は説明する。
そして、このサポート業務を全国の事務機業界に広げていきたいのだそうだ。
大企業なら自分たちでテレワーク導入を実現するためのセクションを設けることも可能だが、地域の零細企業はそこに人を割けないし、できても兼任だ。この相談相手をする仕事には、事務機屋は適していると石井氏は言う。
「事務機販売の会社は各エリアにありますが、ワークスタイル提案に移行しているところは少ないです。そこで、我々は同業者へのコンサルティングサービスを始めています。まず、テレワークを中心にした働き方を各事務機屋さんに取り入れてもらい、事務機屋さんからお客様にテレワークシステムの導入サポートを、私たちと同様にサポートするビジネスを展開してもらうことを考え、開始したところです」
ワークスマイルラボが開発するテレワークシステムを供給し、サポートで全地域の事務機販売業のビジネスにしてほしいと語る。
事務機業界は衰退業界だが、今後、中小・零細向けの「働き方支援業界」が必要とされ成長が予想される。そのときに、中小企業から相談される受け皿として、従来から地元企業のオフィス環境を支え、長く地場のビジネスを続けている事務機企業が一番安心感があるだろうと石井氏は語る。
「現在は岡山県内8割、県外2割のビジネス規模ですが、今後は県外の規模が増えると思います。新型コロナウイルスの影響でWebセミナーもやっているのですが、全国から問い合わせが来ています。テレワークは簡単に実現できますよ」
共感型ワークスタイル提案ビジネスは、大きな可能性が広がっているようだ。
筆者プロフィール:狐塚淳
スマートワーク総研編集長。コンピュータ系出版社の雑誌・書籍編集長を経て、フリーランスに。インプレス等の雑誌記事を執筆しながら、キャリア系の週刊メールマガジン編集、外資ベンダーのプレスリリース作成、ホワイトペーパーやオウンドメディアなど幅広くICT系のコンテンツ作成に携わる。現在の中心テーマは、スマートワーク、AI、ロボティクス、IoT、クラウド、データセンターなど。