【特集】テレワーク反省会 第1回 

従業員の在宅ワーク環境支援は十分か?


~社員に在宅環境整備の負担を負わせては生産性は向上しない

コロナ禍のなかで実践されたテレワーク。各企業は試行錯誤の中で実践してきたが、必ずしも十分な対応ができていたとは言えないだろう。従業員にとってこの半年のテレワーク環境は十分だったのか。従業員に環境整備の負担を強いていては生産性の向上は望めない。企業が配慮すべき在宅ワーク環境整備について探る。

文/豊岡昭彦


コロナ禍でテレワークの生産性向上を阻んだ3つの課題

 働き方改革の一環として、従来注目されていた「テレワーク(リモートワーク、在宅勤務)」だが、行政などの掛け声の割には一部のIT企業などを除いて普及の歩みは遅かった。そのテレワークが今回のコロナ禍では、多くの企業で一斉に実施された。それぞれの企業はこの半年、手探りの状態で試行錯誤しながら進んできた。

 経団連の調査では、加盟する企業の97.8%で、テレワークが実施されたというが、そのレベルは企業によって大きく異なり、スマートフォンでメールやSNSを確認し、返信するだけというレベルのものから、会社のクラウドにアクセスし、通常業務を行えるもの、打ち合わせや会議をオンラインで行うものなど、様々な取り組みが行われた。

 テレワークについては、今後も継続していく企業が多いだろうが、より生産性の上がる形に進化させていくために、これまで実施してきたテレワークを総括し、テレワーク継続によって、多様な働き方と生産性向上を実現する「働き方改革」をどのように目指していけばいいのかを考えていく必要がある。

 2020年10月7日付けの日経新聞によれば、同紙電子版の会員を対象にした調査で、テレワークにおける生産性について、「変わらない」が42.2%で最多、「上がった」31.2%と「下がった」26.7%に評価が分かれたという。

 生産性が下がった理由として回答が多かったのは以下の通り。

1)同僚、上司や部下とのコミュニケーションが取りにくい
2)私生活との切り替えが難しい
3)チームの仕事の進捗状況が把握しづらい
4)情報機器・通信ネットワークが整っていない
5)育児や家事などとの両立が難しい

 一方、生産性が上がった理由は以下。

1)移動時間が減り、作業時間が確保しやすくなった
2)業務を中断される機会が減った
3)静かな環境で集中しやすい
4)会議への参加・準備が減った
5)共有ソフトで情報交換の効率が向上

 ここで1つ確認しておきたいのは、2020年初頭までの「働き方改革の一環としてのテレワーク」と、コロナ禍のなかでの「強制的なテレワーク」では、その位置づけが大きく違っていることだ。

 前者の「働き方改革の一環としてのテレワーク」では、子育てや介護、あるいは通勤時間をなくしたい、自由な時間に働きたいなど、個人のライフスタイルに合わせて、自由に働き方を選べるという「個人の多様性を認める」意味合いが強いものだった。一方、後者の「強制的なテレワーク」では、個人の自由を尊重するのではなく、社会や企業からの要請に合わせて、半ばやむを得ず実施されたテレワークであり、個人の自由とは無縁の勤務形態だった。

 後者では、多くは通勤はしないがオフィスと同等の労働時間や労働形態が求められたにもかかわらず、テレワークの生産性が「変わらない」と「上がった」を合わせると、約73%にも達したことは驚きといってもいいだろう。

 今後テレワークを推進していくためには、生産性が「下がった」という残り約30%の人たちの課題を解決することが大事だ。その課題は「仕事とプライベートの両立と分離」「情報機器とネットワーク環境」「チーム内のコミュニケーション」と大きく分けることができるだろう。

 そしてこれらの課題は、その解決を従業員だけに帰すべきものではない。テレワークでの生産性の維持・向上を図る責任は、テレワーク実施を決めた企業側が大きく担うべきだ。

仕事とプライベートを分離し、両立するためには

 仕事とプライベートを分離するためには、まず物理的に空間を分けること、つまり仕事用の部屋を持つことが重要だ。だが、多くのサラリーマンは、住居を決める際に、仕事用のスペースとして独立した個室を用意してはいないと思われる。今回のテレワークでも、実際にはリビングなどの片隅で仕事をした人がほとんどだろう。

 緊急事態宣言下の在宅勤務では、子どもたちの学校や保育園が休校休園になったことが重なり、子どもや家族がいるリビングで作業しているケースが多く、なおさら仕事とプライベートの分離が困難だった。子どもたちの学校や保育園が通常通りに開いていたらもう少し状況はよかったかもしれない。

 また、オンライン会議などを行う場合には、どこで行うかも重要だ。今回のコロナ禍で話題になったのは、画面に映る背景。Zoomなど、背景を自由に設定できるものを使用すればよいが、相手の環境によっては特定のソフトしか使用できない場合もあり、そうした場合には自宅の背景が画面に映ってしまう。さらに、オンライン会議中に外部や家の中の音が邪魔にならないことや、Wi-Fiなどが良好に受信できる場所という条件がつく。

 厚生労働省が2019年に公開したパンフレット「テレワークにおける適切な労務管理のためのガイドライン」では、「自宅等でテレワークを行う際の作業環境整備の留意」として、

 部屋 設備の占める容積を除き10㎡以上の空間。
   窓などの換気設備を設ける。
 照明 机上は照度300ルクス以上とする。
   必要なものが配置できる広さがある。体型に合った高さである。又は高さの調節ができる。
 椅子 安定していて、簡単に移動できる。座面の高さを調節できる。

 などが、提案されている。

 これらのほとんどは、昭和47年に制定された「労働安全衛生法」と、それに基づいた「事務所衛生基準規則」に定められたもので、一般的なオフィスに必要な環境として従来の紙ベースの仕事をする場合を想定したものだ。

「テレワークにおける適切な労務管理のためのガイドライン」(厚生労働省より)

 主な作業をパソコンで行うようなテレワークでは、これよりも狭いスペースでも十分で、照明もパソコン画面が自動で明るさ調整できるものならば、300ルクスも必要としないかもしれない。しかし、デスクに紙のドキュメントを置きパソコンと交互に見るなどの作業では照明は目を疲労させないために重要だ。最近はWeb会議用に、顔を照らすドーナツ型の照明が人気だが、部屋の光量が足りない場合は、天井照明の代わりになって画面全体を照らせる細長いLED電球を持つデスクライトが便利だ。一方、椅子については、短時間の作業ならリビング用椅子でも問題は少ないが、長時間の作業であれば、腰の負担を減らすような事務用の椅子があったほうがよく、「高さを調節できる」だけではなく、角度も変えられるような快適な椅子が必要となるだろう。また、オフィスの椅子は長時間着席しても背中に熱がこもらないよう背もたれがメッシュ状になっているものが多い。高額なものも多いので、会社が補助するとしても投資がかさむため、最近登場してきたオフィス家具のサブスクリプションサービスを利用するなどの選択肢もあるだろう。

 多くのサラリーマンは、自宅で長時間の仕事をすることを想定せずに自宅を購入したり賃貸していることがほとんどだ。これからも自宅でのテレワークが続くのであれば、仕事のための独立した部屋が必要になるだろう。最近では、テレワークを想定したプラス1部屋の提案も建設会社からは出てきているが、そうした費用を社員が負担するのか、あるいは住宅手当を増やすなどして、会社が負担するのかも議論の分かれるところだろう。

 とはいえ、部屋を増やすために転居したり、増築したりするのは会社にも社員にも大きな負担だ。そこで注目が集まるのがいわゆる「サテライトオフィス」だ。社員数の多い企業であれば自社でサテライトオフィスを設置することも可能だが、少人数の企業なら民間のコワーキングスペースなどと契約して社員に利用させる、または社員が契約し、その費用を負担するという方法が考えられる。通勤時間を短縮し、仕事とプライベートを分けるという意味で一考の余地はあると思われる。

情報機器とネットワーク環境はどうあるべきか

 テレワークを実施した多くの企業で使用されたパソコンは、ノートPCが主流だったが、業務上移動を想定していなかった総務や経理の部門では、デスクトップ型が使われていることも多く、自宅にデスクトップパソコンを送るなどの様子がテレビニュースなどでも流れていた。

 今後、新型コロナの感染が長引くのであれば、総務・経理などの部門でも、ノートPCを使用するほうが臨機応変に対応できるだろう。PCの機能が最新のソフトウェアを快適に動かすのに十分なスペック(メモリやCPU、記憶機器など)を持つことはいうまでもない。

 1つ、考慮すべきは大きな画面で作業したいという場合に、大型モニターの購入費は会社が負担、あるいは補助すべきだということ。ある種の職種には画面の大きさが作業効率に大きく影響するからだ。

 ネットワーク環境については、これまで多くの企業では、出張や外回りの多い社員には携帯電話やモバイルWi-Fiルーターを貸与するが、それ以外の社員には費用負担をしないのが一般的だった。しかし、テレワークが一般化し、通勤定期代を廃止して個別精算するということであれば、業務に必要な通信環境については会社が負担する必要があるだろう。

 その際には、モバイルWi-Fiルーターを会社で契約し、社員に貸与するという方法が一般的だ。モバイルWi-Fiルーターなら、携帯に便利で場所を選ばないため、出張先や出先でも容易にインターネットに接続することができる。今後、5Gに対応したモバイルWi-Fiルーターも数多く登場してくると考えられ、5Gであればオンライン会議でも安心して使用することができる。

 一方、社員がすでに光回線などに契約している場合には、自宅内のWi-Fi環境を整備、バージョンアップすることでよりよい作業環境にすることも可能だ。たとえば、Wi-Fiの新規格であるWi-Fi 6(IEEE802.11ax)では、最大2402Mbps(規格値)のデータ通信が可能で、従来(規格値300~867Mbps)の約3倍のスピードで安定した通信環境を構築できる。

 また、複数ルーターで家の中にWi-Fiの死角をつくらないメッシュWi-Fiを導入すれば、家中どのエリアにいても通信が切れにくい環境を構築することができる。

 先に紹介した厚生労働省の「テレワークにおける適切な労務管理のためのガイドライン」では、インターネットやWi-Fiなどのネットワーク環境について、「通信費、情報機器等のテレワークに要する費用負担の取り扱い」として、「テレワークに要する通信費」「情報通信機器等の費用負担」「サテライトオフィスの利用に要する費用負担」「専らテレワークを行い事業所で出勤しないとされている労働者が事業所へ出勤する際の交通費」などについて、労使間で十分話し合い、就業規則等に定めることが推奨されている。

 今後もコロナ感線が続くのであれば、再度就業規則を見直すことが求められるだろう。

チーム内のコミュニケーションをどう向上させるべきか

 コロナ禍によるテレワークで、大きな問題となったのが上司や部下とのコミュニケーションが取りにくいことだった。従前からSlackなどのビジネス向けチャットシステムなどを導入していた企業では、それほど違和感なく、必要なコミュニケーションができたかもしれないが、対面でのコミュニケーションが中心だった企業では問題も大きかっただろう。コロナでの自宅待機時だけではなく普段からこうしたオンラインでのコミュニケーションに慣れておくことも大切だ。

 もっとも、オンラインでのコミュニケーションだけで、チーム内コミュニケーションが十分というわけではない。新人教育やクリエイティブな場面でのコミュニケーションにおいては、やはり対面が重要という指摘もある。ルーティンワークでやることが決まっている場合には、オンラインのコミュニケーションで足りたとしても、新しいアイデアを生み出すような場面では、対面コミュニケーションも必要となる。

 また、この期間は、会社を退職する人やうつ病になる人も続出した。会社に対するロイヤリティや心の安寧を保つためにも対面でのコミュニケーションは大切だ。

 オンラインのコミュニケーションだけで業務的には問題がないとしても、様々な形で「無駄話的なコミュニケーション」を作ることも必要だろう。こうした遊びや余白の中に、新しいビジネスのヒントがあることもしばしばだからだ。グループウェアや仮想オフィスソリューションなど、この課題に向けた機能を持つツールも多い。

 今回の新型コロナは、働き方の課題をあぶり出しのように突きつけてきた。従来言われてきた日本のホワイトカラーの生産性の低さ、デジタル化の遅れもあぶり出された問題の一つだ。デジタル化に躊躇していた日本企業に最後通牒のようにその推進を迫ってきたといっていい。このコロナ禍をピンチとするだけでなく、チャンスと捉え、デジタル化を推進していくことこそ、今後の厳しい経済状況を乗り切る方法だろう。

筆者プロフィール:豊岡昭彦

 フリーランスのエディター&ライター。大学卒業後、文具メーカーで商品開発を担当。その後、出版社勤務を経て、フリーランスに。ITやデジタル関係の記事のほか、ビジネス系の雑誌などで企業取材、インタビュー取材などを行っている。

参考

こうした社員側のネット環境の充実もさることながら、言うまでもなく、会社の基幹システムのデジタル化・クラウド化は何よりも重要だ。

 今回のコロナ禍では、押印のために出社したり、担当者の押印がないために、決裁が遅れた事例が多出した。今後もテレワークを推進していくのであれば、電子稟議、電子決済、電子契約などのシステムは必須といっていいだろう。