今読むべき本はコレだ! おすすめビジネスブックレビュー - 第38回
手軽にIT用語についての基礎知識を確認するための図鑑
『IT用語図鑑[エンジニア編] 開発・Web制作で知っておきたい頻出キーワード256』増井敏克 著/翔泳社
日々、新しい技術やトレンドが登場するIT業界。たくさんのIT用語をわかったふりをして聞き流していることも多いのではないだろうか。本書は、IT関連のトレンド用語から、システム開発用語、Web用語、さらにはIT業界だけで使用される特別な用語についても紹介する「図鑑」。短い解説文とわかりやすい図で、ITエンジニア向けIT用語を解説している。
文/土屋勝
新人エンジニア向けにIT用語を簡潔に解説
「IT業界の動向がわかるトレンド用語」「エンジニア1年目から知っておきたい基本用語」「システム開発や実行環境の構築で使われるIT用語」「Web制作・運用で使われるIT用語」「攻撃から守るセキュリティ・ネットワーク用語」「人工知能に使われる技術用語」「使いだしたら一人前! ITギョーカイ用語」と7章構成で、システム開発やWeb制作に関わる用語256個を1項目150字前後の解説とイラストで紹介している。用語そのものの解説だけでなく、関連用語や使用例が付いているのも便利だ。
たとえば、最近よく耳にする「DX」は、「Digital Transformation」とフルスペルが付けられ、「データやデジタル技術で企業のビジネスモデルを変革する」というサブタイトルに続いて「ITと一体化して実現するビジネスモデルの『変革』のこと。これまでの『IT化』はすでに存在するビジネスが前提で、その作業の自動化や効率化、付加価値の提供が主な目的だった。DXでは『変革』という言葉が使われるように、ビジネスモデルを大きく変えて、ITを中心とした新たなビジネスを生み出すような考え方を目指す」と説明されている。関連する話では「デジタイゼーション」「テジタライゼーション」「2025年の崖」が取り上げられている。使用例は「DXに取り組んでいる企業に負けないようにしないと!」で、関連用語で「xR」「VUI」「デジタルツイン」「マイグレーション」にリンク(ページ番号)が貼られている。
「ブロックチェーン」は、「分散型ネットワークと暗号技術を使ったデータ管理手法」というサブタイトルが付けられ、「取引の記録を『ブロック』とよばれる場所に格納し、鎖(チェーン)のように記録する。ブロックは複数のコンピュータに分散して保存され、記録の改ざんが難しいという特徴がある。一方で不正や障害が発生しても、参加者の多数決で判断するため正しく動作する。ビットコインなどの暗号資産やフィンテックなどに応用されている」と解説している。関連する話では「非中央集権」「マイニング」「PoW」の3つが挙げられている。用語の使用例は「金融機関以外にもブロックチェーンが広がっているらしい」とあり、関連用語では「フィンテック」へのリンク(ページ番号)が貼ってある。
文字数やスペースの関係で詳細な解説は無理だろうが、サブタイトルにある暗号化が本文で触れられていないのは残念だ。ブロックは「場所」ではなく、取引記録の履歴と前のブロックの情報を暗号化したデータの塊。「参加者の多数決」というのも一般の読者には意味がわかりにくいのではないだろうか。
筆者も30年以上前にコンピュータ用語辞典の執筆・編集に関わったことがある。まだNEC PC-9801全盛で、ぼつぼつDOS/VとよばれたIBM PC互換機が日本語化され、Microsoft Windows Ver.3が登場した時代だ。この時は新書版サイズ550ページに1用語に解説数十文字から300文字越えまで、ひたすら文字を詰め込んでいった。易しい用語は短く、難しい用語はそれなりに解説できたが、本書のようにフォーマットが厳密に決まっていると執筆・編集は大変だろうと苦労が偲ばれる。
ただ、1項目150文字前後はやはり短い。「量子コンピュータ」とか「ニューラルネットワーク」や「ディープラーニング」など先端的な用語になると、十分に解説することは不可能だろう。
たとえば、「ニューラルネットワーク」の説明は「脳を模倣した構造で信号を伝えて計算する手法 脳を模倣した構造と言われ、つながっている神経細胞(ニューロン)を通して信号を伝える手法。入力層、中間層、出力層という階層構造において、入力層での入力値が、中間層のニューロン経由で計算して出力層に伝えられ、結果が出る。良い結果が得られるように、計算に使われる『重み』を調整することが機械学習での『学習』に該当する」とある。
いきなり入力層、中間層、出力層という階層構造と書かれても何が階層になっているかが一般読者には不明だし、中間層での計算というのも、何をどうやって計算しているのかわからないだろう。また、「辞典」ではなく「図鑑」と名乗っているのは、各項目に図が付いているからだが、説明的なテクニカルイラストではなく、あまり本文の解説になっていないイラストが多いのが残念。
本書の目的として、広く浅く知識を確認するためのものであることを理解した上で、活用することをおすすめしたい。
索引を活用しよう
便利なのは巻末の索引で、全部で9ページ、1,000項目以上を網羅している。本文が50音順でもアルファベット順でもないので、知りたい項目を探すにはこの索引が絶対に必要だ。先に挙げた「ブロックチェーン」でいえば、「ブロックチェーン」に加え、「マイニング」「非中央集権」「PoW」がインデックスされている。タイトル以外の「マイニング」「非中央集権」「PoW」は目次に登場しないので、こうした用語を調べる場合には、この索引が活躍する。
面白かったのは、第7章、ITギョーカイ用語編。ラストページの「完全に理解した」は「わかったつもりになっている 入門書の内容などを理解しただけで、その技術の全体を理解したつもりになっている状況のこと。実際にはもっと難しい内容が存在するにもかかわらず、それを知らない『井の中の蛙』のレベルであることを指す。理解が進むと、自分が何もわかっていなかったことに気づき、その先に学ばなければならないことの多さに絶望することが多い」は辛辣でもある。
関連用語では「チョットデキル」というのが挙げられ、意味は「自分がその分野に詳しいことを控えめに言う言葉。その技術をゼロからでも作れたり、そもそも開発者本人であることを指す」なのだという。つまりは「完全に理解した」とは真逆の存在。学会発表でその分野の権威者が質問の冒頭で「素人質問で恐縮ですが」とか「その理論をつくったのは私なのですが」「引用していただいた参考文献の著者ですが」と言い出す、プレゼンターを凍り付かせる枕詞と同じ魔法の言葉なのだろう。
1用語が関連語を含めて1ページにまとめられているので、電車での移動時などパラパラとめくるのにはちょうど良さそうだ。頭から読むこともできるし、興味のあるジャンルから読んでもいい。知らない用語、知っているつもりの用語の基礎知識を得ることができる。IT業界を目指している学生や新人のエンジニアが必須用語を覚えるのにもいいだろう。打ち合わせで若手が使った知らない用語に冷や汗を流したベテランにもおすすめだ。実は筆者も知らない用語が出てきて勉強になった。本書の解説で物足りなかったら、本格的な専門書を紐解くことにしよう。
まだまだあります! 今月おすすめのビジネスブック
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筆者プロフィール:土屋勝(ツチヤマサル)
1957年生まれ。大学院卒業後、友人らと編集・企画会社を設立。1986年に独立し、現在はシステム開発を手掛ける株式会社エルデ代表取締役。神奈川大学非常勤講師。主な著書に『プログラミング言語温故知新』(株式会社カットシステム)など。