メンバーシップ型とジョブ型

「キャリアをデザインする」ということから本書ではまず、「メンバーシップ型」と「ジョブ型」という雇用形態について述べられている。

「メンバーシップ型」は新卒者を一括採用し、基本的には定年までずっと雇用を続ける「終身雇用制」のこと。従来の日本では一般的な雇用形態で、クビになることはあまりないし、給与は年功序列で上がっていくが、配置転換や日本全国・世界各地への転勤もほぼ拒めない。タテ社会に従属することが求められ、長時間労働の根源ともなっている。

一方、「ジョブ型」は職務記述書に記載された職務を担当できる能力を持っている人を採用する。異動はなく、給与が上がることもない。その職務がなくなれば解雇されるが、それは企業にとって事業の縮小や撤退を意味するので、そう簡単に解雇されるわけではない。欧米ではジョブ型が一般的となっている。

昨今、メンバーシップ型からジョブ型への移行を唱えている企業が増えたが、本書によればその理由は

・中高年職員のコストカットと活性化の両立
・男女間格差の解消を通じたコストカット
・労働市場の流動性が高まることによるコストカット

からだという。要するに、企業の体力が終身雇用制に耐えられなくなっている。

ジョブ型へ移行する最大の効果は、年功序列のメンバーシップ型から、業務連動とすることで中高年層の人件費を圧縮できるということだ。従来の日本企業では、男性の給与は「一家を養えるように」ということで高めに設定してあった。性別に関係なく同一労働・同一賃金のジョブ型にすれば、男性を女性と同じ賃金に引き下げることも可能になる。

また、「労働市場の流動性が高まることによるコストカット」とは、定年まで務めた人への高額な退職金を減らせるということ。退職金を満額もらうためには、約40年間勤め続けなければならない。中途退職すると退職金は雀の涙になってしまうのが実情だ。これは、稼げない社員はさっさと辞めてくれということを意味している。

石の上にも7年

キャリアをデザインしていくには具体的にどうすればよいのだろうか。日本では、大学新卒レベルでは即戦力にならず、キャリアと呼ぶには値しない。日本ではまだメンバーシップ型がほとんどなので、まずメンバーシップ型でさまざまな職種、職場を経験し、その中でその組織のトップを目指すか、スペシャリストとしてジョブ型に進むかを選択することになる。

終身雇用が主流だったころは、一度入った会社を辞めることはデメリットの方が大きかった。最近では企業も終身雇用に否定的なので、転職に伴うデメリットは減っている。

それでもすぐに「配属ガチャに外れた」と腐ったり、入社後すぐに退職するのは勧めないと著者はいう。著者によれば、入社から7年ぐらいは我慢して、知識や経験を積み、ジョブ型に進むかメンバーシップ型に進むかを判断することを提案している。

先が見えない経済政策のつぎ当て

日本は1980年代のバブル崩壊から経済成長の低迷が続いている。その中で取られてきたつぎ当て的な経済政策の一つが「レイバーアービトラージ(labor arbitrage)」。労働コストの安い海外に生産拠点を移して人件費を削減する手法だ。80年代から2000年代にかけて中国への工場進出と中国人の雇用が推進された。ところがその後、中国人の賃金が上がり、現在では日本人の給与を追い抜いた例もあるほどだ。

このため、最近ではベトナムやミャンマーへ生産を移す企業もあり、これらの国から研修生として来日している労働者も多い。だが、このような「焼き畑農業」のようなやり方は長く続かない。いずれベトナムやミャンマーも経済発展し、賃金格差の旨みが失われてしまうだろう。さてどうしたものか。

もう一つのつぎ当て的な政策が株価対策だ。「貯蓄から投資へ」というスローガンが提唱され、NISAやiDeCoといった個人投資のための制度が拡充された。これによって株価を引き上げ、「成長」を演出するために投資がもてはやされるようになった。

だが、普通に働いている一般人が頻繁に株の売り買いをするのは不可能。だから証券会社などの担当者に運用を任せることになる。問題はその担当者が投資のプロとしてどれだけの能力を持っているか。大手金融機関で投資担当になるのはメンバーシップ型ジェネラリスト養成キャリアコースに乗ったエリート。著者は「数年で別の部署や拠点にローテーションされる人間が、生涯ファンドマネジメント一筋でやっている海外の猛者に勝てるわけがない」と悲観的だ。

勝ち気から強気へ

著者は「宮仕え」をこなすためのヒントとして「勝ち気から強気へ」というキーワードを掲げている。
「勝ち気」とは「他人に勝ることに価値をおく傾向」のこと。同期の中で自分の序列は何番目か、同窓生は会社の中でどんな仕事をしているのか、給料がいくらかといったことが気になる。一方、「自分が強くなることに価値を置く傾向」を「強気」という。他人と比べるのではなく、昨日の自分と今日の自分を比べ、少しでも進歩・成長することに価値を見出す。

メンバーシップ型では組織に身を任せ、その中で相対的に優位なポジションにいれば係長→課長→部長→取締役といった出世コースを上がることができる。だが、ジョブ型では自ら能力を高め、より高度なジョブに移らなければ収入が上がらない。これからの時代は相対評価を高める勝ち気ではなく、自らを高める強気になれと著者はいう。

キャリアデザインから見たメンバーシップ型とジョブ型

世界経済フォーラムが発表した2023年のキャリア関連ジェンダーギャップ指数によると、日本は世界146か国中123位と、きわめて男女格差が大きい。男女の教育格差は欧米諸国と同じで、大学までは男女格差がほとんどない。ところが職業参加・機会分野での指数が極端に低いのだ。

高度成長期を支えた、夫が外で稼ぐ大黒柱となって妻が家事・子育てに専念するという大黒柱・専業主婦モデルを理想とする考え方がいまだに若者たちに浸み込んでいる。女性の社会活躍が持て囃されながら、家庭内での家事や子育て、親の介護は妻に押し付けられている現状があり、かえって親世代より女性の負担が増えている。現役女子大生が「大黒柱・専業主婦というあり方が可能であった親世代は良かったよね」と言うのだという。

だが、大黒柱・専業主婦モデルは高度経済成長期に大企業や大都市で成立した例外的な存在であり、長い歴史の中で庶民は妻も働かなければ家計を支えることは不可能だった。夫の実家で夫の親と同居し、生まれた子どもは祖母が育て、妻はすぐに働いていたのが一般的だったようだ。

夫婦共稼ぎが当たり前になってきているのに、国や企業の体制は大黒柱・専業主婦モデルのままだ。女子大生がキャリア志向を諦め、若い世代が結婚しない、結婚しても子どもを作らない国になっている。

企業の理念が昔のままだと、ジョブ型になっても男性の給与を下げることで人件費を抑制するという方向に進みかねない。著者は「表面的にはジェンダー指数は改善していくだろう。でも、働いている側の感覚でいうと、なんだか豊かになったというよりは、性差にかかわらずお金を稼いで、家事・子育てもがんばらないといけないしんどい社会になっていく」のではないかという。

最後に著者は「人を育てようとしなければ育つはずがないのに『人材が劣化している』と言い放つ経営者や政治家が、人的資本の充実などと空虚な言葉を吐く」と嘆いている。だからこそ、自分の身を守るためには強気の生き方で自分自身のキャリアを伸ばしながら、「周りに惑わされることなく小さい者同士助け合わねばならない」という。

本書は、これから仕事に就こうという学生から、配属ガチャに外れたと悶々としている若手社員、さらには仕事の責任や家族を背負っている中堅世代まで、幅広く参考になるだろう。

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『「40歳の壁」を越える人生戦略 一生「お金・つながり・健康」を維持できるキャリアデザイン』(尾石晴 著/ディスカヴァー・トゥエンティワン)

本書は、40歳前後で多くの人が感じるこの「モヤモヤ感」、つまり「40歳の壁」の正体を分解しながら、自分らしく生きるために「人生の後半戦をどうデザインしていくか?」を考えるためのものです。「幸せな人生には、どんな要素が必要か?」を分解してみたら、①お金(収入・資産) ②つながり(家族・友人・知人) ③健康(体力・認知力)という要素が見えてきました。このような、「お金」「つながり」「健康」の3つの要素を満たすことができ、かつやりがいを持って取り組める「仕事」のことを、この本では「自分業」と呼びます。あなたらしい「自分業」はどうやって見つかるのか? どうやって始めるのか?この本では、今すぐ始められる具体的なステップを筆者の実体験も交えながらひとつひとつ丁寧にお伝えします。(Amazon内容解説より)

『会社はあなたを育ててくれない~「機会」と「時間」をつくり出す働きかたのデザイン』(古屋星斗 著/大和書房)

「成長の機会も時間も足りてない」「ロールモデルになる上司がいない」「我慢しててもチャンスを逃すだけで報われない」「まわりに差をつけられてる気がする」若い社会人のみなさんがこうした不安を感じるのには、現代の仕事環境における、ある一つの特徴が背景にあります。それは、「会社はあなたを育ててくれない」という事実です。本書は、漠とした不安や焦りを生み出している社会の状況や個人に求められている考え方や行動のありかたを可視化しながら、私たちがどのようにキャリア(働きかた、生きていきかた)をデザインし、具体的に思考しアクションを起こしていくべきかを、2000人を超える若手社会人への調査や各種最新データをもとに提示します。20代の若手社員はもちろん、就活生や30-40代の中堅社員、また若手社員と相対する管理職層や経営職層にも必読の一冊です。(Amazon内容解説より)

『ライフキャリア:人生を再設計する魔法のフレームワーク』(原尻淳一、千葉智之 著/プレジデント社)

人生100年時代。平均年齢が48.4歳になった日本人のキャリアパスは、企業内に限定された「ワークキャリア」から、個々人の人生全体で見る「ライフキャリア」へ激変した。自らが持つ「有形資産」「無形資産」を棚卸しして、人材としての資産ポートフォリオを徹底分析。第2の人生を早期にデザインし、準備するための「考え方」と「フレームワーク」を教示。「ライフキャリア研修」は各企業で続々採用、大評判のセミナーを完全書籍化。40~50代には未来の希望を、転職を考え始めた30代には会社に隷属しない新しい生き方のモデルを提供する。(Amazon内容解説より)

『優秀な人材が求める3つのこと 退職を前提とした組織運営と人材マネジメント』(車谷貴広 著/日経BP)

「学生に人気のコンサルであっても、大手企業であっても、せっかく獲得した人材が数年で辞めてしまう」――。優秀な人材ほどこうした傾向があると言われています。優秀な人はなぜ辞めるのか、辞めてどこに向かうのか――筆者は本書で3点指摘しています。彼・彼女らは、①自律的なキャリア選択を望み、②評価や処遇の公平感・納得感を求め、③自分が「成長する機会」を欲っしています。これら3点のどれか一つでも欠けていると、業種や企業規模にかかわらず辞めてしまうというのです。まず理解しないといけないことは、人事部門だけで解決できない問題だということです。優秀層の人材は循環する(=入れ替わる)ので、それを前提にした組織の在り方も同時に考えないといけません。本書は「人材マネジメント」と「組織運営」の両面で、課題解決の方向性を示します。人事担当者はもちろんのこと、組織運営にかかわるビジネスパーソンには欠かせない1冊です。(Amazon内容解説より)

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