永岡里菜さん

株式会社おてつたび代表取締役CEO。1990年、三重県尾鷲(おわせ)市生まれ。千葉大学卒業後、PR・プロモーションイベント企画制作会社勤務、農林水産省との和食推進事業の立ち上げを経て独立。「どこ、そこ?」と言われてしまう尾鷲市のような地域に人が訪れる仕組みを作りたいと思い、2018年7月に株式会社おてつたびを創業。
http://otetsutabi.com/

地域の本当のファンを作りたい

――「おてつたび」のサービス内容についてお話いただけますでしょうか。

永岡 「おてつたび」は「お手伝い(おてつだい)」と「旅(たび)」を掛け合わせた造語で、収穫時の農家やハイシーズンの旅館など、短期的・季節的に人手不足で困っている事業者と、「知らない地域へ行きたい!」と思うような旅人をウェブ上でマッチングするプラットフォームです。

特徴としては2つあり、1つはお手伝いをすると最低賃金以上の報酬を得られること。いろいろな地方に行く際の交通費をお手伝いで得た報酬で削減することができます。2つ目の特徴としては、お手伝いという新しい目的を地方に作ることによって、観光名所がない地域にも人が訪れる仕組みを作り、お手伝いという共同作業を通じて地元の人から地域の魅力を教えていただけるような形をとること。それによって参加した方にその地域のファンになってもらうことをめざしています。

会員数としては、お手伝いをする参加者側が2万4000人、地域側は、47都道府県で750件ほどに広がっています。お手伝い先は、観光業と農業などの一次産業が、それぞれ全体の約4割、あとの2割がその他という形になっています。季節変動性が高い産業と相性がいいという特徴があります。

おてつたびのトップページ(http://otetsutabi.com/)。

――季節労働というと、出稼ぎとか昔はあまりいい印象がなかったと思いますが、「おてつたび」というネーミングで、ネットを使ったマッチングサービスにしたことで、参加しやすい雰囲気になりましたね。

永岡 従来の地方産業は出稼ぎや季節労働があったおかげで支えられていたと思います。一方で、そうした労働にネガティブで不安定なイメージがあるのはもったいないと思いました。私たちは「おてつたび」という言葉でブランディングすることによって、地方の短期的な人手不足に関わることがワクワクするような体験になってほしいと思っています。

私もいろいろな地域で短期的なお手伝いをして、地域に関わるのがとても楽しかったですし、その中から得られた経験や地域の方々の思いを知り、一緒に働く尊さを実感しました。

一方で「おてつたび」というかわいいワードでやっていますので、「仕事」ではなく「気楽な体験」のような見え方になってしまうかもしれないのですが、仕事自体はけっこうハードで、大変なこともあります。ですから、楽しさだけではなく、大変さも一緒に経験するからこそ得られた体験価値であると思っています。ただ入口として、ポジティブであってほしいなとは思っています。

――入口が楽しそうだと、行った人が「これは違う」と思ったり、受け入れる側も「もっとまじめに働いてほしいのに、この人は遊び感覚でやっている」と思ったりするような、ずれは生まれませんか。

永岡 そうですね。それは創業時から気にしている部分です。私たちは、期待値がまったく違う仕事と旅を組み合わせているので、期待値調整はとても大事だと思っています。関わる方にも「おてつたび」は、お金を払って美しいところ、楽しいところだけを見せてもらうような旅を売っているわけではないということを説明しています。「おてつたび」はまったく逆です。お手伝いを一緒にして、大変なところも含めて、その地域や人々の魅力を知ること。お客様ではなくて仲間として入り込むからこそ、その地域の本当のファンになると信じています。

「おてつたび」の受け入れ先の事業者も、誰でも登録できるわけではなくて、スタッフが必ず説明し、審査もあって、私たちの思いに共感いただいているということを前提にアカウントを開設できるようにしています。

参加する一般の方たちを我々は「おてつびと」と呼んでいるのですが、「おてつびと」には審査はありませんが、「おてつたび」はあくまでマッチングプラットフォームですので、旅行代理店のように申し込んだら誰でも行けるようなものではありません。どなたに来ていただくかは地域の方が決められるシステムになっています。また、「おてつたび」が終わった後に、相互レビューができるような仕組みになっていますので、「おてつたび」先も「おてつびと」にもレビューが貯まっていくことで、それぞれの行動を良い方に仕向けているということはあるかもしれません。

ただ、人には相性もありますし、悪意はなくてもたまたま合わなかったみたいなことは起きるものです。そういう場合には、私たちが間に入って、調整するような役割を担っています。

「おてつたび」は、短期的・季節的に人手不足で困っている事業者と、「知らない地域へ行きたい!」と思う人をウェブ上でマッチングするプラットフォーム。 画像提供:株式会社おてつたび

「どこ、そこ?」な地域にスポットライトを

――「おてつたび」のサービスを思いついた経緯を教えてください。

永岡 私の出身地の三重県尾鷲市は、祖母が住んでいたので夏休みなどにいつも帰省していて、大好きな場所でしたが、知人にその魅力を話しても「尾鷲? どこ、そこ?」と言われてしまいました。でも、尾鷲のような魅力的な場所が日本にはたくさんあるはずだと思っていました。社会人になって仕事で「どこ、そこ?」って言われるような地方の町に行く機会が多かったのですが、行ってみると実はとても面白いということを実感しました。そういう地域にもっとスポットライトが当たる世界を作りたい、それが私の人生のミッションなのではないかと思い、5年前に会社を退職しました。当時は、起業自体にはまったく興味がなかったし、どうやったらその「どこ、そこ?」という地域にスポットライトが当たるのかという答えもまったくわかりませんでした。それでまず、自分で体験しないことにはわからないと思ったので、東京の家も解約して、東京には戻ってこないぞという決意で、地方に行くことを決断しました。

その結果、著名な観光名所がない地域であればあるほど、まずは来てもらうことが大事だと思うようになりました。「どこ、そこ?」と言われる地域は、自然は豊かで食事もおいしい、住んでいる人も優しい。素敵なものをたくさん持っているのですが、これをインターネットやメディアで発信してしまうと全部が一緒に見えてしまうもどかしさがあるのです。

どうやったらその地域の魅力をわかってもらえるのかを考えると、やはり現地に来てもらって、その地域のファンになってもらう、そしてファンからファンが増えていくような形が大事だと思うようになりました。その地域に来てもらえる仕組みを作るにあたり、何がハードルになっているのかを都内在住の200名ぐらいにヒアリングやアンケートをしたところ、多くの人が行きたくないわけではなく、きっかけがあれば行ってみたいということがわかったんです。そこには2つの大きなハードルがありました。

1つ目が金銭的なハードル。やはり著名な観光名所がない地域であればあるほど、価格競争が起きにくく、旅費が高騰しがちで、魅力も見えにくい。2つ目が心理的ハードル。「どこ、そこ?」って言われちゃう地域であればあるほど、情報がないので、そこでどう楽しんでいいのかがわからず、行く動機や目的が見出しづらい。この2つのハードルを解決できる手段として、地域の方も本当に助かって、双方が喜んでくれるものとして、思いついたのが「短期的・季節的な人手不足を解決するためのお手伝い」だったのです。

お手伝いすることによって得られた報酬で金銭的ハードルを削減することができ、お手伝いという共同作業を通じて、地元の方からその魅力を教えてもらい、心理的ハードルをなくすことができる。地域の方も労働力不足を解消できる。お手伝いした人はその地域のファンになり、第2の故郷のように、また手伝いに来てくれたりとか、地域にお金も落としてくれたりとか、そういう人がどんどん増えていくような、そんな世界ができるかもしれないという思いで、「おてつたび」をスタートしたという経緯です。

「『どこ、そこ?』と思うような地域にスポットライトを当てたい」という永岡さん。

旅先で起きた化学変化

――思いつくことはできても、それをビジネスにするのは非常に大変なことだったのではないですか。

永岡 そうですね。最初はテストマーケティングのような形で、知り合いに協力してもらいました。知人の実家で、長野県で旅館をやっている人がいたので、そこで1回テストをやりました。参加者は旅先で知り合った大学生やボランティアの方たちに声をかけました。心配していたのは、受け入れ側の事業者や参加者の方に本当に喜んでもらえるのかということでした。結果は、お手伝いに参加した人が事業者の方と意気投合しました。建築学科の男子学生だったのですが、「授業は座学が多くて、もっと現場に出たい」という話をしたら、「この地域は空き家がいっぱいあって困っているから、何か一緒にできないか」という話になり、1カ月半後には建築学科の10名ぐらいで再訪して、空き家をどうすればいいかという、アイデアを出し合って、それが空き家バンク事業のようなプロジェクトにつながりました。そういう化学反応のような事例ができたというのが自信につながりました。

そのあとは、受け入れ先の数が揃わないとスタートしませんので、旅館や農家などの地域の事業者を1軒1軒回って、まずは「おてつたび」のことをご理解いただく。事業者からするとこれまでにない、よくわからないサービスですし、「おてつたび」というかわいいワードであるがゆえに、「そんな遊び感覚で来られたら困る」とか、「そんなヒッピーみたいな人に来られたら困っちゃうわよ」と言われたりとか、「めざす世界は素敵だし、共感するけれども、本当に実現すると思えない」と言われたりとか……。今は地域の事業者も満足しているというデータがあるので、それを見て安心していただきますが、最初はそういうデータもないので、事業者もわからないから不安だったと思います。当時は100軒にアプローチして受け入れてくださったのが1軒ぐらいという感じでした。階段を1段ずつ登ったような感じですね。

「おてつびと」も最初は、関わってくれていた大学生の後輩とか、友達とかに声をかけたり、学生向けの説明会を開いたりしていました。それが口コミで広がっていった感じでしたね。

でも、受け入れ側も参加者もある程度、喜んでくださることがわかり、再現性もあることから、これは世の中に必要なサービスなのではないかと思って、会社を興したわけです。最初のテストから半年後でした。基本的にフルコミットは私1人で、ホームページは私が簡易的に作ったのがあっただけです。

農業や旅行業と親和性が高い「おてつたび」。 画像提供:株式会社おてつたび

ファンになって帰ってくる参加者

――それから4年経ったわけですが、4年経ってみてわかったことはありますか。

永岡 4年前は夢物語だった価値を少しずつ、まだ未熟なところももちろんあると思っていますが、地域に届けられつつあると実感しています。創業当初は、「旅先でお手伝いすることが楽しいことだ」ということがあまり理解されなかったんです。「旅行は娯楽なのに、なぜ旅先でそんな大変なことをしなければいけないのか」という考えの方が多かったのですが、それが今は「行った先で働く旅」というのもあってもいいという価値観が生まれつつあると感じています。それは働く多様性や、旅行の多様性、コロナ禍においてつながりの意識の変化など、この5年間でさまざまなことが変化したからかなと。

農家さんの手伝いに行った人は、その農家さんのファンになって、同じ農家さんにまた手伝いに行きたいとか、その農家さんから農作物を直接買うという方がすごく多いのです。お手伝いに行った方の多くがその地域のファンになってしまうのは、人間の性(さが)といいますか、そういう気がするんですよね。

「おてつたび」は、新しい旅の形だねと言っていただくことも多くて、それ自体はうれしいことですが、一方で地域の方からは、実は「おてつたび」は新しいようで古いつながりの紡ぎ直しなのかもしれないと言われることも多いんです。

どういうことかというと、インターネットがない時代は、旅館の客は常連が多くて、常連の娘さんが高校生になって夏だけ手伝いに来てくれたりとか、あるいは毎年手伝いに来てくれる大学のサークルがあって、とくに山小屋などはそうらしいのですが、大学サークルが代々手伝いに来てくれたりとか。農家でも毎年収穫の時期になると手伝いに来てくれる人たちがいたり、北海道で日本一周をしているバイク旅の人たちだけが口伝えに知る小屋に求人が出されていて、それを見て飛び入りでお手伝いに行くいう、そういう地域との関わり方がたくさんあったそうです。

それが今は、そうしたつながりが薄くなってしまった。「おてつたび」は、そうした昔ながらの地域とのつながりを現代版にアレンジして、インターネットを活用して紡ぎ直しているのかもしれません。

――4年間で一番の困難はなんですか。

永岡 一番はやはりコロナ禍ですね。「おてつたび」は人の移動を伴うサービスですので、安心・安全が第一ですが、それが難しくなりました。さらに、コロナで技能実習生などが来日できなくなって人手不足になった一次産業の方々からお問い合わせをいただくことも多くて、私たちはどんな価値を届けていくのがいいか、自問自答することも多かったです。

私たちのお手伝い先は、一次産業と観光業が多いので、「おてつたびプラス」という名前で、休業した旅館の従業員の方に農家のお手伝いにいっていただくような連携を模索していました。観光業の方を想定してリリースを出したのですが、飲食店の従業員で仕事がなくなってしまった方や、フリーランスの方からのお問い合わせが想像以上に多かったので、いい取り組みになりました。

――JAやANA、JTBなどの企業とのコラボが増えているようですが、こうした連携についてはどういう経緯で始まったのですか。

永岡 始まり方はそれぞれ違うんですけれども。私たちが大切にしている考え方として、人手不足や地域活性化という問題は、とても我々1社で解決できるほど単純なものではないと思っています。ですので、いろいろな方々と協力してそれぞれの強みを生かしながら、こうした社会課題を解決できるよう模索していきたいと思っています。

そういうことから、JAやANA、JTBなどの大きな団体、企業との連携も積極的に受けさせてもらっていますし、地域にとっても参加者にとってもより使いやすい形にするために協力したいと思います。たとえばANAとの連携によって、飛行機の予約を取りやすくすることができました。また、JAとの連携によって、ITに明るくない農家に一緒にアプローチできるようになりました。

「おてつたび」に参加した人は、その地域が大好きになって帰ってくる人が多いという。

「おてつたび」が秘める大きな可能性

――このサービスを起動に乗せるのは大変だったと思うのですが、これからは非常に大きな可能性があると思うのですが……。

永岡 私たちも大きな可能性を感じています。現地に行って、地域の方との共同の体験や経験をするのはとても大事で、お手伝い先やその地域を大好きになってしまうようなインパクトがあると思っています。

たとえば、熊本県の胡蝶蘭の生産農家さんに手伝いに行った方が、知人のお祝いのときにはその農家さんの胡蝶蘭を必ずプレゼントしているとか、広島県に柑橘類の収穫に行った方は、その農家さんのものを買って友達に配ったり、その地域の新聞を作って友人に配っていたりとか、我々の想像以上の活動をされる方もいて、地域の活性化につながっていくのではないかという可能性は感じていますね。

今は「おてつたび」が1週間や10日間が多いので、社会人の方が少し使いにくいモデルにはなっているのですが、私たちの思いとしては地域に興味を持った方の最初の入口になれるような存在でありたいと思っているので、「おてつたび休暇」のような形で、もっといろいろな方が使いやすいモデルも作っていきたいと思っています。

さらに、私たちがやっていきたいのが、地域でお手伝いをしたことによって得られた報酬を地域で使って、地域を堪能して帰ってきてほしいということです。先ほども触れましたが、広島県の柑橘系の農家は冬が繁忙期で、一方その時期観光事業者は閑散期です。今年の1月、2月に連携した事例では、「おてつたび」で農家をお手伝いして、得られた報酬を観光事業者に落として、観光事業者も潤うという仕組みができました。そういったより地域経済を循環させて、人も循環させてというような形ができると理想だなと思います。

そして、「どこ、そこ?」と言われるような地域に行くのも面白いよねというような、そんなカルチャーができてほしいと思っています。夏休みにカジュアルに「どこ、そこ?」と言われちゃう地域に「おてつたび」に行って、その地域が好きになって、第2の故郷だと思うようになって帰ってくるというような、そういう旅行の形を提案できたらと思っています。