半導体、日本酒、SDGs……ブロックチェーンによるトレーサビリティシステムの応用先は幅広い
商品・サービスの製造から消費、廃棄までの一連のプロセスを追跡するために有効なものとして、ブロックチェーン技術が注目されています。たとえば、ブロックチェーンによる食品のトレーサビリティシステムを実現すれば、食品がどこでどのように生産・販売され、どこで消費されたのかを追跡することができるようになります。これにより、偽装食品の流通を防止したり、ハラルなどの品質を証明したりすることが可能となります。
実際に半導体の偽装対策としてブロックチェーンの適用が検討されています。半導体は数多くの製造工程を経て作られますが、昨今では製造の水平分業化が進み、半導体不足が深刻化するなかで、半導体デバイスに模倣品が混入するリスクが高まっています。そこで、ブロックチェーンを使って、半導体デバイスの製造から、半導体デバイスを使用する最終製品の製造、および最終製品のユーザーまで、サプライチェーンのトレーサビリティを実現するための規格化がSEMI国際標準において日本主導で進められているところです。
日本酒の不正な流通を防ぐサービスも登場しています。生産者は、日本酒の瓶や化粧箱にICタグを装着し、その情報をブロックチェーンに登録します。タグには開封検知用の電線が仕込まれており、流通の過程で開封された場合には断線が検知され、ICタグの情報が「開封済み」へと書き換えられます。購入者は、スマートフォンをタグにかざして開封履歴の有無を確認することで、酒や箱の中身がすり替えられていないか判断できます。
ブロックチェーンにより生産・在庫・調達量などが可視化できるようになると、生産の効率化や生産量調整にも応用できるのではないかと考えられています。さらに、証明書を簡素化したり、取引の一部の実行をスマートコントラクト※で行ったりすることでバックオフィス業務を格段に減らすことも可能となります。廃棄物処理やリサイクルの現場では、ブロックチェーンを活用して資源循環の見える化に取り組む動きも出てきており、SDGsの観点からもブロックチェーンは魅力的な技術であるといえます。
※あらかじめ設定されたルールに従い、ブロックチェーン上で取引を自動的に実行するプログラムのこと。取引プロセスの自動化を図ることが可能。
なぜブロックチェーン技術はトレーサビリティに有効なのか?
なぜブロックチェーンはトレーサビリティシステムに有効なのでしょうか。これを理解するために、ブロックチェーンの特徴について見ていきます。
従来のシステムは、自社で用意したサーバーでデータを集中管理する仕組みになっていました。この場合、情報は管理者サーバーに依存し、改ざん・消去が可能となります。これに対し、ブロックチェーン技術を活用したシステムでは、中央集権的なサーバーを置くことなく、ネットワーク上につながった機器(=「ノード」)がそれぞれデータを持つ自律分散管理(分散型台帳)の仕組みを実現することができます。
トレーサビリティシステムに関するブロックチェーンの特徴としては、すべての取引履歴がブロック上に保持されることによる「追跡可能性」と参加者が同じデータを同期・共有して記録を保持することによる「透明性」に加えて、以下に述べる「ブロック」を「チェーン」のようにつないでいく構造を活かした「耐改ざん性」 が挙げられます。
ブロックチェーンの構造は、各ブロックに直前のブロックの内容がハッシュ化※され、その値(ハッシュ値)が書き込まれます。これがチェーンのように連鎖する形で保存されているため、一部の取引データの改ざんを行うと異なるハッシュ値が導き出され、全体の整合性が保たれなくなります。つまり、ブロックチェーン上の取引データを改ざんするには全ブロックのハッシュ値を変更しなければならず、実質的には過去の取引履歴の変更は困難となります。
※ハッシュ化とは、データをハッシュ値と呼ばれる不規則な文字列に変換する手法。同一データから変換されるハッシュ値は常に同一の結果となり、また生成されたハッシュ値から元データを割り出すのは困難な性質(不可逆性)を持つ。
また、ブロックチェーンには、サーバー依存性がないP2P(ピア・ツー・ピア)ネットワークが用いられているため、システムダウンの可能性が低いという強みもあります。P2Pネットワーク※では、各ノードはすべて同等の機能・役割を持つため、一部のノードが障害を起こしたとしても、システム全体としては影響なく処理を継続することができます。実際にブロックチェーン技術を使っているBitcoin(ビットコイン)は、2009年の運用開始以来、管理する責任者がいないにもかかわらず未だかつて一度も停止したことがありません。
※ネットワークに参加する相手のコンピューターをピアとも呼びます。P2Pネットワークでは、それぞれのピアが同等の役割を持っており、複数のピア間で対等に通信が行われます。
こうしたブロックチェーン技術の特徴は、トレーサビリティが重要な製品・サービスのシステムにとっては非常に有用となります。
ブロックチェーンでカーボンクレジットの流通市場を発展させられる
ブロックチェーンによるトレーサビリティシステムは、近年注目されているカーボンクレジットにも応用できる可能性があります。
カーボンクレジットとは、企業が森林の保護や植林、省エネルギー機器導入などを行うことで生まれたCO2をはじめとする温室効果ガスの削減効果(削減量、吸収量)を、クレジット(排出権)として発行し、他の企業などとのあいだで取引できるようにする仕組みです。クレジットを購入した企業は、カーボンオフセットに貢献していることになります。こうした取り組みは世界的に進んでおり、日本でも「J-クレジット」という国が認証するクレジットが登場してきています。
温暖化対策のアイデアとして期待されているカーボンクレジットですが、課題もあります。現在、森林の保護や植林によって見込まれる実質的なCO2吸収量は現地視察などによる事前審査によって決められていますが、カーボンクレジットが発行されている期間内に定期的にその実態が調べられていないものもあります。実際に、インドネシアカリマンタン州の森林保全事業「カティンガンプロジェクト」では、多くの世界的企業が同プロジェクトの発行するカーボンクレジットを購入しましたが、CO2削減量の実態は1/3程度であったことが指摘されています。
本質的な温暖化対策に取り組むためには、温室効果ガス排出削減量の正確な数値を把握する必要があります。また、カーボンクレジットの証明や透明性・流通性の確保などを行い、カーボンクレジットの流通市場を発展させていくことも重要です。
ここで有用となるのが、ブロックチェーン技術です。気候や植林状況などの情報をブロックチェーン上に随時書き込むことで、温室効果ガスの排出量の改ざん困難な記録や継続的な排出量のトレーサビリティシステムを実現できると考えられます。また、参加者はオープンに情報を閲覧することが可能となるため、よりよい市場の形成にも貢献できると期待されます。ジャスミーでも、ナチュラルキャピタルクレジットコンソーシアム(NCCC)のカーボンクレジット創出、市場の活性化の取り組みに対して、トークン発行をはじめ独自のブロックチェーン技術を提供し、カーボンクレジットを証明・流通する仕組みの構築を進めているところです。
ブロックチェーンを利用したトレーサビリティの課題と展望
カーボンニュートラルへの取り組みは企業の社会的使命のひとつになっていくため、カーボンクレジットにおけるトレーサビリティシステムの需要は今後も高まっていくものと思われます。さらに、食品や医薬品などの製品品質や安全性確保、偽装防止などの観点から様々な分野で活用が進むとみられます。
しかしながら、Bitcoin(ビットコイン)やEthereum(イーサリアム)のように誰でもアクセスできるパブリックチェーンにおいては、製品情報や出荷・販売情報などの取引内容や取引の関係者に関するプライバシーは確保されていないため、取引関係者ではない第三者にも情報が開示されてしまいます。また、あらゆる人が情報にアクセスして情報を書き込めるようにすると、悪意のある第三者が偽りの情報をブロックチェーン上に書き込む可能性も否定できません。
このため、複数の企業や組織によって運営され、ネットワークへアクセスできる参加者を限定することが可能なコンソーシアムチェーンを活用することが重要だと考えています。そして、その参加者を決めるためにコンソーシアム内での推薦や投票などによって決定する仕組みも必要になってくると思います。このようにブロックチェーン技術によりトレーサビリティシステムは今までにない優れたシステムとなりますが、次にはビジネスでの信頼関係を築き、取引の透明性を高めるための運営方法を確立する必要もあると思います。
(文・構成 周藤瞳美)