プラットフォーマーがデータを独占することで生まれる課題

現在、Webサイトの閲覧履歴や商品の購入履歴といったインターネット上での行動履歴をはじめとする個人のデータは、GAFAM などに代表されるプラットフォーマーと呼ばれる巨大テック企業によって独占的に集められ、さまざまな用途で使用されています。これにより便利なサービスが無料で使えるようになるなど良い面もありましたが、サイバー攻撃や管理ミスなどによる情報流出、悪用や望んでいない形での利用など、多くの課題も発生しています。
特に議論になっているのが、リターゲティング広告をはじめとする企業のマーケティング活動への利用です。リターゲティング広告とは、検索履歴や行動履歴などのデータからユーザーの興味・関心領域を特定し、関連広告を表示させることで再訪問や商品購入を促すものです。個人データを企業に収集・分析されることに対して不信感を抱くユーザーもいるなかで、プラットフォーマーはこの広告手法により巨額の収益を得てきました。個人データを利用しているのにもかかわらず、一部の企業のみに収益が集中してしまっている状況が問題視されているというわけです。

ブロックチェーン技術によって、「データの民主化」が実現できる

こうした状況に対し、Web3は本来持つべき個人の手に個人のデータを戻していこうとしています。Web3の世界観では、Web2.0で実現した双方向の情報流通に加え、ユーザー自身が個人のデータを所有でき、自分の意思で活用することが可能となります。さらにこれにより、プラットフォーマーに集中していた利益を個人へ還元することが可能となります。
私が所属するジャスミーでは同様の考え方で、個人のデータをユーザー自らがセキュアな状態で管理・活用できる「データの民主化」を目指しています。データの民主化を実現するジャスミーのプロダクトの1つが、ブロックチェーン技術を使った個人情報活用プラットフォーム「Jasmy Personal Data Locker(以下、PDL)」です。
PDLには、自分のデータを安全に保管・管理できる機能、提供したデータの利用履歴をたどり意図しないデータ利用を監視できる機能、許諾したデータのみを提供できる機能、匿名化してデータを提供できる機能という4つの特長があります。
この仕組みを活用することで、企業はさまざまなアプリケーションの開発が可能となります。たとえば、ローンの借り入れや賃貸契約などの契約行為に対して、自身の証明やそれまでの契約履歴を格納しておき、各種取引ログを用いて審査を行うといったことも可能です。

日本旅行が運営する旅行メディアサイト「Tripα(トリパ)」においては、PDLを活用して会員登録機能を実装しました。この機能は、事業者側に個人情報管理やその活用を委ねることなく、ユーザー自身で個人情報を管理・活用しながらサービスを利用していくことができるものです。リスク管理の観点からユーザーの個人情報を保持したくないという企業も多いため、事業者側、ユーザー側双方にメリットのある仕組みだと考えています。

また、ジャスミーは日本のプロサッカークラブであるサガン鳥栖のファントークン(ファンとスポーツチームなどの関係性を強化する目的のNFT)の発行に協力していますが、ファントークンアプリへのログインの仕組みおよび個人の行動履歴等のデータの管理はPDLを利用して構築しています。そしてユーザーがチームや地域への貢献という活動(行動データ)を行うことで、ファントークンのステータスがアップし、各種の特典を入手することができます。個人のデータを自ら保管・コントロールすることで、それによるインセンティブが個人へ還元されるというWeb3の世界観を実現するものといえます。

「ソウルバウンドトークン」の活用事例と課題

データの民主化に向けたアプローチの手段として「ソウルバウンドトークン(Soulbound Token、以下SBT)」が注目されています。SBTは、個人の情報を永続的に管理できる譲渡不可のNFTです。一般のNFTは自由に売買可能ですが、SBTは個人や組織のアイデンティティーや価値観(=ソウル)を表すものであり、人々が互いに支援し合い、信頼関係を築くためのツールとして設計されたため、譲渡ができません。
SBTは学業成績や卒業証明、職歴などの管理手段として有望視されており、将来的には、個人IDに紐づいて各種証明に利用できると考えられています。
医療記録の管理においてもSBTはメリットの大きい仕組みです。病院のカルテをブロックチェーン上に置くことができれば、自分の管理下のもとそれまでの医療記録がどの病院でも閲覧できるようになります。投薬履歴の把握や介護連携などもやりやすくなるでしょう。
また、SBTによって各種著作物の著作権者としての正当性を証明することで、2次流通の収益分配も可能となります。こうした取り組みが進んでいくと、ファントークンのように、個人のデジタルデータや経験データをもとに趣味やファンの熱量などこれまでは無価値とされてきたものに価値をつけ、それを流通させることで利益を得る仕組みへ発展させていける可能性も高まってきます。
このようにSBTの活用可能性は広く、三井住友フィナンシャルグループは、ブロックチェーンベンチャーのHashPortグループと提携し、SBTの実用化を中心とする新規事業の立ち上げを検討していることを発表 しています。

ブロックチェーン技術を活用した個人データ管理の課題

SBTの事例としてはほかにも、TOEIC® Program公開テストのデジタル公式認定証千葉工業大学のNFT学修歴証明書などが話題になっています。
一方で、解決しなければならない課題もいくつかあります。ブロックチェーン技術を用いた個人データの管理の仕組みであるPDLやSBTなどを通して個人データの活用が普及していくようになると、トークンを保管していたウォレットを失う、アクセスのパスワードを忘れる、ブロックチェーンのニーモニック(ブロックチェーンの秘密鍵を生成・復元するキー)をなくすといったことへのリスクが高まります。現状では特にその具体的な対応策はなく、個人の管理に任されています。今後、各企業は、こうした課題を解決するためのさまざまな仕組みづくりに前向きに取り組んでいく必要があり、弊社においても、今までも積極的にこの課題に取り組んで参りましたが、技術の発展に伴い、さらにより安全・安心な環境をいち早くお届けできるよう日夜努力を重ねています。
また、個人の経歴などはSBTを利用してブロックチェーン上に記録しておくことができますが、それらの証明書の発行自体は現状、大学や企業などの中央集権型の仕組みで行う必要があります。このため当面は、これまでの中央集権とWeb3の世界観が手を取り合いつつ発展していくものと見ています。
(文・構成 周藤瞳美)