遺跡&ビーチリゾートが人気の観光大国は、生産拠点としても海外から熱視線
ラテンアメリカではブラジルに次ぐ経済規模を誇るメキシコ。かつては日本航空が、現在は全日空とメキシコの航空会社アエロメヒコの直行便がメキシコシティと成田間を結んでいます。
国土は日本の5倍。一昔前はエルビス・プレスリーが主演映画を撮影した太平洋岸のアカプルコ、近年ではカリブ海に面したカンクンや米国に近いロスカボスといった世界有数のビーチリゾートを誇る一方、マヤ文明やアステカ文明の栄華を偲ばせる古代遺跡の数々、そして海外でも人気の高い蒸留酒「テキーラ」の古い産業施設群と原料のアガベ・アスルが大量に植えられた壮大な景観など、計35カ所がユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界遺産に認定されており、2010年にはメキシコの伝統料理も無形文化遺産の仲間入りを果たしています。
壁画やマリアッチ楽団が奏でる陽気な音楽、各州の民族舞踊や魅力的な民芸品など文化的にも豊かなメキシコですが、「産油国」そして「米国輸出向けの生産拠点」という全く異なる顔も持っています。
産油国としてのメキシコは原油の輸出も行っていますが、精製設備の老朽化などで石油製品の生産量が大幅に落ち込んでいます。しかし、「クリーンエネルギーの促進」という世界の流れに反するとの批判を受けながらも、ガソリンを含むエネルギーの自給自足化を目標に掲げる現政権が巨額投資を続けて国営石油企業ぺメックスの救済と生産拡大に取り組んでいます。
1990年代に米国、カナダと北米自由貿易協定(NAFTA)を締結したことで海外投資が増え、自動車、一般機械、電気機器などの製造業が躍進。このNAFTAはトランプ前大統領の意向で見直しが行われ、2020年に「米国・カナダ・メキシコ協定(USMCA)」に取って代わられました。米中貿易摩擦やコロナ禍で(生産拠点を消費地に近づける)ニアショアリングの重要性が高まるにつれ、世界最大の消費市場である米国に隣接し、人件費も安いメキシコは有力な生産拠点(移転先候補)として改めて注目を集めています。本年3月には、米電気自動車大手のテスラが次世代モデル向けの新工場をメキシコ北部に建設すると発表しました。
ちなみに日本との友好関係は400年以上も前からと古く、2005年に両国間で経済連携協定が発効となったことで、近年は日系企業の進出も増えています。2017年に1000社を突破しており、日産、ホンダ、トヨタ、マツダも地方に工場を構えています。
大気汚染と渋滞・通勤ラッシュが難点の大都市メキシコシティ
私が長年暮らすメキシコシティは、東京23区よりもやや少ない920万人の人口を擁する大都会。共に人口2000万人以上の首都圏をなす隣接のメキシコ州から毎日毎日2時間以上かけて仕事にやってくる人も多く、地下鉄や専用道路を走る真っ赤な「メトロバス」、そして民間運営のマイクロバス(ペセロ)が庶民の移動を支えています。
メトロバスの車内では、早朝の座席争奪戦を制した後、袋からタッパーを取り出してフルーツやコーンフレークを食べ始めたり、揺れる車内で立ったままお化粧をするタフな女性たちと遭遇することも。シングルマザーが多く、休校日など子連れ出勤を認める寛容な会社は少なくありません(母親が仕事に追われている時は、オフィスで退屈そうにしている子どもを同僚が優しく構ってくれたりします)。
流しのタクシーは強盗やぼったくりに遭うリスクが高まるため、マイカーを持たない中間所得層やビジネスマンを中心に、Uberなどの配車アプリが重宝されています。
標高2240m、周囲を高い山に囲まれた盆地という地理条件に加え、雨期以外は雨があまり降らないこともあって排気ガスが滞りやすく、大気汚染警報が発令すると、車の使用制限や学校などでの野外活動が禁止されます。半年に1回の車検が義務付けられており、古い車は大気汚染指数に関わらず、最低週一回は走れない曜日が設定されています。
都心部ではクリーンな移動手段としてメキシコシティ政府が導入したEcobici(エコビシ)というレンタル自転車を通勤に活用している人もいます。1日レンタルは割高の118ペソ(約870円)ですが、1年間のプランは521ペソ(約3846円)とお得な設定。一回の利用制限は45分間なので、遠くに行く場合は一度途中のステーション(680カ所以上に設置)で自転車を借り直す必要があります。専用アプリと連動しており、最寄りのステーション検索も可能です。
実はかなりの働き者? メキシコの「国民の祝日」は日本の半分以下
メキシコは一般的に時間にルーズな人が多く、工場などでは時間通りに出勤した社員に「無遅刻手当」を支給しているほど。出社するや自分の席で朝ごはんを食べ始めたり、仕事で同僚や馴染みの業者と電話で話す際など、本題よりも前置きの挨拶や近況報告に時間がかかったり、あるいは勤務中に何度も母親や恋人とやりとりをしたり…とマイペースな働きぶりが目につきますが、こちらが困った時には張り切って助けてくれる親切で頼もしい人たちでもあります。業務上の単純なやりとりは、メールよりも無料のメッセージアプリWhatsApp経由の方が円滑に進む気がします。
意外なことに、経済協力開発機構(OECD)の加盟45カ国を対象に実施された「年間の労働時間調査」(2021)では、メキシコが「2,128時間」で第1位!“Karoshi” (過労死)という言葉とともに、世界的に勤勉な国民として認知されている日本は「1,607時間」で27位でした。さらに、当地のネット求人サイトが実施したアンケートによると、6割以上が仕事にストレスを感じていると回答しています。
実はメキシコでは、元旦、憲法記念日、独立記念日、革命記念日、クリスマスなど法定休日に指定されている「国民の祝日」が通常年に7日間しかありません。政権が交代する6年に一回だけ、大統領就任初年度の12月1日が祝日となるので8日間に増えますが、それでも日本の16日間と比べると半分の少なさです。連邦労働法で定められている正社員への有給休暇付与についても、勤続1年を経て初めて6日間の取得権利が与えられるというもので、これまた日本の10日間(勤続6ヶ月で取得可能)よりも少ない状況にありました。
ただ、この有給休暇については昨年末に議会で法改正が承認され、2023年1月1日より、権利発生初年度の日数が倍の12日間に増えました。この夏に勤続8年目に突入する私の場合、従来ならば入社10年を経過するまでは14日間の有給でしたが、法改正により今年は22日間も取得できることになりました!
また、「最低12日間の連続取得」を認めることが雇用主に義務付けられたことで、長期休暇が取りやすい環境に。もちろん、社員側が望めば分割での取得も可能です。雇われている側にとっては嬉しい変化ですが、メキシコでは有給取得時に日給の25%を「休暇手当」として上乗せ支給する義務があるため、雇用主側、特に零細・中小企業の人件費の負担増を懸念する声が上がっています。
就業人口の約5割がインフォーマル労働に従事
とはいえ、先ほどご紹介した有給休暇の倍増や休暇手当の恩恵にあずかれるのは法律で守られている正規雇用者のみ。直近の政府データによるとメキシコシティの失業率は4.53%ですが、街角のタコスやフルーツ屋台、露天商、信号待ちの車の窓ガラスを半ば強引に拭いて日銭を稼いでいる若者、あるいは一般家庭の掃除を請け負って日給を得ている大勢の女性たちなど……雇用契約や社会保障のないインフォーマル労働者が就業人口の45.8%を占めています。
低所得者の購買力低下も長年問題視されています。2018年12月に現左派政権が誕生して以来、最低賃金(日給)の値上げが続き、この5年間で倍以上に増えたとはいえ、メキシコシティを含む(北部国境地帯を除く)地域は、未だ「207.44ペソ/日」(約1530円)。スタバの「本日のコーヒー」とサンドイッチを注文すると、彼らの日給の7割程度があっという間に消え去ります。政府が規定する必要最低限の食品・日用品が賄えない貧困層は人口の5割以上で、主に米国に移住した家族からの送金に頼っている家庭も少なくありません。ちなみに、給与は通常月の前半と後半の2回に分けて支給されます。
コロナ禍でリモートワークの法整備が進む
2023年4月時点で、全国の累計感染者数は755万人を超え、そのうちの25%はメキシコシティ在住者。連邦政府によると死者数の累計は33万人超ですが、実際はその数をはるかに凌ぐと言われています。
空路の国境閉鎖は一度も行われませんでしたが、2020年3月30日に衛生上の緊急事態宣言が発表され、必要不可欠な業務以外の経済活動が禁止されました。企業の大半は社員に在宅勤務をさせることを余儀なくされ、事態の長期化を受けて、翌年1月にテレワークに関する新たな規定を盛り込んだ改正労働法が施行されました。就労時間の40%超をテレワーク形態で行う労働者を対象としており、業務に必要なパソコンなどの機材、通信費や追加電気代などの経費を雇用主が負担するように定めています。
企業によっては部分的にリモートワークを継続しているケースもあるようですが、規制はほぼ撤廃されており、メキシコシティでは義務化されていたマスクの着用も2022年10月半ばから「任意」となっています。
常識って? 正解って必要? 矛盾も混沌も受け止めて今を楽しく生きる!
最後に……私にとってのメキシコの魅力、それは左脳よりも右脳優先の寛容なお国柄でしょうか。「人に迷惑をかけちゃいけない」とか「空気を読まなくちゃ…」とか気負う必要がなく、そもそも庶民の間で「常識」や「世間体」という概念が存在するのか疑問です(笑)。日本では批判されがちだったり、自己嫌悪に陥りそうな、人間の生々しい部分や不完全性をも包み込んでくれる器の大きさ、とでも言えるでしょうか。
物事の白黒はあえて追求せず、グレーはグレーのままで。建前と本音、理想と現実の狭間で、時にしたたかに、時に開き直って痛みも怒りも笑いに変えて、今この時を最大限に楽しむ術を身につけている人が多いような気がします。自由奔放なようでいて、いざと言う時は大切な家族や仲間のために一致団結して乗り越える。
お祭り事や楽しいことが大好きで、バケーションの季節には、質屋や知り合いにお金を借りてでも家族総出でビーチにゴー。イベント会場を貸し切って子どもの誕生日パーティを盛大に開いたり、深夜でも大音量で曲を流してカラオケ&ディスコタイムを満喫したり。二段腹でも堂々のへそ出しルックでハッピー。ある時は家族全員でスーパーマリオのプチコスプレをして映画館へ。体型や人目を気にせず、着たい服を着て今を楽しむ!
物欲にも限りなく忠実です。恐ろしく割高な週払いの分割クレジットで大画面テレビや最新スマホをゲット。だって欲しいんだもん(笑)。年頃になってもお母さんと仲良く手を繋いで歩く息子や、時と場所を問わずラブラブモード全開な恋人たち。こちらも理由は単純明快、だって大好きなんだもん。彼らの生命力あふれる日常は、ついつい左脳モードに偏って縮こまり、真面目な良い人を目指したくなる私を「魅惑のラテン系右脳モード」へと優しく誘導してくれるのです。