はじまりはフランス・パリの夜
結城靖博(ゆうきやすひろ)氏 1984年生まれ 新潟県三条市出身
有限会社 魚兵 代表取締役/Connection 代表/株式会社 燕三条 代表取締役
大学を卒業後、家業である創業明治元年の料亭 遊亀楼魚兵を七代目として事業継承。飲食業を営む傍ら、自ら創業したニート支援内職斡旋会社のConnectionを展開、また三条商工会議所に所属し、会員メンバーと共に創立したまちづくり会社(株)燕三条の代表取締役に就任する。3つの会社を経営しながら、今年度は三条商工会議所青年部の会長を務め、匠の守護者プロジェクトなど様々な地域活動を行う。
──NHKなど全国メディアでも紹介された地域発のトレーディングカード「燕三条トレカ匠の守護者」ですが、スタートのきっかけはなんだったのでしょうか?
結城 2016年に、三条商工会議所でパリのジャパンエキスポに出展したことがきっかけです。 そこでは「産業観光」、つまり三条の伝統産業である金属加工業の工場(こうば)などを巡る旅のPRがテーマだったのですが、その夜、お酒を飲みながら出てきたアイディアが現実になってしまった、という(笑)。
もともと「燕三条 工場の祭典」という、産業観光ど真ん中のイベントはあるのですが、我々、商工会議所青年部が何か新しい事、少し斜め上を狙うのであればトレカだ!となったんです。「聖地巡礼」ってありますよね。燕三条の金属加工会社がキャラクターになって、ファンになってくれた人が、この地域の工場を巡ってくれたら面白いだろうなと。
でも、単に擬人化しただけではそうはならないだろう、というのも分かっていました。そこでいま一大ブームにもなっているトレカにすれば――と本当に思いつきではあるのですが、結果としてこうやって取材頂くことも増えて、注目いただいています。
──トレカは商工会議所で作っているのですか?
結城 商工会議所だと利益を計上できないので、青年部のメンバーで会社(株式会社燕三条)を作って、第3弾以降はそこで他のプロジェクトと共に展開しています。トレカ「匠の守護者」に参加したいという企業さんから1社5万円を頂き、新潟市内の専門学校(JAM日本アニメ・マンガ専門学校)の学生さんたちに工場見学をしてもらいデザイン制作をお願いし、観光案内所や道の駅、アニメグッズ販売チェーンの駿河屋さんにも置いてもらっています。ここまで約130社が参加してくれていて、いまシリーズ第5弾を制作中ですが、これは2万2千部(4360パック・180箱)印刷する計画です。
──トレカにしたことで、燕三条で暮らす子どもたち以外にも触れてもらう機会が増えたと言えそうですね。
結城 はい。「工場の祭典」のようなイベントや、見学に来てくれるようなファンの方ともトレカは相性が良いんです。要は何か探究を突き詰める人って良い意味でオタクじゃないですか。だから、これまでも工場にアイドルに来てもらってそこでライブをやったりとかもして、とても好評でした。
燕三条には、ニッパーを擬人化した「ニパ子」とか、すのこを擬人化した「すのこたん」という人気キャラクターがいます。ニッパーはプラモデル、すのこはいまブームになっているキャンプでも使われるアイテムです。そういった趣味を極めていくオタクの人たちと、擬人化、そしてトレカはとても親和性が高いのです。道具に興味を持ってくれて、「どんな道具で作られているのだろう?」「どんな人たちが作っているのだろう?」というところまで関心を持ってくれたりしますので。
──なるほど。
結城 そして、もう1つ燕三条の課題として「実はアレもここで作られているのに知られていない」という点があります。かつてiPhoneの背面って、鏡面加工されていたのですが、あれも燕三条で加工されていました。iPhoneは誰でも知っているのに、その鏡面加工をしている会社を地元の人もほとんど誰も知らなかったという残念な状態でした。ここでの金属加工は分業体制になっていて、1つ1つの工程を担当する会社は規模が大きくないのが知られていなかった大きな理由ですが、それって滅茶苦茶もったいないですし、もし子どもがそれを知ってくれれば「燕三条すごい!」ってなるじゃないですか。だから、トレカで遊んでもらいながら、地元の実はすごい企業を知ってもらいたいなという気持ちがあります。
──地域外も含めたオタク層へのアピールと、子どもたちに地場産業に親しんでもらいたいという2つの狙いがある、ということですね。
ふるさと納税とNFT展開
──現在「匠の守護者」はふるさと納税の返礼品にもなっています。専門学校との産学連携からさらに行政=官ともタッグを組むことになったわけですね。ここからは三条市CMO(チーフ・マーケティング・オフィサー)の澤さんにも伺ってきます。
澤正史(さわまさふみ)氏
東京外国語大学卒業、在学中にブラジル留学。ターナージャパン、ソニー・ピクチャーズ、DAZN、Netflixなどメディアやエンターテイメント企業にて企画、セールス職として活躍。広告、番組・コンテンツ販売、観光PR、デジタル、ビジネスディベロップメント、スポーツマーケティングなど幅広い領域に精通。2021年10月に三条市役所にてCMO(最高マーケティング責任者)に着任、新潟県三条市にIターン移住。ふるさと納税事業を市役所職員で運営する体制を構築、就任1年半で7億円→50億円に伸ばす。
澤 私は東京でテレビ局や映像配信の会社に勤めていたのですが、2021年から三条市にIターンでやってきました。主にふるさと納税の活性化や情報発信などの、ブランド力の強化に取り組み、いまは市役所の組織改革プロジェクトも担当しています。
──ふるさと納税の返礼品にトレカ、しかもNFTにも対応というかなり尖った取り組みになっていますね。どういう経緯で実現したのでしょうか?
澤 Iターンで三条市にやってきて、「面白い人がいるので挨拶にいこう」と連れてこられたのが最初ですね。もともと、先ほど話にも出てきた「工場の祭典」のホームページなども見ていて、その色使いの斬新さに「こういうセンスがある/許されている町で、しかも優れた技術がある」つまり、外からやってくる自分も受け入れられるし、競争にも勝てると踏んで応募したのですが、実際に来てみて自分の読みは正しかったなと。
結城 最初、ネットの記事で見た写真と全然違っていてビックリしました(笑)。
澤 普段からこんなトレーニングウェアで出勤していますからね。市役所の皆さんも最初、宇宙人が来たってビックリしたんじゃないでしょうか(笑)。当時三条市はライバルである燕市にふるさと納税の納税額で差を付けられてしまっていたのですが、そのカンフル剤の1つとして、PRにも繋がる「面白い返礼品」つまり、三条市の取り組みを知ってもらうきっかけとして、トレカ×NFTをやってみようということになったのです。私もあくまで個人的にですが、このプロジェクトの実現に向けて動いていきました。
結城 NFTの先行事例は、三条市に地域おこし協力隊でやっていて現在は起業されている米山さんという方から、岩手県遠野市の取り組みにつないでもらいました。
澤 その米山さんから、スマートニュースで活躍され、現在はTales & Tokens という会社を運営されている佐々木大輔さんを紹介されたのですが、はじめて会った瞬間から良い意味で「ヤバい」と感じまして、佐々木さんが遠野でNFTを立ち上げたお話を伺って意気投合し「そういえば、三条でもカードゲームを作った人がいたな」と。さっそく結城さんに話を聞いたら、データは揃っているし、権利処理もされているからNFT、できますよ! となりました。そこからは佐々木さんを交えて週1でオンラインミーティングをして、半年ほどで実現したという流れです。佐々木さんも、ビジネス的な打算ではなく、燕三条の魅力と私たちの取り組みに共感して一緒に走ってくれた感じですね。
──全国的にみてもとても珍しい取り組みは、そうやって実現したんですね。
澤 NFTもブームとなっていたことはもちろんですが、ふるさと納税の取り組み全体を見ても、ライバル関係のように見られることが多い燕市と三条市が、まるでプロレスのように技を競っている、という風に取り上げてもらえたら……と。実際、燕市さんの方がふるさと納税では約49億円と、三条市の7億円のずっと先を行っていたのですが、今回の取り組みをはじめとする返礼品の魅力の再構築に取り組んだ結果、三条市も納税額を50億円にまで伸ばせました。
リモートワークだから組めた「タッグ」
──タイミング的にコロナ禍での取り組みでもあったわけですが、やはりリモートワーク中心だったのでしょうか?
澤 一度は三条にも来てもらいましたが、基本的に東京にいる佐々木さんたちとのミーティングはオンライン会議で、そこにグループウェアを組み合わせる形となりました。
結城 地方での会合といえば、対面で、そのあとはお酒を飲みながらの会食というのが当たり前でした。特に私がいる商工会議所青年部なんて、飲み会の悪ノリが起点となって事業になっていく、ということも珍しくありません。それが、コロナ禍で急にどれもできなくなってしまった。
──お酒の力、大事ですよね(笑)
結城 はい。もう翼を奪われた、みたいになってしまって。で、なんとか見よう見まねでリモート会議もやっていたのですが、どうにも盛り上がらない。そこに澤さんがやってきて、東京の佐々木さん達とのオンラインプロジェクトがはじまったわけです。「東京の人って、こうやって物事進めているんですか!?」とちょっと衝撃でしたね。コロナ禍が収束してきた時には「やっぱり対面の会議じゃないと出てこないものってあるよね」って元に戻したりもしたのですが、効率・スピード感が全然オンラインの方がすごくて。
Zoom会議だけじゃなくて、Discordを使ってどんどんやり取りが進んでいくし、打ち合わせしながらGoogleドキュメントとかスプレッドシートが更新されていく……。これ東京の人がみんなやってたら地方に勝ち目はない、相当やばいな、と思いましたね。必死についていって、今では私が関わるプロジェクトの半分くらいはリモートワーク方式でやってます。
澤 それはすごい。
──このインタビューも結城さんがガレージから自ら作った秘密基地のような空間でおこなっていますが、対面でしか読み取れないものはたしかにありつつ、プロジェクトを推進するならリモートワークが圧倒的に強力だというのは新潟にいる私もよく分かります。
ふるさと納税を切り口に役所の組織文化を改革!
──コロナ禍を乗り越えて、地域の働き方も変わって来たということがよくわかりました。
澤 ふるさと納税では数字として結果を出せましたが、それをきっかけに、結城さんはじめ地方の民間の取り組みと向き合うなかで、逆に行政の側の限界というか、変わらなければいけない面も見えてきています。この地域のすごく良いところは「常軌を逸した」ことも含め「実行する」ということなんですね。いろんな地域であれこれ意見をする人はいるけれども、実際に手を動かして、やり切ってしまうというのが強みだと思います。だから、できる限り行政もそれに応えていきたい。
結城 商売をしている自分の経験からしても、ふるさと納税で結果を出すことって、恐らくそこまで難しいことではないはずなんですよね。それこそやることを1つ1つ積み上げていけばECサイトで売上を伸ばすのとそれほど違わないはず。ただ、役所の職員の人たちをクリエイティブにしていくのってすごく大変そうだなと思う。
澤 ふるさと納税っていわば行政のなかでは本丸ではなくて、仕事の進め方が違う、ある意味治外法権みたいなところがあります。そして結城さんが言ってくれたように、やることをやれば結果が出てくる。そうすると、私の部下も楽しくなって、このやり方に理解・共鳴を示してくれるようになる。まず周りから染めていっている、という感じです(笑)。
今年6月からは部署横断型の三条市役所組織改革「プロジェクトシンカ」がスタートし、私はそのプロジェクトリーダーを務めています。詳しくは、私のブログ( https://note.com/sawa8/n/nb471c884306b )にまとめてありますので、そちらを見ていただきたいのですが、目指すべきバリューとKPIを定めたうえで、時代にあわせた組織風土を作り上げていく取り組みです。
結城 澤さんが来て、私たちの行政との向き合い方も随分変わりましたね。
澤 「匠の守護者」やNFTの取り組みがそうであったように「まず動いてみる」というのはいま地方にすごく必要なことだと思います。役所も本来は一緒に動いてそれを支えるくらいにならないといけないが、いまはそうなっていないところがほとんどです。まずはそのための風土、土台を作ろうというのがいまの私のミッションです。
ものづくりのまちに「ゲーム企業」を誘致する
──先日の「東京ゲームショウ2023」にもJAM(日本アニメマンガ学院)と共同で「匠の守護者」は出展をされましたね。その狙いは?
結城 表の目的としてはもちろん「匠の守護者」のPRです。でも実はもう一つ大事な狙いがあります。JAMさんとは「匠の守護者」プロジェクトでご一緒しているわけですが、そこで学生さんたちと交流すると、とても優しくて良い子たちなんですね。そしてキャラクターやゲーム作りも一生懸命学んでいるのだけれども、では東京に引っ越して就職するかというと、そういうケースは希なんです。だったら、ここにゲーム企業を誘致できないかと考え、そういった会社がたくさん集まっているゲームショウに出ちゃえ! と考えたんです。いま地方にもゲーム会社さんがスタジオを構える例って増えていますからね。
──チラシには補助金の情報なども出ていますが、これは澤さんから?
澤 いえ、結城さんがしらみつぶしに調べて、それを掲載されていますね(笑)。
結城 補助金だけじゃなくて、コワーキングスペースとか、物件とかグルメ情報とかもね(笑)。ここに進出してくれたら、JAMの学生さんたちがどんどん就職してくれるし、楽しく美味しくゆったりとゲーム作りができますよ!と。
──燕三条というと伝統工芸というイメージが強いと思いますが、ゲームとの親和性というのはあるのでしょうか?
結城 職人の町ですから、ゲームクリエイターも職人なので親和性はとても高いと思います。そして、もし、大手の金属加工メーカーを誘致します、となったら摩擦が起こりますが、ゲームならばそんな心配もない。「匠の守護者」のように、伝統産業と新しい技術のタッグが、企業誘致によって生まれることも期待できます。
澤 産業誘致というとどうしても行政主導というイメージも強いのですが、行政の動きを待っていたら時間切れになってしまう。もちろんしかるべきタイミングではサポートしていくべきだし、組織風土改革でそのタイミングをもっと早くしていくというのが私のミッションなのですが、先ほどお話ししたように、もうそれを待たずに民間から素早く動いてしまえるのが、やはりここの強みですね。
──最後にこのプロジェクトの今後の展望をきかせてください。
結城 現在進めているのが、NFTを起点とした地域で使えるクーポンの仕組みの整備です。これは所有するNFTの数に応じて、地域で様々なサービスを受けることができるというものです。ここに位置情報を用いたチェックイン機能も加えていくべく開発を進めているところです。このように進化を続ける「匠の守護者」ですが、そのスタートはパリのジャパンエキスポでした。今度は「匠の守護者」を引っさげてジャパンエキスポに出展する、というのが次の目標ですね。
──「匠の守護者」を起点とした取り組みが今後も拡がっていくことに期待しています。お忙しい中、ありがとうございました。
ふるさと納税は10月より地場産品基準が厳格化されるなど大きな転機を迎えている。燕三条に根ざしたコンテンツとして「匠の守護者」はこの変化への対応力も備えていると言えるだろう。何よりも、NFT・リモートワークなどの新しいトレンドも柔軟に取り入れ、それらを用いて産官学がタッグを組み「形」にしていけることがこの地域の強みということがよくわかる取材となった。他の地域からも参考にできることが多いはずだ。<了>