情報を集める知的生産から、アウトプット思考へ
私は学生時代、「知的生産技術」にはまっていたことがある。きっかけは本書でも真っ先に取り上げられている梅棹忠夫氏の『知的生産の技術』だ。梅棹氏が提唱した京大式カードを買い込み、読書記録や調べた事項をカードに書き込んだ。そこから本書でも出てくる山根一眞氏の「スーパー仕事術」シリーズ、野口悠紀雄氏の「超整理法」シリーズなど読み漁った。これは70年代、80年代に学生生活を送った世代にとっては共通の体験かもしれない。当時、情報は貴重であり、手に入った情報は再利用できるように整理しておくことが重要だった。
インターネット時代となり、いつでもWeb検索で情報が入手できるようになると、カードを作ることもなくなった。それは本書の著者も同じこと。逆にいくらでも、容易に情報が入手できる時代だからこそ、やみくもな情報の入手、インプットに労力を割くのは止めよという。アウトプットから逆算して情報を入手し、まずは仮説を立ててから取りかかれと提唱している。
人間はコンピュータの記憶量にかなわない
2009年、アメリカの勝ち抜きクイズ番組「ジェパディ!」で人間のチャンピオンを破ったIBMの「ワトソン」は70GB(ギガバイト)のテキストデータを取りこんで学習したという。これはおよそ書籍100万冊に該当する。2022年11月に公開されたChatGPTはLLM(大規模言語モデル)のGPT-3.5をベースとしている。GPT-3.5は45TB(テラバイト)の情報を使って機械学習を行ったという。「ジェパディ!」で優勝したときのワトソンに比べると約650倍の情報量ということになる。
どんな読書家であっても一生のうちに100万冊の本を読むことは不可能だし、45TBのデータがすべて書籍だとすると6億5,000万冊となる。これは世界最大の図書館であるアメリカ連邦議会図書館の収蔵資料、1億6000万点の4倍にあたる。
つまり、インターネット時代、ビッグデータ時代では情報量でコンピュータに勝つことはできないのだ。だが、いまだにChatGPTは平気でウソをつくし、創造的な小説や論文を書くには至ってない。現代のAI(人工知能)はまだ一遍の詩を理解することすらできない。膨大なデータをパターン認識し、適切と思われるように切り貼りしてそれなりの出力をしているだけだ。
「仕事」と「作業」の区別をつけることが大事
著者は、アウトプット思考のためには「『仕事』と『作業』の区別をつけること」が大事だという。何が仕事で何が作業なのか。それは人や分野によってまちまちで、広辞苑で「仕事」を引くと「する事。しなくてはならない事。特に、職業・業務を指す」とあり、「作業」は「肉体や頭脳を働かせて仕事をすること。また、その仕事」と出てくる。
これでは同義反復になってしまい、区別の付けようもないが、著者によれば「『ある目的を達成すること』が仕事であり、『その目的を達成するための手段』が作業」という。具体的には「ビジネスモデルを開発する」「生産性を高める」「収益を安定させる」といった成果を得ることが「仕事」であり、そのための情報収集やミーティング、企画書や稟議書の作成などはみな「作業」になる。そして、「作業」を効率化し、なるべく多くの時間を「仕事」にあてよという。
議題があやふやで、ほとんどの参加者は一度も発言せず、だらだらと時間ばかりかかり、結論は最初から決まっている会議や、レイアウトや見た目に懲りまくったスライド資料作成に延々と時間をかける、といったデスクワークは確かに「仕事」ではないだろう。「仕事」のための「作業」ですらなく、給料泥棒と言われる無駄な時間だ。
仮説を立てて情報を読み解く
企業のコンサルティングを始めると、最初に財務データなど膨大な資料を渡されるという。それをすべて読み込み、理解しようとすると時間がいくらあっても足りなくなる。そこで本書で強調しているフレーズが2つある。「まず仮説を立てて、それを念頭に置きながら情報を読み解いていくというアプローチ」と「『異常値』あるいは『例外』を見つけようとするアプローチ」だ。
考えてみれば、科学の方法は基本的に「仮説検証」だ。仮説を立て、実験や調査を行い、得られた結果から仮説を証明する。仮説なしに実験・調査を行うことは実質不可能だ。
たとえば欧州合同原子核研究機構(CERN)は、2012年に大型ハドロン衝突型加速器(Large Hadron Collider、略称 LHC)を使ってヒッグス粒子を発見した。ヒッグス粒子は質量の起源とされており、1964年に英国のピーター・ヒッグス博士によって理論が提唱された。CERNのLHCによる衝突実験でヒッグス粒子が生成されるのは10兆回に1回、収集されたデータは5PB(ペタバイト、1PBは1000TB)になったという。
ヒッグス博士の理論=仮説に基づいて実験が行われ、5PBのデータからヒッグス粒子の存在なしには説明できない「異常値」が検出されたことで、ヒッグス粒子の存在が確定され、ヒッグス理論が仮説から理論として完成されたわけだ。
博士の提唱から実際にヒッグス粒子が発見されるまで50年かかっている。ビジネスの世界では1か月の猶予も与えられないだろう。クライアントがドン!と積み上げた資料を取捨選択し、隠しているとまでは言わないが、本人もその大切さに気づいていない情報をどう入手するかが、的確なアウトプットのためには不可欠だ。方向違いの仮説を立ててしまったり、異常値を見落としてしまうかどうか、その人の「眼力」が問われる。
情報収集にも寄り道が必要
アウトプットを前提として情報を入手せよという著者だが、「人間たまには寄り道をしないと、ものの見方や知識が偏ったり、貧相になってしまう」ともいう。何か特定のことを調べるわけでもないのに百科事典や地図帳を開き、関係のない項目を読んだり、想像を膨らませた子ども時代のことを追想している。Web検索やリンクをたどれば関連情報は素早く入手できるが、そこから外れた知識は入りにくくなる。
現在では自動車を運転するときにロードマップを参照する人は少なく、たいていがカーナビに頼ってしまうだろう。カーナビは混雑状況や規制状況を入手して、リアルタイムで最適ルートを示してくれるが、現在、どのあたりを走っているのか、マクロ的に俯瞰することは難しい。私は先日、郊外へ出かけた帰り、いつも走っていた国道が渋滞していたのか、カーナビが「より早いルートがあります」と言ってきたのでそれに従った。どんどんわけのわからない山中の道に連れていかれた。どこを走っているのか見当もつかず、暗くなってきてかなり焦った。
こうしたデジタル情報の弊害が、検索アルゴリズムによってユーザーが見たい情報ばかりが優先的に出てくる「フィルターバブル」現象や、自分と似た意見しか入ってこなくなる「エコーチェンバー」現象だ。特に政治的、思想的な幅が狭まってしまい、「マスゴミは嘘ばかり、ネットこそが真実」と言い出すと末期症状だ。
日常すべてを情報源に
一般消費者向けのビジネスをやっている人が口を揃えて言うのが「街中で人や店の様子、行動、広告を観察せよ」ということ。本書でも通勤する電車の中で中吊り雑誌広告を眺めたり、乗客の格好や行動を観察することで、いろいろな発見があり、それを「キョロキョロする好奇心」と呼んでいるという花王の後藤卓也元会長の発言を紹介している。車中でスマホばかりいじっていて周りを見ていない社員には、絶対に消費者のことなどわかるわけがない。著者は経営に問題意識を持っているので、飲食店に入ったときにその店のメインターゲットを想定したり、客単価を計算したり、採算があっているのかを考えてしまうともいう。
問題意識と好奇心があれば、通勤風景や食事から仕事のヒントや営業上の話題はいくらでも得られ、無駄な時間は皆無となる。
本書は経営者、経営幹部クラスはもちろん、情報に追われながらコンサルティングや企画など知的作業に携わっているビジネスパーソンにお勧めの一冊だ。
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次のビジネスモデル、スマートな働き方、まだ見ぬ最新技術、etc... 今月ぜひとも押さえておきたい「おすすめビジネスブック」をスマートワーク総研がピックアップ!
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『モヤモヤ頭から最速で仕事の正解を導く! ハック大学式 戦略的アウトプット術』(ハック大学 ぺそ 著/宝島社)
YouTubeチャンネル登録者数27万人超! シンプルでクリティカル、わかりやすい解説で大人気! 仕事で忙殺される毎日を脱却、ノウハウコレクターを卒業する、ハック大学 ぺそ氏のアウトプット術! YouTuberとしてだけでなく、普段は外資系金融機関に勤めるハック大学 ぺそ氏。多くのアウトプットにまつわるトライアンドエラーを繰り返す中で生まれたメソッドです。本書では、表面的なテクニックだけでなく、根幹となるマインドの部分から「アウトプット型の人材」となり、あなたの市場価値をグンと高める方法をまとめました。(Amazon内容解説より)
『ジェネレーティブAIの衝撃』(馬渕 邦美 著/日経BP)
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2023年は生成AIに関するニュースが毎日のように報じられていて、技術のトレンドも最新の状況も猫の目のようにくるくると変わっています。しかし、じっくり腰を据えて見渡してみれば、いま起きていること、そしてこれから起きることは、「検索」から「生成」という大きなパラダイムシフトであると捉えることができるのです。生成AIはブームではありません。新しい時代の幕開けなのです。本書では「検索から生成へ」といたるパラダイムシフトはなぜ、どのようにして起きたのかを歴史的背景から紐解き、これから起きることはなにかを考えていきます。(Amazon内容解説より)