藤田舞さん

株式会社日本DX人材センター 代表取締役。東京大学大学院工学系研究科卒業後、2010年4月に株式会社日本M&Aセンターへ入社。営業企画を経て、Salesforceの活用推進や運用保守などを行う部門に移り、既存の顧客管理システムを置き換える全社DX基幹プロジェクトを担当。2021年にはSalesforce活用に関する社内資格制度を立案、社員がデータベースを活用しやすい仕組みの構築に注力。2022年9月、セールスフォース・ジャパンが主催する「第10回Salesforce全国活用チャンピオン大会」の大企業部門で優勝。Salesforce認定アドミニストレーター。2024年2月、株式会社日本DX人材センターを設立し、代表取締役に就任。
https://www.nihon-dx-hr.co.jp/

DXの裾野を広げていきたい

──最初に、株式会社日本DX人材センターがどのような会社なのかご説明いただけますか。

藤田 株式会社日本DX人材センターは、私が以前所属していた株式会社日本M&Aセンターの子会社です。日本M&Aセンターは、中堅・中小企業のM&A(Mergers and Acquisitions、企業の合併・買収)仲介を生業とし、国内7拠点、海外5拠点で展開する企業です。

日本DX人材センターは、その日本M&Aセンターが100%出資し、2024年2月に設立した会社で、企業のDX支援およびDX人材の育成を目的としています。

──日本DX人材センターを別会社にしたのには理由があるのでしょうか。

藤田 私は、2010年に日本M&Aセンターに入社し、営業企画を担当したあと、2014年から顧客管理システムの担当として約10年間、「Salesforce」というノーコード・ローコードのツールを活用して、DX化に取り組んできました。この10年間については書籍『全社員DX化計画』にも書いたのですが、システム担当だけががんばるのではなくて、全社員がシステムを使いこなし、全社員がデジタル技術を活用して、会社を成長させていけるようにしたいと思ってやってきました。ようやくそれが達成できたと感じたとき、新しいことにチャレンジしたいと思うようになりました。日本M&Aセンターという一企業だけに留まらず、社会全体にDX人材を輩出して、日本全体でイノベーションを起こすようにしたいと思ったのです。また、日本社会での女性のキャリアアップにも問題があると感じていて、女性たちがスキルを身に付け、結婚・出産後も活躍できるような社会になるように、彼女たちをサポートするような会社を作りたいという思いもありました。そこで、日本M&Aセンターを退職して起業したいと会社に伝えました。

そうしたところ、経営者から「日本M&Aセンターグループの中で、そのリソースを活用する方法を考えてみないか」という提案がありました。自分で起業した場合にはゼロからの出発ですが、日本M&Aセンターには顧客である中堅・中小企業のネットワークがあり、そうした企業のDX化のお手伝いが可能です。M&Aを実行するような企業は成長意欲に溢れており、DX化を進めたい企業も多く、潜在的な顧客であると言えます。そして、中堅・中小企業にDX人材が増えれば、日本全体の底上げにもなると思いました。新しい会社としては大変ありがたい提案だったので、これを受けて設立したのが日本DX人材センターです。

2024年2月に設立された株式会社日本DX人材センターの代表取締役 藤田舞さん。

5つのステップで実現する全社員DX化

──本年4月に上梓された書籍『全社員DX化計画』には、どんな思いを込められたのでしょうか。

藤田 この本では、当時約100人の会社であった日本M&Aセンターが、10年間で1000人を越えるような会社に急成長する過程で、業務をデジタル化し、社内の関連資格制度の取得者も500人を超えるようになり、全社員がシステムを使いこなせるまでを描いていますが、実はシステムの話はほぼしていません。「テクノロジーのことは分からないから」とか「システムのことは分からないから」とDXを敬遠しがちになっている人が非常に多いと思っていて、「DXは誰でもできるものだし、お金をかけなくてもできることもいっぱいある」ということを伝えたかったのです。この本を読んで、「自分にもできるかも」と一歩前に歩み出していただけたら嬉しく思います。

2024年4月に上梓した書籍『全社員DX化計画』では、藤田さんの日本M&Aセンターでの10年間の軌跡を紹介している。

──『全社員DX化計画』では、DX化のステップを5段階で説明しています。簡単に説明していただくことはできますか。

藤田 私はDX化を実現するステップを次の5段階で実現できると思っています。

①理念浸透
②習慣化
③デジタルアダプション
④活用風土の醸成
⑤ツールの民主化

①の「理念浸透」は「何のためにDXをやるのか。どういう会社にしていきたいのか」を伝えるということです。社長の三宅がくり返しそれを伝え続けてくれたことがDXを進める上で非常に大切でした。やはり、トップが本気さを社員に示し、理念を浸透させることは何よりも大事です。

日本M&AセンターはM&A専業の会社で、情報が商品ですから目に見えるものがありません。ですから、日本M&Aセンターにとって情報は、銀行にとっての現金と一緒です。営業先で取ってきた情報をその日のうちにデータベースに入力しないのは、銀行員が回収してきた現金を、もう今日は疲れちゃったから明日でいいやと机に置いて帰るのと一緒だと。だから、その日に取得した情報はその日のうちに入力しなければならないと、繰り返し社員に話してくれました。

私が日本M&Aセンターに入社した当時は、顧客のデータベースがなく、営業担当者同士がアナログ、かつ属人的な方法で情報を交換し、顧客を繋いでいるような状況でした。当時は社員数が約100人くらいだったので、それでもよかったのですが、会社を飛躍的に成長させるためには、情報の一元管理が必要だとの経営者の判断で、SaaSツールSalesforceを導入し、それを私が管理することになったのです。

社長の三宅は、DXを進めるのは、会社が社員を管理したいからやるのではなく、労働生産性を上げて、社員みんなの処遇をよくしていくためにやるんだということを繰り返し繰り返し伝えてくれて、社員の中に納得感があるところでスタートできたことは非常に大きかったと思います。それは、②の「習慣化」以降のすべてのステップでも重要でした。

②の「習慣化」は、データの入力や検索を日常的に行ってもらうステップです。Salesforce導入直後は、データベースも空っぽですし、なかなか入力が進みませんでした。そこで、7日間営業活動の入力がなかった場合、Salesforceにログインできない仕様にして、解除するには社長のサインが必要というルール(ペナルティ)を決めました。あまりハードルが高すぎない目標を設定し、経営陣の覚悟によって、習慣化を定着させました。

③の「デジタルアダプション」は、データの入力や活用が習慣化したら、システムをどんどんよくしていくことでユーザーの満足度を高めるというステップです。社員を巻き込んでルールとマニュアルを整備し、情報発信に漫画を活用したり、社員の要望を入れたりしながらシステムを改善していきます。

④の「活用風土の醸成」は、データを活用するステップです。③まではトップダウンで全員入力がメインでしたが、④からはシステムを活用した成功事例を作ることで、皆が活用したいという空気を作っていくステップです。活用者による発信の場を作ることも行いました。ここまでくると、業務に合わせてもっと現場の人が自らシステムを作れるようにしたいと考えるようになり、社員がスキルアップするための社内資格制度をオリジナルでつくったり、社内でDX活用コンテストなどを企画したりして、自分の部署の業務改善をする人を増やそうと考えました。この段階が⑤「ツールの民主化」のステップです。

日本M&Aセンターは、このようにDXを進めてきたわけですが、その過程で、現場で働く人たちの仕事のやり方、働き方までも変える必要が出てきました。つまり、DXを進めることは現場に大きな負担をかける重要な意思決定なのです。経営者が「現場に負担を掛けるのはよくない」と言い始めるとDXは進みません。最初のステップ①「理念浸透」に話は戻るのですが、経営者が先頭に立って「会社が成長するためには、現場に負担がかかってもDX化を進めることが必要だ」と言い続けることがDX推進の鍵になると思います。

「DXを推進するためには、経営者の決意と覚悟が何よりも必要で、その理念を何度でも社員に語ることが重要です」

DX化で大切なのは「人」を動かすこと

──改めて、DX化を進めるために重要なポイントはどんなことですか。

藤田 DX化を進めるために重要なことは、「システムをどう作るか」ではなく、「人にどう動いてもらうか」だということです。ステップ①〜③では、トップダウンで現場を動かし、生産性向上や業務改善に向かわせること、そしてステップ④〜⑤では現場が自ら業務改善を行う仕組みを作ってもらうように仕向けました。多くのDXプロジェクトの問題は「最先端の技術を搭載したシステムを作ること」や「使いやすいシステムを作る」など、システムにばかり向き合っていて、肝心の「人」に向き合っていないことにあると思います。外部に全部丸投げしたようなシステムや、システム部などの一部の人に依存して作ったようなシステムは、いずれブラックボックスと化し、社会の変化や技術の進歩に合わせて進化させることができなくなります。

全社員をDX人材にすることで、会社として社会の変化に素早く対応できるようになり、業務や組織、プロセスが効率化し、結果的に生産性が向上し、ひいては企業風土や文化もよい方向に変化します。ですから、DX化の本質は、デジタル技術を活用して生産性を上げるだけではなく、デジタル技術を通して人を動かし、人を成長させ、企業をよりよい方向に向かわせることだと思います。

これからのDX人材に求められるのは、「データを活用して課題を発見し、ビジネスを改良すること」と「業務を効率的に進められるよう、自ら仕組み作りができること」の2つです。この2点さえ押さえられれば、DXについてはまったくの素人でも大丈夫。むしろ素人のほうが専門家よりもイノベーションを起こせると考えています。

──藤田さんは、会社のDX化を進めるにあたってSalesforceを使われたわけですが、SaaSツールが気軽に活用できるようになったことは重要ですか。

藤田 非常に重要なことだと思います。日本M&Aセンターでは、顧客情報の管理や売り主と買い主のマッチングなどのほかに、管理部の請求書の発行、契約書の管理、契約書の押印の申請などもSalesforceによって自分たちが開発したツールで行っています。従来は外部のシステム開発の企業に何千万円という金額を払って、システムを作ってもらっていたわけですが、Salesforceはノーコード・ローコードなので、私のようにプログラミングの経験のない人でも少し勉強すればすぐに作れるようになります。もちろん外部に委託する選択肢もあるかとは思いますが、自分たちで作れば、業務の変化に合わせて修正するのも簡単だし、時間や経費の節約にもなります。

DXを活用してリスキリングとスキルアップを実現する

──これからの藤田さんの抱負を教えてください。

藤田 私が社長を務める日本DX人材センターの事業は大きく2つあります。1つは、日本M&Aセンターの顧客である中堅・中小企業のDXをもっと底上げしたいと思っています。DXは、大きなお金をかけなくてもできるので、そうした地に足の着いた、リアルなDXを広めていきたいと思います。M&Aは、成立したあとの統合プロセスであるPMI(Post Merger Integration、ポスト・マージャー・インテグレーション)が大事だと言われているのですが、そこにDX化も重要な要素になるのではないかと思います。今後、そうしたところも含め、日本M&Aセンターの顧客へのDXのコンサルティングなども行っていきたいと考えています。

もう1つは、本当は働きたいのに、病気や出産、介護などで一時的に働けなくなってしまった人たちに再出発するためのリスキリングを提供していくことをやっていきたいと思っています。特に女性のキャリアは出産や育児などのライフイベントに大きな影響を受けやすいと感じていて、困っている女性は結構多いと思うので、そうした人たちの支援をやっていきたいです。

具体的には、日本M&Aセンターでの全社員DX化の経験を活用したスクール事業を行っていきます。DXのスキルアップやリスキリングをしたい人を募集し、日本M&Aセンターからの業務委託の形で働きながら学んでいただきます。もちろん報酬も出ます。在宅ワークでスキマ時間に働ける形になっているので、フルタイム勤務が難しい方でも働くことができますし、副業として働くことも可能です。Salesforceの構築業務を実践し、スキルを身に着けていただき、卒業後、希望する方にはDX人材を求める企業へ正社員として送り出すというイメージです。

日本DX人材センターでは、この両輪を回しながら、日本社会のDX化を進めていきたいと考えています。

「DXについてまったくの素人のほうが、DXの専門家よりもイノベーションが起こせる」と語る藤田さん。