三上昌史さん
エンタメ産業とのタッグがVR活用を促進する
――VRといえばゲームや映像などのエンタメ利用がまずイメージされます。Gugenkaでは今年2月に円谷プロダクションと東映アニメーションが発信した「KAIJU DECODE(怪獣デコード)」のMRゲームや、サンリオによる「SANRIO Virtual Festival 2024 in Sanrio Puroland」の各種イベントコンテンツを制作されました。
三上 わたしはいわゆるホワイトカラーの方々もVRをはじめとした技術革新によって、お仕事の生産性を大きく向上させることができると考えていますが、先にこれらの技術やコンテンツに関心を持ってもらう必要があると感じています。エンタメ産業大手各社様のコンテンツ制作の事例からまずは興味を持っていただけたらと思います。
現実空間と同じで、VRも「その場所に行って体験する」コンテンツです。何もないところに人は集まりませんから「動機づけ」が必要となります。エンターテインメント、それを担うキャラクターや有名人などが強い動機づけになるのは言うまでもありません。
マンガやアニメ、ゲームなどでお馴染みのキャラクターが、画面や紙面などの2D(平面)ではなく、目の前に立体(3D)として現れること――これは皆が夢見ていたことだと思います。
――これらのプロジェクトでは具体的にはどんな反応や効果が表れているのでしょうか?
三上 X(旧Twitter)で検索いただくと様々な反応を振り返ることができますが、非常に好評でした。特に、従来の作品コンテンツのファン以外の方、たとえばもうプリキュアは一度「卒業」した大人のユーザーにも、当時楽しんだキャラクターとふれあってもらったり、その体験を通じて再び新たなファンになっていただけたことは、IPホルダーである東映アニメーションからも評価をいただいています。
VRライブは同時にYouTubeなどで配信を行っています。ただ、バーチャルな配信だけだとユーザー・ファンの反応が見えにくい。VR空間でコンテンツを提供することで、映像という「情報」だけでなくその場にいるという「体験」を提供できているという手応えがあります。リアル会場でのライブなどで、ファンと交流するとなると、安全面などで難しさもあるのですが、VR空間であれば気軽に交流することもできることに、一緒に取り組む企業さんも驚かれますしとても喜ばれます。VRならではのメリットがそこにはあります。
もちろんその空間を作り、来てくれた人に楽しんでもらえるコンテンツを用意するのにはコストが掛かりますから、「興行」としての収支をどう設計していくかはこれからも試行錯誤が必要ではありますが。
――魅力に富んでいるということ、そしてエンタメの力でそれがより強化されるということ、よくわかります。一方で、いざそれらを体験したり、さらには作ったりしようとすると大変という印象が強い分野でもあります。
三上 ヴァーチャル、デジタルだから特別に難しい、ということは実はないと思っています。ただ、やはり場所とそこに存在するキャラクターとの組み合わせであるという点は注意が必要です。例えば、リアルな芸能人のイベントを渋谷でやりますとか、どこかのカフェで取材をします、ということは場所はすでにそこにあるという意味では、比較的容易ですよね。けれども、VRの場合は場所、それもキャラクターが目の前に身近な存在として現れるだけに、その場所自体もその世界観に即したものでなければ違和感が生まれてしまいます。
とはいえ、例えばディズニーランドをイメージしてもらえれば分かるのですが、物理的にあれだけの空間を作り上げるのは大変です。それに比べればヴァーチャルであればコストを抑えることができる、とも考えられます。
――統合された世界観が構築できる、とも言えますし、逆に言えばそこは必ず押さえなければならないポイントでもある、ということですね。
三上 その通りです。そして、体験そのものでいえば、リアルな空間の方が体験の質は高いのもまた事実です。でもヴァーチャル空間でもそれに近いものは提供できるし、逆にヴァーチャルでなければ提供できない体験もあります。
エンタメの事例であるように、その作品世界を現実に再現するのが難しいケースはもちろんなのですが、例えば交通事故への対応訓練のような、現実では再現が難しい場面も、VRであれば繰り返し安全にシミュレーションすることができます。一般企業でも実は「まずあり得ないこと」を体験できるというVRの利点は活かせるんです。
――古くはセカンドライフの時代から、VRはその普及が期待されつつも、なかなか一般には浸透しないという時期が長く続きました。Meta(Facebookの運営会社)やAppleの参入によって、これが拡大するという捉え方で良いのでしょうか?
三上 Metaが展開するQuestシリーズは、昨年時点で2,000万台以上出荷されており、米国ではクリスマスプレゼントの人気ランキングで首位になったこともあります。「欲しい人・やりたい人」のモチベーションはすごく高い状況にあると感じています。
リアルな世界でもそうですが、昔と違って「誰もが楽しんでいるエンタメコンテンツ」って、いまは存在しにくい時代です。ヴァーチャルな世界も同じで、ものすごく盛り上がっている人たちの集まりがたくさんあるのですが、細分化されてしまっているので全体としてはムーブメントがつかみにくい。わたしの感覚では黎明期は終わっていて、普及期に入っているという捉え方ですね。
一般企業でもこの技術は活用出来る
――まさに市場が細分化されているというのは、いろいろな業界・業種で伺う話でもあります。そんななか非エンタメ系の一般企業はどのようにこの分野と向き合うべきでしょうか?
三上 例えばパソコンの場合でも、ゲーミングPCのようにグラフィック性能を高めてエンタメ用途に特化したものもあれば、事務処理用にコンパクトな端末を選びますよね。VRも、エンタメが紹介されることが多いものの、「今まで平面でしか捉えられなかった情報が、立体として目の前に現れて操作することもできる」という風に捉えると見え方が変わってくるはずです。
建築分野は分かりやすいと思います。平面だった図面が、立体になればより分かりやすく捉えることができます。同じように、医療やそれこそ軍事分野などでも活用が進んでいます。
――消費者に対して立体物で訴求したい、それが熱心なファンを生むきっかけとなる――例えば自動車産業なども幾つか先行事例はありますが、VRとは相性が良さそうですね。
三上 そうですね。全ての車種をショールームにおけるわけではありませんので、親和性は高いと思います。不動産も内覧なしで契約せざるを得ないといった例もありますが、VRがあれば事前の確認は多少なりともできるため、トラブル防止という観点からもメリットが出てきます。またエンタメ企業、つまりB2C以外でもB2Bの領域では「シミュレーター」というアプローチであれば、例えば新入社員のトレーニングを効率化したり、より実践的なものに出来たりもします。
一方、逆にVRのデメリットとしては、写真や動画に比べてどうしてもコンテンツ制作コストが高くなってしまう点です。
――どんなVRコンテンツであれば良いのか? という判断も企業側には求められますね。コストをかけたけど、評価を得られなかったという事にならないためにも。
三上 この分野では比較的先行しているエンタメ企業さんでも、これまでとは違う考え方を求められる場面があります。例えば、先に挙げたプリキュアの場合も「変身シーンをどう表現するか」は何度も話し合いを重ねました。アニメであれば変身シーンは決まった位置から描かれるわけですが、VRの場合はあらゆる方向から見ることができるわけです。それは利点であると同時に、これまでとは異なる作り方・考え方が必要になることを意味します。
こういった新しいスキルは技術の進化にともなって、どんなコンテンツでも求められますが、技術の進歩によって例えばiPhoneで一般の方が写真を撮りやすくなったように、どんどん良いものを手にしやすくなるという面も一方ではありますね。
最新のiPhone15 Proでは「空間ビデオ撮影」機能が搭載され、通常の動画と同じように撮影し、そのままApple Vision ProでVR動画として再生することも可能になりました。ただ、比較的歴史の浅いVRではそういった技術の進歩はまだまだこれから、というのが現状ですし、目利きの手助けとなる事例ももっと積み上げていく必要はあります。
Apple Vision Proによる「気づき」
――技術の進化をキャッチアップしつつ、その活用ノウハウの蓄積を並行させていく必要がありますね。先ほど普及期に入ったとおっしゃいましたが、もう少し具体的にVR市場はどういった段階にあるとみていますか?
三上 直近の大きな出来事としてはApple Vision Proが登場したことが大きいですね。技術的・体験的には1つの到達点に至ったと感じています。ただ、いかんせん価格が高すぎますし、実際に付けてみると「存在感」があり、普及機とはいえずVR体験として完璧とまではいえません。けれどもMeta Questがそうであったように、小型軽量化や低廉化は進んでいくはずです。
Apple Vision ProのUIとUXはiPhoneそのもので、それが目の前に拡がっていてスマホ感覚で自然に操作できます。コントローラーなどを持つ必要もありません。これまでのVR・XRは誰かに体験してもらう際に、操作方法をいろいろと説明したり、その後のコンテンツも、それこそジェットコースターのように大袈裟に演出する必要があったりしたのですが、よりごく自然に「空間の拡張」を体験できる可能性を示してくれたというのは大きいですね。
――つまり、よく言われるように「スマホを置き換えるデバイス」になり得るのでしょうか?
三上 もう一段の技術革新も必要になると思いますが、まずは画面サイズの制約から解放されて生産性が高まるという意味で、パソコンを置き換えていくと思います。それと並行してコンテンツの楽しみ方も変わっていくことになるでしょう。わたし自身、寝る前にApple Vision Proで映画を観たりするのですが、スマホやテレビでは得られなかった没入感があり、集中して観ることができるんですよね。スマホによる情報摂取はどうしても小さな画面でサッと確認したり、楽しんだりすることがメインになっていて、コンテンツもそれに特化した作りになっているわけですが、これがVRなどの「空間コンテンツ」になった時には、私たちの向き合い方が変わり、コンテンツもじっくりと向き合えるものが好まれるようになる可能性を感じています。スマホが登場して、それが新しいメディアとなり、コンテンツにも変化をもたらしたように、Appleが呼んでいる「空間コンピューティング」も新たなメディアになっていくはずです。
――一般企業からしても、例えばCMやサービス紹介コンテンツなどの作り方が変わっていくかも知れませんね。とにかく素早く繰り返し「認知」を獲得するんだ、というところから、じっくりと体感や体験を伴いながら「理解」を図っていく内容を用意する、といった具合に。
三上 そうですね。とはいえ、今すぐそこに全力投球しなければいけないということではありません。YouTubeのような動画共有サービスでも、Instagramのような写真投稿サービスでも、それが普及し一般化したからこそ、そこでのマーケティングが重要になったわけですから。いまは、VRと相性の良いアニメ・ゲームなどの分野で色々な事例が生まれている段階ですので、どんな特性のコンテンツが自社の製品・サービスと親和性が高いのか、研究しておくことをお勧めしています。
Apple Vision Proがまさに示してくれているのですが、僕自身がこの分野にはまったのがそうであったように、ゲームなどのエンタメに限らず、「日常空間を拡張してくれる」という点が消費者にとっての大きなメリットです。自分専用の部屋をもう1つ持てるような感覚ですね。少し大きな話をしてしまうと、格差が広がる社会において、こういった拡張空間は比較的容易に「充足」を分配できる、という可能性を秘めています。企業としても、そういったパーソナライズされた空間の「拡張」にはさまざまなチャンスを見いだせるはずなのです。
地方(新潟)に制作拠点を持つ意味とは?
――かつてあった一過性のブームとしてではなく、腰を据えてこの分野に取り組んでおられることが分かります。百年企業が多いことでも知られる新潟ですが、その土地柄も影響しているのでしょうか?
三上 そうかも知れませんね。私たちはブームに乗って儲けるぞ、というスタンスではなくて、じっくりと「何のためにやるのか」「どこで収益化するのか」という話し合いを重ねて、1つ1つ事例を積み上げている感じです。
とはいえ、コロナ禍を経て突き詰めれば「どこでも仕事ができる」時代に私たちはいます。例えば新潟という土地で「空間の拡張」に取り組むというのはどういうことなのか? わたし自身で言えばここが出身地だからというはもちろん大きいのですが、その意味や価値を見出してストーリーにしていく必要があると感じています。
――どうしてもビジネスの観点から地方を語る際には、オフショアに象徴されるように、安価な労働力の確保という側面が語られがちではありますが、リモートワークが一般化した現代ではそれはもはや古い、とも言えそうですね。
三上 その通りだと思います。私たちはフィリピンにもオフィスを設けていますが、オフショアであるという意識はないですね。「効率」だけを考えるなら東京でビジネスをした方が良いわけですし。地方発で面白い事をやっている、というストーリーをしっかり発信していくことで、共感してもらえる部分があるだろうし、そこから生まれるビジネスの機会もあると思うんです。結局、ビジネスも人と人とのコミュニケーションが本質ですから、地方発という価値を活かしていきたいなと考えています。
――「ヴァーチャル」の本来の意味は「本質」であり、物理的な制約を超えることができる仮想空間だからこそ、コミュニケーションという本質が重要になってくるという話にも通じますね。まさに今回の取材のきっかけも「新潟でVR?」という意外性から生まれました。お忙しい中、ありがとうございました。