校内生成AI を全校で活用
生徒たちが自ら学ぶ
学習環境へと変化
千代田区立九段中等教育学校(以下、九段中等教育学校)は生徒自身が将来を築いていく力を養うため、2024年から探究を軸としたさまざまな活動に取り組んでいる。同校の取り組みとして特長的なのが、生成AIを学びに積極的に取り入れている点だ。校内独自の生成AIを活用した、九段中等教育学校の新しい学びの姿を見ていこう。
ガイドラインに則した生成AIを開発
九段中等教育学校は文部科学省のリーディングDXスクールの指定校だ。その中でも生成AIパイロット校に指定されており、1人1台の学習者用端末や生成AIを生徒が主体的に選択し、学びに活用している。
生成AIの本格的な活用は、2024年4月からスタートした。中等教育学校である同校は、中学校1年生から高校3年生までが在籍するが、その全生徒と全教員が生成AIをさまざまな場面で活用できるようになっている。
九段中等教育学校が使用する生成AIサービスは2種類ある。一つはテキスト生成タイプの行政/法人向けChatGPTサービス「ARSAGA INSIGHT ENGINE powered by GPT」(以下、ARSAGA INSIGHT ENGINE)。もう一つは画像生成タイプの「Adobe Firefly」(以下、Firefly)だ。ARSAGA INSIGHT ENGINEは汎用的なChatGPTと異なり、企業や自治体専用のGPT環境を構築できるサービスだ。同校ではARSAGA INSIGHT ENGINEを活用して九段中等教育学校専用の生成AIの構築を進めている。
ARSAGA INSIGHT ENGINEを採用した背景について、九段中等教育学校の教育DX推進担当で情報科の須藤祥代氏は「2024年度から教育DXにかじを切っていくことが昨年度の時点で決まっており、それに伴って生成AIの導入の検討も進めていました。しかし、昨年度時点では教育向けの本格的な生成AIサービス、特に文部科学省の『生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン』に沿ったツールが見当たりませんでした」と語る。
同校は前述した通り中学生から高校生までの生徒が在籍している。その内中学校1年生の生徒は、12歳であるケース※もあり、ChatGPTを利用できる年齢に達していない。そこで独自の校内生成AIを開発することで、全校生徒が活用できる環境を整えることを決めたのだ。開発費用は千代田区が負担しているという。2023年度は一部の学年や教員の間で、試験的にARSAGA INSIGHT ENGINEを活用し、今年度から本格的な導入に至った。
※ChatGPTは13歳以上18歳以下が利用する場合、保護者の同意が必要。12歳以下は利用できない。
多様な科目の学びに生成AIを利用
ARSAGA INSIGHT ENGINEで開発した校内生成AIのメリットについて、同校の教育DX推進担当 情報科の市川淳尉氏は「年齢制限や利用回数の制限がない点です。また、OpenAIの『GPT-4 Turbo』だけでなく、Anthropicが提供する『Claude 3 Opus』や、Googleの『Gemini Pro』といった複数の大規模言語モデルから適切なものを選択できるのも利点です。テキスト生成のみならず画像生成にも対応しています」と語る。
昨年度のトライアルでは、高校1年生の情報Ⅰの授業で生成AIを活用したほか、11月末ごろには全教員が校務で生成AIを活用できるよう整備を行った。
情報Ⅰの授業の様子を尋ねると須藤氏は「最初にガイダンスを行いました。生成AIの特性や特徴を説明し、実際に触ってもらいながら生徒達自身がルールを策定しました。授業ではこのルールに基づき、生徒が自主的に生成AIを利用して良いことにしています。そのため例えばWebサイトを制作する学びの中では、アイデア出しやコーディング、プログラミングのバグ解消といった用途で校内生成AIを活用している姿が見られました」と語る。また同校では画像生成AIのFireflyも活用しており、ARSAGA INSIGHT ENGINEと共に画像の素材を作る際に利用している姿も見られたという。
これらの生成AIの活用は、前述した通り2024年度から全校に広がり、各教科でも活用が進められている。例えば国語の授業では、画像生成AIを活用して文章の情景を出力したり、テキスト生成AIを活用して小説を作る際のプロット(たたき台)を出力したりしたという。英語の授業では英文ライティングの添削に活用したり、社会の授業ではディベートの相手として生成AIを活用したりと、その用途は科目によって実に多様だ。
「総合的な探究の時間の授業でも活用されています。探究授業では生徒が研究課題を設定して、それを探究していくため取り上げるテーマが多様です。教員ももちろんフォローは行いますが、生徒は教員に聞く前に、まず生成AIに対話的に聞いてみて、検証の進め方を考えるツールとして使っているようです」と須藤氏。同校では卒業研究を実施しており、それに関する中間発表や論文の執筆が求められる。それらの資料作成や論文執筆時の構成を生成AIで行う生徒もいるという。
多様な学びの中で活用されている生成AIだが、教育現場で使うに当たっての懸念はないのだろうか。須藤氏は「よく懸念ポイントとして言われるのは、生成されたものをそのままコピー&ペーストで出すという問題です。実際本校でも生成AIに慣れていない生徒がそのような行為をしたケースがありました。しかしそこで生徒に対して『これって自分で考えた?』など問答したことで本人が自省し、それ以降はコピペで出すようなことはなくなりました。また、生成AIがもっともらしい誤情報を生成してしまうハルシネーションについても、生徒達は体感的に理解しています。そのため生成AIを積極的に活用する生徒の方が、ファクトチェックやクロスチェックをするメディアリテラシーが身に付いていますね」と語る。
校内生成AIを活用し始めたことで、授業の在り方も大きく変わったという。市川氏は「生成AIによって、生徒達が自ら学びやすくなったと感じます。授業の中で分からないことがあっても、教室の中で手を挙げて質問することが難しい生徒もいますが、そうしたときに生成AIに尋ねることで学びの一歩が踏み出しやすくなっています。また一斉授業と比べて自ら学ぶ姿勢が身に付き、学びの質も向上しています」と語る。授業の中で生成AIは、教科書や資料集、インターネットなどと同様に、調べる手段の一つだ。生徒は、生徒自身の判断でそれらの手段を選択し、学びを深めているのだ。
校務効率化にも寄与
同校の校内生成AIの活用は、教員にも大きなメリットをもたらしている。例えば保護者宛ての配布物のたたき台を生成AIで作ってみたり、オリジナルの文章問題や、条件設定の問題を作ったりするのに活用されているという。「文章の要約や翻訳、アンケートの集計と言った作業は、生成AIを活用することで大きく作業時間が削減されたいうフィードバックがありました。そうして生まれた時間を、生徒と関わる時間に充てています」と市川氏は話す。九段中等教育学校では今後、校務DX実現に向けて、校務支援システムのクラウド化などを進め、より多様な場所で働ける環境も整えていく方針だ。
校内生成AIの強化も進めていく。一つ目はプロンプトの共有だ。生徒同士や、教員と生徒間などでプロンプトを共有できるようにしていく。二つ目に学習機能の強化だ。教科書のデータなどを基に問題を作成したり、必要な情報をまとめたりできるよう、校内生成AIの開発を進めていく。「ユーザー管理もできますので、生徒向けや教員向けと言った生成AIサービスの提供も可能です。今後出てくるであろう機能の改善要望をシステムに反映しながら、学習ツールの一つとして生成AIを活用し、学びを深めていく研究を進めていきます」と須藤氏は語った。