観光庁の政策と3社の事例から見る観光DX
PC-Webzine9月号にて実施した「デジタル田園都市国家構想」の特集。これを受けて10月号から行っているデジタル田園都市国家構想シリーズの第2弾となる。今月ピックアップするテーマは「観光DX」。コロナ禍で一時期は大きく市場が落ち込んだ観光業だが、日本はコロナ収束後に訪れたい国として1位に選ばれるなど訪日外国人観光客からの注目度は高く、水際対策緩和以降の観光客増加が期待されている。一方で、観光業は以前から抱える課題もある。それらを解決するのがデジタル活用だ。
消費拡大・再来訪に加え生産性向上を促す
観光業のデジタル実装
Tourism Policy
コロナ禍で人々の移動が制限されたことで、観光業は大きな打撃を受けた。2022年10月11日(東京都は10月20日)からスタートした全国旅行支援や、水際対策の大幅な緩和により市場は回復するとみられている一方で、観光業自体が抱えている既存の問題がある。観光庁はそれらの課題を解決するため「観光分野におけるデジタル実装」として観光DXを推進している。
4本柱で進めるデジタル実装
観光業では収益率や生産性の低さなどが積年の課題として挙げられている。その課題を解決し観光業を変革する手段として求められているのが、デジタル技術の活用だ。
観光庁 観光地域振興部 観光資源課 新コンテンツ開発推進室 専門官 秋本純一氏は、観光分野でデジタル実装を進めていく意義について次のように説明する。「人口減少が進む日本では、国内外の交流を生み出す観光は地方創生の切り札と言えます。デジタル実装を進めていくことで、消費拡大や再来訪の促進を図ると同時に、それを支える人材の育成を進めることで、観光業で“稼ぐ地域”を創出していくことが必要です。また分野間のデジタル連携を強化することで、地域全体の収益を最大化し、地域活性化や持続可能な経済社会を実現できるようになるでしょう」
観光分野におけるデジタル実装はどのように行われるのだろうか。観光庁では、その柱として以下の4項目を示している。
- 旅行者の利便性向上・周遊促進
- 観光地経営の高度化
- 観光産業の生産性向上
- 観光デジタル人材の育成・活用
観光庁 観光地域振興部 観光資源課 新コンテンツ開発推進室 主査 福井詩織氏は「旅行者の利便性向上・周遊促進は、観光地側から情報発信を行い、旅行者の周遊を促すことで、消費機会の拡大を目指す取り組みです。例えば、デジタルサイネージなどによるリアルタイム性の高い情報発信や、観光アプリからの混雑情報の提供などによる混雑回避・周遊促進といった取り組みが挙げられます」と語る。
こうした旅行者への利便性向上は、観光地経営の高度化にも直結する。旅行者のキャッシュレス決済データを活用し、プッシュ型で旬な情報を伝えることで消費拡大や再来訪促進につながる。顧客管理システム(CRM)やデータマネジメントプラットフォーム(DMP)を構築してマーケティングを強化することも必要だ。
また、課題として挙げられた生産性の低さなども、デジタル化によって改善が見込める。顧客予約管理システムを活用することで、紙ベースでの管理と比較して人員配置を効率化でき、人件費の削減につなげられる。また、コロナ禍で導入が拡大した非接触チェックインのシステムも、本来対面で対応していた人員を別の業務に割り当てられるようになり、宿泊業の生産性の向上につなげられる。
こうしたデジタル実装を進めるためには、それを支えるデジタル人材が不可欠になる。観光庁では、観光地域づくり法人(DMO)を中心に、デジタル人材の登用や育成にも取り組む。
「旅行者の利便性向上・周遊促進と観光地経営の高度化、観光産業の生産性向上と観光デジタル人材の育成・活用はそれぞれ表裏一体の取り組みと言えます。アプリによる旅行者への情報提供等によって得られるデータは、そのままマーケティングにも活用できます。また、宿泊業ではいまだ紙による予約管理を行っている施設が多く、そうした施設で顧客予約管理システムを導入することにより、業務効率化を図ることで生産性の向上に寄与することが考えられます。これらのデジタル実装は、異業種間などで連携して行うことで、地域全体の収益の最大化を実現でき、地域活性化や持続可能な経済社会の実現にもつながります」と秋本氏。
中小規模の宿泊施設に残る需要
では現状の観光産業において、デジタル化はどの程度進んでいるのだろうか。観光庁の調査によると、宿泊業においては従業員規模の大きい企業ほどデジタル化されている業務の割合が多く、中小企業ほどデジタル化が遅れている傾向にあるという。これは旅行業においても同様だ。一方で、宿泊業はその6割以上が資本金1千万円未満の小規模事業者が占めており、労働生産性はほかの産業と比べても低い水準にある。実際、宿泊業の小規模事業者では、家業としてその経営を受け継ぐ旅館も存在している。経営手法も長年の経験や勘に依存しているケースがあり、産業別に見ても営業利益率が低い傾向にある。これは裏を返せば、観光産業においてはデジタル化を進める余地が、他産業よりも大きいことを示しているといえるだろう。
観光庁が調査した「宿泊業企業規模別で導入されているデジタルツール」のデータを見ても、大規模な企業ほど導入率が高く、小規模事業者では導入が進んでいない。ツール別に見ると、オンライン旅行予約(OTA)サービスやオンライン予約・販売サービスの導入や、営業、顧客管理システム(CRM、SFAなど)、販売、在庫などの管理システム(PMSなど)の導入が進んでいる。しかしPMSはビジネスホテルやリゾートホテルの導入が進んでいるが、旅館での導入が遅れているなど、施設ごとの差も見られる。また多言語翻訳サービスやチャットボット、接客ロボットなどの接客・サービス提供に関するツールや、デジタルマーケティングツールの導入は限定的だという。
「OTAサービスなどはまだまだ伸びしろが残るツールです。日本は世界の中で訪れたい国になっていますが、訪日外国人観光客が日本の宿泊施設を探す際に、まず使うのはこれらのOTAサービスです。宿泊施設の情報がWeb上に掲載されていなければ、せっかくのビジネスチャンスを逃すことにつながります。またそれに伴い、CRMやPMSのシステムなどの需要もますます高まっています」と秋本氏は語る。
スポットから全国的なデジタル活用へ
観光庁では、こうした観光業の変革を進めていくため、観光DXを掲げてデジタル実装に向けた実証実験や補助による支援を進めている。例えば「DXの推進による観光・地域経済活性化実証事業」で採択した岐阜県下呂市の「下呂未来創造プロジェクト」では、旅行者の周遊促進を活性化させるため、交通検索サービスなどと連携し、乗り換え検索アプリ内で下呂市の観光情報の発信と経路検索を一元化し、旅行者の周遊促進に向けた取り組みを進めている。2021年度に行われた観光DX推進プロジェクトでは、アプリ開発などの観光コンテンツを創出する「これまでにない観光コンテンツやエリアマネジメントを創出・実現するデジタル技術の開発事業」や、来訪意欲を促進させる技術活用を行う「来訪意欲を増進させるためのオンライン技術活用事業」など、1イベントや1地域といったスポット的な実証が中心だったが、2022年度の実証事業ではそれがさらに拡大され、全国や県内全域を対象にした取り組みも多く見られるようになった。
デジタル田園都市国家構想における取り組み方針の一つ「地方に仕事を作る」ためには、地方を支える産業を盛り上げ、活発な経済活動を確立することが不可欠だ。それを実現するため観光DXの取り組みが注目されており、これからますますデジタル化に向けた技術の導入が、観光業において広がりを見せていきそうだ。
MRやVRと自動運転を組み合わせた
北九州市の“どこでもテーマパーク”
XR×5G×Self-Driving
魅力的な観光資源があっても、旅行者が増えないという課題を抱える地域は少なくない。北九州市八幡東区東田エリアも、そうした課題のある場所の一つだ。それを解決するべく、テクノロジーを活用して観光客がエリアを周遊したくなるモデルづくりを、コンフォートデジタルツーリズム協議会が実施した。
エリア全体をテーマパークに
八幡東区東田エリアは、「世界遺産官営八幡製鐵所」(以下、官営八幡製鉄所)や、「いのちのたび博物館」「環境ミュージアム」「スペースワールド」といった多彩な歴史や文化、エンターテインメント施設が集積した場所だ。北九州市の歴史と近未来を体験できるエリアとして、北九州市の多くの市民から認知されている一方で、2017年12月にスペースワールドが閉園したことや、2020年初頭からのコロナ禍による影響により、エリア全体の来訪者は減少傾向にあった。
そうした課題を解決するため、先進技術を用いてエリアを一つのテーマパークとして来訪者に体験してもらう「どこでもテーマパーク」実証事業が、2021年12月18〜24日と2022年1月3〜9日に実施された。本実証事業は、ゼンリンデータコム、久留米工業大学、コンピュータサイエンス研究所、三菱総合研究所、NTTドコモ九州支社、北九州市が参画するコンフォートデジタルツーリズム協議会が2021年度の観光庁「これまでにない観光コンテンツやエリアマネジメントを創出・実現するデジタル技術の開発事業」の採択事業として実施されている。
どこでもテーマパークは、XR(Extended Reality)、自動運転技術などの先端技術を融合させた「先進デジタルアトラクション」と、個人の趣味嗜好や周辺状況などの情報から、観光や物販サービスなどをアプリで提案する「AI観光コンシェルジュ」を組み合わせたソリューションパッケージだ。エリア全体を一つのテーマパークのように機能させる「エリアテーマパーク化手法」のプロトタイプ開発を行い、その機能検証と効果測定などを実施した。
先進デジタルアトラクションでは、電動車椅子「WHILL Model CR」を1人乗りの自動運転モビリティとして運用し、VR(Virtual Reality)ゴーグルやMR(Mixed Reality)ゴーグルなどのXRデバイスを装着して、コース内を移動しながら仮想空間や複合現実空間を体験するアトラクションだ。「デジタル恐竜パーク」と「鉄の道VRガイディングツアー」の二つのコンテンツを提供した。
世界遺産の当時の様子を再現
デジタル恐竜パークでは、いのちのたび博物館の展示テーマの一つである恐竜をフル3Dで復元し、MRゴーグル「Microsoft HoloLens 2」(以下、HoloLens)を通して現実世界に現れる様子を楽しめるコンテンツだ。今回の実証実験の代表企業を務めたゼンリンデータコムの顧問として、本プロジェクトに参加したコンピューターサイエンス研究所 社長 林 秀美氏は「ただHoloLensを通してコンテンツを見るだけでなく、ストーリー仕立てになっており、ユーザーはWHILL Model CRに乗って公園の定められたルートを移動しながら、ポイントごとに出現するステゴサウルスやトリケラトプスといった恐竜の原寸大3DモデルをHoloLensで見ます」と語る。HoloLensは現実世界と仮想世界を重ね合わせるMRデバイスのため、実際の公園の景色の中に恐竜が現れるように見えるという。恐竜の3Dモデルはいのちのたび博物館の学芸員や博士と70〜80回にわたるやりとりを繰り返し、最新の知見に基づくモデリングを行った。
鉄の道VRガイディングツアーはWHILL Model CRによる移動と徒歩移動を組み合わせたガイドとゴール地点でのVR視聴によって、地球誕生からの物語と、官営八幡製鉄所の歴史、現代の鉄作りを学べるコンテンツだ。「本コンテンツを実施した北九州市環境ミュージアムには、元々『北九州 地球の道』という地球誕生から現代までの46億年を460mで表わすフィールドがあり、そこをWHILL Model CRで巡りながら、ガイド役のスタッフが地球の歴史を解説しました」と語るのは、ゼンリンデータコム パートナー第一事業部 部長の中西紀子氏。
また地球の道のフィールドの先には官営八幡製鉄所の第一高炉をモニュメントとして保存している東田第一高炉史跡広場があり、ユーザーはモニュメントを見ながら官営八幡製鉄所の当時の写真や、高炉の中に入り込んで鉄が溶けている状態などをVRゴーグル「IDEALENS K4」で視聴したという。林氏は「官営八幡製鉄所は世界遺産に指定されていますが、現在稼働中の八幡製鉄所内にあるため施設内の見学はできず、500mほど離れた場所から眺めるしかありません。しかしVRであれば、当時の様子を含めてその様子を間近で楽しむことが可能になります」と観光産業にVRを活用するメリットを話す。実際、MRを活用したデジタル恐竜パークも含めて、体験したユーザーからは非常に好評だったという。
5Gによる遠隔操作の検証も実施
これらのコンテンツに電動車椅子であるWHILL Model CRを採用した理由について林氏は「どこでもテーマパークをテーマにしており、テーマパーク的なイメージを持たせたかったというのが理由の一つです。また勝手に動いて案内してくれる自動運転の技術を、普通の公園で体験できるというのもポイントでした。またWHILL Model CRは5Gによる遠隔操作にも対応しており、障害者などが乗車することを想定(検証ではスタッフが乗車)した遠隔のサポートを5G回線を用いて行う実証も実施しました」
AI観光コンシェルジュは、北九州市街地に点在する観光スポットやお薦めの店舗、その訪問先までのルートをスマートフォンアプリ「AI観光コンシェルジュ」でレコメンドするものだ。近くにいる観光客などにプッシュ型で情報を送り込むことで、エリア内の周遊を促進させる。アプリとしてはAndroid版のみをリリースした。「AIコンシェルジュはあまり効果がありませんでした。そもそもアプリなので、スマートフォンにインストールしてもらうことが利用の条件となります。実証実験の短い期間の中で広く普及させることが難しく、定量的なKPIが得られなかったというのが正直な所です」と中西氏。
一方で、どこでもテーマパークは大きな効果が得られた。前述したように利用者からは非常に好評であったことに加えて、デジタル恐竜パークは他の施設からも使ってみたいといった声があるという。また、今回のデジタル恐竜パークは公園で実施したが、HoloLensは周りがある程度暗くなければ画像が鮮明に見えないため夕方以降に実施した。横展開によって、建物内部で楽しめるコンテンツを制作すれば活用シーンはさらに広がりそうだ。
中西氏は「現在ゼンリンでは、長崎市で観光型MaaSアプリの提供を行うなど観光DXに向けた取り組みを進めています。また長崎にも恐竜博物館があり、11月にはそこでデジタル恐竜パークを実施するなど、新しい試みを進めていきます」と今後の展望について語った。
リアルな体験をオンラインで再現する
テクノロジーを駆使した新しいVR体験
VR
時間や移動、場所の制約なく開催できるオンラインイベントは、特にコロナ禍で広く普及するようになった。動画配信を視聴するだけでなく、リアル空間と同じようなメタバース空間を再現し、VRデバイスでイベントを楽しむようなイベントも少なくない。そのVR体験を、より一層リアルに近づける取り組みも、観光分野で広まりつつある。その手法と効果を二つの事例から探った。
雪まつりのリアルな体験をVR空間で再現する
北海道札幌市と愛知県名古屋市にオフィスを構えるゲートは、Webサイトの制作や動画、VRの制作、イベントの企画や運営などを手掛ける企業だ。特にアニメなどのIPコンテンツを利用した体験型イベントを手掛けていたが、コロナ禍に入った2020年は、実際にそれをリアルで行うことが難しくなっていた。
そこで着手したのがVRの制作だった。同社の代表取締役社長を務める国井美佐氏は、もともと北海道のテレビ局で12年間アナウンサーを務めていた。その経験からVRを見てもらうだけでなく、実際にリアルなイベントに参加した臨場感の再現や、VR空間から購買に結び付く仕組みを組み込むなどといった機能を搭載した、独自のVRプラットフォームの構築を行っている。
そのノウハウを生かし、2022年2月13〜26日までメタバース事業を行うVRooMと共に実施されたのが「オンラインさっぽろ雪まつり2022」とコラボした「バーチャル大通公園雪まつり」だ。本イベントはNTTが提供するXR空間プラットフォーム「NTT DOOR」を使用している。2022年のさっぽろ雪まつりは、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で2年連続で中止となり、オンラインによる開催に変更された。そのためバーチャル大通公園雪まつりでは実際に大通公園7丁目会場に作られる予定だったドイツ・ミュンヘン市のテアティナー教会の雪像を3DVRで再現するなど、実施できなかったリアルの雪まつりを再現するコンテンツも用意された。
特長的なのが、バーチャル空間に作られたかまくらの中にそれぞれ店舗が構えられ、アバターで参加した店員が雪まつり来場者への接客などを行った点だ。商品の説明をするだけでなく、その場で商品を購入することも可能だった。「精巧にバーチャルで再現されたアーティストのライブなども実施し、私もVRアナウンサーとして、会場にアバターで参加しました」と国井氏は振り返る。
また、会場には札幌市徽章をモチーフにした巨大迷路もコンテンツとして用意し、ゴールすると北海道グルメの抽選イベントに参加できるプレゼント企画も実施した。
「リアル開催の雪まつりの場合、氷雪像は下から見上げて終わりですが、VR空間では上から見られるようなルートも設定しました」とVR空間ならではのメリットを語るのは、ゲートでディレクターなどを務める松尾よしかず氏。VR空間だからこそできることと、リアル空間でできたことの良さを組み合わせた、新しい体験を創出するVRイベントと言えるだろう。
「コロナ禍以降、こうしたVR空間を活用したイベントの依頼は増えています。感染者数の増加や、イベント主催者側のコロナ感染によって突然中止になってしまうケースがあり、そのリスクヘッジとしてリアルとバーチャル両方の空間でイベントを実施するケースがあります。VRは、高齢の方でも身体に不自由のある方でも参加できる夢のあるコンテンツで、今後遠い世界に行ってみたり、会えない人に会えたりする空間として伸びていく事業だと感じています」と国井氏はその可能性を語ってくれた。
オンラインワークショップの購買意欲を促進する触覚VR
ミテモが提供する“触った感覚”を仮想的に共有する技術「触覚VR」を活用した観光支援も、コロナ禍で生まれた事例の一つだ。
ミテモは、観光庁が主導する「来訪意欲を増進させるためのオンライン技術活用事業」で採択されたLOCAL CRAFT JAPAN実行委員会に参画し、振動や触覚をリアルタイムに共有し体験できる触覚VRを活用した海外向けのデジタルクラフトワークショップを2021年1月8日および9日に開催した。
LOCAL CRAFT JAPANは、地場産業や伝統的なもの作りを支援していくため、その地域の魅力のあるコンテンツを体験できる「クラフトツーリズム」の企画や発信を行うプロジェクトだ。「当社では地場で伝統的なものづくりをしている企業や職人の伝統工芸品の販路を海外に広げるだけでなく、ものづくりの産地に海外旅行者を呼び込むツーリズムの企画を2019年から実施していました。海外のセレクトショップなどとも連携し、メニューの造成を進めているところに新型コロナウイルスの流行が始まり、そうした動きがストップしてしまいました」と当時を振り返るのは、ミテモの代表取締役を務める澤田哲也氏。
コロナ禍の中で作り手と使い手をつなぐため、ミテモが実施したのがデジタル技術の活用だ。当初は職人などの作り手の話をオンライン上で聞くようなイベントを実施し、その土地の認知度を向上させたり、実際に物販での販売につなげるような取り組みを実施していた。そこからさらに多くの人に伝統工芸品の良さを広げるべく、場所を越えて職人の振動や触覚をリアルタイムに共有するデジタルクラフトワークショップの実施に至ったのだ。
ワークショップではシンガポール、台湾、香港といった3カ所のセレクトショップやイベントスペースと、奈良県吉野にある工房アップルジャックをオンラインで接続し、職人の手に伝わる振動などをリアルタイムに海外と共有した。「触覚VRの技術は、名古屋工業大学触覚学研究室からサポートを受けてワークショップに取り入れました。触覚VRは、特殊なマイクロ振動を音波として記録し、音声データとして現地に伝送します。現地ではそのデータを音声と振動に分けて変換して再生し、チップを震動させます。ワークショップでは、木の器を作るために、数代にわたって育ててきた木を切り取る振動などを触覚VRで伝送し、インタラクティブ性を確保した立体的なワークショップで、地場の伝統産業をPRしました」と澤田氏は当時を振り返る。
実際のワークショップでは、デモンストレーション、対話、触覚共有(触覚VR)のそれぞれを活用したイベントを行ったが、参加した人の満足度がより高かったのが触覚共有を行ったイベントだったという。
この触覚VRの技術は、工房アップルジャックでのワークショップにとどまらず、ミテモが実施するオンラインイベントで活用されている。澤田氏は「先日、パリのデザインイベントで同じような触覚VRを活用したオンラインイベントを参加者に体験してもらったところ、非常に評価が高いだけでなく実際に日本に行きたい、という好意的な声をいただきました。実際に職人さんのところにガイドしてほしいという声もありましたね」と語る。視覚だけでなく聴覚、触覚をオンラインで共有する技術によって、観光DXの可能性はさらに広がりを見せそうだ。