その商品何に使うの?
ロボットの技術で世界を愉快にする
〜『甘噛みハムハム』(ユカイ工学)〜 前編
「甘噛みハムハム」という不思議なネーミングの商品が累計3万台(匹)も売れているという。これは柴犬と三毛猫のぬいぐるみに指をくわえさせると甘噛みをする玩具だ。この商品の開発・販売元であるロボティクスベンチャーのユカイ工学は独自の世界観から唯一無二の商品を数多く生み出している。この会社が愉快な商品を生み出せるのはなぜか、その商品が売れるのはなぜか、ユカイ工学を設立したCEOの青木俊介氏に話を伺った。
ロボットへの興味のきっかけは
ターミネーター2と愛知万博
角氏(以下、敬称略)●最初に「甘噛みハムハム」を見た時、青木さんまた変わった商品を作ったな。面白そうだけど大丈夫かなって心配になりました(笑)。これまでもPCのUSBに接続してメールやSNSの受信を知らせるロボット「ココナッチ」だとか、額と耳のセンサーで脳波を計測して動く猫の耳型のカチューシャ「necomimi」、尻尾が付いたクッション型ロボット「Qoobo」、そしてスマートフォンと連動してコミュニケーションを取れるロボット「BOCCO」など、いろいろな変わった商品を生み出してこられましたが、どんどんエスカレートしていますね(笑)。
青木さんはデジタルアート作品が国内のみならず海外からも高く評価されているチームラボを東京大学在学中に同級生であった猪子寿之氏らと共に設立しました。どうしてチームラボを辞めてロボットを作るユカイ工学を設立したのですか。
青木氏(以下、敬称略)●ご心配をおかけして申し訳ありません(笑)。お陰さまで甘噛みハムハムはシリーズ累計販売数が3万匹を突破しまして、たくさんのお客さまにかわいがっていただいています。
私がロボットを作る会社を作ったきっかけですが、中学2年生の時に観た映画「ターミネーター2」に出てくるロボットやAIに衝撃を受けたことです。その映画の中にエンジニアたちがコンピューターのキーボードを操作しているシーンがありまして、当時は何をしているのか分かりませんでしたが、とにかくコンピューターを勉強してターミネーターに出てくるようなロボットやプログラムを作りたいという衝動に駆られました。そして半年かけて両親を説得してPCを買ってもらいました。
それから大学に入ってAIを学びましたが、当時はインターネットやWebの黎明期でしたのでそちらにも興味を持ち、2001年に設立したチームラボでサーチエンジンを開発したり、Webコンテンツを開発したりしていました。
ロボットのことを忘れていたわけではないのですが、インターネットの世界がとても面白かったので、のめり込んでしまいました。そうした最中の2005年に愛知万博(2005年日本国際博覧会愛・地球博)が開催されました。その会場ではトヨタ(トヨタ自動車)やホンダ(本田技研工業)などの大企業がロボットの試作機を動かしていたり、ロボティクスのスタートアップ企業が出展していたりしていました。それを見て小さな会社でもロボットを作ることができるようになったのだと気付かされました。
2005年あたりはLinuxなどのオープンソースソフトウェアの普及が拡大し始めた時期で、オープンソースのハードウェアも出始めていました。こうした変化によってロボットの開発や製造のハードルが下がったのでしょう。
角●愛知万博がロボットへの情熱を思い出させてくれたのですね。
青木●はい、すぐにロボットをやらなくてはと思い、最初は週末に後輩の学生を集めて部活のようにロボット作りに取り組みました。それから経済産業省が情報処理推進機構(IPA)を通じて実施しているIT人材発掘・育成を目的とした「未踏事業」に応募して採択していただきました。その際に支援していただいた資金を活用して、ロボット作りに必要な知識と技術を持つメンバーを集めてロボットを作り始めたのがユカイ工学の始まりです。
角●最初に商品として発売したのがココナッチですね。
青木●はい。ココナッチは手のひらサイズのひよこ型のロボットで、PCにUSBで接続してメールやSNSのメッセージを受信すると光ったり揺れたりして知らせてくれます。当時はメールやSNSのメッセージの新着を知らせる機能がなく、メールソフトやブラウザーをいちいちリロードして確認していましたので、便利だったと思います。現在は販売を終了しています。
PepperがロボットとAIを身近にした
スマートスピーカーをいち早く開発
角●2007年にユカイ工学を設立してしばらくの間、当時はまだ身近な存在になっていなかったロボットをビジネスにつなげるのは難しかったのではないですか。
青木●その通りです。しかし従来の感覚が一気に変わる出来事が起こりました。それはPepperの登場です。これまでロボットに関心もなければ一切の関わりもないような大企業がPepperを接客に利用するなど、企業でも家庭でもロボットやAIを活用しようという意識に一気に切り替わりました。
当社のBOCCOもPepperがなければ注目されることはなかったと思います。BOCCOはスマートフォンのアプリを通じて使うコミュニケーションロボットです。BOCCOに話しかけるとWi-Fiで接続されているスマートフォンを通じてテキストあるいは音声メッセージを送信できます。
またスマートフォンで受信したメッセージをBOCCOが音声で読み上げることもできます。お子さんやおじいちゃん、おばあちゃんなど、スマートフォンの操作ができない家族とも簡単にコミュニケーションを取れるのがBOCCOの特長です。スマートスピーカーが世に出る前に音声を中心としたコミュニケーションインターフェースを持つロボットを商品化したという点が自慢です。
それから本体にセンサーを一つ搭載することもでき、現在は人感センサー、振動センサー、鍵センサー、部屋センサーを提供しています。例えば人感センサーを使ってお子さんが帰宅したことをメールでパパやママに通知できます。ちなみに振動センサーは玄関ドアなどの振動を検知、鍵センサーはサムターン鍵の開閉を検知、部屋センサーは部屋の温度や湿度、照度を検知します。それぞれ検知するとスマートフォンを通じてメールで通知します。
最初はスマートフォンのメッセージを音声でやりとりする機能と、センサーの検知を通知する機能しかありませんでした。機能が少なかったこともあり、ユーザーさんが外部の機能を組み合わせて面白い使い方をするようになりました。
例えば、もう提供が終了してしまいましたが、複数のIoTデバイスやWebサービスを連携させてユーザーがサービスを作れるヤフーのスマートフォンアプリ「myThings」を利用して天気予報をしゃべらせていました。
角●私も以前からBOCCOを使っていますが、例えば私が自宅の最寄り駅に着くと自宅にあるBOCCOが家族に知らせたり、ヤフーの天気予報と連携させて雨が降ることを知らせてくれたりといった使い方をしていました。
最近ではBOCCOを見守りサービスのビジネスに活用する動きも出始めていますね。
青木●はい、BOCCOシリーズの「BOCCO emo」に中部電力とインターネットイニシアティブを経営母体に持つネコリコさまがLTE通信に対応させ、独自の機能を加えて遠隔地で暮らす家族を見守る用途で利用されています。
BOCCO emoにはほかのサービスやデバイスと連携したり、好きな言葉をしゃべらせたりできるAPIや、医療機器や事務機器などの業務システムと連携した音声アナウンスが行えるキットなどを提供しており、自在にカスタマイズしてアイデア次第でさまざまな用途に利用できます。
例えばセコムさまは同社のスタッフと利用者がBOCCO emoを通じて双方向のコミュニケーションを図る見守りサービスを提供しています。両者のやりとりは遠隔地に住む家族やケアマネジャーなどの関係者が閲覧したり、参加したりすることもできます。このようにBOCCOをプラットフォームとして、さまざまなビジネスが広がっていけばいいなと思っています。
次回の後編ではユカイ工学の真骨頂である愉快な商品をどのようにして生み出しているのか、どのようにして事業化しているのかに迫ります。尻尾が動くクッションや猫型の耳が動くカチューシャ、そして「甘噛みハムハム」など、楽しい商品を紹介します。