「E Inkが搭載された電子ペーパー製品」と聞くと、もっとも身近に感じるのが電子書籍デバイスに採用されているディスプレイだろう。液晶ディスプレイと比較して目に対する負担が少なく、紙に近い質感で見ることが可能なため、電子書籍デバイスに搭載され広く普及した。また電子ペーパーは画像や文字を表示した後は電力を消費せず、表示内容を変更するときだけ電力を消費するため、消費電力も低いという特長もある。このような見やすさや消費電力の低さから、実はさまざまなビジネス課題を解決する手段の一つとして、現在電子ペーパーの活用が広がっているのだ。
ビジネスや勉強から音楽シーンまで
多様なユーザーに愛される「QUADERNO」
ユーザーのアウトプットを生み出すための“思考時間”を創ることを目指して開発された、富士通クライアントコンピューティングの電子ペーパー「QUADERNO」(クアデルノ)。2018年12月に誕生した本製品は、開発当初の想定を超え、さまざまな用途へと利用が拡大しているという。その開発背景と、新たにカラー表示に対応した最新モデルの特長や新たな訴求ターゲットについて、話を聞いた。
大学ノート約20万冊分を
いつでも軽々持ち運べる
「QUADERNO」の開発に携わった富士通クライアントコンピューティング マーケティング本部 商品企画統括部 主任 松本景子氏は「QUADERNOは当初、ビジネスパーソンをターゲットに開発しました。しかし普及が広がるにつれて、勉強時にテキストを閲覧したりノートを書いたりするような用途や、演奏時に楽譜を閲覧する用途など、さまざまなシーンでの活用が進んでいます」と語る。
多様なシーンでの活用が進むQUADERNOの特長は大きく二つある。一つ目は物理的な紙の良さを再現している点だ。静電容量方式タッチパネルと専用スタイラスペンの組み合わせによって、本物の紙のような自然な書き心地を実現している。また、E Inkが開発した電子ペーパー技術「E Ink」を採用しており、紙のように文書を読むことが可能だ。
二つ目は持ち歩きやすさだ。QUADERNOは第二世代となるGen.2においてA5サイズとA4サイズの2製品をラインアップしているが、その最厚部は両サイズとも6mm以下と紙のノートと同等の薄さをしている。また本体重量も軽量であり、A4サイズで約368g、A5サイズで約261gだ。前述した通り電子ペーパーを採用しているため消費電力も少なく、フル充電状態であれば最長2週間使用できるという。内蔵メモリーは32GBであり、PDFファイルであれば約1万ファイルを保存して持ち運べる。これは大学ノート約20万冊分に相当するという。

(右)富士通クライアントコンピューティング 武田和宏 氏
カラーで視覚的な刺激を増やし
思考を活性化させる
そうしたQUADERNOの良さはそのままに、富士通クライアントコンピューティングは第三世代となる製品を2024年11月22日に発売開始した。第三世代は初となるカラーモデルでありA4サイズで13.3インチディスプレイを搭載した「QUADERNO A4 (Gen. 3C)」とA5サイズで10.3インチディスプレイを搭載した「QUADERNO A5 (Gen. 3C)」をラインアップする。
カラー表示に対応したメリットについて松本氏は「カラー表示は視覚的な刺激を増やし、思考を活性化させる作用があると考えています。そのためビジネスシーンにおいては企画のアイデアを練ったり、改善策を検討したり、情報を分かりやすくまとめたりするようなシーンでアイデアの創出の幅を広げる効果が期待できます」と語る。
カラー表示は4,096色に対応したほか、付属のスタイラスペンで8色のカラーによる書き込みも行える。「以前、編集者の方にQUADERNOを紹介した際に『最低でもペンの色は3色欲しい』という要望をいただきました。編集者などは校正作業の際に、赤字でPDFにコメントを書き入れるケースが多いのですが、これまでのモノクロのQUADERNOではカラー表示に対応していなかったため、こうした活用には不向きでした。また仕事で欠かせないスケジュール管理も、カラーによる書き込みに対応したことで、タスク管理を行ったり、ちょっとしたイラストを描き込んで分かりやすくしたりといったことが行えます」と、カラー対応による付加価値を語る。
前述したようにQUADERNOは勉強に活用されるケースもある。もともとQUADERNOはGen. 2から「暗記モード」が搭載されており、覚えたい単語をマスキングして表示/非表示を切り替えることで、学習に役立てられていた。Gen. 3ではこのマスキングする箇所もカラー表示が可能になり、紙の参考書に緑のマーカーを引き、赤シートで覚えたい箇所を隠して暗記するような、紙の参考書の勉強の仕方を再現した学びが可能になる。
資料や参考書などのPDFデータは、スマートフォンやWindows PCから専用アプリを介してQUADERNOに保存できるほか、アップデータが提供している「My Note Cloud」を活用すればクラウド上でデータ同期も行える。富士通クライアントコンピューティングはスケジュールやミーティングシート、方眼紙などのテンプレートデータも配布しており、それらをQUADERNOに取り込むことも可能だ。

2. オプションを豊富にラインアップしている。画像は専用のクアデルノカバーと、クアデルノラミースタイラスペンを装着した様子。
3. カラー表示に対応したことで、書類のグラフなどのデータも確認しやすくなった。
4. 8色のカラーからペン入力が可能で、手帳として使う場合の色分けなども行いやすくなった。
紙の楽譜から電子ペーパーへ
演奏者にとっての新たな相棒に
前述のテンプレートには五線譜やタブ譜など楽譜のテンプレートも用意されている。富士通クライアントコンピューティング プロダクトマネジメント本部 コンシューマ事業部 第二技術部 エキスパート 武田和宏氏は「QUADERNOはピアノやギターを演奏する際に楽譜を表示するデバイスとして活用するユーザーも少なくありません。紙の楽譜は分厚く重たいため、持ち運びが大変ですし、演奏の際に片手でめくる煩わしさもあります。QUADERNOであれば持ち運びも保管も楽々行えます。加えて、対応するフットペダルとBluetooth接続することで、足元の操作だけで楽譜めくりを行える機能を搭載しているため、演奏中に楽譜から手を離すことなく楽譜をめくれるのです」と語る。
さまざまな用途で活用が進んでいるQUADERNOだが、一方でこれらの用途はAndroidやiPadOSを搭載した汎用的なタブレット端末でもカバーできる。そうした端末と比較した電子ペーパータブレットだからこその優位性について武田氏は「一番大きなメリットは、電池持ちが良い点です。QUADERNOはWi-Fi機能をオフにした場合は最長2週間、Wi-Fi機能をオンにした場合でも最長5日間のバッテリー稼働に対応しています。また電子ペーパーを採用していることから、目が疲れにくい点も利点でしょう。長時間書類を読んだり、楽譜を見たりするような人にお薦めです。楽譜を汎用的なタブレット端末で閲覧する演奏者もいますが、楽譜をタブレットで表示するとなるとA4サイズ程度の表示領域は欲しいところです。しかし、そのサイズのタブレット端末は持ち歩きに負担があります。QUADERNO A4であれば本体重量は約368gですので、軽々持ち運べる点もうれしいポイントです」と語る。
カラー表示に対応したQUADERNOのGen.3C。富士通クライアントコンピューティングは、今後この端末の利用者をどのように広げていくのだろうか。「まずはカラーに対応したことで、趣味用途で使うユーザーがさらに増えることを期待しています。また、現在はビジネスパーソンなどが個人の学習用途で使っていただいていますが、教育分野での普及も狙っています。ビジネスユースでは記者や編集者の方への普及を広げていきたいですね。カラー表示に対応したことから、ファッション雑誌の校正などにも使えるのではないか、と期待しています」と武田氏は語った。

電子ペーパーの低消費電力性を生かした
乾電池で稼働する「スマートバス停」

2. 電子ペーパーを採用した楽々モデルは視野角が広く、どこから見ても時刻表が確認しやすい。
3. Webサイトでの情報発信や、バスの現在位置などは利用者がQRコードを読み取って、スマホで閲覧できる。
電子ペーパーの特長の一つに、低消費電力がある。電子ペーパーは画面を書き換える際に電力を消費するため、書き換えが必要なければ電源供給がなくてもコンテンツの表示が可能だ。そうした電子ペーパーの特長を生かし、「スマートバス停」への活用を進めているのがYEデジタルだ。
電源供給が難しいバス停へ
西鉄エム・テックとYEデジタルが共同で開発し、提供している「スマートバス停」は、公共交通情報をはじめとする多様な情報を、デジタルで分かりやすく発信できる次世代のバス停だ。55インチの透過型LCDを内蔵する「繁華街モデル」(TypeーA)、31.5インチの透過型LCDを内蔵する「市街地モデル」(TypeーB)、13.3インチの電子ペーパーを内蔵する「楽々モデル」(TypeーD)の3機種をラインアップしている。
繁華街モデルはその大型のデジタルサイネージを活用し、複数のバス事業者が乗り入れるような駅前のバス停や、バスターミナルでの時刻表表示に向いている。市街地モデルは地域住民の利用が多い生活移動の拠点となるような市街地のバス停に適したモデルだ。動画や静止画などの広告コンテンツも表示できる一方で、AC電源による給電が必要となる。そのため、電源供給が行いにくい場所に設置されているバス停への設置は不向きだ。
YEデジタル サービスビジネス本部 副本部長 兼 スマートシティ事業プロダクトオーナー 工藤行雄氏は「以前は、反射型LCDを内蔵し、太陽光発電による給電が行える『郊外モデル』(TypeーC)も提供しておりましたが、ソーラーパネルを設置する都合上、屋根のあるタイプのバス停には設置が難しいという課題がありました。そこで現在は、電源供給が難しい場所へのスマートバス停は電子ペーパー搭載の楽々モデルへ一本化しています」と語る。電子ペーパーを採用した楽々モデルは乾電池で稼働するため、場所を選ばずに設置できるのだ。加えて、本体重量も約5kg弱と女性でも取り付けがしやすい。既存のバス停の金具に取り付けられる重量である点も魅力といえる。
また、電子ペーパーを採用していることから、屋外でも時刻表が見やすい点もメリットだ。「見やすさを向上する工夫として、液晶面とガラス面を密着させるダイレクトボンディング構造を採用しています。ここに隙間ができてしまうと光の屈折などによってぼやけてしまったりするのですが、この構造を採用することで、一見すると本当の紙のように見えるような見やすさを提供しています」と工藤氏。視野角も広いため、歩いてきた利用者がどこからでもバスの時刻表を視認しやすいという。
クラウド経由で時刻表を更新

工藤行雄 氏
こうした魅力のある楽々モデルは、どのようなバス停で利用されているのだろうか。代表的な事例として西鉄バス北九州がある。同社は、北九州空港と市内を結ぶ空港バス「北九州空港エアポートバス」2路線の全バス停にスマートバス停を導入している。コロナ禍で頻繁な航空ダイヤの改正が発生したことに伴い、エアポートバスのダイヤ改正業務も通常時の約10倍に膨れ上がったことが導入の背景にある。楽々モデルはLPWAによる通信で定期的な時刻表の書き換えを行っても乾電池で2年以上稼働する点や、防水防塵性能が高く屋外に設置していても問題なく稼働する点などから、2021年3月の導入以降も現在に至るまで同社のバス運行を支えている。そのほか、京成バスでの実証実験や西肥バスでの導入準備も進められている。
工藤氏は「スマートバス停の導入主体は、コロナ禍前はバス事業者が中心でしたが、昨今は自治体に変化しています。自治体が主導する場合は楽々モデルよりも、繁華街モデルが採用されるケースが多いですね。一方、バス事業者が導入を主導する場合は時刻表の書き換えなどの労働負荷削減を目的とするため、路線全体を一気に置き換えるために楽々モデルを中心に導入するケースが多いです」と語る。
特に楽々モデルは、山間地域や高速道路上、空港バスのバス停などでの導入が多いようだ。これは電源供給が不要であり、また遠隔地から一括で時刻表の書き換えが行えることから、紙の時刻表と比べて張り替えの負担を大きく削減できる恩恵を受けやすいためだ。スマートバス停は「MMsmartBusStop」によってクラウド経由で時刻表や掲示物を配信できるため、人による時刻表の張り替えが負担となりやすい場所のバス停の時刻表更新も行いやすいのだ。一方で、こうした時刻表の書き換えの手間を削減するためには、路線全体にスマートバス停を整備する必要がある。これらのバス停の置き換えニーズに対しても、楽々モデルは繁華街モデルや市街地モデルと比較して安価なため、整備がしやすいメリットがある。
「カラー対応の電子ペーパーが市場に登場しているため、当社としても楽々モデルのカラー表示への対応を検討していますが、屋外での利用を考えるとハードルが高いのが現状です。というのも電子ペーパーは低温に弱く、気温が氷点下になると情報の書き換えが難しくなります(稼働はマイナス10度まで対応)。この気温による制約はカラー表示モデルの方がシビアとなるため、バス停のように1年中屋外に設置する電子ペーパーのカラー対応は現時点では難しいのが実情です。そういった気温の課題をクリアできればカラー対応も進めていきたいですね」と工藤氏。実際、スマートバス停の楽々モデルは北海道や岩手県のような降雪地帯において、時刻表張り替えの手間を削減するため導入されるケースもある。こうしたさまざまな場所への導入が進む楽々モデルでカラー表示に対応するためには、動作保証温度の問題をクリアすることは必須といえるだろう。
運用コストを広告費でサポート
「スマートバス停の整備には補助金も使えます。2025年度の補助金の交付要綱では、その補助の対象として今回初めて写真付きでスマートバス停が明記されました。補助金の申請主体は交通事業者になりますので、スマートバス停の整備が路線全体など一体的に進む可能性が高く、楽々モデルの導入もさらに進んでいくことが予想されています。一方で、補助金によって初期導入コストが大きく削減できたとしても、導入後故障した場合の修理費用などのランニングコストはかかります。当社では、そうした交通事業者の運用コストを解決するため、2023年8月に西日本新聞社、九州博報堂、KBCグループ、ドーガンと当社が共同出資した合弁会社マチディアを設立しました」と工藤氏。
マチディアはスマートバス停の広告事業を主にした企業で、スマートバス停に表示する広告や宣伝に関する企画、制作、取次などの事業を行う。すでに佐賀バスセンターや佐世保バスセンターなどのクライアントがおり、自動車学校やイベントなどのプロモーションを行っているという。工藤氏はそのマチディアの取締役も務める。こうした広告の掲示は繁華街モデルのような液晶搭載の繁華街モデルと市街地モデルが中心となるが、楽々バス停でもQRコードを利用した広告配信を行うような手法が検討されている。マチディアを介したスマートバス停への広告出稿によって、交通事業者のスマートバス停の維持管理費を手当し、継続的な運用を実現する好循環の実現を目指していく方針だ。

カーボンニュートラル時代のポスターとして
紙のような表示が可能な「ePoster」を訴求
紙からの進化——。そうシャープが謳う電子ペーパーディスプレイ「ePoster」(イーポスター)は、カーボンニュートラル時代の新たな電子ポスターとして、2023年4月から発売をスタートした製品だ。紙のポスターと同等の見やすさを提供しつつ、張り替え作業の手間を大きく削減するePoster。その活用メリットを聞いた。
設置しやすい次世代ポスター

中村雅一 氏
E Inkの電子ペーパーを採用した電子ペーパーディスプレイ「ePoster」は、現在4機種をラインアップしている。
一つ目は42インチのモノクロ電子ペーパーディスプレイ「EP-421」。半屋外での設置に対応しており、イベントの案内表示や建設業の表示看板などにも活用可能だ。
二つ目は4色表示に対応した7.3インチモデルの「EP-C071」。カフェの卓上メニューやホテルのWi-Fiパスワード表示などに向く小型サイズだ。
三つ目と四つ目は、カラー表示が可能な電子ペーパーディスプレイで25.3インチモデル「EP-C251」と13.3インチモデル「EP-C131」をラインアップしている。いずれのモデルも消費電力0Wで表示保持が可能であり、カーボンニュートラル時代の新たな情報表示端末として今大きな注目を集めている。実際、カラーモデルであるEP-C251とEP-C131はその省エネ性能の高さが評価され、省エネルギーセンターが主催する「2024年度省エネ大賞」の製品・ビジネスモデル部門において、資源エネルギー庁長官賞を受賞した。
ePosterの開発背景について、シャープ スマートビジネスソリューション事業本部 デジタルイメージングソリューション事業部 商品企画部 課長 中村雅一氏は「当社は以前からデジタルサイネージの事業を行っていましたが、そうした液晶ディスプレイとはまた異なる新しいカテゴリーでの製品開発を模索していました。そこで注目したのが電子ペーパーディスプレイです。もともと棚札などで白黒の電子ペーパーが活用されていましたが、近年になってそれらがカラー表示に対応しました。また、電子ペーパーの大型化も進みつつあり、紙のポスターやPOPなどの用途に使えるのではないか? と考えたのがきっかけです」と語る。
紙のポスターやPOPと異なるePosterとして、情報の書き換えが容易である点が挙げられる。例えば画像を保存したUSBメモリーを本体に接続すれば、簡単に新しいコンテンツへの書き換えが行えるのだ。こうした情報の書き換えは、Windows PCやスマートフォンの専用アプリ経由からでも行えるほか、別売のコンテンツ配信・表示システム「e-Signage S」を活用※すれば、登録したスケジュールに従った画像の書き換えや表示状態の監視といった一元的な運用管理も実現できる。
なお、表示の書き換えなどには電力を消費するが、電源が取れない場所であってもモバイルバッテリーからの給電に対応するため、AC電源のない場所でも運用できる。本体は薄型軽量のため、さまざまな場所への設置に対応する。
※e-Signage Sでの運用管理にはWi-Fi環境が必要。
病院での診療時間案内に活用
代表的な導入事例先として、病院がある。「カラー表示に対応した25.3インチのEP-C251を導入いただいたのぶはらクリニックさまでは、クリニック入り口で診療時間などの案内を行う用途として活用されています。同院では複数の診療科があり、曜日ごとに診療時間も異なります。それらの受付開始時間などを案内するため、以前は紙に印刷した案内表示を掲示していましたが、それをePosterに置き換えた事例になります。スマホアプリから画像を転送して表示の書き換えを行っており、その手軽さが評価されています」と中村氏は語る。こうした情報更新のために必要な電源供給はモバイルバッテリーで行っており、AC電源からの給電用ケーブルを配線する必要がないことから、来院した患者がつまずくようなリスクがない点も評価されているようだ。
こうした配線不要のePosterは展示会などの会場でも活用されている。前述した2024年度省エネ大賞の授賞式が行われた「ENEX2025〜第49回地球環境とエネルギーの調和展〜」内の省エネルギーセンターの展示ブース内にて、情報発信用の端末としてePosterが活用されていた。
中村氏は「展示会では自社の製品紹介のパネルを印刷し、掲示するケースも多くありますが、印刷コストもかかりますし、展示会が終わると保管場所が圧迫するため多くの場合処分されます。ePosterはこうした紹介パネルを置き換える可能性も秘めています」と指摘する。
例えば製品紹介パネルのデータを作成し、ePosterに配信すれば、展示会ごとに表示を切り替えて最新情報の発信が行える。データで保管できるため保管場所も取らず、ePosterが1台あれば、さまざまな展示会で情報発信が行いやすくなる。
既存ポスターを使いやすく

一方で、こうした紙のパネルやポスターの多くはA判サイズで作られている。ePosterやデジタルサイネージのディスプレイなどは16:9サイズが主であるためA判と比べると細長く、既存のポスターで使用していたコンテンツは表示サイズが合わないこともある。そこでシャープは、2025年春にA2サイズのePosterを提供予定だ。また、このA4サイズのePosterを4枚組み合わせることでA0サイズの表示を可能にするePosterの開発も進めている。このA0サイズのePosterはソーラーパネルでの発電と蓄電池を搭載する屋外対応モデルを予定しており、電源設備のない屋外での利用を実現させい考えだ。「例えばこうしたソーラーパネル対応の電子ペーパーは、災害が発生した場合の災害情報表示や避難所の掲示に活用できるでしょう。このA0サイズのePosterはCEATEC AWARD 2024において経済産業大臣賞を受賞しています」と中村氏。今後の製品化が期待されているモデルだ。
今後のePosterの展望として中村氏は「やはり大型化は進めていきたいですね。導入先としては季節ごとにメニューを変える飲食店や、定期的にダイヤ改正を行う鉄道会社なども視野に入れています。特にダイヤ改正に伴う時刻表の張り替えは、人手や時間がかかるため大きな負担です。ePosterであればe-Signage Sを経由して、本部から一括で時刻表を書き換えることが可能になるため、これらの更新負担が大きく削減できるでしょう」と語る。
ePosterの導入によって印刷、仕分け、物流、張り替え作業のなどのコスト削減、CO2削減が実現できることは、企業にとって大きなポイントとなるだろう。またカラーモデルのEP-C251とEP-C131は本体キャビネットのプラスチック材の約30%で再生材を使用しているほか、梱包材や緩衝材にも再生紙を使用することで環境に配慮されている点もうれしい。消費電力という観点だけでないポイントで環境への配慮にこだわったePosterは、これからのカーボンニュートラル時代の新しい表示デバイスとして注目の製品だ。

2. 市販のモバイルバッテリーを収納できるスペースが背面に用意さえており、AC電源がとれない場所でも設置しやすい。
3. 左は13.3インチのEP-C131、右は25.3インチのEP-C251。紙のように見やすい画面はそのままに、カラー表示に対応したことでより多彩なシーンでの活用が期待できる。
印刷のノウハウを生かした技術で
カラーも鮮やかに再現する電子ペーパーの棚札
家電量販店の店頭で価格を表示する棚札。これら棚札の多くは電子ペーパーが採用されている「電子棚札」だ。視認性が高くフレキシブルな価格表示の変更が行える電子ペーパーを採用した電子棚札は、デジタルトランスフォーメーション(DX)の実現を目指す店舗に適している。TOPPANデジタルは、そうした電子ペーパーを採用した「TOPPAN電子棚札ソリューション」を提供し、店舗のDX戦略を提案している。
価格変動をリアルタイムに反映
2023年10月1日、凸版印刷は持株会社体制に移行すると同時に社名をTOPPANホールディングスに変更した。印刷を社名から外し、世界中の課題を突破するという決意を「TOPPAN」に込めたという。そのTOPPANグループ全体のDX事業戦略を推進するのがTOPPANデジタルだ。
TOPPANデジタル 事業推進センター スマートSCM推進本部 リテールソリューション推進部 部長 上坂幸司氏は「当社は、電子ペーパーの黎明期から電子ペーパーを開発するE Inkに対して出資や提携を行ってきました。その後、ソニーの電子書籍端末『Reader』やAmazonの電子書籍端末『Kindle』などが発売されたことで、電子ペーパーは市場に広く普及しました。その中で当社は、電子ペーパーの次の可能性を模索しており、いわゆる大型のポスターの代替や物流や製造工程で使うラベルの代替に電子ペーパーが活用できないか、といったことを2010年前後から検討を進めていました」と振り返る。
そうした中で、電子ペーパーパネルを開発する台湾のPDiが白黒赤の3色表示が可能なパネルの量産化を行ったことに加え、E InkとTOPPANが株主となっているフランスのVusionGroupが電子棚札を提供していることから、TOPPANデジタルがそれらを組み合わせ、「TOPPAN電子棚札ソリューション」として提供を開始した。
棚札に着目した背景には、店舗で利用されるPOPやチラシ、販促物、棚札などを凸版印刷で印刷していたことがある。「紙の棚札は値段に変動が出た場合などに差し替える作業が必要です。またそれらを印刷する必要があるため、データを印刷所に送り、印刷した棚札を店舗に配送して差し替えるとなると、価格反映に時間がかかります。これらの印刷コストの負担や差し替えのための人的コストといった課題を解決する手段として、電子棚札が有効であると考えました」と上坂氏。
TOPPANデジタルの電子棚札ソリューションは、クラウド上に構築されたTOPPAN電子棚札システムとアクセスポイント、電子棚札、ハンディ端末で構成される。商品情報や企画情報、価格情報を持つ店舗の本部が、それらの情報を電子棚札システムにアップロードすると、店舗の電子棚札へ情報を配信する仕組みだ。価格情報は店舗側のPOSシステムからも反映できる※。そのためセールなどで値段が変わった場合でも、POSからの連携でリアルタイムな反映が可能だ。
※価格情報は本部もしくは店舗どちらか一方のみの連携

(中)TOPPANデジタル 上坂幸司 氏
(右)TOPPANデジタル 檀上英利 氏
家電量販店から急速に普及
TOPPANデジタルの電子棚札ソリューションで提供する電子棚札は、1.6、2.2、2.6、4.2、7.4インチと豊富なサイズをラインアップしている。これらの電子棚札は黒白赤の3色または黒白赤黄の4色表示に対応しており、例えば「広告の品」のように消費者の目を引くための情報に赤色を使うような表示にも対応する電子ペーパーだ。これらのほか、マイナス25〜10度の動作温度に対応する冷凍用の電子棚札も白黒二色表示で2サイズラインアップしている。
2000年前後の電子棚札はバックライトのない液晶表示が中心だったが、技術の進化に伴ってE Inkの電子ペーパーへの置き換えが進んだ。これらの電子棚札ソリューションが大きく普及したのは2018年ごろのことだ。
「もともと白黒のみだった電子棚札に赤色の表示ができるようになったことで、多くの家電量販店で導入が進みました。当時、ECサイトを運営していた家電量販店は、リアル店舗との価格を連動させる手段を探しており、そこに電子棚札ソリューションがマッチしたのです。赤色表示に対応した電子棚札が発表されたのは2013年でしたが、実際に安定したものになるまでに3〜5年ほどかかりました」と語るのは、TOPPANデジタル 事業推進センター スマートSCM推進本部 リテールソリューション推進部 企画戦略チーム シニアアドバイザー MBA ME 檀上英利氏。E Inkの電子ペーパー技術はMITメディアラボの研究を前進としているが、壇上氏はその当時からE Ink創設者の一人であるジョセフ・ジェイコブソン氏と交流があるなど、日本の電子ペーパー技術の普及推進をけん引してきた人物でもある。壇上氏は続けて「ここ1年くらいで黄色の表示も可能になりましたので、今後さらに商品訴求がしやすくなるでしょう」と語る。
印刷技術を生かしたカラー再現

電子棚札のさらなる多色表示や大型化も進んでいる。白、黒、赤、黄、青、緑の6色表示に対応した8.2インチ電子棚札のプロトタイプが評価用に活用されているほか、13.3インチや31.5インチサイズの開発も進められている。表示色や表示領域が拡大することで、価格情報に加えて商品画像を組み合わせたビジュアル表現も可能になる。
こうしたカラーの電子ペーパーには、印刷技術で培ったTOPPAN独自のカラーマネジメント技術が生かされている。壇上氏は「紙にも上質なものと、少し黄ばんだりグレーがかったりしているものがあります。しかし当社では印刷会社として、それらの紙の品質に左右されずに忠実に色を再現する技術を持っています。電子ペーパーの場合、白を表示していてもグレーがかってしまったり、表示が点描になっているためフルカラーの滑らかな表現が難しかったりするのですが、そうした電子ペーパーでも印刷技術の色再現を活用し、元の印刷に近い色を出せるよう色をコントロールしています」と語る。
このような電子棚札を導入している店舗は、グローバルでも約8%、日本国内に限定するとさらに少ないという。「1〜2店舗で導入しても業務効率化の効果が少ないソリューションですので、10〜30店舗など多店舗展開してるチェーン店での導入に向いています」とTOPPANデジタル 事業推進センター スマートSCM推進本部 リテールソリューション推進部 チームリーダー 江守 朗氏。こうした電子棚札ソリューションは、法改正などに伴う価格表示の変更対応が行いやすくなるため、そうした変化が起こると導入が進む可能性もある。
TOPPANデジタルではこれらの業務効率化を目的とした電子棚札の導入を契機とした「守りの電子棚札」運用から、棚前でのメッセージを伝えて購買意欲を高めたり、AIカメラを活用して欠品管理までを行えるようにする「攻めの電子棚札」まで、トータルで店舗DXを支援していく。

2. 店舗での導入割合が高いという2.6インチサイズの電子棚札(上)と1.6インチの電子棚札(下)。赤や黄色を使えるようになったことで、表現の幅が広がったといえる。
3. 現在開発段階だが、フルカラー表現が可能な大きめの電子棚札を活用すれば、ビジュアルによる訴求も実現できる。
4. AI棚カメラ「Captana」を使えば、向かいの棚の電子棚札のLED点滅から、商品位置把握や欠品検知が実現できる。