ローカル5G活用
ロボットが患者の服薬状況を見守る
NTT東日本/ローカル5G病棟巡回ロボット
医療DXは、病院内の日常的な業務の効率化にも寄与できる。東日本電信電話(NTT東日本)は、医療インシデント削減のため、ローカル5G病棟巡回ロボットを活用した実証実験を行っている。ローカル5G活用が広げる医療の可能性を見ていこう。
医療従事者の負担をロボットが低減
少子高齢化や新型コロナウイルスの流行によって、医師や看護師など医療従事者の不足が深刻化している。人手不足は多くの業種で発生しており、飲食店などでは配膳にロボットを使うケースも多く見られるようになってきた。そうしたロボットを病院でも活用することで、人手不足の解消はもちろん、医療インシデントの削減を狙う実証実験が、群馬大学医学部附属病院で実施されている。
本実証実験は総務省による「課題解決型ローカル5G等の実現に向けた開発実証」の一環だ。群馬大学、NTT東日本、ユヤマ、ウルシステムズ、PHCの5者が連携し、群馬大学医学部附属病院にローカル5G環境を構築し、自立走行型ロボットによる実証実験を行う。ロボットにはAI・薬剤自動認識装置を搭載しており、患者持参薬の確認や、処方薬の配薬・服薬確認などを自動化する。
「ロボット本体には薬剤を識別するために二つのカメラが搭載されています。カメラは上下から、照明角度や露光時間を変えた複数枚の画像をリアルタイムに解析サーバーに伝送して、AIで解析します。これらのロボットが2台、ローカル5G基地局を設置した病棟のワンフロアを巡回して、服薬状況の確認を行います。基本的な運用は処方薬の服薬確認で、患者が処方薬を飲む前にロボットのトレイに薬を投入し、ロボットはその画像を薬剤識別システムに伝送し、それが適切か照合します。照合結果から問題がなければそのまま服薬するというフローです。また、患者は服薬後、薬の飲み殻をロボットのトレイに投入し、その画像を飲み殻解析システムに伝送して照合する仕組みも実装しています。いずれも照合結果に異常があればロボットからの確認や看護師への通知が行える仕組みです」と話すのは、NTT東日本 ビジネスイノベーション本部 第四バリュークリエイト部 山本 桂氏。
ローカル5Gで安定した稼働を目指す
こうした仕組みが必要となる背景には、前述した人手不足に加えて薬剤に関連する医療インシデントの多さがある。昨今、後発医薬品など薬剤の種類が増加し、薬剤の見た目だけではその患者に処方された正しい医薬品か判別することが困難になってきている。そうした確認作業をIT技術で効率化し、インシデントを削減するのが今回の実証実験なのだ。
山本氏は「今回の実証で特長的なのが、地域の薬局と連携した薬剤トレーサビリティスキームの構築を行う点です。今回の実証では患者が入院時にそれまで飲んでいた薬を持ち込んだ場合、その持参薬の情報を識別する仕組みも導入していますが、患者は退院後も外来としてその病院に通いながら、院外の薬局で薬をもらいます。そうした外来で使う病院外の薬局と、入院中に使う病院内の薬局が情報共有できる仕組みを作ることで、地域住民が安心して暮らせる地域包括ケアを目指していきます」と語る。
また、今回の実証実験ではネットワークにローカル5G環境を利用している。人や特殊機器が多数行き交い、電波干渉の可能性が高い医療現場に対応するため、最新のローカル5G技術である分散アンテナ技術を採用して、円滑な通信の実現を図っている。「病院は病室の壁が厚かったり、天井が低かったりと電波の干渉が起きやすい懸念がありました。今回3基のアンテナを使用し、光に見立てて電波が到達できるかなどきちんとシミュレーションを行い、実証に生かしています」と語るのは、NTT東日本 ビジネスイノベーション本部 ソリューションアーキテクト部 先端技術グループ 第一担当 有働隆人氏。
ローカル5Gには高速・大容量、超低遅延、多数同時接続といった三つの特長があるが、病院においてはこれらの特長に加え、Wi-FiやBluetoothといったそのほかの無線通信に干渉されない点のメリットも大きいという。NTT東日本 ビジネスイノベーション本部 ソリューションアーキテクト部 先端技術グループ 第一担当 中野 翔氏は「大規模病院などではPCだけでも3,000台ほど使われているほか、医療IoTデバイスも多数あります。安定的にロボットを動かし、リアルタイムに遅延なくデータを解析する用途に、ローカル5Gは適しているのです」と指摘する。
看護師の時間創出を実現
今回の実証実験は2023年1月30日から3月17日の期間で行われる。取材時点では実証開始から数日が経過しており、ロボットも問題なく動作して服薬確認などが行えたという。「ロボットがしゃべって動作を誘導するため、入院患者が操作が分からなくなるようなことはありませんでした。ロボットが入院患者の病室をそれぞれ回り、チェックを行うため確認に時間が要する場面もありましたが、これまで人が行っていた作業をロボットに代替できるため、看護師にとっては時間の創出につながったようです。看護部からは『今回の病棟でうまくいくようなら他の病棟にも展開していきたい』という話もあり、費用対効果も含めて現在検討を進めています」と山本氏。
今後は、今回の実証実験で構築した次世代薬剤トレーサビリティを、同様の課題を抱える大学病院や地域の中核病院で活用してもらうことで、医療業界全体の業務効率化や安心安全な医療サービスの実現を目指していく。
「現時点では医療現場でローカル5Gに接続できる端末は多くありませんが、広く普及すればその高速なネットワークインフラを活用した医療DXを実現できるでしょう。現在北海道岩見沢市でも触覚技術や8K映像をローカル5Gで伝送する遠隔医療の実証実験を行っており、今後医療過疎地域などのローカル5G活用も進んでいくでしょう」と中野氏。NTT東日本では企業向けマネージド・ローカル5Gサービス「ギガらく5G」の提供を2022年5月からスタートしており、導入コストの負担が大きいローカル5Gを様々な業種で活用できる仕組みを整えている。有働氏は「医療現場はもちろんさまざまな人々に、ローカル5Gを活用してもらえたらうれしいですね」と展望を語った。