個別最適な学びと教員の働き方改革の関係性

–Ed Tech–
OCC教育テックフォーラム

「OCC教育テック総合研究所」は2023年4月1日に設立された大阪キリスト教短期大学(OCC)の研究機関だ。本研究所の第1回目となる「OCC教育テックフォーラム」が8月10日に開催された。幼児教育から高等教育まで全ての教育関係者を対象とした本フォーラムで語られたEd Techの今を紹介していこう。

質の高い教育を科学と技術が実現する

 OCC教育テック総合研究所 所長を務める根岸正州氏は、第1回目となるOCC教育テックフォーラムに登壇し、同研究所のビジョンとして「私達は、全ての教育者が奇跡の人となり、全ての人々が奇跡の人と出会える世界を創る」と語った。ここで示される“奇跡の人”とは、三重障害で知られるヘレン・ケラーを幼少期から支え、その障害を克服させた教育者であるアン・サリヴァンを指す言葉であり「サリヴァン先生のような質の高い教育を、科学によって裏打ちされた分析とテクノロジーの力で実現することを目指していきます。そのために、本研究所では、教育テックを3類型に分類した教育テックフレームを提唱しています」と語る。

 一つ目は「教育テック1.0」。教育界の課題解決のためにICTを活用した教育実践を高度化するものだ。ICTを活用し、1人ひとりに応じた主体的な体験を創出する。二つ目の「教育テック2.0」は実践の科学化だ。前述した教育テック1.0を踏まえ、ICT教育や英語教育などの教育効果を基にエビデンスベースでの教育に取り組む。そして三つ目の「教育テック3.0」では、教育以外の社会課題解決を目指し、SDGsの達成による行動変容の検証と研究を行う。OCC教育テック総合研究所ではこれら三つの領域においてテーマを設定し、研究や実証実験を進めていく。研究と実践事例として大阪府との連携協定を挙げ、府立高校におけるICTを活用した教育に関わる調査・分析の共同研究と、府立高校におけるICT活用促進に向けた教員研修を行う予定があることが紹介された。

教育テックトレードオフ理論

「今回のフォーラムでは『教育テックトレードオフ理論仮説』をテーマとした講演とパネルディスカッションを実施します。これは教員の労働生産性と、個別最適な学びによる教育の効果というのは、トレードオフの関係にあるのか? というものです。そこで本フォーラムでは、このジレンマの存在とトレードオフを解決する方向性として、教育テックの導入が、教育の新しい可能性を開拓するのではないかという仮説を立てました」と根岸氏。

 実際に小学校、中学校、高校の教員にそれぞれアンケート調査を実施したところ、特に小学校教員と高校教員においては労働生産性と教育効果にトレードオフの関係が見られた。また、ICTの活用度も調査したところ、小中学校全体のデータで見るとICT活用度が高いほど、同程度の労働生産性であれば、教育効果は高まるといった結果が見られたという。

 こうした従来型の教育から未来の教育に転換していくために、10個のパラダイムシフト案があることを提示し、本シンポジウムでの議論を提案した。パラダイムシフト案の中には、「教育効果のパラダイムシフト」や「ICT活用のパラダイムシフト」などが挙げられた。例えばICT活用のパラダイムシフト案では、事務業務の効率化、ICT学習教材の導入といった活用にとどまっていた従来型の教育から、今後は教員の人材育成でテック(技術)を徹底活用することが求められるのではないか提示されている。教育テックによって、個別最適な学びと働き方改革の両側面を実現する、学校の未来予想図が示された。

1.アルカディア市ヶ谷で開催された第1回OCC教育テックフォーラムには、幼稚園から大学までの教育関係者や自治体の首長、教育委員会などが参加し、教育×テクノロジーの現在地や将来像、変革のヒント、取り組み事例などについて議論が交わされた。
2.OCC教育テック総合研究所の根岸正州氏は、同研究所のビジョンや研究領域、提唱する仮説について説明した。
3.特別ゲストとして登壇したスイスビジネススクール 教授 一條和生氏は、日本のビジネスリーダーの存在感が世界の中で薄れていると指摘し「教育にメスを入れる必要があると強く感じています」と訴えた。

教育テックが実現する
学びの未来を討論

–Ed Tech–
OCC教育テックフォーラム

フォーラムでは、OCC教育テック総合研究所の根岸正州氏の趣旨説明を受け、基調講演、事例報告、パネルディスカッションが実施された。本記事ではその内容を一部抜粋して紹介していく。

戸田市が取り組む未来の教育

基調講演で登壇した戸田市教育委員会の戸ヶ崎 勤教育長は、これまで同市が取り組んできたICT活用が教員にどのような影響を与えているかを語った。

 基調講演では、埼玉県戸田市教育委員会の教育長を務める戸ヶ崎 勤氏が「個別最適な学びと働き方改革の同時実現を〜今求められる教育テックとその人材像〜」と題して講演を行った。

 戸ヶ崎氏自身は「ごく普通の自治体の取り組み」としながらも、現在注目を集めている生成AIの教育的利活用や産学官連携の取り組みといった、戸田市の先進的なICT活用の事例を紹介した。中でも今回のフォーラムのテーマであるICTの活用について戸ヶ崎氏は「戸田市では2016年から1人1台端末の文具的利用を提唱し、『Just do it』『百聞百見は一験にしかず』をキーワードに活用を進めてきました。2020年からは第2フェーズに入っており、教育データの利活用による生徒指導上のSOSの早期発見や、落ちこぼれも吹きこぼれも取り残さない戸田型オルタナティブ教育、デジタル・シチズンシップ教育の充実といった取り組みを進めてきました」と語る。

 また、戸田市のSTEAM教育やPBL(課題解決型学習)について触れ「現在の学習指導要領で求められる新たな学びは、働き方改革なしでは実現できません。2016年に学校の働き方改革に関わった企業からは『民間企業に比べて、学校のICT対応はあまりに遅れている』『書類作成や会議に無駄が多い』といった指摘があり、当市では市内の各学校で教科担任制を導入したり、AIドリルへの移行や会議のペーパーレス化を進めるなど、さまざまな取り組みや工夫によって、授業準備や学校経営にかける時間などを生み出しています」と戸ヶ崎氏。これらの取り組みにより、2022年の在校等時間は5年前と比べて小学校、中学校共に約7割になっており、30%程度の削減を達成したという。

車の両輪で端末利用を促進

大阪府教育庁の仲谷元伸氏は府立高校のChromebook活用をはじめとしたICT活用事例を報告した。

 大阪府教育長 教育振興室長 仲谷元伸氏は「大阪府立高等学校におけるICT活用にかかる事例報告」と題し、同府の1人1台端末活用の事例について講演した。

 大阪府では生徒1人1台端末の整備を全額府費で対応し、5年間のリース契約で約11万台のChromebookを、全府立高校生に整備した。また契約期間中に1回のバッテリー交換と、持ち帰り時における故障や盗難にも対応する修理交換といった保守サポートも付けたという。そのほか、普通教室および特別教室への無線アクセスポイントの整備や高速インターネット回線への切り替えを行った。またOCC教育テック総合研究所との連携で30校をモデル事業の対象として最新型の電子黒板機能付プロジェクターなどの整備も実施したという。

「大阪府ではこれらの1人1台端末の利用促進に向けて、大阪府教育庁と各学校で車の両輪のような取り組みを実施しています。また、合わせて目標設定を実施しており、ステップ1、ステップ2、ステップ3と1年ごとに段階を踏みながら、2023年度は個別最適な学びの実現に向けた1人1台端末の活用を目指していますが、実態としてはステップ1あるいは2で止まっている学校も多いと感じています」と仲谷氏。

 実際に2021年度から活用を進めてきた中で、生徒の学びに対する個別最適化や、教員の働き方改革などに対する一定の効果は得られたようだ。一方で授業の導入やまとめ、課外活動以外の授業中に端末をスムーズに活用するための教材や指導法、スキルが不足しているという課題も指摘された。大阪府では今後、OCC教育テック総合研究所と連携しながら、エビデンスベースで端末導入の効果などの分析を進めていく。

ICT活用で教員はどう変わる?

「教育テックで個別最適な学びと働き方改革の同時実現を」と題したパネルディスカッションでは、モデレーターにOCC教育テック総合研究所 副所長 兼 同志社大学 教授の山田礼子氏、パネリストにOCC教育テック総合研究所 副所長 兼 大阪キリスト教短期大学 教授 河﨑雷太氏、文部科学省 初等中等教育企画 課長 堀野晶三氏、武蔵野大学 千代田国際中学校校長 日野田直彦氏、MAZDA Incredible Lab CEO 松田 孝氏、七松幼稚園 園長 亀山秀郎氏が登壇した。

 パネルディスカッションでは今回のフォーラムで提示された教育テックフレームに基づき、五つの問いが設定された。本記事ではその中から二つの問いをピックアップして紹介する。

「働き方改革を、ICTを使って、どうやって実現するのか」という問いの中では、これまで学校別・学年別担任制だった学校の制度から、グローバルでの専門分化・適材適所での学びにパラダイムシフトをしていくに当たって、グローバルでのeラーニング活用や、リアルの学校現場での教員の役割などがディスカッションされた。

 また今回のフォーラムの主題でもある「教育の効果と働き方改革はトレードオフになっているか? そうだとしたら、どう乗り越えるか?」という問いに対して、千代田国際中学校校長の日野田直彦氏は「ICTを導入することが目的だと仕事が増えます。小さくスタートして、使ってみたいと思えるように、困っていることを共有する場、ツールとしてICTを位置付けると良いのではないかと思います」と語る。また文部科学省の堀野氏は「ICTを導入することでこれまで行われてきた単純な作業が効率化されることで、そのスピードに合わせて情報の流通量が増えるため、忙しくなるという例はありますね。例えばオンライン授業がメインとなった大学では、学生から常にメールなどで問い合わせが来るなど、24時間業務に向き合うことになってしまい、逆に教員の負担が増えてしまったそうです。この事例を見ると確かにトレードオフの関係になっているかもしれませんが、教員自身が自分で自分の時間を区切ることも重要になるでしょう」とメリハリの付け方を指摘した。

パネルディスカッションでモデレーターを務めた山田礼子氏(左)と、パネリストの河﨑雷太氏(中央)、堀野晶三氏(右)。
同パネルディスカッションのパネリストである日野田直彦氏(左)、松田 孝氏(中央)、亀山秀郎氏(右)。