VRで複数の視点から学ぶ看護教育
–Med Tech–
福岡大学医学部看護学科
幅広い領域でVR(Virtual Reality)が活用される中、特にその効果が注目されているのが教育の分野だ。福岡大学の医学部看護学科では、医療教育にVRを導入し、学生の学びを深めている。
看護教育にVRを活用
福岡大学は、9学部31学科を有する私立の総合大学だ。その中でも医学部は、キャンパス内にある大学病院をはじめ、医学部、薬学部、スポーツ科学部といった医学や医療、健康を共に学ぶ場として恵まれた環境を利用し、教育を展開している。その医学部看護学科の学びにおいて積極的な活用が進められているのが、VRコンテンツだ。
VRコンテンツを看護教育に活用し始めた背景には、コロナ禍がある。感染拡大を防止するため、対面講義が中止されオンライン授業の実施へとシフトしていく中で、病院や医療・福祉施設などで行われる臨地実習(臨床での実践を学ぶ授業)が中止となった。こうした社会情勢の変化に対応できる教育環境の構築を目指し、福岡大学医学部看護学科では、ジョリーグッドが提供する医療VRプラットフォーム「JOLLYGOOD+」を導入した。
本取り組みは、文部科学省による「ウィズコロナ時代の新たな医療に対応できる医療人材養成事業」(2021年度補正)の一環だ。もともと看護学科では、コロナ以前からシミュレーション教育の充実など、新時代への対応策を模索しており、その教育的課題解決の糸口に成り得ると考え、VRの導入を決めた。
看護学科では2022年8月からJOLLYGOOD+のコンテンツを活用した学びに取り組んでいる。同学科ではVRの看護コンテンツを学びに活用するメリットについて、自分自身がその世界に入り込んでいるような没入感や、その世界に存在しているような実在感を挙げている。またHMDによって、顔を動かせば見たいところを見られることや、主観と客観、マクロ視点とミクロ視点を自由に切り替えられる点などもVRを看護教育に活用する利点だという。
オリジナル教材を共同開発
福岡大学医学部看護学科では、こうしたVR看護コンテンツを教材として活用するだけではなく、ジョリーグッドと共同で「看護基礎教育VR」のコンテンツを開発している。本取り組みはジョリーグッドが採択されたAMED研究事業「VR遠隔臨床学習プラットフォームの構築に関する研究」の一環だ。
看護基礎教育VRコンテンツでは、入院患者の療養環境についてアセスメントし、必要な援助を検討する。人工関節置換手術を受ける患者を設定し、その「入院時」「術後2日目」「術後5日目」といった、それぞれの療養環境を整える課程を、看護師の目線から学ぶ。例えば術後2日目のコンテンツでは、術後の苦痛やライン(チューブ)類により、患者のセルフケア能力が著しく低下していることをVRで知り、環境整備と併せて、安楽な体位やライン類の管理の視点を持つことが重要だと学べる。また客観視点のコンテンツも用意されており、実際に発生し得るインシデントをVRコンテンツで体験し、その対処方法を学ぶ。看護師の目線だけでなく、客観的な目線からも看護の状況を見ることで、さまざまな状況を疑似体験して最適解を考える力を養える。
福岡大学では、このVRコンテンツの活用を、今後看護学科だけでなく、医療系学部や非医療系学部でも展開し、教育での利用拡大を目指している。また、臨床現場とも連携し、病院の課題に対して、大学と共同で課題を解決するPBL(Project Based Learning:課題解決型学習)の学びや、実症例コンテンツの拡大も目指していく。視線データを用いた体験者の関心領域の特定や、新たな教授方法の開発も予定しており、研究ツールとしての利活用拡大も期待されている。
“体験”機会を増やして医療教育の水準を向上
–Med Tech–
ジョリーグッド
JOLLYGOOD+
医療機関や大学の教育で、VRを活用するとどのような効果が生まれるのだろうか。医療VRプラットフォーム「JOLLYGOOD+」を提供するジョリーグッドに、開発の背景や導入効果を聞いた。
医療教育が抱える課題
VRの活用は、不動産における内覧や小売店舗におけるショッピングなど、エンタメ領域にとどまらないさまざまな領域に広がっている。その中でも、社内研修や学校現場といった教育用途では、以前からVRの活用が積極的に進められていた。教育にVRを活用する大きなメリットとして、仮想空間上での体験型学習が可能である点が挙げられる。
七つの学習方法と平均的な学習定着率の関係を表す「ラーニング・ピラミッド」を見ると、「講義」は5%、「読書」は10%、「視聴覚」(映像などを見る学習)は20%と決して高いとは言えない定着率である一方、「自ら体験する」学習方法では、学習定着率が75%と非常に高いことが分かる。VRではこの自ら体験する学習を仮想空間上で実現することで、学習効果を高められるのだ。
そうしたVRを活用した教育は、医療の領域でも広がりを見せている。ジョリーグッドが提供している医療VRプラットフォーム「JOLLYGOOD+」は、大学や専門学校、病院、医学界、医療機器メーカーなど、200施設以上で導入が進んでいる。JOLLYGOOD+上では、国内外の医療機関や医療機器メーカーが制作した300以上の医療VRコンテンツが定額で体験でき、医療分野における学びの効果を向上させてくれる。
「従来の医療教育にはいくつかの課題がありました。例えば医学生は、医師になる前に病院など外部の実習施設で臨床スキルを身に付ける臨床実習を行いますが、実際には医師が手術している現場を離れた場所から見ることになり、手術の手元を見ることができなかったり、希少な症例ほど臨床学習の機会が限られてしまい、未経験のまま医療の現場に出てしまったりするケースも少なくありません。昨今は、自宅や高齢者向け施設などの場所に医師や看護師が訪問して診察を行う『在宅医療』が普及していますが、一方でこの在宅医療に対する臨床現場がありません。またコロナ禍において、感染症病棟に入ることができず、十分な臨床学習が行えなかったため、患者とのコミュニケーションをどのように取ったらいいか分からない学生も増えているのです」と語るのは、ジョリーグッド 経営企画室 室次長/広報 落合智樹氏。もちろん臨床学習の補完として講義や映像授業による学びも実施されるが、学習定着率は臨床学習(体験)よりも低いという問題があった。
リアリティの高い実写VR
そうした医療教育における体験の機会を増やすために、JOLLYGOOD+の活用が進んでいる。JOLLYGOOD+には、医師視点の心肺蘇生やカテーテル手術といったコンテンツ、看護師視点からの基礎看護や在宅看護、救急看護といったコンテンツのほか、臨床工学擬似視点や救急救命士視点のコンテンツなど幅広く用意されている。これらの教育用VRコンテンツは、一般的にCGであることが多いが、JOLLYGOOD+では360度の実写映像をVRコンテンツとして提供している。「CGコンテンツにも良い点はありますが、リアリティの高さという点では360度の実写コンテンツの方が優れています。またCGの場合、制作に膨大な時間と人的コストがかかるため、技術進歩の早い医療現場の教育ニーズに応えるには不向きです。当社のJOLLYGOOD+は圧倒的な当事者目線で、憑依するようなリアリティの高い臨床体験や患者体験を行えるため、医療教育水準が上がらないといった課題を強力にサポートできます」と落合氏。
JOLLYGOOD+は、VRコンテンツが充実していることに加えて、その使いやすさも魅力だ。VRを見るためのHMDには、中国のHMDメーカーであるPICO製HMDを採用している。競合他社の製品と比較してコントローラーを手に持つ必要がなく、視線一つでコンテンツが再生されるため、シンプルで使いやすい点が採用の理由だ。使いやすさにこだわる背景には、ジョリーグッドが掲げる「テクノロジーは、それを必要とする人に使われて、初めて価値がある。」という理念がある。「もともと当社の代表取締役である上路健介は岩手の出身で、先端テクノロジーに疎い高齢者が少なくなかったそうです。しかし、実はテクノロジーによる支援を本当に求めているのはそうした人々であり、当社ではテクノロジーに疎い人でも使えることを意識したUIの製品を提供しています」と落合氏。
オリジナルVR教材も作れる
JOLLYGOOD+はすでに用意されているVRコンテンツで医療を学ぶことはもちろん、VR制作ソリューション「JOLLYGOOD+make」を使えば、医療現場や学校現場に応じたオリジナルのVRコンテンツを作れる。ジョリーグッドが提供する高精度VRカメラ機材一式を施設内に設置することで、短時間でハイクオリティのコンテンツを制作できるのだ。制作したVRコンテンツは、その医療機関で利用できるほか、JOLLYGOOD+上で共有されるためほかの医療機関や大学とも共有できる。
落合氏は「医療教育の課題として、その学びの内容が病院内や大学内など、内向きに閉じてしまいがちな点があります。しかしそれでは、これまでの学びが蓄積できず、医療教育の質が上がりません。JOLLYGOOD+上ではさまざまな医療機関や大学による医療教育の内容を共有、蓄積できることを強みにしており、そのVRコンテンツの蓄積によって、医療教育水準の向上を目指しています。先日Appleが、同社初のMRデバイスとして『Apple Vision Pro』を発表しており、当社でも今後、JOLLYGOOD+をApple Vision Proへ対応にする方向で開発を進めていく方針です。医療教育の向上に向けて、今後もVRによるサポートを続けていきます」と展望を語った。