IT Market Analytics 2022
IT専門アナリストたちが読み解く
特需後の国内IT市場の実態と次の成長のキーポイント
市場では想定内のWindows 7のサポート終了に伴う特需を迎え、その後の反動を覚悟していた。ところが突如、世界中をコロナ禍が襲い、リモートワークという新しいワークスタイルが定着したことで、それに必要なモバイルPCやWi-Fiルーターなどが売れ、さらにGIGAスクール構想により学習用PCも売れ、想定外の実績を記録した。そして2021年後半、いよいよ市場は反動を始め、2022年はその動きが本格化すると嘆く人が多い。だが前回の特需だったWindows XPのサポート終了時と現在の市場は全く異なる。落ち込みはあるものの、本当に商機はないのか。市場の実態を理解し、改めて成長の余地を考察する。
2022年のIT市場で高成長が期待できるのは
デジタル、データ、変革に関わるセグメント
Overall IT Market Outlook
IDC Japanは2021年12月14日に2022年の国内IT市場の動向において鍵となるテクノロジーやトレンドなど主要10項目の予測を発表した。同社は2021年初頭に新型コロナウイルス感染拡大への適応や、その中での新たな事業成長を目指した積極的なデジタル技術投資の動きに対して「デジタル優位」と表現したが、2022年は「デジタルファースト」の姿勢が強まり国内IT市場の成長に寄与するだろうと予測している。
IT支出の回復は早く
落ち込みは緩やか
2022年の国内IT市場の動向を予測するに当たりIDC Japanとしての市場認識を説明した。まず国内のIT支出およびICT支出の成長率と実質GDPの成長率を対比した変化について、その傾向を指摘した。2022年の国内IT市場の10大予測をまとめたIDC Japan リサーチバイスプレジデント 寄藤幸治氏は「2008年9月のリーマンショックの影響により、2008年のIT支出はGDPを大きく下回りました。翌年はV字回復しましたが、それでもGDPを下回りました」と説明する。
そして今回の新型コロナウイルス感染拡大の影響について「2017年から2019年の高成長に対して2020年はマイナス成長へと減速しましたが、GDPを上回っています。そして2021年はプラス成長に転じており回復が早く、GDPと比較すると落ち込みが緩やかであることも特徴です」と指摘する。
もう一つの市場認識として「デジタル レジリエンシー」という組織能力が求められていることも指摘する。レジリエンシー(resiliency)とは弾力性、回復力などを意味し、コロナ禍のような外部環境の変化に対して、デジタル技術を用いて適応するという意味だ。
さらに変化に適応する中で、データを活用して意思決定したり、新たなビジネスの芽を見つけて成長に結び付けたりする未来の企業の姿、「フューチャーエンタープライズ」が到達点となる。
デジタル優位からデジタルファーストへ
現場のエンパワーメントがポイント
コロナ禍を経てITの利活用が企業で浸透、拡大していること、デジタル レジリエンシーという組織能力を身に付けることが求められること、これらの市場認識からIDC Japanでは2022年の国内IT市場の主要な動向について10項目を別掲の表の通り示している。ここでは10大予測の最大のポイントとなる「デジタルファースト」を説明する。
デジタルファーストについて、従来のデジタルを活用することで優位性を得るという「デジタル優位」から、あらゆる物事に対してデジタルで思考するという意識の変化が生じると予測している。
現場の従業員一人ひとりがデジタル技術を通じてデータを活用することで自ら判断を行い、顧客や業務に対処できるようする。その結果、変化への適応だけではなく新たなビジネスの創出につなげる、すなわちサスティナビリティの実現につながる。
具体的な取り組みについて寄藤氏は「ある金融機関では顧客接点で働く従業員が適切な意思決定と行動を行えるようにするため、社内外のデータ、構造化と非構造化のデータにわたるデータベースおよびデータレイクの構築と、そのデータを使いやすいようにするためのツールの整備を進めているといいます。特に顧客接点の従業員においては顕著ですが、それ以外の従業員でも同様だと考えます」と説明する。
これまで経験豊富な一部の従業員が行ってきた非常時の意思決定を、全ての従業員がデータを活用して同じように行えるようにすることが、現場のエンパワーメントの支援につながる。
市場全体は微増の見通しだが
二桁成長が期待できる市場もある
2022年の国内IT市場では具体的にどのビジネスが成長するのだろうか。IDC Japanでは2022年は市場全体では「微増」との見通しだが、「一桁後半から二桁の成長を見込む」(寄藤氏)セグメントもあると予測している。「高い成長が期待されるセグメント」と表現されているのが別掲図の赤枠の部分だ。
インフラでは5G関連投資が期待できる「ネットワーク機器」とクラウドシフトによる「IaaS」の二つだ。
ソフトウェアでは「アプリケーション」と「アプリケーション開発・デプロイ」そして「システムインフラソフトウェア」で、アプリケーションではSaaSやPaaSが、アプリケーション開発・デプロイではAIや分析、データベースなどデータを扱う領域で大きな成長が見込めるという。
またビジネスサービスの成長も期待できるという。寄藤氏は「2021年に大きく成長したITサービスは2022年はあまり期待できません。一方で企業では新たなデジタルシステムを構築するという動きがあり、SIやITコンサルティングへの需要が高まっています。2022年の国内IT市場は全体では微増にとどまりますが、デジタル、データ、変革に関わる市場は大きな成長が期待できます」と強調した。
国内PC市場は決して減速していない
今後も底堅く成長を続けていく
PC Market
Windows 7のサポート終了やテレワーク需要、GIGAスクール需要など、ここ数年はいわゆる「特需」でにぎわっていた国内PC市場だが、2021年は揺り戻し期に入るとともに、半導体などの部材不足の影響もあり、大幅なマイナス成長となっている。しかし国内PC市場は決して生気を失ったわけではない。増減を繰り返しながら、確実に成長を続けているのだ。
特需の反動後の数値が底上げ
1,200万台をベースに微増を続ける
IDC Japan とMM 総研がそれぞれ公表している国内PC 出荷台数の調査結果を見ると、興味深い傾向が見られる。まず両社のデータを見ていこう。IDC Japan のデータは2020 年までが実績値で、2021年は同年10月?12月の実績値が集計されておらず予測値が含まれる。
同社のデータを過去をさかのぼってみると2014年はWindowsXPのサポート終了の特需があり1,500万台以上の出荷台数を記録している。そして翌年以降の特需の反動で30%ほどのマイナス成長となり約1,000万台の出荷台数となっている。
そしてここ数年はWindows 7のサポート終了やテレワーク需要、GIGAスクール需要などにより2019年と2020年は約1,700万台もの出荷台数を記録した。そして特需が一巡して揺り戻しが生じ始めた2021年は約1,400万台、そして反動のピークとみられる2022年は約1,200万台の予測となっている。
またMM総研のデータでもWindows XPのサポート終了時以降は約1,000万台で推移しており、近年の特需の反動期となる2021年度は1,150万台、2022年度は全体は前年比微減だが下半期から回復期に入り成長に転じると予測されている。
両社のデータを見るとOSのサポート終了や、最近ではコロナ禍やGIGAスクールといったプラス要因により需要が急増し、その反動で数年か落ち着くというパターンが繰り返されているが、そのパターンの中で注目すべき傾向が特需の反動で落ち込んだ際の数値だ。
IDC JapanでPC,携帯端末&クライアントソリューションのグループマネージャーを務める市川和子氏は「2021年と2022年の数値(予測値)は、Windows 7のサポート終了直前の数値を上回っています。今後は企業のデジタル化や社会のデジタル化がさらに進み、1,200万台をベースに微増を続けていくとみています」と明るい見通しを語る。
MM総研で執行役員 研究部長を務める中村成希氏も「時系列で見ると2015年度から2017年度の数値と比較すると、2021年度と2020年度は底上げされています。これはコロナ禍を経てデジタル活用が広がっていることが要因でしょう。今後も半導体などの部材不足が続くとみられますが、それを織り込んでも今後は微増を続けていくとみています。特に2022年度の下期は大きく回復すると予測しています」と説明する。
企業でも家庭でもPCの台数が増加
タブレット市場も堅調に推移する
今後の国内PC市場の成長に向けて、両社のアナリストは次のようなポジティブな可能性を見立てている。IDC Japanの市川氏は「企業ではPCの密度、つまり保有台数が徐々に増えています。注目したいのは意思決定が業務の最前線に移っていることです。現場でPCとツールを使って意思決定しており、これまでITが活用されてこなかった職業や業務にも浸透してきています。また建設や物流、メンテナンスなどの現場ではタブレットが利用されるケースも増えています。さらに家庭でも家族で1台から1人1台に増えています。こうした傾向が今後も出荷台数の底上げにつながるとみています」と説明する。
GIGAスクールの好影響を受けたタブレットの出荷台数を見ると、PCと同様の傾向が見て取れる。IDC Japanのデータではキーボードが装着できないスレートタイプは2013年から2017年にかけて600万台から750万台を維持し、それ以降は徐々に台数が減り現在は200万台となっている。これは通信キャリアの販売施策(市場への大量供給)の影響を反映したものだが、それでも200万台を維持し、今後は微増を続けると予測されている。
一方のキーボードを装着できるデタッチャブルタイプはGIGAスクールの影響で需要が急増しつつ、その後も500万台をベースに推移すると予測されている。MM総研のデータでも通信キャリアの販売施策が反映されていたころの実績と、今後の見通しが同等という底堅い予測が見られる。IDC Japanの市川氏は「500万台という数値は高校GIGAスクールの影響だけではなく、法人や個人での堅調な需要が支えています」と説明する。
またMM総研の中村氏は「Chrome OSはクラウド時代、ゼロトラストセキュリティ時代に最適なOSであり、それを搭載したChromebookはビジネスでの需要が見込めるでしょう。今後はChromebookの売れ方にも注目していきます」と語る。
クラウドシフトでも堅調なPCサーバー市場
基幹業務や特定用途でオンプレミスが存続
PC Server Market
昨今のクラウドシフトの潮流により、オンプレミスで運用されるサーバーの台数は減少傾向にある。しかし当然のことながらクラウド一辺倒というわけではなく、クラウドとオンプレミスを併用するハイブリッドが企業や組織のITの主流となっている。今後、オンプレミス向けのPCサーバーにはどのような動向が予想されるのだろうか。
PCサーバーの出荷台数は減少傾向
1WAYのタワー型PCサーバーが主役
本稿に掲載している国内PCサーバー市場の調査結果はMM総研が2021年6月30日に発表したもので、2021年度は予測値となっているが調査・分析を担当した同社の執行役員 研究部長 中村成希氏は「まだ集計は完了していないが」(2021年12月末取材時)と前置きした上で「ほぼ予測値通りの結果になるだろう」と話す。
MM総研の調査結果によると、直近の約10年間で国内PCサーバーの出荷台数は総じて減少が続いている。市場の傾向について中村氏は「クラウドシフトが続いており、おのずとオンプレミスのサーバーが減少していきます。特にこれから新しく作るワークフローはクラウドで構築されることになります。2021年度のPCサーバーの出荷台数は約40万台の予測ですが、そのうちの35万台は既存のワークフローで利用されていると考えられます」と分析する。
新しいワークフローがクラウドで構築されることは現在のITの潮流に乗った動きだ。では既存のワークフローもいずれはクラウドに移行してしまうのだろうか。
中村氏はこれは次のように否定する。
「オンプレミスで運用されているワークフローは財務会計や給与計算、生産管理、販売管理といった基幹業務情報を扱うシステムです。またPCサーバー市場で多く売れているのは1WAYのタワー型製品で、ファイルサーバーやAD(ActiveDirectory)サーバー、WSUS(Windows Server Update Services)サーバーに利用されています。特にファイルサーバーやADサーバー、WSUSサーバーをクラウドに移行するコスト面でのメリットが見いだせないため、1WAYのタワー型PCサーバーの市場は今後も底堅いと言えます」と説明する。
さらに「基幹業務システムについても、クラウドへ移行する事例は増えつつありますが、機密情報を社外に出さないという企業は依然多く、PCサーバー市場全体で見ると今後台数が大きく増えることもないとみられるとともに、急激に減少することもないとみることもできます」と指摘する。
PCサーバーの出荷金額は底堅い
製品不足の解消で市場が回復
MM総研が公表している国内PCサーバーの出荷金額の調査結果を見ると、出荷台数は約10年の間減少を続けてきたが、出荷金額は逆に総じて微増を続けている。しかも平均単価も上がっている。
この動向について中村氏は「PCサーバー市場はクラウドに浸食されているとはいえ、前述の通り多くの企業が特定の用途で使い続けています。出荷金額では2019年度から現在まで減速しているようにみえますが、実際のポテンシャルはこの数値よりも高いとみることができます」と話す。
出荷台数についても出荷金額についても2020年度および2021年度、そして数値は公表されていないが2022年度の予測値ともに、本来はより高い数値を記録できたという。
それについて中村氏は「半導体などの部材不足に大きな影響を受けています。特に1WAYのタワー型サーバーで需要が高いのは高性能な製品ではなく、ミドルレンジ以下の製品や旧モデルです。しかしメーカーは最新のCPUを搭載した高性能な製品を優先して出荷するため、1WAYのタワー型サーバーの需要に対応できていないのです」と指摘する。
そして「サーバーが調達できないためSIが保留になっているプロジェクトも多く、2020年度の下期はサーバーが要求されるプロジェクトが多かったのですが、サーバーが調達できないため動きが止まっています。製品不足は2022年度下期まで続くとみており、解消されれば止まっていたSIや機種更改が動き出して市場は回復すると期待できます」と予測する。
ただしPCサーバー市場が現状以上に減速することはないようだ。中村氏によると2022年度の国内PCサーバーの出荷台数は、上期は前年と同等、下期は2~3%増と見立てているからだ。