第5回

日本が再び世界に挑戦できるチャンス――AI(人工知能)

挫折の繰り返しだった研究がついに実を結びつつある

文/まつもとあつし


急速に現実味を増す「人工知能」

 人工知能という言葉に、皆さんはどんなイメージを持っているでしょうか? 映画やマンガに登場するロボットや巨大なコンピューター、それらが人の感情を理解しながら、言葉を話し、助言を行って私たちの活動を支援したり、時には暴走して人類に反旗を翻す――そんな物語を思い起こす人も多いはずです。

 ロボット「Pepper」のように形を伴って私たちの目の前に現れる人工知能は、わかりやすい一例と言えるでしょう。あるいは、ハンデなしでプロ囲碁棋士を初めて破った「AlphaGO」は、限られた分野とは言え人工知能が「人間を超えた」事件として、衝撃を持って受止められた事例として挙げられます。

 コンピューターの歴史が始まって以来、人工知能を実現するために様々な研究が行われてきましたが、それは挫折の繰り返しでもありました。

 コンピューターが行っていることは、今も昔も基本的には変わりません。電気信号のオンとオフを組み合わせ、計算式とデータを与えて答えを得る、というものです。ロケットの弾道計算や、暗号解析、国税調査のような、人の手を使う計算では何百年、何千年を掛けても計算が終わらないような難題。その答えを瞬時に得ることを目指して、コンピューターと計算方法(アルゴリズム)は進化を続けてきました。しかしながら「知能」は、その進化を持ってしても、人の脳による「計算」には勝てない、とされてきたわけです。

 しかし、いま私たちはこれまでの常識を覆す現実を目の当たりにしています。

 人工知能が飛躍的に進化した背景には、コンピューターの計算能力の向上もさることながら、インターネットの登場が大きく貢献しています。インターネット上には膨大なデータが存在し、その解析を通じて、「人の知性とはどのような構造を持ち、我々はどのように物事を認識し、判断しているのか?」という問いへの答えが得られるようになってきたのです。

 また同時に、子どもが「世界」について学んでいくように、ゼロからコンピューターが学習を行い知能を獲得していく、機械学習の分野でも、革新的なアルゴリズムや深層学習と呼ばれる手法の確立によって、その精度が飛躍的に高まりました。

 10月17日に発売された「よくわかる人工知能」(清水亮著・KADOKAWA刊)では、前者を「大人の人工知能」、後者を「子どもの人工知能」と呼んでいます。人工知能を巡る研究にはこの2つのアプローチがあったわけですが、そのいずれもが今大きく進化し、人工知能を現実のものとしつつあるのです。

産業やビジネスへのインパクト

 急速に現実のものとなった人工知能。当然、これをビジネスに活かそうという動きも活発になっています。分かりやすい例としては、自動運転が挙げられるでしょう。自動車の運転には、様々な要素が複雑に絡み合います。交差点を渡るとき1つとっても、信号・他の車の位置、歩行者の位置、それらの挙動の予測などを瞬時に行い、自車の挙動を逐一制御しなければなりません。自動車そのものは当たり前の存在となり、燃費や走行性能などで優位性を謳うことが難しくなっているいま、自動運転の精度が次の競争の鍵を握るとして、トヨタはじめ各社は研究にしのぎを削っています。

 SNSやEコマースの分野でも、私たちが気がつかないうちに、人工知能のお世話になっている事例が生まれつつあります。LINEが日本マイクロソフトと共同で「りんな」と名付けた人工知能アカウント(bot)をリリースしたのも大きな注目を集めました。現在は、簡単な会話やゲームを楽しめる程度ですが、その精度が上がれば、サポート業務や発注業務も、こういったbotとの会話で完結する日もそう遠くなく、さらに突き詰めれば私たちが「こういうものが欲しい」と意思表示を行う前に、必要なものが届けられる未来がすぐそこに迫っています。

 本連載でも取り上げたインダストリー4.0(第4の産業革命)でも、人工知能が重要な役割を果たします。ビッグデータから顧客のニーズを予測し、工場の生産計画も人手も介さずに瞬時に最適化を図ることができなければ、これからの競争には勝ち抜くことが難しいという現実がそこにはありました。

 人工知能が既存の職業の多くを奪ってしまうのではないか、という心配の声は根強いものがあります。それは人工知能とその周辺に新たな産業と雇用が産まれることの裏返しではありますが、日本においては、この分野に関われる人材の不足も懸念されています。一方で、グーグルやアマゾンといった大手IT企業に打ち克つことができなかった日本の情報産業が、この人工知能と元々の私たちの強みであるモノ作りの品質の高さを武器に、再び世界に挑戦できるチャンスだという指摘もあります。いずれにしても、もはや夢物語ではなくなった人工知能とどう向き合って行くのか、研究の分野だけではなくビジネスの現場でも現実の課題として考えていく必要があるといえるでしょう。

筆者プロフィール:まつもとあつし

スマートワーク総研所長。ジャーナリスト・コンテンツプロデューサー。ITベンチャー・出版社・広告代理店・映像会社などを経て、現在は東京大学大学院情報学環博士課程でデジタルコンテンツビジネスに関する研究も行う。ASCII.jp・ITmedia・ダ・ヴィンチニュースなどに寄稿。著書に『スマートデバイスが生む商機』(インプレス)、『ソーシャルゲームのすごい仕組み』(アスキー新書)、『コンテンツビジネス・デジタルシフト』(NTT出版)など。