太田肇直伝! 働き方改革を100倍加速する「分化」の組織論 ― 最終回

役割さえ果たせば組織はバラバラでいい



ポイントは「行動」と「機能」の切り離し

「分化」は必要だけど、組織がバラバラになるのも困る。そんな思いが企業内に残っていると、なかなか改革が進まないという結果になります。改革を進めたいのであれば、少し考え方を変えてみてはいかがでしょう。最終回は、組織としての統合を犠牲にせず個人を「分化」する方法を紹介します。

文/太田 肇


分化と統合のジレンマ

 社員の個性尊重を唱える企業が増えている。「自律型社員の育成」を看板に掲げている企業も多い。「金太郎飴」とか「指示待ち族」と揶揄されるような画一的、消極的働き方ではダメだという認識が経営者の間に広がってきたためである。

 しかし実際にそれが浸透しているかとなると、話は別である。たとえば裁量労働やフレックスタイムは期待されたほど普及していないし、社員の副業を認めている企業も少ない。一人ひとりの仕事の分担も明確に決めていない企業が多い。

↑エン転職のユーザーアンケート「副業」について調査したところ、副業解禁している企業は19%にとどまっている。出典:5000名以上の正社員に聞く「副業」実態調査(2017年5月31日)

 個性や自律は大切だが、組織がバラバラになってはいけない。言い換えると「分化」は必要だが「統合」も必要だ。このようなジレンマに陥る結果、現状の改革が進まないというのがお決まりのパターンである。テレワークを取り入れようとしたときに、部下が目の前にいなければ、どれだけがんばっているかわからない、という理由で取りやめになったケースもある。

 なぜ、このようなジレンマから抜け出せないのか?

 それは暗黙のうちに「行動」と「機能」を一緒にして考えているからである。

 たしかに工業社会では人間の行動と、人間が果たす機能は切り離せなかった。モノをつくるためには、人が作業現場にいなければならない。大きな機械や設備をつくるときには、全員がそこに集まって作業をする必要がある。事務や販売の仕事も同じであり、組織で仕事をしようとすれば同じ場所で同じ時間、一緒に仕事をしなければならなかった。そこでは人材も均質で、指示にしたがって忠実に動く人が求められる。

IT化で切り離しが容易に

 けれども情報や技術といったソフトウェアが価値を生む仕事では、行動と機能は切り離すことができる。

 例えば新製品や新ビジネスにつながるアイデアはいつ、どこで湧いてくるかわからない。したがって研究開発やデザインのような仕事は、付随する作業の問題さえなければ基本的にどこで仕事をしてもよいことになる。また情報提供を仕事にするコールセンターのオペレータなどは、賃金の安い海外に拠点を置いている場合もある。

 さらにIT(情報通信技術)の発達によって、行動と機能の切り離しはいっそう容易になった。それによって組織と個人の関係性は大きく変わってきた。機能、すなわち組織やチームの一員としての役割さえ果たせば、行動はバラバラでもかまわないのである。実際に情報・ソフト系の企業では、地球の裏側にいる人とチームを組んで仕事をしているケースが珍しくないし、インターネットやビデオ会議などを使えば自宅や旅先で仕事をこなすこともできる。

↑例えば、ビデオ会議やチーム内コミュニケーション、社内組織の壁を超えたコラボレーションを実現する「Cisco Spark + Cisco TelePresence バンドル」などのようなITソリューションを導入することで、仕事をする場所を制限することなく組織と個人それぞれ尊重した仕事がこなせる。

 そうなると当然、人事評価も行動ではなくどれだけ機能を果たしているかに注目して行わなければならない。いわゆる情意評価は廃止し、成果もしくは能力だけで評価することになる。勤務時間や勤怠管理といった制度も無意味になるだろう。

新たな働き方が広がる可能性

 機能を果たすうえではメンバーが必ずしも社員である必要はない。機械部品を企画・販売する株式会社ミスミがかつて取り入れていたように、プロジェクトごとにメンバーを社内外から募ってチームを組むような働き方もできる。

株式会社ミスミは、一人ひとりに大きな裁量と権限が与えられた“少人数の組織で「末端やたら元気」”や2年に1度自分の行きたい組織へ自ら動く“がらがらポン”などの制度を設けている。

 またアメリカや中国などでは社員がつぎつぎと独立し、独立したあとは元の会社とアライアンスを組み、会社の業務の一部を請け負うような形態が広がっている。日本でも情報・ソフト系の企業を中心にそのような協働スタイルが普及する兆しが見える。「専業禁止」を看板に掲げて注目を浴びた株式会社エンファクトリーでは、副業をするパラレルワーカーや独立する人も含めた「相利共生の関係性」を重視していて、同社の加藤健太社長は「社員が独立しても人的資産が関係資産に移るだけだ」と語る。

株式会社エンファクトリーのサイト。人材理念として“専業禁止”を掲げており、個人と会社組織とがお互い誠実に振る舞うことによって、所属していても離れても“相利共生”の関係が続いていけることを理想としている。

 今後、外部者が開発に関わるオープンイノベーションや、ネット上に形成されるバーチャルカンパニーのような組織も増えてくるだろう。さらにはるか先を見渡せば、AIやロボットに仕事を任せ、人間は遊んで暮らせばよい時代がやってくるかもしれない。

 いずれにしても行動と機能を切り離して考えれば、組織としての統合を犠牲にせず個人を「分化」することができる。「働き方改革」や「生産性革命」を進めるうえで突き当たる数々の壁も、それによって乗り越えられるはずである。

筆者プロフィール:太田肇

 同志社大学政策学部・大学院総合政策科学研究科教授。1954年生まれ。神戸大学大学院経営学研究科博士前期課程修了。京都大学博士(経済学)。専門は組織論。近著『ムダな仕事が多い職場』(ちくま新書)、『なぜ日本企業は勝てなくなったのか―個を活かす「分化」の組織論―』(新潮選書)のほか『「見せかけの勤勉」の正体』(PHP研究所)、『公務員革命』(ちくま新書)など著書多数。