リゾートテレワークをきっかけに関係人口を増やす
茅野市、地域課題をテーマに宿泊体験イベントを実施
「働き方改革」では、個人のライフスタイルに合わせた柔軟な働き方ができるように、行政民間企業ともに、さまざまな取り組みを進めている。そのひとつが「リゾートテレワーク」という働き方だ。現在、長野県が推進する信州リゾートテレワークで体験イベントが実施されている。茅野市での取り組みを取材した。
文/松下典子
長野県では「信州リゾートテレワーク」を推進し、茅野市、駒ケ根市、佐久市、軽井沢町など7つのエリアがモデル地域として参加している。詳細はこちらの記事を参照してほしい。
茅野市は、かつて「東洋のスイス」と呼ばれ、モノづくり産業が集積している諏訪エリアに位置し、郊外には霧ヶ峰や白樺湖、蓼科の別荘地など豊かな観光資源を抱える。しかしバブル崩壊後は、事業所や観光客数の減少が続いている。
工場エリアと田園エリアを挟んでリゾートエリアを擁する茅野市の特徴は、仕事と休暇を両立させるリゾートテレワークをイメージしやすい環境ともいえる。リゾートテレワークを通じて関係人口を増やし、地域の資産を活かしながら産業を再活性化することが茅野市の狙いだ。
茅野市は、リゾートテレワークの認知度向上や利用者からの意見を集めるため、2018年度から地域の観光・宿泊施設の協力のもと、在京の出版・IT系企業などを対象にリゾートテレワークの体験イベントを実施(主催:森ビル株式会社)。
そこで、イベントの内容と参加者からの事後アンケートから得られた意見や課題について、茅野市 産業経済部商工課の河西茂廣氏にお話を伺った。
駅前のコワーキングスペース「ワークラボ八ヶ岳」をリゾートテレワークの入り口に
体験イベントは1泊2日のプランで、1日目は茅野駅前のコワーキングスペース「ワークラボ八ヶ岳」で仕事をし、夜は蓼科の別荘地に宿泊。2日目はリゾート地でBBQや乗馬などを楽しみ、出発までワークスペースで仕事をする、という内容だ。
ワークラボ八ヶ岳は、もともと茅野市の人口減少を食い止めるため、地域に人を呼び込む茅野市地域創生総合戦略の中核的な施設として2018年3月末に開設された。
河西氏は「茅野市は、八ヶ岳の裾野に位置し、駅から扇状に観光スポットや宿泊エリアが広がっています。茅野駅直結のワークラボ八ヶ岳は、こうしたリゾートへのゲートウェイとして活用できるのでは、と考えました」と語る。
現在のワークラボ八ヶ岳は、一般的なコワーキングスペースと同様、出張時の一時利用や、地元のフリーランスや個人事業者のオフィス代わりとしての利用が中心。リゾート地で余暇を過ごしに訪れた観光客の利用はほとんどないという。平日は東京や名古屋の都心で仕事をし、週末は蓼科の別荘地で過ごす、という二拠点居住を実行している人は昔からいるものの、「リゾートテレワーク」のように仕事も余暇もリゾート地で、という働き方とはまた違うものだ。
今回の体験イベントは、企業の新規事業やプロジェクト起ち上げ時のチームビルディングやオフサイトミーティングでの利用を想定し、リゾート地で働くことの価値や意味を知ってもらうのが第一歩の目的としている。
リゾートテレワーク参加企業との意見交換会を実施
2018年度に実施した体験イベントでは、蓼科中央高原にて宿泊。避暑地としてのシーズンは過ぎていたことから、乗馬やスノーシューといったアクティビティ、下諏訪の温泉街ツアー、酒蔵めぐりなどのプログラムを用意した。
しかし、これだけではただの観光と変わらず、次へと繋がらない。
「ただ都会から人を呼んできて、仕事をして観光してもらうだけだと単発で終わってしまいます。地元の課題や企業と結びつけるものを間に挟まないと、継続的に訪れる理由にはなりません」(河西氏)。
これからは関係人口を作っていくことが大事だ。そこで2019年度の体験イベントでは、都市部企業の持つソリューションから地域課題を解決するヒントが見つかれば、と茅野市の課題の1つである、二次交通や別荘地の有効活用策をテーマに議論する場が設けられた。
今年度実施された全3回のリゾートテレワーク体験会では、最終日に別荘地内の会議室で意見交換会が実施され、茅野市役所の河西氏、別荘地運営事業者の代表として鹿島リゾート株式会社 代表取締役社長 福島和彦氏が出席した。
意見交換会では、リスティング広告の活用、空き別荘のシェアリング、別荘地内のワークスペースの整備などのアイデアが出た。
「いちばんショックだったのは、世代による別荘やクルマに対する意識のギャップです。若い人は別荘を所有する感覚がなく、交通も電車やバスなど公共交通機関があれば自家用車は不要、と考えている。必要な時に必要なものをサブスクリプションでシェアしたいという志向が強いことを知りました」と河西氏。
また、ネット環境の問題も発覚した。もちろん、ワークラボ八ヶ岳は高速なWi-Fi環境が完備されているが、問題は宿泊先だ。別荘地は標高の高い山地のため、モバイルデータ通信の電波が弱いエリアがある。今回の宿泊施設にはWi-Fiが整備されていなかったため、少々不自由に感じた参加者もいたようだ。
いまやネット環境はインフラであり、ホテルなどの宿泊先はWi-Fiの完備はマストだが、宿泊施設側の意識としては「リゾートは仕事を忘れて非日常を味わってもらう場所だから」と考え方のギャップが今回の体験で浮き彫りになった。
仕事と休暇を両立するリゾートテレワークという働き方もそうだが、今はオンとオフがシームレスにつながっている。時間や場所を問わず、いつでもメールやネット情報をチェックできる環境にいたい、という声を直接聞くことができたのは、意見交換会の大きな収穫だったようだ。
参加者からのアンケートでは、「再訪したい」という前向きな回答がほとんどだったが、実際にプライベートでリゾートテレワークを実行するには、交通や宿泊先の確保が課題になる。
シェアリング志向の高い若い参加者からは、ライドシェアや貸別荘としての活用が提案されたが、有償ライドシェアは道交法で禁止され、蓼科の別荘地では民泊行為は静寂な自然との共生を阻害するおそれから許容してない。
これらを解決するには、カーシェアリングやオンデマンドバスの運行、管理会社を通した週単位での別荘貸し出しなど、ニーズに合わせて整備を進めていく必要があるだろう。
また、リゾートテレワークの場所を選ぶ基準としては、移動時間は2時間、交通費は1万円以内、宿泊費は1泊5000円程度、と宿泊にはあまりお金をかけない傾向が見られた。
市としては、宿泊費にお金をかけないことが意外だったそうだが、蓼科別荘地としてのブランドを維持するためにも、まずは若い人に蓼科の魅力を実感してもらう、割安なお試しプランを用意してほしい、というアイデアも出た。
河西氏は「美しい自然環境のリゾート地はほかにもたくさんあり、その中から選んでもらうには、ここに来る理由が必要です。市内の製造業は、IoTを活かした新しいビジネスモデルを模索しています。来年以降は、オフサイトミーティングとして、仕事で来てもらえるような取り組みを進めていきます」とのこと。
移動や宿泊にはお金も時間もかかる。ただ快適に仕事ができる環境を提供するだけのリゾートテレワークでは、一部の大企業だけのぜいたくな取り組みに留まってしまいかねない。
茅野市がリゾートテレワークの付加価値として期待しているのが、地元の人材やモノづくり産業との連携だ。リゾートテレワークをきっかけに、地域課題の解決に取り組んでもらうことで、新しいビジネスが生まれ、地方へ愛着を持ってもらえる。リゾートテレワークは都心の企業の働き方を変えるだけでなく、迎える側の自治体にとっても地元の産業を活性化するチャンスとなりそうだ。
筆者プロフィール:松下典子
編集者兼ライター。月刊『MACPOWER』の編集者からフリーに。IT/PC雑誌、プログラミング関連書籍の執筆・編集に携わる。現在は、スタートアップ、電子工作、教育、農業分野を中心に、ASCII.jp、Make Japan、カルチベなどに執筆。