特集:ペーパーレス最前線 2020

総論 ペーパーレス化、3つのメリットと課題


古くて新しいオフィスの課題がペーパーレス化だ。いま、何度目かの注目を集めるペーパーレスを企業が実現するメリットは何か? ペーパーレス化実現に向けてどんな課題があるのか? 2020年の最新事情を探っていく。

文/狐塚淳


なぜ、ペーパーレスが今注目されるのか?

「ペーパーレス」が何度目かの注目を集めている。その大きな要因となっているのは紙の文書から電子文書への移行環境が整ってきたことだ。ITツールの進歩と法整備がともに進んできているため、ビジネス系の文書の多くは電子保存への容易な移行が可能になった。

2005年のe-文書法施行と電子帳簿保存法の改正で、多くの文書はスキャナ保存が可能になっていたが、2017年には国税関係の領収書のスマートフォンによる電子化が可能になるなど、文書電子化ハードルは低下を続けている。

さらに、2019年12月6日の日経新聞の報道によれば、クレジットカードや電子マネーなどによるキャッシュレス決済での経費精算に紙の領収書保存を必要としなくなる制度を政府・与党が2020年4月実施を目指しているという。

もう一つの要因は「働き方改革」の進展だ。残業削減・時短から働き方改革に取り組みを開始した企業は少なくないが、そこに生産性向上が伴わなければ業績は悪化しかねない。これまで10時間かけてやっていた仕事を8時間で達成するための業務効率化なしには、働き方改革が効果を上げているとは言えない。

従来の働き方から、より自由度を高めるために、テレワークのツールを揃えたり、人事管理の在り方を見直すなどさまざまな試みが行われているが、部分的な改善を積み重ねてもなかなか必要な成果に届かない。

そこで再注目されたのが「ペーパーレス」だ。企業のすべての業務に関わる、紙によるデータの記録と共有を電子化によって削減することができれば、生産性は劇的に向上する。

もちろん、ペーパーレスはこれまで何度も取り組まれては、さほどの効果を上げられずにきた歴史を持っている。しかし、これは業務の一部しかペーパーレス化できなかったことに起因する。業務全体の流れのなかで、紙から電子そしてまた紙へと何度もメディア変換が行われれば、業務効率化の足かせになる。例外的なものはまだ存在するだろうが、業務の多くの工程をペーパーレスで行えるようになれば、業務効率化が推進できるはずだ。

ペーパーレス、3つのメリット

業務をペーパーレス化することには3つのメリットがある。

まず「直接コストの削減」だが、最初に頭に浮かぶのはコピー用紙やプリントアウト料金(コピー機のレンタル代)などだろう。紙で共有していた情報を電子データの形にすることで、ノートPCやタブレットなどで全員が参照可能になる。

さらに、紙は保管に関わる費用が発生する。社内の重要な記録は紙をファイリングして一定期間保存するというスタイルがこれまでの主流だが、ちょっとした規模の企業でも、数十万枚の記録を保存している例は珍しくない。これらのファイルを壁際のラックに詰め込み、古くなると段ボールに詰めて資料室や倉庫に送るというオペレーションは、当然家賃スペースの使用料金を生じさせる。さらには、これらの情報を元にした書類は、従業員のデスクの引き出しにも重複して保管されている。業務に必要なスペースを大幅に削減可能なフリーアドレスの導入にもこれらの書類の排除が必要だ。電子文書であればストレージ代がかかる程度だ。

他にもペーパーレス化で削れるコストはある。契約書はPDFでのやりとりが認められているが、紙でなく電子にすることで収入印紙を貼る必要がなくなるため、不動産取引など高額な契約書を多数扱うような業種では、大幅なコスト削減が可能になる。

次に「管理・安全性の向上」については、大規模なデータ漏えいのニュースが相次ぐのを見て逆に電子データ化することに不安を覚える人もいるだろうが、電子データは基本的に記録が残る。あおり運転などの証拠にドライブレコーダー映像が使用されているが、デジタル記録は後から追跡・検証が可能だ。企業内のドキュメントも、アクセス記録などの保存を可能にしておけば、何部コピーされそれが廃棄されたかもわからない紙の記録に比べて、証跡はたどりやすく、悪意を持ってアクセスしようとする者へのけん制にもなるだろう。

そして、実は一番効果があるのが「手間・時間の圧縮」だ。ビジネスの流れの中で、紙から紙への転記が必要になれば多くの時間と手間が取られるし、ミスによる修正も多くなる。電子データならこちらのファイルの項目を、別のファイルのどの項目に対応させるという手順を定めておけば、手間もミスも大幅に削減できる。

必要な文書を探すのも、画面から検索すればよく、デスクを離れなくても可能だ。しかも、単なる参照にとどまらず、データ同士の関連性を分析しやすくなるため、手間をかけずに企画などへのデータ活用が可能になる。このため、本格的なペーパーレス化が実現すれば、新しいビジネス価値創造の可能性が広がる。

ペーパーレス化のための3要素

では、これからペーパーレス化に取り組むときに考えなくてはならないのはどんな点だろう。こちらも、3つのポイントがある。

まず「既存文書の電子化」が必要になる。過去の文書は一切廃棄というわけにはいかないし、新規の文書のみ電子化して、昨年の同様な文書と見比べるために紙のファイルをめくっていては生産効率など上がりようがない。新規の文書と同等の処理は必ずしも必要ではないかも知れないが、少なくともPCのディスプレイから確認が可能なPDFにまでは持っていきたい。

また、生産効率を向上させるためには、ペーパーレス化実現のタイミングを早めることが必要で、過去の文書を空き時間に電子化するなどとは考えずに、外部委託の道を探るべきだろう。10年分の過去の文書を、新規の文書とともに電子化していこうと考えれば、下手をすれば10年間倍の手間がかかり時間をとられてしまう。これも効率化どころではない。

「新規作成文書の電子化」については、社内での文書の電子作成と取引先など社外から届く紙の文書の電子化の2つの側面があり、どちらもワークフローをしっかり構築する必要がある。社内文書については、業務の流れのなかで、文書内に含まれる個別のデータ項目がどのように次の処理に引き継がれるかを把握しなければならない。

外部からの紙文書については、あらかじめ種別と処理を分類しておくと同時に、届くタイミングと量によって、電子化処理を即時に行うか、ある程度まとまった段階、あるいは何日おきに行うかなどもフロー化しておく必要がある。

「紙を介して行われていたビジネス行為の電子化」も、社内外で対処は異なる。社内的には会議資料の紙での配布を中止し、タブレットやノートPCで参照するようにするようなことから、稟議の電子決済まで、行為の分類と再設計が必要だ。社内導入に向けた周知も簡単に進まない場合もあるだろう。

社外の場合、さらに難しいのは、他者との交渉ごとになる点だ。いくら電子契約にしたいと言っても、相手が対応してくれなくては進まない。電子化は社会全体の流れだから交渉相手も一概に否定的ではないだろうが、実施タイミングの選択など何段階かに分けた合意が必要になってくるだろう。将来的には、EDI(電子データ交換)の仕組みを構築することでビジネスの大幅なスピード化が可能になる。

ペーパーレス化のメリットと課題について駆け足で紹介してきた。本特集では、ペーパーレス化を実践していくために、さらに詳しい情報や利用すべきITソリューションなどについて個別の記事で解説していく予定だ。

筆者プロフィール:狐塚淳

 スマートワーク総研編集長。コンピュータ系出版社の雑誌・書籍編集長を経て、フリーランスに。インプレス等の雑誌記事を執筆しながら、キャリア系の週刊メールマガジン編集、外資ベンダーのプレスリリース作成、ホワイトペーパーやオウンドメディアなど幅広くICT系のコンテンツ作成に携わる。現在の中心テーマは、スマートワーク、AI、ロボティクス、IoT、クラウド、データセンターなど。