あの人のスマートワークが知りたい! - 第27回
拡張テレワークはポストコロナ時代の対人サービスに活用可能
コロナ禍で急速に拡大したテレワークだが、対面サービス分野などでの導入は困難と考えられてきた。その課題の解決に向けた拡張テレワークに関するレポート「拡張テレワークとその展望」を国立研究開発法人産業技術総合研究所人間拡張研究センターが発表している。同レポートを取りまとめた人間拡張研究センターの渡辺健太郎氏に、拡張テレワークのアプローチとその後の研究について聞いた。
文/狐塚淳
都市化のアンチテーゼとしてのコロナ禍
―― 国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下、産総研)の人間拡張研究センターは、昨年4月に「拡張テレワークとその展望」と題するレポートを発表されました。従来、テレワークは対面などのサービス業では導入が困難と言われてきましたが、このレポートではその問題を解決するためのアプローチが提案されたことで注目を浴びました。渡辺さんはこのレポートの執筆と取りまとめに当たられましたが、どのような経緯でレポートを作成されたのですか?
渡辺 発表は、ちょうど一回目の緊急事態宣言が出るくらいのタイミングでした。「拡張テレワーク」の着想は、コロナ禍で都市化の文脈について考えることから生まれました。都市化については、人が集まることによって、地域としての生産性を高め、産業を発展させていくことが戦略的に選択されている部分もあるし、結果的に職があるところに人が集まり集約化が進んだという経緯もあると思います。しかし、今回のコロナ禍では、都市化の流れが逆方向に働いて、人が集まれば集まるほど感染の問題が大きくなる。人間が従来行ってきた都市化に対し、ある種アンチテーゼの動きが起きています。一方で、多くの業種で「人が集まらなければ事業を継続できない」という課題が明確になってきたなか、産総研という産業に貢献する組織の人間の立場から、どう解決を図るのかを考えなくてはならず、それがレポートを作成するきっかけになりました。
―― コロナ禍によってテレワークが急速に広がったわけですが、テレワークがうまく開始できず、捺印のための出社もありました。導入を急ぎ過ぎた側面もありますね。
渡辺 人が集まらずに事業を継続していくためには、単に遠隔で仕事ができるというだけでは十分ではありません。レポートにも書いたのですが、労働の意識の在り方や、環境に対する意識などさまざまな問題を考える必要があります。たとえば、都市の活動が停滞すると、大都市圏の空気の状況が一時的に改善したということもありました。そういう都市の在り方や産業の在り方も含めていろいろと考えていかなくてはなりません。それが、コロナという現象に対する我々の一つの視座でした。
一方でまず、仕事を継続していくためにはどうすればいいかという観点に立ったとき、たとえば今皆がZoomなどの遠隔会議システムを使い始めたというのはものすごく大きな変化なのですが、この画面の中でお話させていただくことで、コミュニケーションの在り方が制限されてしまう部分が出てきます。こうした問題について、人間の能力をICTなどを利用して拡張していく「人間拡張」に使われる技術をうまく利用すれば、オフィスワークだけではなく、それ以外の分野に関してもテレワークを拡張できるのではないかと考えました。そして、遠隔での仕事のやり方をよりリッチな価値あるものにしていけるのではないかという考えから、これを拡張されたテレワーク、「拡張テレワーク」と呼んでいます。
―― テレワークを推進する動きはかなり以前からありましたが、やはりホワイトカラー中心の動きでした。拡張テレワークはそれ以外の職種でもテレワークなら可能になるわけですね?
渡辺 まず、通常我々が使うICT技術というのは基本的にテキストや音声、動画によるコミュニケーションを対象に、オフィスでの仕事や情報系の開発にかかわる仕事、後はコンサルティングやファイナンスなどのスペシャリストの仕事をサポートし、遠隔での業務などを可能にします。その対象を少し拡大しようとしたとき、人間拡張の中でひとつフォーカスしているのが、身体や認知の機能をいかに拡張していくかということです。たとえば今Zoomでお話していますが、私の手はほとんど見えていませんね。しかし、対面で話すときは体全体をなんとなく見て話している。そうした非言語のコミュニケーションにかかわる部分はどうしても狭められた環境の中ではうまく伝わらない。あと、同じ場を共有していないことによって、たとえば商品を見てもらうときに直接手に取って薦められない、あるいはその場の雰囲気みたいなものを共有することができない。そうしたコミュニケーションに代わるものを提供できれば、従来のテレワークの対象のオフィスワーク以外のところにも広げられるのではないかといったところが着想のポイントです。
レポートでも述べましたが、対話や所作を伴う接客、ホスピタリティーの仕事や、空間を共有して行う業務の部分に対して、研究の中で扱われている技術を適用することによって、接客や教育、エンターテインメントなどに利用できるのではないかと考えました。さらにその先には、人と直接触れるとか、複数人がち密に連携しなくてはならないという仕事で、リアルタイム性や情報の複数のモードをうまく駆使しなくてはならない状況にも対応できるのではないかと思います。まずは非言語コミュニケーションの部分を伝達してあげることで、現実の仕事をもう少し拡張していけるのではないかと提案しています。
拡張テレワークをサポートするテクノロジー
―― 実際には会えない状況でのそうした共有には、やはりICT技術の利用が前提になりますね。レポートでは、マルチモーダルインターフェイス、VR(仮想現実)、アバターロボットの3つを提案されていました。
渡辺 はい。マルチモーダルインターフェイスというのは、たとえば触覚だとか、あるいは音声や映像など異なる感覚を組み合わせたインタフェースのことで、単独の情報では伝わりにくいことをうまく伝えることができます。それから、場を共有することについてはVRが有効です。アバターは、たとえば、人が遠隔操作するロボットによって、実際はそこにはいないけど、そこにその人がいるように振る舞い、コミュニケーションする技術です。
―― マルチモーダルインターフェイスでは、組み合わせることが重要なのですね?
渡辺 そうです。今、コミュニケーションは映像・音声がメインですが、そこに触覚の情報を乗せたりだとか、あるいは顔認識などを使って少し分析を入れていくことで、より多くのことをやりとりできるようになります。接客に関して言えば表情を分析して、お客様との関係性、満足しているかどうかといった感情の情報を伝わりやすくすることができます。
たとえば新人のオペレーターや接客担当が気づいていない部分を補っていくという使い方はあると思います。ただし、そのときに我々が人間拡張の研究でポリシーとしているのが、テクノロジーが人間の能力を奪うようなことにはならないようにしたいということです。人間のできないことをやるのはいいのですが、何かをやってみた結果そこから新しい気づきが得られて、じゃあ次はこうしてやってみようといった、ある種サイクルが回るように技術を活用することで、技術と人間が一緒に成長していけるようなモデルを作るのが理想です。
―― VRは非常に普及してきた感じがあります。どんな場面で使っていくのがいいのでしょう?
渡辺 センター内のプロジェクトでは、レストランの店員の教育用VRがありました。新人の店員がVRを体験して、仕事の上でどういったことに気づかなくてはいけないか、擬似作業をしながら確認する仕組みが作られました。社会におけるVR活用の実践は、レポート発表時点よりかなり進んでいるという実感を持っています。たとえばライブ配信やバーチャル環境におけるエンターテインメントは、とても速いテンポで進歩してきています。私が関わった海外のプロジェクトでも、ヘルステックの展示会で、VR環境を使って新しい技術を見せるというものがあったのですが、我々も日本サイドから海外に介護支援技術を紹介し、好評を得ました。
VRについては、今後いいコンテンツを作るために考えていかなくてはいけない課題も多いと思いますが、仮想環境ならではのコンテンツ作りは大切だと思います。たとえばAIの機械学習だと、普通に起こることのデータはたくさんありますが、めったに起こらないことのデータはなかなか取れないため、学習ができないという問題があります。仮想環境のシミュレーションの中ではそうしためったに起きないことを起こすことが可能です。現実とはちょっと変わった事態がその中にあるだけでも意義が出てくると思います。
あとは、VRではなく見えているものに情報を付加するAR(拡張現実)の方ですね。たとえばスマホでコミュニケーションするときはデコる、顔を加工するのは当たり前のことになってきています。これもある種のARだと思います。実際の業務では、作業中のこのタイミングでこういう情報を、デバイスを通じて提供するなどが有効なアプローチです。ウェアラブル系のデバイス活用はまだ少し先になるかもしれませんが、たとえばテレワークの環境であれば、在宅でできることとかもう少し専門的な環境でできることとかを、場に応じたテクノロジーの投入と使い方によって、普段のテレワークに比べ自分のスキル的な部分も強化しながら作業していくという可能性もあるでしょう。
―― アバターロボットもいろいろな場面への応用が考えられそうですね。
渡辺 VRは仮想環境でしたが、アバターロボットは実環境とのインタラクションです。サイバーとフィジカルという言い方が最近は増加してきましたけど、アバターロボットは実環境の中で遠方から働きかける新しい手段だと思います。そのときに、遠隔先に人がいるから感じられるものがあるのかなと思っています。
遠方にいる人がオフィスに行って仕事をする、遊びに行く、場に参加するということが今コロナ禍でできなくなっていますが、場に参加するためのツールとしてのアバターというのは、非常にいいと思います。最近の我々の取り組みでは、アバターロボットを使って遠隔ラボツアーを実施しました。学生に仮想的にロボットに入ってもらい、うちのラボの中を散策してもらったのですが、やはり、その場にしかないものがあって、そうしたものをロボットを通じて体験してもらうというのは新しい経験です。対応した研究者にしても、物理的にいることを前提に出会っているわけで、それは特別なことですよね。学生にも非常に楽しんでもらえたし、我々もそうしたやり取りがすごく楽しかったです。
情報のノイズを減らすことも必要
―― テレワークは在宅で従来の仕事環境から不足する部分を補うだけでなく、生産性やサービスの向上が可能になるような設計も必要になりますね。
渡辺 その通りです。この一年超、テレワークについては各企業も従業員の方もさまざまな試行錯誤を重ねていらしたと思いますし、我々も遠隔会議システムで話をすることにはずいぶん当たり前になりました。そういう状況を見ると、仕事のやり方自体をさらに考えていかなくてはならないと思います。拡張テレワークにしても単に新しいテクノロジーを追加したらよくなるかというと、ぜんぜんそんなことはなくて、いわゆる一般的なDXの議論と同じです。仕事の在り方が遠隔環境なら、単に遠隔からより密接につなぐというだけではなくて、環境によって用いられる技術は変わってくるし、求められる要件というのも少しずつ変わってくると思います。たとえば家で働くときとサテライトオフィスで働くときを比べると、使える技術や要件はやはり違ってくるでしょう。我々としてはそうした生活環境や本人の特性、仕事の内容などを見たうえで、働き方を含めて支援することを意識的に今考えているところです。
―― テクノロジーを使う上で、情報を追加していくだけでなく、ノイズキャンセリングのようにそぎ落としていく必要もありますか?
渡辺 はい、それは重要なポイントです。今、私の背景画像が産総研のパネルになっていますが、これは自宅の情報を隠す、余分な情報をそぎ落とす技術の一つです。テレワークで働くことが一般化していく中で、いろいろな企業などで、遠隔環境をいかに実空間に近い形でつなぐかというところが非常にポイントになっているところかとは思いますが、それに加えて我々として関心があるのが、今いる場所や仕事内容に合わせて、何を伝えて何を伝えないかをデザインすることで、状況に合わせてお手伝いしていく取り組みを進めているところです。
―― コロナ禍で人と人のインタラクションが不足していると多くの人が感じているし、そこにはストレスを覚えていると思います。以前は実際に会っている状態が普通だったのに、現在何が不足しているのかわからないという人は多いと思います。
渡辺 そういった意味でも、何を追加すれば満足度が高まるかというのを少し実験的に探索していけるところは産総研ならではのアプローチかなと思います。私のように、どちらかといえば、フィールドに出て行って、実際にアプローチする人間もいれば、心理的な分析や生産性の分析をする人間もいて、この辺り、いろんな専門を持っている人間が集まっているのは我々のセンターの強みだと思います。何かここに新しいコミュニケーションの在り方が加わったら、生産性にどのように寄与するかといったところを科学的に調べていくことで企業の取り組みにも貢献していけると思います。
ポストコロナ時代の働き方
―― レポートへの反響はどうでした?
渡辺 いろいろな場所でお話させていただく機会は国内外含めて増えました。しかし、このコロナ禍にあって、実験などで参加する方にご迷惑をおかけするわけにはいかないため、実際の活動にかなり制約を受けているのも確かです。特に対面へのアプローチが求められる業種では、産業的にも大きな影響を受けているところですので、正直なところそこに十分リーチできているかという点には課題を感じています。一方で、民間で行われているところでは、海外のバーチャルツアーなどの取り組みもあるし、変化はどんどん出てきています。そうした意味で、我々がレポートを出したタイミングで予測していたことも予測していなかったことも次々出てきていると思います。
一方で、一番当初想定していなかったこととして、普通のオフィスワークをテレワークで行う環境はすでにあるという前提で考えていたのですが、そこを何とかしてほしいというリクエストが多かったことがあります。我々が拡張テレワークの前に前提としていた、現状のテレワークへの支援もまた重要だということが、改めてわかってきました。
我々に相談が来るというのはテクノロジーへの期待があるわけですが、テクノロジーだけの目線では話をしないで、遠隔でどうテクノロジーを使用することでプロセス的なものも含め何ができるのかを重要視します。我々としては単にテクノロジーを入れたらこんな素敵な未来がありますという言い方はしないし、人間拡張は、テクノロジーと人を組み合わせてより良い状態にしようという考え方なので、その辺でより良いご支援をできるといいなと思っています。加えて先ほど話したような、心理的、生産性、プロセス的な側面を、うまく組み合わせながら仕事の在り方を変えるためのお手伝いする貢献を進めていくのが、現状の取り組みとしては大事だと考えています。
―― この一年でご自身や社会の意識が変わってきている部分はありますか?
渡辺 今後、従来の生活や働き方に戻るのかという問題はひとつあると思います。将来的には、どんな働き方が好ましいのかというビジョンについて考えていかなくてはでしょう。たとえば都市について言えば、人が集まり過ぎたことによって発生する問題があって、地価が高騰し、都心に住めなくて郊外から長距離通勤をしなくてはならない状況が存在していました。しかし、コロナ禍でテレワークで働くようになったときに、多くの人が今までの生活の在り方を見直し始めています。
変わりつつある部分はあるのですが、これからワクチン接種が進んで、その効果が判明してきてかつての日常化の選択も可能になった場合、我々はどんな働き方を希望するのか? 事業継続性だけではなく、働き手としてのウェルビーイングや、生活者としてのウェルビーイングを高めることに我々は意識を向けなくてはならないだろうと思います。
現在、外部から予算をいただいて将来の働き方のビジョンを市民の人たちと協力して作り出す単年のプロジェクトを開始したところです。いろいろな仕事をしている人たちに話を聞き、コロナの影響も含めて、これからの仕事の在り方、生活の在り方を一緒に考えて、できれば来年あたりにレポート化したいと考えています。
―― ポストコロナ時代の働き方ですね。
渡辺 コロナとテレワークの問題が全世界的に起きているというのは、すごい事象だなと思っていて、このチャレンジにうまく適応できた国と、そうでない国とで、今後の産業生産性やウェルビーイングといったところで大きな違いが出てくる可能性があります。その意味でも、今あるものをどうするかという目線だけではなく、将来どうありたいか、産業にどう注力しているべきなのか、先ほど話した都市の在り方なども含め、非常に広範な視野を持って取り組まなくてはならない問題なのかなとは感じています。
筆者プロフィール:狐塚淳
スマートワーク総研編集長。コンピュータ系出版社の雑誌・書籍編集長を経て、フリーランスに。インプレス等の雑誌記事を執筆しながら、キャリア系の週刊メールマガジン編集、外資ベンダーのプレスリリース作成、ホワイトペーパーやオウンドメディアなど幅広くICT系のコンテンツ作成に携わる。現在の中心テーマは、スマートワーク、AI、ロボティクス、IoT、クラウド、データセンターなど。