今読むべき本はコレだ! おすすめビジネスブックレビュー - 第33回
人や物との出会いによる“ワンダーラーニング”が創造性のキーポイント
『学び続ける知性 ワンダーラーニングでいこう』前刀禎明 著/日経BP
アップル米国本社副社長兼日本法人代表取締役に就任し、iPod miniを大ヒットさせた前刀禎明氏が、国内外の企業での体験をもとに、人や物との出会いや体験を「学び」とし、それらから得た発想や仕事との向き合い方を語る。
文/土屋勝
ワンダーラーニングとは人や物との出会い
本書は「学び続ける知性」というタイトルを持つが、勉強法や知性についての本ではない。著者前刀禎明(さきとう よしあき)氏の、国内外の企業での体験をもとに、人や物との出会いや体験を「学び」とし、そんな学びの継続こそが重要で、それが副題にもなっている「ワンダーラーニング」だと語る。
前刀氏はソニーやディズニーなどへの勤務を経て独立し、1999年にインターネットサービスプロバイダー・ライブドアを創業。同社はインターネット無料接続サービスで一躍脚光を浴びたものの続かず、3年目に倒産して堀江貴文率いるオン・ザ・エッジに売却するという「挫折」を体験する。その後はアップル米国本社副社長兼日本法人代表取締役に就任し、iPod miniを大ヒットさせたという経歴を持つ。
前刀氏の言う「ワンダーラーニング」は造語で、
「ワンダーラーニング──これも僕の造語です。簡単に言えば、わくわくしながら学ぼうということ。僕も含めて勉強が好きじゃない人は、勉強”させられる”と余計につまらなくて、絶対に続きません。本を読むのだってつらい。だからそういう座学ではなく、人や物事を観察したり、興味のある場所に出かけたりを学びにつなげていく。」
という。
つまり、著者の体験、経験の中で出会ったいろいろな人や物との出会い、そこから得た「学び」をもとに、これからの時代をどう生きていくのか、素晴らしい製品・サービスをいかに作るかということだ。アップル退社後は子どもや若い人が想像力を使って遊ぶ状況をつくりだすことを目標とするリアルディアを創業している。ここでも「学び続ける」ことは著者にとってメインテーマだ。
ジョブズとの出会いと別れ
人や物との出会いが大事だと語る著者にとって最大の出会いは、アップル社のスティーブ・ジョブズとの出会いだろう。「スティーブ(とわざわざファーストネームで記述している)と、2人並んで写っている写真は今でも宝物だ」という。
ジョブズについては
・「客が欲しがるものなんか分かりようがない・だから自分が欲しいものを作るんだ」
・「人は気づかなくても感じている」と言った
・ジョブズは「日本をなんとかしてくれ」と僕に言った
・”スティーブっぽい”プレゼンを目指すな
と言及している。
だが、アップル社の経営陣として製品のマーケティングに関わり、苦労も積んだだけに単なるアップル製品ファンではない。裏も表も知った上でのアップル愛なのだろう。
著者は、iPod miniを大ヒットさせた後でアップルを退社したが、それについて「もともと入社3年以内に辞めるつもりだった、日本市場を建て直したら辞めるつもりだった」というが、一方で「アップルはどこまでいてもスティーブの会社。僕の会社ではない。そう考えると、スティーブに対して嫉妬のような気持ちもあって、離れようと決めたんです」とも語る。おそらく後者のほうが本心なのだろう。
日本企業はなぜダメなのか
著者は、GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)やピクサー、AOLと比較した日本企業の問題点も指摘し、このままでは日本企業は海外企業の”下請け”になってしまうのではないかと危惧する。ハードの部品供給メーカーならば下請けという立場でもいいのかもしれないが、これからの時代を牽引していくプラットフォーム技術、コンテンツ面では、下請け企業は利益を出すことが難しい。
「近年、日本企業が作り出して世界を驚かせた基幹技術・サービスに、何か思い当たる人はいるでしょうか」。このままではものづくりに夢を持ちにくくなり、創造性ある人材の海外流出につながるのではないかと警鐘を鳴らしている。
さらに、新製品の企画にしても、上の人が理解できるもの、受け入れそうな企画しか出そうとしない”忖度カルチャー”が日本企業に負の連鎖を招いているという。個人としては優秀な社員が組織になった途端に無能化する。忖度文化に馴染み、リーダーになる頃には”老害”と呼ばれるような存在になってしまう。
良いプレゼンはどうすれば実現するか
最終章である第6章は「人に伝えるプレゼン力」。どちらかというと著者の自伝や想いを述べてきた第5章までと違って、第6章はマーケッターとして著者のノウハウを全面展開している。聴衆に伝わるプレゼン術、相手を納得させるテレビ会議をやりたいなら、この章だけは熟読することをお勧めする。
先にも出てきたが「”スティーブっぽい”プレゼンを目指すな」という項では、
“プレゼンに一番大切なのは、「本当に自分がいいと信じていることを自分の言葉で話すこと」”
という。
自分の考えを自分の言葉で話すとき、付け焼き刃は役に立たない。そのためには自社商品に対する愛や情熱を持てることが絶対に必要だ。「自社商品に特に欲しいものはない」「こんな製品買う人いるのだろうか」と思っている社員がその商品を堂々とプレゼンできるわけがない。
上手なプレゼンターになるには、良いプレゼン、それも世界最高峰のものをたくさん観ること。YouTubeやTEDなど、他人のプレゼンを観る方法はいくらでもある。それをとにかく観る。ただ真似するではなく、どこがいいと思ったか、どこがまずいいと思ったかを掘り下げ、自分だったらどうするかを考えろという。
だが、「突然ですが皆さん!」と切り出したり、スライドに数字だけを表示して「この数字が何だか分かりますか?」と問いかける「TED風」プレゼンは真似しない方が良いという。流行りすぎていて、聴衆の興味を引きつけるという効果が望めなくなっているからだ。
「ワンスライド・ワンメッセージ」も大切。1枚のスライドに文字を詰め込み過ぎると聴衆がスライドにばかり意識を奪われ、プレゼンターの話を聞いてくれなくなる。これでは資料を配付したのと変わりない。スライドはシンプルに、文字量は少なめにが鉄則だ。1枚のスライドに1,000文字ぐらいぎっしり詰め込んでいる官庁のスライドは最悪と言えるだろう。
実際にプレゼンするときは、カメラマンにいい写真を撮ってもらうつもりで、モデルになった気持ちで登壇すべきだという。背筋を伸ばして胸を開くように立てば、見た目の印象だけでなく、声の出方も変わっている。視線を落として手元の原稿を読むばかりでなく、顔を上げて聴衆と目を合わせることが大事だ。それがないと、誰に向かって話しているのか分からなくなり、聴衆は放置されたような気持ちになってしまう。つまり、プレゼンの内容が心に響かない。
「スライド作り」「本番」「プレゼン後」と箇条書きでまとめられたポイントを実行するのは非常に有意義だ。また、コロナ禍でごく当たり前になったビデオ会議での「スタイル」も役に立つ。要所ではカメラを見て、相手と目が合ったような印象を与えるのだという。
かくいう私も、大学で行っている講義はずっとオンライン授業となっている。学生はマイクもカメラも切ってあるので、表情どころか性別も年齢も国籍も分からない。性別や国籍はどうでもいいことなので、わざわざ履修者リストを見て想像する気にもならないが、反応がないのはつらい。それだけにスライド、マイクや照明、バックのスクリーンなどは気を使って見やすく、聞き取りやすい授業を心がけている。
本書は、外資系企業での経歴など、「著者の自慢」の記述が多々あり、鼻につく人もいるかもしれない。だが、ライブドアの倒産やジョブズとの確執など、修羅場をくぐり抜けて得た経験は貴重であり、ダメな企業や製品、サービスについての指摘は的確だ。マーケッターだけでなく、商品開発や販売などに関わる人にお勧めしたい1冊だ。
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筆者プロフィール:土屋勝(ツチヤマサル)
1957年生まれ。大学院卒業後、友人らと編集・企画会社を設立。1986年に独立し、現在はシステム開発を手掛ける株式会社エルデ代表取締役。神奈川大学非常勤講師。主な著書に『プログラミング言語温故知新』(株式会社カットシステム)など。