今読むべき本はコレだ! おすすめビジネスブックレビュー - 第34回

テレワークは企業に、労働者に、そして社会に何をもたらすのか


『誰のためのテレワーク? ――近未来社会の働き方と法』大内伸哉 著/明石書店

コロナ禍で、多くの企業がテレワークを導入することを余儀なくされた。一方で、オフィスに定刻出社し、対面で仕事をするという体制を維持したい企業も多く、テレワーク時の業務の進捗管理、社員同士のコミュニケーションの取り方、勤務時間の把握、給与など、さまざまな課題も山積みだ。日本は今、会社のあり方も労働者の働き方も大変革の渦中にあるのだ。

文/土屋勝


避けられないテレワークへの移行

COVID-19(新型コロナウイルス感染症)の流行により、在宅勤務やリモートオフィス勤務など、テレワークが広まっている。以前から「働き方改革」の一つとしてテレワークが取り上げられていたが、緊急事態宣言により、テレワークの推進が一気に進んだ。とは言っても、過去数十年間にわたって続いてきた、会社員は定まった時刻、オフィスに集まって顔を付き合わせて仕事をする、という古い体制から脱却できない企業も多い。業務の進捗管理、社員同士のコミュニケーションの取り方、勤務時間の把握、給与など、さまざまな課題も山積みだ。

本書は明智書店という、架空の出版社に勤めるA君が主人公。明智書店は老舗出版社で、年配の社員はアナログ派。紙と対面での業務にこだわっている。一方、若手のA君はデジタル世代。テレワークを積極的に取り入れつつも先輩社員との軋轢、家族との問題、仕事の進め方、労働時間と給与のことなどで悩みは尽きない。

それでも出版社、特に単行本中心のところだとテレワークは導入しやすいだろう。短時間で同時並行的に多くの作業を進めなければならない雑誌編集部と異なり、単行本の編集では同僚とのやりとりはあまり発生しない。単行本編集の業務は、編集長と著者、それにデザイナーや校閲といった人とのやりとりが主だ。

私自身、執筆中の単行本は、担当編集者とメールで打ち合わせ、メールで原稿を送り、PDFとなった校正をダウンロードして印刷、それに赤字(修正)を入れ、PDFにして送り返すという手順で進めている。担当編集者の方とは、ほとんど顔を合わせることはなくとも、きちんと仕事は進んでいく(ちなみに、本記事の担当編集者とは一度も顔を合わせたことがない)。

業務の進め方については会社によって、職種によっていろいろあるだろう。どうしても担当者同士が顔を合わせなければ進まない、というところもあるかもしれない。だが、「これまで対面で仕事をしてきた、テレワークなどやったことがないから、これからも対面で仕事を続ける」という、守旧的な考え方で仕事のスタイルを変えないのであれば、事業そのものが時代の流れに取り残される危険性があるのではないか。本書の帯では「やるか、やらないかではない。どう取り組むかだ!」と煽っている。

テレワークに追いついていない労働法

著者の大内伸哉氏は労働法の専門家であり、テレワークにおける法律面の課題について詳しい。労働者側からみたテレワークとして「雇用と自営」「テレワークと監視」「出勤拒否権」……そして何よりも切実である「テレワークと給料」などについて、ページを割いている。

労働者側だけでなく、雇用者側の疑問となる「テレワーク義務」「在宅勤務の費用」「労働時間規制」「みなし労働時間制」「裁量労働制」「健康配慮義務」といったテーマについても触れている。やはり勤務実態が把握しにくい労働時間については労働者も雇用者も大きな関心を持っているし、法律が追いついていない過渡期だ。

IT企業を中心に、業務の完全テレワーク化を進めているところもある。中にはリアルなオフィスを全廃してしまった企業もある。こうなると労働基準法の「事業場」という規定が空文化してしまう。就業規則は事業場単位で作成されるものだし、三六協定は事業場の労働者の過半数を代表する者と結ばなければならない。完全テレワークとなり、現実のオフィスが存在しないとなると、法律はお手上げである。

フリーワーカーとテレワーク

テレワークの延長線として、フリーワーカーの働き方についても一つの章を割いて取り上げている。近年、新卒一括終身雇用・職務無限定、全国(場合によっては全世界)への転勤有りというメンバーシップ型雇用に代わるジョブ型雇用が注目を集めている。ジョブ型雇用では業務は職務記述書に定められており、それだけをやる。職務記述書に無い業務を命じられることはあり得ない。雇用時に職務記述書の内容をこなす、という前提で採用されているので、成果で評価されることも無い(ジョブ型雇用を成果主義と勘違いしている人が多いが)。

日本企業が新卒者を一括採用し、社内教育で育てる余裕が無くなり、即戦力を求めるようになってきた。テレワークでは社員教育も難しく、また、一人一人の業務内容や生産性もより明確になってくる。職場にいるだけ、会議では発言しない、それでいて年功序列で高い給料をもらっている「働かないおじさん」はあぶり出され、立場を失っている。もっともメンバーシップ型雇用では「働かないおじさん」を解雇するのも難しいので、ヤル気・実力のある社員は独立してフリーワーカーへの道を歩むのも当然だ。テレワークが進み、オフィスに縛られる必用が無くなれば、よりフリーワーカーへの転身は気軽に見える。

ただ、「偽装自営業者」で問題となったように、社員とフリーワーカーでは法的保障で大きな違いがある。特にフリーワーカーは厚生年金や労災保険に加入できず、国民健康保険は全額本人負担となる。フリーワーカーを守るセーフティネットの構築が求められる。

時間主権と場所主権を取り戻すテレワーク

DX(デジタルトランスフォーメーション)と並んで、脱炭素社会化のGX(グリーントランスフォーメーション)も急務となっている。通勤を不要とするテレワークはGX推進とも密接な関係を持っている。DX、GXに対応できない企業は投資対象から外されるなど、市場からの退場を余儀なくされるだろう。

産業革命で工場生産が始まると、労働者は一箇所に、一定の時間、集められて仕事をこなすという勤務形態を強いられてきた。これはホワイトカラーでも同じだ。だが、同じ場所に集まらなくても仕事ができるのであれば、「通勤地獄」も「転勤」も解消するのではないだろうか。テレワークは労働者が奪われてきた時間主権と場所主権を取り戻す転機にもなる。自宅が帰って寝るだけの場所では無くなり、地域コミュニティとの関わりも変わってくる。

書店には、テレワークについてのノウハウ、テクニックを解説する本が溢れている。本書はノウハウ以前に、企業にとって、労働者にとって、そして社会にとってテレワークはどうあるべきなのか、何をもたらすのかについて触れており、ノウハウ本とは一線を画した一冊といえるだろう。

まだまだあります! 今月おすすめのビジネスブック

次のビジネスモデル、スマートな働き方、まだ見ぬ最新技術、etc... 今月ぜひとも押さえておきたい「おすすめビジネスブック」をスマートワーク総研がピックアップ!

『リモートワークに労働時間管理はいらない』(奥村禮司 著/日本法令)

新型コロナウイルスの蔓延で一気に拡がったかに見えたリモートワーク(テレワーク)だが、大企業などを中心に定着化がすすむ一方で、「労働時間管理がしにくい」「業務内容がリモートワークに適さない」「労働生産性が下がる」などの理由から導入を躊躇したりとりやめたりする例も多い。本書は、これらの懸念を払しょくし、労働時間管理をせず労働生産性を上げる手法を紹介。そのメリットから導入・運用のノウハウや留意点、リモートワークと社内労働を組み合わせたハイブリッド型の運用やリモートワーク中の副業・兼業の管理にまで言及した、リモートワークをプラスに活用するための指南書。(Amazon内容紹介より)

『テレワーク導入のための就業規則作成・変更の実務』 (池内康裕 著/清文社)

最新の厚生労働省ガイドライン(2021年3月)をもとに、テレワーク就業規則のモデル条文をあげて、条文ごとにその意味を解説。テレワークを通して柔軟な働き方を実現するという観点から、フレックスタイム制・事業場外みなし労働時間制などの「柔軟な」労働時間制についても解説しています。また残業代トラブル、通信費等の費用負担、在宅勤務中の労災などテレワーク導入により生じやすいトラブルについて判例をもとに解説。感染症対策の観点から、テレワークを導入する場合の緊急時在宅勤務就業規則のひな形も収録しています。 (Amazon内容紹介より)

『社長が席を譲りなさい (日経ビジネス人文庫) 』(丹羽 宇一郎 著/日本経済新聞出版)

30年前、日本のバブルがはじけた。その30年前は高度経済成長がはじまり、さらにその30年前は戦争へとつながる満州事変が起きた。時代は30年ごとに大きな転換点を迎える。もう昭和・平成の成功体験は通用しない。感染症、自然災害の頻発、地球温暖化、人口減少、中国台頭など、激変する時代を生き抜く知恵を語り尽くす、著者渾身のメッセージ。『令和日本の大問題』を改題・加筆文庫化。(Amazon内容紹介より)

『ダブルハーベスト 勝ち続ける仕組みをつくるAI時代の戦略デザイン』(堀田 創、尾原 和啓 /ダイヤモンド社)

「AIのビジネス実装」の最前線を熟知する2人が明かす圧倒的な競争優位を築くDX時代の戦略フレームワーク! 何もしなくても、企業が勝ち続ける仕組み「ダブルハーベストループ」の秘密とは──。かつて「人間の仕事を奪う」などと語られたAI(人工知能)は、ビジネスの世界でまったく新たなフェーズを迎えている。「いかにしてAIをビジネス現場に活用し、その実りを収穫(ハーベスト)するか」DX時代の最前線をひた走る企業たちは、この一点に知恵を傾けている。AI実装をめぐるゲームは、もはや「テクノロジー」ではなく、「戦略デザイン」をめぐるフィールドにシフトしたのだ。(Amazon内容紹介より)

『世界最先端8社の大戦略 「デジタル×グリーン×エクイティ」の時代』(田中 道昭 著/日経BP)

ジェフ・ベゾスが指摘するように、人間の欲望はエンドレスで先鋭化していくものであり、そのため人間の欲望を満たそうとする顧客中心主義には果てがありません。その弊害が、現在の気候変動問題であり、格差拡大といった社会問題と考えるならば、顧客中心主義こそが、顧客をはじめ、従業員、地域社会など、ステイクホルダーすべての利益を損ねている、とも言えます。こうした反省から議論されるのが「人間中心主義」。そして人間中心主義の次に来たるべきが、「人×地球環境」中心主義です。テスラ、アップル、セールスフォース、ウォルマート、マイクロソフト、ペロトン、アマゾン、DBS銀行のグランドデザインを徹底解説。日本を代表する45社以上が導入した「DX白熱教室」も収録。(Amazon内容紹介より)

筆者プロフィール:土屋勝(ツチヤマサル)

1957年生まれ。大学院卒業後、友人らと編集・企画会社を設立。1986年に独立し、現在はシステム開発を手掛ける株式会社エルデ代表取締役。神奈川大学非常勤講師。主な著書に『プログラミング言語温故知新』(株式会社カットシステム)など。