大胆予測!「働き方改革2022はこうなる」
リスキリング・インパクトがやってくる
引き続きコロナに揺れた2021年。70歳までの就労が当たり前になりつつある一方、45歳定年説も登場し、一つの企業で一つのスキルで働き続けることは困難になっている。そこで注目されるのが、複数スキルを手に入れるための[リスキリング](https://swri.jp/glossary/%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%B0)(再訓練)だ。2022年、私たちは人生100年時代の新しい働き方を自覚しなくてはならない。
文/大久保惠司
2020年代、日本人の働き方の大きな枠組み
2019年に施行された働き方改革関連法により、日本人の働き方の大きな枠組みができあがりました。その柱は「長時間労働の是正」「正規・非正規の不合理な処遇格差の解消」「多様な働き方の推進」です。2021年に、もう一つ労働者にとって関係深い枠組みが作られました。「高齢者雇用安定法」の改正によって、企業には従業員の70歳までの就業機会の確保に向けての努力義務が課せられたのです。
具体的には、定年を65歳以上70歳未満に定めている事業主と65歳までの継続雇用制度(70歳以上まで引き続き雇用する制度を除く)を導入している事業主に対し、下記のいずれかの措置を講じるように努める必要が生じたのです。
①70歳までの定年引き上げ
②定年制の廃止
③70歳までの継続雇用制度(再雇用制度・勤務延長制度)の導入
④70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入
⑤70歳までに継続的に以下の事業に従事できる制度の導入
a,事業主が自ら実施する社会貢献事業
b.事業主が委託、出資(資金提供)等する団体が行う社会貢献事業
(厚生労働省資料より)
この背景には、日本の人口減少による労働力不足を補うと共に、高齢者の社会保障に関して、従来支えられる側にいた60歳~70歳までの方に支える側に移行してもらい、若い世代の負担をすこしでも減らしていこうという意図が見えてきます。年金の支給開始も70歳~75歳に繰り下げられることになるでしょう。そうなると富裕層は除いて、その年齢までは働かざるを得なくなります。つまり、努力義務はいずれ義務化する可能性をはらんでおり、政府は、高齢者雇用の責任は企業にあると定義づけたのです。
2020年代の日本企業は、「労働時間の短縮」「正規・非正規の格差の解消」「多様な働き方の推進」「70歳定年制への移行」という雇用の枠組みの中で「成長と分配の好循環」をめざすために、「生産性の向上」を実現しなければならなくなりました。
コロナエフェクトとコロナ前には戻りたくない人の増加
2020年に続き、2021年も日本はコロナウイルスの蔓延から、地域によっては3回にわたって緊急事態宣言が発令されました。当然、2021年の私たちの働き方もこの影響を強く受けたのです。移動の制限が続き、企業の業績にも不安が広がりましたが、2021年3月期の税収は当初の予想を上回りました。2019年に消費増税が行われたことと、意外にも法人税収が伸びたのです。日本経済新聞社の推計によると、上場企業の2021年3月期は対面での営業や会議、イベントが減り、出張費や交際費などの関連経費が前期比で7兆円も減りました。固定費が圧縮されたのです。つまりコロナ禍によりダメージを受けたイベント、交通、宿泊、飲食業界等の減収が、企業の利益を増加させたことになります。
度重なる移動の制限の中、ビジネスが停滞しないように防いだのがテレワークです。テレワークの普及による在宅勤務によって、私たちの働き方は大きく変化しました。労働者にとっては通勤時間も労働時間の延長です。これが無くなったことで、あっという間に「労働時間の短縮」が実現しました。また、在宅勤務によって「多様な働き方の推進」の可能性も大きく広がりました。もしコロナ禍が無かったら、ここまでテレワークが浸透することは無く、これほどまでに働き方は変わらなかったかも知れません。
テレワークの浸透は労働者の価値観も大きく変えました。内閣府の調査によるとテレワーク経験者は「生活を重視するように変化した」人が64.2%、「地方移住への関心が高まった」人が24.6%。「職業選択、副業等への希望が変化した」人は46.3%となっています。テレワークによってある意味「ワークライフバランス」が実現できたのかも知れません。
テレワーク経験者の継続希望意向も増加しています。パーソル総合研究所の調査によると2021年7月の調査では「続けたい」と回答した人は78.6%に上っており、2020年4月の53.2%と比較すると大幅に増加しています。また、博報堂生活総合研究所の調査によると、コロナ禍にあって「コロナ禍が収束しても現在の生活を維持したい」と考えている人は56.3%と半数を超えます。その理由は「時間の無駄削減や自己管理ができるから」「コロナに限らず感染が不安で対策が必要だから」「快適/健康的なリズムで生活できるから」が上位に上がっており、若年層と高齢層で違いも出ています。約2年にわたるコロナ禍の生活に適応し、会社に戻りたくない、コロナ以前には戻りたくない労働者が増加しています。もちろんテレワークにも良い面と悪い面があります。テレワークの普及によって本当に私たちの生産性が上がったのかは、検証されなければならないでしょう。
「45歳定年説」の波紋と人材の流動化を目指す動き
サントリーホールディングスの新浪剛史社長が2021年9月9日に開かれた経済同友会のオンラインセミナーで導入を提言した「45歳定年制」が大きな波紋を呼びました。「45歳定年制」の発言は経済同友会の集まりで「日本経済を発展させるにはどうすればよいか?」について議論をする場で新浪社長が出したアイデアです。45歳定年制にして、個人が会社に頼らない仕組みを考えるべきだ、という問題提起でした。もし「45歳定年制」があれば、20代・30代の若者はもっと真剣に勉強するはずだというのが新浪社長の主張です。SNS界隈では「45歳定年」という言葉に反応し、炎上したと思われますが、冷静に考えると日本の企業と雇用の問題が見えてきます。
世界経済フォーラムの「デジタル化などに伴う2025年までの世界の増減予測」によると、労働の自動化は予測よりも急速に進み、2025年までに8,500万人が仕事を失うと予測されています。一方でロボット革命により、9,700万人分の新たな仕事が創出されます。減る主要職種としては、事務員、秘書、会計士、工場労働者などが考えられ、増える主要職種としては、データアナリスト、AI技術者、デジタルマーケティング専門職、ITセキュリティ専門職などが考えられます。日本においてもDXは競争力確保のために急速に進んでいくと考えると、人材のミスマッチが労働者の雇用環境に大きく影響するでしょう。
とは言え、45歳定年は実質的に始まっているのかも知れません。東京商工リサーチによると2021年の上場企業の早期・希望退職を実施した企業は2021年12月9日現在で80社、1万5296人に達します。2020年に続き、2年連続で1万5000人を超えました。2年連続の1万5000人超えは2002年、2003年に続き20年ぶりになるそうです。黒字であっても早期・希望退職を求める企業の意図は、人材の新陳代謝にあります。この背景には、企業が従業員に対して求める能力が変化したからと考えられます。
労働政策研究・研修機構の調査によると、「これまで重視してきた能力」と「人生100年時代に求められる能力」に違いがあることがわかってきました。これまで重視してきた能力では、「経験をもとに着実に仕事を行う能力」(67.3%)、「チームの一員として自らの役割を果たす能力」(64.6%)などが高かったのに対し、人生100年時代に求められる能力としては「自ら考え、行動することのできる能力」(55.3%)、「柔軟な発想で新しい考えを生み出すことのできる能力」(53.5%)などが高まっています。特に「柔軟な発想で新しい考えを生み出すことのできる能力」は「これまで」と「100年時代」で32.7ポイントも上昇しています。企業はこれからのビジネスにとって必要な社員への入れ替えを望んでいます。だから人材の流動化を促進したいのです。
リスキリング・インパクト
ここのところ国際比較ランキングでパッとしない日本が誇れる項目が「平均寿命」です。WHOが発表した2021年版の世界保険統計によると、平均寿命が最も長い国は日本で、84.3歳でした。平均寿命が伸びるとともに、健康寿命(健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間)も延びています。厚生労働省の発表によると日本人の健康寿命は男性が72.68歳。女性が75.38歳になりました。70歳まで働くことが健康的にも体力的にも当たり前になる環境が整ってきたと言えるでしょう。
22歳で就職したとして70歳まで働くとすると、働く年数は48年になります。では、企業の平均寿命はどのくらいなのでしょうか? 日本の2大調査会社のひとつ、東京商工リサーチは23.3年としており、同じく帝国データバンクは37.5年と発表しています。計算上は一つの会社に48年間勤め続けることはまれなケースになりそうです。それに、一部の職種を除いて、48年間同じスキルで働き続けることは不可能となるでしょう。これからのテクノロジーの進化を考えると、さらに自分の持つスキルの陳腐化は早まり、長い間仕事を続けるために、自ら学習し、新たなスキルを身につけなければならなくなりますが、実際にはそこまでの危機感は薄いようです。
日本生産性本部の「新型コロナウイルスの感染拡大が働く人の意識に及ぼす調査」では、コロナウイルス流行以降の自己啓発の開始有無を年代別に分析しています。この中で「特に取り組む意向はない」と応えている人の割合は、20代で45.9%。30代で53.5%。40代で57.8%。50代で68.8%。60代で79.6%となっています。見事に年齢相関になっており、若い人ほど学習意欲があり、年齢と共にそれが失われていくという傾向です。これを見る限り、学ぶ20代、30代。学ばない40代~60代という構図が見えてきます。70歳まで働く時代の仕事人生の折り返し点は46歳。この調査から見えることは、折り返し点近辺にいる人の6割から7割は新たな学習に取り組む意欲を持っていないということです。
世界経済フォーラムはテクノロジーの進化と自動化によって、今後10年間で「11億」もの仕事が変化を遂げ、全体的には失われる仕事よりも新たに創出される仕事の方が多くなると予測しています。しかし、世界中の労働者はこのめまぐるしい変化についていけない状態です。そのことで格差はますます広がるでしょう。
世界経済フォーラムは現状を改善するために必要なこととして以下の点を上げています。
●各国の政府が、社会的流動性を機能させることに重点を置いた取り組みを始める必要がある。
●考え方を変え、医療や教育の予算を変え、適正な賃金を確保するとともに労働環境を改善し、生涯学習のシステムを整備すること。
●企業の役割は生涯学習、リスキリング(再訓練)、スキルアップのシステムを提供すること。
●そして、人々がより自分に適した仕事に転職できる制度を整えるために企業と政府が協力すること。
●2030年までには10億人のリスキリングを目指すべきだとしています。
人生100年時代。長い仕事人生の中で、働く人全てがリスキリングすることを求められています。つまり仕事と学習はセットで考えなければならない時代になりました。2030年まで残り8年。2022年のビジネスマンは「人生100年時代」の自分自身の物語を描き、そのために今、何を学習すべきかを考え、実行していく年になるのかも知れません。
筆者プロフィール:大久保惠司
株式会社ウオータースタジオであらゆる業界の商品開発の業務に携わり、株式会社コプロシステムで、UXデザインとブランディングを融合させた「Brandux Design」を立ち上げる。これまで、様々な企業のブランディング、商品開発、サービス開発に関するプロジェクトを多数手がけ、グッドデザイン賞などを受賞。現在は、企業などの組織が社会というエコシステムの中で、よりよく共生できる活動を支援する「SOCIALING LAB LLC」を立ち上げ代表となる。