メタバースとは何だろうか
昨年10月28日、Facebookの創業者マーク・ザッカーバーグは、社名をメタ・プラットフォームズ(Meta Platforms)に変え、1年間で100億ドル(およそ1兆3,500億円)を、さらに以降10年間で10兆円ほどをメタバース事業に投資すると発表した。ザッカーバーグはメタバースに社運を賭け、それだけの投資を行うことでメタバース時代の覇者になることを宣言したわけだ。
メタバースという言葉はこれをきっかけに、広く一般に認知されるようになった。多くの企業がメタ・プラットフォームズに続け、メタバースに乗り遅れるなと顔色を変え、書店に行けばメタバースに関する書籍が何冊も並んでいる。
メタバースという言葉は、新語ゆえにいまだに定義がはっきりしない。明確なのはメタ(超越)とユニバース(宇宙)を組み合わせた造語であるということ。バーチャル空間、VR(仮想現実空間)、サイバースペース(電脳空間)なども同じような意味を持っている。乱暴に言ってしまえば、「ヘッドセットを付け、3次元CG空間内に没入し、その中でさまざまなふるまいを行うサービス」ということになるだろう。
2006年にスタートし、メタバースの先駆けと言われるSecond Lifeではヘッドセットは使われておらず、ユーザーはディスプレイに表示された仮想空間にアバターをまとって参入し、他の参加者とメッセージを交換したり、音声で会話したり、コンサートを聴いたり、お金を稼いだりする(Second Lifeは現在も存在している)。
現在のメタバースは、インターネット接続通信速度やコンピュータ処理速度の飛躍的な向上、ヘッドセットの低価格化による普及、3DCG技術やAIの発展などにより、さらにリアルで滑らかな3DCG空間内をスムーズに動けるようになっている。主流のコンテンツはゲームだが、VRSNSという対人コミュニケーションの場もあるし、医療や介護、教育、機器メンテナンスといった産業分野での利用も増えている。5月に当コーナーで紹介した『ITナビゲーター2022年版』(野村総合研究所 ICTメディアコンサルティング部 著/東洋経済新報社)ではVR市場について「エンターテイメント市場よりは不動産・賃貸業や医療福祉、災害現場などBtoB市場でVRデバイスの普及が進む」と予測している。
一方、ソーシャルVRのヘビーユーザーであるバーチャル美少女ねむ氏の著書『メタバース進化論』(技術評論社)によれば、ソーシャルVR(VRSNS)には思い思いのアバターをまとった数十万人が集まり、会話を交わし、アバター同士の恋愛、SEXまであるという! ねむ氏自身がリアルでは中年男性であるのに、VRSNSでは美少女の姿で、声もボイスチェンジャーで女声に変え、女性として振る舞っているという。
パソコン通信の時代には、男性なのに女性として参加し、周りを振り回す「ネカマ」と呼ばれる人たちがいた。当時のパソコン通信には女性参加者が少なく、その中で女性を装うことで注目を集めたりすることが楽しかったのだろうか。現在のVRSNSでは女性参加者も多いが、男女とも8割以上が女性アバターを使っている。その理由は「なりたい自分になれる」「可愛くなりたい」という自己表現なのだそうだ。
メタバースに掛けた著者
本書では、前段で紹介したようなディープなVRSNSの話は出てこない。著者の佐藤航陽氏は大学在学中にIT企業を立ち上げ、20代で東証マザーズに上場。年商200億円規模まで成長させた、根っからの起業家で、米経済誌「Forbes」の30歳未満のアジアを代表する30人や「日本を救う起業家ベスト10」に選出されている。そんな佐藤航陽氏は、仮想通貨取引所を買収できるチャンスがあったが、取締役会や監査法人、株主などの説得ができず、買収を見送ったことがあるという。その仮想通貨取引所は今では日本最大の取引所へと成長しており、「チャンスを目の前にしながら、上場企業としての制約に縛られて意思決定を通すことができなかった」と悔やんでいる。その後はNFT(Non Fungible Token。偽造不可の鑑定書・所有証明書付きのデジタルデータのこと)のマーケットプレイスを新規事業として立ち上げたが、半年以上経過したところで売上が伸びず、取締役会を説得できずに他社に売却することになった。3年後、NFT市場は急激に拡大し、トップ企業は1兆円以上の市場価値を持つ企業に成長している。
著者はこうした躓きから、今度こそメタバースに真剣に取り組み、世界を変えてやろうと考えているのだろう。上場企業の社長を退任し、現在は少数精鋭でメタバース事業をメインとする会社を立ち上げた。それでもしばらくはモノにならず、流れが変わったのはザッカーバーグの発表からだという。「上場企業の中で新規事業として立ち上げていたとしたら2年近く投資を続けることは許されていなかったので、メタバースの流れが来る前に撤退か売却の判断を迫られていた」と書いている。
メタバースへの3つの態度
著者はメタバースなど新しい技術への態度はだいたい3つに分かれるという。シニア層に多いのが過去の常識にしがみつき、新しいパラダイムに対応できないというもの。若者に多いのが自分にとってプラスになるのであれば、新しい流れに乗ってみようというもの。ミドル層に多いのが新しいものに否定的ではないけれど、前のめりにチャンスをつかもうとはしない、斜に構えた態度。
3つのうち、「経験則上、2番目の態度以外に得られるものは何もありません」という。さらには3番目のチャンスをつかもうとしない態度が最も後悔するという。表面上は否定的だけど、心の中では自分にもチャンスがあると考えている。だけど変化が誰の目にも明らかになった時点、つまりメタバースが普及してきた時点では態度をコロッと変えるが、その時にはすでに2番目の人たちがチャンスを総取りしており、何も残っていない。
メタバースは儲かるのか?
ただ、この本を読んでもメタバースがどうマネタイズするのかは、よく分からない。著者は「今回のWeb3やメタバースの潮流の中で最も恩恵を受けるのは間違いなくクリエイターです」という。コピーが横行していたデジタルデータがNFTで希少価値を発揮する。今後はメタバースによって3Dデータの需要が増え、「Web3の時代では人々が欲しがる作品をデジタルデータという形でゼロから作ることができるクリエイターが経済的な成功を手に入れることになる」というのだ。実際にメタバースアプリ「Fortnite」の中では「デジタルスキン」と呼ばれる、アバターに着せる服が毎年約5,500億円も売れている。
一方では「今ではコストはほぼゼロで、誰でもリアルなアバターを作れます」「たいした技術力がない人でも、ハリウッド映画と同じレベルの動画を作れるようになる」とも書いている。デジタル化によりツールは安くなり、メディアのコストは下がっている。オープンソースの無料ツールでも3DCGも作ることができるようになってきた。
「『Fortnite』を1日15時間プレイしているネトゲ(ネットゲーム)廃人がいます。TikTokとInstagramにハマり親と一言も話をしない。そんな子どもは、現実世界よりも2次元のSNSのほうがよっぽど楽しくて心地がよいわけです」。そういうのは子どもでなくても、大人でもいることはいるが、どこかで現実社会で稼がなければ生きていけない。プロのゲーマーになるとか、TikTokやInstagramで稼ぐ人もいるが、「VRゴーグルをかぶったまま動かない」のでは、コンテンツの消費者でしかなく、稼ぐ側にはなれないだろう。少なくとも著者の佐藤氏はそんな怠惰な人生を送ってきたわけではないはずだ。
生態系を創るとは
本書の後半は「第三章 世界の創り方II【生態系】」、「第四章 競争から創造の世紀へ」と称して、著者の理念が展開されている。第三章は「この章が、この本の一番大事な箇所になっています。メタバース市場をざっくり知りたいならば別の入門書もたくさんありますが、この章の話は他の本では代替できない部分であり、ここに本書のオリジナリティが詰まっています」とまで強調している。
数々のヒット曲を作っている秋元康氏との対話を通じて、「各業界で非凡な成果を出した人たちの話を聞いていると彼らは明らかに他の人とは違う『世界の隠れた法則性』のようなものをつかんでいました」という。「世の中に対する解像度が圧倒的に高く、何をすればどういうことが起きるかという法則性を他の人よりも熟知しており、それを自分なりの勝ちパターンといえるほど磨き上げている」。
第三章で説明する話は、世界の隠れたパターンを凝縮したようなものであり、実社会のあらゆるシーンに応用でき、かつスケールを選ばず、10人のグループから100万人が使うWebサービスまで、エンタメから飲食店、IT企業の経営に至るまで応用可能だという。世界の隠れた法則とは何か、それは自分で本書を読んで手にして欲しい。
メタバース時代はディストピアかユートピアか
最後の章「ポストメタバースの時代」にはアルゴリズム民主主義という、刺激的な言葉が出てくる。メタバースが普及した社会ではアルゴリズムが民主主義を実現するというのだ。
「法律とは議会を経て定められる国家の運営方法を明文化したルールです。ざっくりいえば、これこそ人が作った単純な『アルゴリズム』なのです」。「かつて『王』の上に『法』を置いたように、今度は『法』の上に『AI』や『アルゴリズム』を置くという新しい考え方が必要になってくるでしょう」。「膨大なデータを学習したコンピュータが作り出すアルゴリズムの回答を参考にしながら、議会が方針を決定していくようになるでしょう」「この国家の運営方法に名前をつけるのであれば『アルゴリズム民主主義』または『アルゴリズム・デモクラシー』あたりでしょうか」
著者はこのような時代こそがユートピアだと主張している。
本書は、手っ取り早くメタバースは何か、どうすれば体験できるのかを解説したものではない。佐藤航陽という起業家が、メタバースを通して生態系を創りあげることを宣言したマニフェストと言っていいだろう。メタバースにハマっている人も、懐疑的な人も本書を手に取り、メタバースが力を得る次の時代がどうなるのかを自分の頭で考えていただきたいと思う。
まだまだあります! 今月おすすめのビジネスブック
次のビジネスモデル、スマートな働き方、まだ見ぬ最新技術、etc... 今月ぜひとも押さえておきたい「おすすめビジネスブック」をスマートワーク総研がピックアップ!
『メタバース進化論――仮想現実の荒野に芽吹く「解放」と「創造」の新世界』(バーチャル美少女ねむ 著/技術評論社)
メタバースは我々に何をもたらすのか? “原住民"が語るメタバース解説の決定版。メタバースでは「新たな人類」が文化を築きつつある――期待が膨らむメタバースの本当の姿、そして真の可能性とは? 仮想現実世界の住人が物理現実世界の私たちに伝える、衝撃のルポルタージュ! 本書は、特にソーシャルVRに焦点をあてて、メタバースについて解説します。ただし、単なるソーシャルVRの概説ではありません。メタバースが人間の在り方を劇的に進化させる可能性を考察する、仮想現実住民である著者が物理現実に住む私たちへおくるディープで刺激的な「別次元のルポルタージュ」です。(Amazon内容紹介より)
『テクノロジーが予測する未来 web3、メタバース、NFTで世界はこうなる』(伊藤穰一 著/SB新書)
web3、メタバース、そしてNFT。最先端テクノロジーは、私たちの社会、経済、個人の在り方にどのような変革をもたらすのか? 米国MITにてメディアラボ所長を務め、デジタルアーキテクト、ベンチャーキャピタリスト、起業家として活動する伊藤穰一が見通す、最先端テクノロジーがもたらす驚きの未来。(Amazon内容紹介より)
『メタバース未来戦略 現実と仮想世界が融け合うビジネスの羅針盤』(久保田 瞬、石村尚也 著/日経BP)
2021年10月、旧フェイスブックが社名をMeta Platforms(メタ・プラットフォームズ)に変更したことで号砲が鳴った「メタバース狂騒曲」。NFT(非代替性トークン)やWeb3(ウェブスリー)、デジタルツインなど、関連するバズワードが入り乱れる中、その「本質」と「真価」を見通すのは容易ではない。結局、メタバースとは何なのか。仮想世界ではどのようなビジネスチャンスが生まれるのか。メタバースの核心とビジネスの始め方を一冊で学べる最新のビジネス書が、ついに刊行! 今からでも遅くない。2030年、現実と仮想世界が融け合うビジネスの羅針盤を手に入れよう。(Amazon内容紹介より)
『図解ポケット メタバースがよくわかる本』(松村 雄太 著/秀和システムズ)
今、話題沸騰のメタバースについて、知識ゼロからわかる解説書です。近未来ビジネスとWeb3がよくわかる! メタバースは新たなビジネスチャンスと期待されており、企業が続々と参入しています。本書では、メタバースの基礎知識から、ビジネスでの活用事例、今後の展開予測まで、メタバースを知りたい! という高まる需要に応えます。これからメタバースでショッピングしてみたい、ビジネスを始めたいと思っている人に最適です。(Amazon内容紹介より)