清水翔平さん

株式会社キングジム開発本部デジタルプロダクツ課。2017年入社、開発本部エンジニアリング課に配属。設計補助や材質、規格の選定から品質基準の作成などを担当。2020年、デジタルプロダクツ課に異動し、「ポメラ」などの電子文具の企画開発を担当。2022 年 7 月、デジタルメモ「ポメラ」の最新機種DM250を発売した。
https://www.kingjim.co.jp/

テキスト入力作業への没入感がスゴイ!

──最初に最新のポメラのセールスポイントについて教えていただけますか。

清水 「ポメラ」は、テキスト入力だけに特化することをコンセプトに開発されたデジタルメモです。キーボードを搭載しながらも、携帯性に優れた軽量コンパクトな本体で、長時間操作が可能です。開いてすぐに起動するのが特長で、2008年に初号機が発売され、昨年発売されたDM250が最新機種になります。「文章を書くことに没頭できる」という点を評価してくださるお客様が多いので、そうしたお客様の声を大切にしながら、新機種の開発を行いました。前機種DM200の発売は2016年でしたので、DM250ではそれから6年間の時代の変化に合わせてスペックを更新した点が大きいと思います。

今回、追加した機能には次のようなものがあります。

①バッテリーの容量がアップし、約24時間使用が可能に
②インターフェイスがUSB Type-Cに
③充電確認用LEDを新たに搭載
④打鍵音がより静かに
⑤「ポメラ」に最適化した日本語入力システム「ATOK for pomera professional」をアップグレードし、校正支援機能も追加
⑥脚本や台本の作成に適したシナリオモードを追加
⑦1ファイルあたりの保存可能文字数が 20万字に
⑧Wi-Fi機能を追加し、スマートフォン用アプリと連動して、テキスト転送がスムーズに

個人的に気に入っているのは「文字数カウント機能」で、LEDに文字数を表示できるようにしたことで、ライターの方など、文章のプロの方たちに好評をいただいています。

開発で苦労したのは、機能的な部分では、キーボードのチューニングです。キーボードは人によって、好みがあるので万人受けするものは難しいとは思っていたのですが、キーの押し心地は、テキスト入力専用機としてはとても重要で、何度も試作をくり返して納得できるものを作りました。また、「ポメラ」の場合、外で使うことも多いので、静音であることも大切なので、そういうところにもこだわりました。

一緒に開発する協力工場には、こういう機能が欲しいということを伝えることはもちろんなのですが、なぜそれが必要なのかという背景のところまできちんと理解してもらうことが大切で、何度も話し合いをしたり、試行錯誤したりしながら開発を進めました。最初は1カ月に一度くらいの打ち合わせだったのですが、なかなかうまくいかずに、週に一回以上は打ち合わせさせていただき、とにかくコミュニケーションは大切にしていましたね。開発期間がちょうどコロナ禍だったので、対面での打ち合わせができず、スケジュールの調整もかなり苦戦しました。

開発本部デジタルプロダクツ課で「ポメラ」DM250を担当した清水翔平さん。大学では脳科学を専攻。「ポメラは、脳科学に少し関係あるかもしれない」。
「ポメラ」DM250では、脚本や台本の作成に適したシナリオモードが搭載された。

──当初、想定していたユーザーとは違う人たちが使ってくださっているということもあるのでしょうか。

清水 「ポメラ」という商品名は、「ポケットメモライター」を短縮して「ポメラ」になっているのですが、DM10という最初のモデルを発売した時は、一般のビジネスパーソンが仕事中にメモを取ることを想定していました。ペンよりもタイピングの方が文章を書くのが早いので、タイピングできて、ポケットに入れて持ち運べるメモとして企画されました。ところが発売してみたら、新聞記者やライター、小説家など、文章を書くことが本職の人たちに好評で、それが想定外だったということはありました。実際、ありがたいことに芥川賞を取った羽田圭介さんや佐藤厚志さんなども使ってくださっているようです。こちらもすごくうれしいことですが、一般のユーザーの方々においても「ポメラニアン」と呼ばれる熱烈な愛好者の方々も登場して話題になりました。

ですので、後継機種では、短い文章のメモというよりは、じっくり文章を書くために何が必要かということを考慮するようになりました。タイピングのしやすさ、音が静かなこと、画面を見ても目が疲れないことなどが求められるようになったと思います。さらに、日本語入力システム「ATOK」も変換効率がアップした「ATOK for pomera professional」になり、校正機能も追加されるなど、日本語入力機能も向上しました。その分、価格もちょっと高くなったのですが、本当に文章を書くのに集中したい人たちには受け入れられているようです。今回、付け加えた文字数表示もこうしたユーザーの皆さまの要望に応えたものです。

2008年に発売された「ポメラ」の初号機DM10。キーボードは折りたたみ式だった。

ストイックに文章作成に向き合えるツール

──文章のプロの人たちに、どんなところがアピールしていると思いますか。

清水 やはり、ぱっと開いてすぐ文章を打てるというのが「ポメラ」の一番いいところだと思います。パソコンやスマートフォンでは、文字を入力するまでに数ステップ必要ですが、それがありません。ネットにもつながっていないので通知なども入らず、気が散らないということもあります。非常にストイックに、文章作成に没頭できるところが最大の魅力かなと。

スマートフォンやパソコンもどんどん進化していますが、「ポメラ」は、文字しか打てないという、そぎ落とされた感じがいいのかなと。単機能の道具として定着してきたと思います。文豪と言われた小説家が万年筆や原稿用紙にこだわったように、今、テキストを作る道具として「ポメラ」が選ばれているのだと思います。

それから、文章を作るというクリエイティブな作業は、結構主観的に自分を表現するわけですが、その中で“コントロール感”というのか、考えて文字を打ち、その文字を目で確認し、そのフィードバックを受けて、文章を作っていく感覚については、手書きよりもタイピングのスピードがちょうどいいと思っています。最近は、音声入力とか便利になってきて、私もたまに音声入力でメモを取りますが、あまりにも早くて自分の思考が置いていかれて、向き合う時間があまりない。アイデアを適当に並べるにはいいのですが、そこに感情が乗っていない気がします。その点、タイピングは考えながら文章を書く人にはスピード感がちょうどいい。そういう意味でも「ポメラ」が文字入力だけに特化したのはいいのではないでしょうか。

それと、「ポメラ」が搭載している「ATOK」は、変換効率が高く、自分の文章を邪魔しない範囲でうまくフォローしてくれるので、そこもコントロール感があって、いいところだと思います。

清水さんは「小説投稿サイトに作品を投稿するようなライトなユーザーにも『ポメラ』は好評だ」と語る。

“枯れた技術”でかゆいところに手が届く

──キングジムが考える電子文具についての方針、ビジョンはありますか。

清水 キングジムのデジタルツールは、最新のガジェットをつくるというよりも世の中で一般化したような「“枯れた技術”でかゆいところに手が届く」という考え方で企画しています。スマートフォンのようにいろいろなことはできないけれども、特定の使用シーンではスマートフォンよりも使いやすい、便利といった製品を企画できるよう心がけています。

文房具的なアプローチという意味では、「ポメラ」は今では万年筆やペンのような高級文具と比較いただくこともあるくらい、使用感にはこだわっています。また、「ポメラ」と同じ「デジタルメモ」という分野では、ペンによる手書きのメモができる「ブギーボード」や「フリーノ」という電子メモ製品も出しています。SDGsを考慮して紙などの消費をへらしつつ、文房具的なアナログ感を残しているのが特長です。

また、個人的にすごく好きなのが「デジタル耳せん」という製品で、ノイズキャンセリング技術によって、雑音は消しつつ、人の声だけは聞こえるという、一般的な耳栓では難しかった特定の音のみを静かにする製品です。一つのことしかできないという道具的な良さと、デジタルの良さがうまく融合できていると思います。

「ブギーボード」(左)と「フリーノ」(右)は、手書きのデジタルメモ。
清水さんがお気に入りだという「デジタル耳せん」。ノイズキャンセリング技術により、雑音は消え、人の声だけが聞こえる。受験生や電車の中で読書する人にオススメだ。

──最後に、これからの抱負を教えてください。

清水 変化のスピードが速くなっている時代の中で、キングジムらしさを保ちながら、市場にない新しい商品を生み出し続けたいと思っています。便利だからいいというだけではなく、「キングファイル」や「テプラ」、「ポメラ」のような長く愛され、新しい文化になっていけるような製品をこれからも創造していきたいと思っています。