小野瀨隆一さん
https://craif.com/
初期がんが見つけられる理由とは
──最初に「マイシグナル・スキャン」というがんリスク検査サービスの特徴をお話しいただけますか。
小野瀨 我々が開発したがんリスク検査サービス「マイシグナル・スキャン」には、次のような特長があります。
1)もっとも初期段階のがんでも判定できること
2)尿の中にあるRNAの一種「マイクロRNA」を抽出、測定、解析し、AIを活用して精度の高いリスク判定ができること
3)現在のがんリスクを7つのがん種別(大腸がん、肺がん、胃がん、乳がん、すい臓がん、食道がん、卵巣がん)ごとに判定できること
4)尿を採取するだけなので、簡単で被検者に負担が少ないこと
被検者にとって特に大切なポイントは、もっとも初期段階のがんでも判定できること、早期発見に長けていることです。一般的ながん検診は、内視鏡やMRI、レントゲンなどを使って医師が目で確認するものが多いわけですが、目で見てわかるまでがん細胞が大きくなっていると、がんが進行していたり、転移したりしている可能性があります。また、乳がんのマンモグラフィーなどに代表される結構痛い検査や、食事が制限されるなど被検者に負担が大きいものが多いこともあります。我々のがんリスク検査サービス「マイシグナル・スキャン」は、尿の中にある遺伝関連物質の一種、マイクロRNAを抽出し、解析する検査なので、がん細胞の大きさに関係なく見つけられるため早期発見に長けており、さらに尿を採るだけなので、被検者への負担もほとんどありません。
さらに、我々が開発したAIによって、がん種(がんの種類)単位でリスクを高精度に判定します。現在の対応がん種は、大腸がん、肺がん、胃がん、乳がん、すい臓がん、食道がん、卵巣がんの7種です。これまでは発見時にはステージが進行してしまっている可能性の高かったすい臓がんや卵巣がんなども初期段階でも発見につなげることができるのは大きな成果だといえます。
がん種単位でリスクがわかることが被検者にとって価値が高いのは、次に何をすればいいのかがわかることです。「あなたはがんのリスクが高いです」と言われてもどうすればいいのかがわからず、結局ありとあらゆるがん検査をやることになり、検査難民になってしまう人が多いんです。がん種がわかっていれば、次の検査として内視鏡やMRIなどでその部位を調べるなど、進むべき方向が明確になり、検査の精度は各段にアップします。
昨日も大腸がんのリスクが高いと判定できたことで、お礼の連絡がありました。その方は会社の福利厚生として「マイシグナル・スキャン」を採用されている企業の窓口担当の方でしたが、「大腸がんがハイリスク」という結果が出て、すぐに大腸の内視鏡検査などの精密検査を行って、がんを取り除くことができ、無事仕事復帰できたケースがあったそうです。がん種ごとにリスクがわかると、次にどんなアクションを起こせばいいかがわかるのが被検者にとって大きいと思います。
──「マイシグナル・スキャン」の検査精度が高いのはどうしてですか。
小野瀨 一番の理由は、がん細胞が出したマイクロRNAを捉えて分析していることです。
マイクロRNA(RNA:Ribonucleic acid、リボ核酸)というのは、生体機能を制御する小さなRNAで、細胞間のコミュニケーションツールとして機能していると考えられています。わかりやすくいうと細胞が出す手紙みたいなものです。それぞれの細胞が栄養がほしいとか、細胞分化や増殖するぞとか、そういう情報を出しています。それが体液中に分泌されて、人間の体中を回っています。がん細胞は、一般の細胞よりも栄養を多く必要とするので、そういう情報をたくさん出します。さらに、マイクロRNAは、がん細胞の転移にも関与していて、免疫に攻撃されないために、がん細胞はある種のマイクロRNAを出して自分が生き残れる免疫環境を先に作ってから転移することがわかっています。つまり、がん細胞は特有のマイクロRNAを出しているわけです。
人のマイクロRNAは約2000種類くらい見つかっていますが、名古屋大学の研究によって尿の中にも1000種類以上のマイクロRNAが存在することが判明しました。名古屋大学では、がん患者さんの尿と健康な方の尿から抽出したマイクロRNAを比較することによって、がん患者さんの方で特異的に過剰になったり、減少したりしているマイクロRNAを発見し、その人の健康状態によって持っているマイクロRNAの種類や量、構成が変化することがわかりました。この世界最先端の技術を実用化したのが「マイシグナル・スキャン」です。
祖父母のがん罹患を機に起業へ
──名古屋大学の研究に小野瀨さんが着目し、ビジネス化しようと考えられたのはどういう経緯だったのでしょうか。小野瀨さんのプロフィールを含めて、ご説明いただけますか。
小野瀨 私は大学を卒業後、商社に就職し、米国からシェールガスを輸入する仕事に従事していましたが、技術立国日本を継承するようなディープテックの領域で日本をもう一度復活させたいという思いがありました。ちょうどそのタイミングで祖母が大腸がん、祖父が肺がんになるということが3か月ぐらいの間に立て続けに起きたんです。それでがんに関わるビジネスをやりたいと思い、がん判定を受けた時に簡単にセカンドオピニオンを取れるようなオンラインシステムを作りたいと考えました。事業計画を立てて、知り合いの投資家に相談したら、その人から名古屋大学の安井隆雄先生(当時、名古屋大学大学院工学研究科・生命分子工学専攻准教授)ががんの早期発見の技術を持っていて、一度話をしてみないかと紹介されました。それが2018年1月で、3月には安井先生にお目にかかって、その後私は商社を退職し、5月には安井先生を共同経営者としてCraif株式会社を創業しました。
勢いで一気に起業したわけですが、その技術を実用化するまでには大変な苦労がありました。みなさん、技術があるんだからすぐにできるだろうとおっしゃるのですが、そう簡単ではありません。安井先生の研究論文では、がんは5種類で、それぞれ検体数が3件くらいでした。さらに、先生の論文ではがんだけではなく、認知症や糖尿病も含まれていました。そこでまず、がんだけに絞って研究を進めようということを決め、より確実なデータにするために検体数を増やし、エビデンスレベルを上げていきました。
自分たちだけでやっていたのではなかなか成果があがらないので、共同研究をやってくださる研究機関を探して、協力を求めました。がんについて研究している大学病院や研究室などに自分たちのデータを提供し、先生たちに会いにいって共同研究をお願いするという作業を何度もくり返しました。今では30以上の研究室が共同研究に参加していただいており、1万件以上の検体データが集まりました。それをAIに読み込ませて、かなり正確な判定をすることができるようになりました。ここまでに約2年間くらいかかりました。
一方で、尿検体がラボに届いたら、試薬を使った解析、そのデータを使った判定を行うわけですが、1日に何百人、何千人分の検体を検査するためには、熟練した特定の検査技師だけでなく、複数人が同じように判定できないと実用化とはいえません。そのために検査する人材の確保と育成も行い、可能な限り自動化するなどの技術開発やデータ判定のためのAIアルゴリズムの開発にも労力が必要でした。独自に開発した技術もたくさんあって、我々のオリジナルと言えるものになっていると思います。
── 医療機関で採用してもらうための営業活動も大変だったのではないですか。
小野瀨 ゼロからのスタートだったので、1軒1軒営業活動を行っていきました。共同研究に参加してくださった研究部門の方は、もちろん推薦はしてくれますが、採用されるかどうかは健康診断部門の判断になりますので、共同研究に参加している病院であってもすぐに採用されるわけではありません。
最初は名前も知られていなかったので、「なんだこの検査は?」みたいな感じでうさんくさく見られて、話を聞いてもらうまでが大変でした。手始めに名古屋大学出身の先生が多い名古屋を中心に病院を開拓しました。有名な検診センターなど高名なところに採用いただけたことがきっかけになって、少しずつ話を聞いていただけるようになり、そのあとどんどん広がっていきました。製品化して約2年ほど経つのですが、すでに550以上の医療機関に導入いただいています。被検者数は公表できませんが、昨年は前年の5倍に増え、検査するラボも移転して規模を拡大しました。
対応する病種を増やし、より便利&リーズナブルに
──「マイシグナル・スキャン」について、これからの可能性についてお話ください。
小野瀨 1つは検査できる病気の種類を増やしていきたいということがあります。名古屋大学の最初の研究でもがん以外に、認知症や糖尿病のデータが取れることがわかっています。がん種を増やすことはもちろん、がん以外の病気でも、尿内のマイクロRNA検査に対応する病気の数を増やしていきたいと思います。1回の簡単な尿検査で、自覚症状が出にくい生活習慣系の病気を発見できるようにしたいという構想があります。
また、「マイシグナル・スキャン」の検査料金をもっとリーズナブルにしていく努力もしていきたいと思います。現在でも安いと言ってくださる専門家もいるのですが、一般の人から見れば69,300円という検査費用はちょっと高いかもしれません。ただ、大腸がん、肺がん、胃がん、乳がん、すい臓がん、食道がん、卵巣がんの7つの検査をそれぞれ行う手間と時間、そのコストを考えたら高くはないのではないでしょうか。
保険適用にならないのかという声もいただきますが、現在の制度では広く一般の方を対象とした予防診療は保険の対象にならないんですね。でも、国や自治体、企業に働きかけて、補助金や福利厚生など、さまざまな方法で負担を減らせないかを模索していきたいと思います。さらに、安価な簡易版を開発して、簡易版でスクリーニングして、リスクの高い人だけより高精度の検査ができるような仕組みができないかも模索しています。
2023年11月には、唾液を使って遺伝子検査を行う「マイシグナル・ナビ」というサービスを開始しました。こちらは将来的ながんのリスクを遺伝子レベルで検査するもので、一生に一度だけの検査です。まず「マイシグナル・ナビ」で将来的なリスクを知り、その上で「マイシグナル・スキャン」で現在のリスクを知るという2段構えの検査が可能です。「マイシグナル・ナビ」は19,800円というリーズナブルな価格に抑えているので、これを有効に使うことで価格を抑えることも可能と考えています。
人々が天寿を全うする未来へ
──Craifという企業として、これからの抱負はありますか。
小野瀨 Craifのビジョンは「人々が天寿を全うする社会の実現」なのですが、今我々が重要視しているのは点ではなく、線で考えることです。だれもが生まれた時から病気のリスクを抱えていますが、成長するにつれ、お酒を飲み過ぎたりタバコを吸ったり食べ過ぎたり、いろんなことでリスクを高めていっているわけです。でも、病気になるのが嫌だからと何もしない人生はつまらないです。理想はリスクを理解した上でなるべく正しい生活をしながら、人生も楽しみたい。そうすると生活習慣病やがんなどのリスクも高まりますので、適切な頻度で検査をして、大事に至らない段階で病気を発見して治療できる。そういう世界を作っていきたい。我々はいかに簡単に効果的に検査できるか、尿や唾液などを使った、痛くない検査方法でそれを追求していきたいと思います。
今は年1回の健康診断が一般的で、これは今後も続くと思いますし、合理的なものだとは思いますが、年1回が本当に正しい頻度なのかは考えなくてはいけません。たとえば、すい臓がんや卵巣がんは、発症してから3か月でステージ4まで進行するような場合もあるそうです。なので、月に1回、本人が意識しないうちに楽に検査ができているような仕組みが作れたらいいなと。たとえば、自宅でトイレを使用している時に、月1回データが自動的に取られて、問題があったら通知が来るというようなことができるようにならないかなと思います。さまざまな病気に範囲を広げれば、半ば無意識に病気を予防しているような状態になります。そういうものを将来的に作れないかと考えています。
※「マイシグナル・スキャン」は、あくまで疾病リスクを判定するサービスであり、疾病に罹患しているかどうかを判定するものではありません。
※「疾病リスクが高い」と判定された方は、ご自身の健康状態を踏まえ医師に相談されることをお勧めします。