ビジネスのヒントは業務マニュアルの課題から
新人研修の原体験から生まれたSaaS

AIマニュアル作成ツール『トースターチーム』ヘルプデスク管理システム『ヘルプドッグ』(noco)〜前編〜

農機具メーカーのクボタやポストイットで知られる3Mで、ビジネスパーソンとして長年にわたって製造業に携わった人物がIT企業を起業し、SaaSビジネスを展開して業績を伸ばしている。その企業であるnocoの創業者であり代表取締役を務める堀辺 憲氏に、なぜSaaSビジネスに参入したのか、SaaSビジネスを伸ばすコツは何かを伺った。

業務手順書の有無が成長を握る
教える側と教わる側の双方に課題

角氏(以下、敬称略)●nocoはAIマニュアル作成ツール「トースターチーム」やカスタマーサポートツール「ヘルプドッグ」などのSaaSを提供してビジネスを伸ばしています。これらのサービスを提供しようと考えたきっかけを教えてください。

堀辺氏(以下、敬称略)●ありがとうございます。nocoを創業する以前は機械製造業のクボタで、ビジネスパーソンとして営業職を務めていました。新卒で入社した当時、大阪の堺にある工場で3カ月間、実際の製造現場で新人研修を受けるのですが、私は輸出用のトラクターの生産ラインで、専用の機具を使ってガラスを車体にはめる作業を担当しました。

 私の担当現場では作業マニュアルは配布されず、作業手順や作業指図は口頭だったこともあり、必死に「仕事は背中を見て覚えろ」を実践していたのですが、覚えの悪い私にとって業務を見て瞬時に理解したり、所作につなげたりすることがなかなか困難で、よく職長から「ガラスの持ち方も知らねえのか」と叱咤されたことを昨日のことのように覚えています。

 当時は先輩方の仕事を見て業務を習う、コツを盗むという風潮があり、現場で観察して作業を真似てみたのですが、全くうまくいきませんでした。しかし同僚が研修を受けているほかの職場の話を聞くと、作業手順書があるというのです。

 作業手順書がある職場とない職場があることが分かり、作業手順書がある職場で働いている同僚はみるみる成長していくのですが、私を含めて作業手順書が渡されていない職場の同僚は施工スピードが遅いのです。

 そこで翌日、職長に作業手順書があるならば見せてほしいと相談したところ、作業手順書をその場で共有してもらえました。そして理解できない作業工程について質問したところ、技術用語や専門用語が飛び交い、回答に質問を繰り返していました。

 そして新人を育成するに当たり、教わる側の知識や経験、そして教える側のスキルによって人の成長が大きく変わってしまうこと、また作業手順書の有無と共有のタイミングで、正確かつスピーディーな業務遂行に大きな影響を与えることに気付きました。

 新卒に限らず新しい職場で働く人に対して、作業手順書を生かして教えられる人がいれば、その人を短期間で即戦力化できます。

●マニュアルというナレッジベースのツールを、業務の中で有効に利活用できていないというわけですね。教わる側も分かりやすいマニュアルが必要となりますが、教える側からすると貴重な時間を奪われるわけですから、分かりやすいマニュアルがあれば時間とコストを削減しつつ、即戦力の人材を育成できることになりますね。

トースターチームは企業や組織の業務効率化や生産性向上を目的としたAIマニュアル作成ツールだ。

日本はマニュアル大国
マニュアルのギャップを埋める

堀辺●マニュアルに関して、教える側と教わる側の双方に課題があることに気付き、マニュアル作成管理ツールにビジネスの可能性があると考えました。そこで世の中にどのようなマニュアルツールがあるのか調べてみると、動画を作成、編集するツールですとか、ノートを使う感覚で備忘録や議事録を作るドキュメント作成ツールなどがありました。

 お客さまとのヒアリングを進めていくうちに、業務手順に沿って解説と写真が整理されている料理のレシピ本のようなマニュアルを、構成や装飾、レイアウトのスキルがなくても、誰でも簡単に均一的な業務マニュアルが作れるツールが欲しいというニーズがあることが分かりました。

 さらにマニュアルという言葉を分解していくと、動画やテキストで業務の手順や注意点などを伝えること、その中には業界用語や技術用語といった専門用語を解説する用語辞典などが構成要素に含まれていることが分かり、これらの情報全体が企業のナレッジやノウハウであることに気付きました。

 単なる新人向けのマニュアルツールというだけではなく、業務改善やノウハウおよびナレッジの蓄積など、経営課題の解決に幅広く役立つサービスが提供できると確信しました。

 そしてマニュアルという言葉に含まれているこれらの構成要素を、全てオールインワンで使えるツールがあれば、人材の即戦力化、業務生産性の向上を起点に経営課題の解決に幅広く貢献できると考えてトースターチームを開発し、クラウドから利用できるSaaSでサービス提供しています。

●トースターチームの現在のビジネスの状況はいかがですか。

堀辺●おかげさまで累計2,000社のお客さまにご利用いただいています。トースターチームは業務マニュアルや用語集などの業務に求められるさまざまなナレッジを作成・共有でき、タスク管理までワンストップで行えることが、ほかのマニュアルツールに対する優位性です。

(左)noco 代表取締役 堀辺 憲
(右)フィラメント 代表取締役CEO 角 勝

 多くの企業ではExcelやWordで作業手順書などのマニュアルを作って、そのファイルを共有して利用しています。例えばそのファイルの作成日や更新日が1年前になっている場合、使う側からすると「このファイルの内容は最新なのか分からない」という不安があります。「ファイル=作った人が持ち主」という感覚があり、ファイルに関する情報は作った本人に属人化されています。手順が変わったり情報が追加されたりするなどの変更は、本人しかできないのが実情です。

 トースターチームは動画やテキストなどを組み合わせて分かりやすいマニュアルを誰でも簡単に作れることに加えて、変更や追加が誰でもできて、マニュアルを柔軟にブラッシュアップ可能といった最新情報やノウハウをボトムアップで更新できる特長も、現場のニーズにマッチしたのだと思います。

 最近は生成AIの活用が広がっており、トースターチームにもOpenAIが提供する最新AIモデルのGPT-4oを搭載したAIマニュアル作成機能があります。作成したいマニュアルの名称を入力すると、マニュアルの作成の中で最もハードルの高いマニュアルの「構造」と合わせて内容が自動的に生成されます。

 例えば年末調整の方法を解説するにはどのような構成にすれば良いのか、見出しはどこにどのような文言を配置すべきなのかなど、マニュアル作成では全体の構成の設定が重要であり、最も難しいのですが、AIマニュアル作成機能を活用することで作成したいマニュアルの用途や目的に応じた業務マニュアルが、わずか数十秒で下書きが自動的に提示されます。

 日本はマニュアル大国だと思っていて、家電や文具、おもちゃなど、あらゆる製品にマニュアルが付属しています。一方でマニュアルにあふれている社会であるにもかかわらず、マニュアルを作った経験がない人がほとんどです。マニュアルを作った経験はないけれどもマニュアルは必要だというギャップをテクノロジーで補完することで、チームで働く一人ひとりが生き生きと活躍し、滑らかな組織や社会の実現を通じて、ビジネスを伸ばしていきたいと考えています。


 次回の後編ではnocoを起業してSaaSビジネスに取り組んだきっかけや、SaaSビジネスを成長させるノウハウについて引き続き話を伺う。