参加者も添乗員も全員ぬいぐるみ持ち主に代わって旅行に連れ出す
SNSではぬいぐるみを外に連れ出していろいろな場所で写真を撮る「ぬい撮り」を楽しむ人がいる。しかし家族同然にかわいがっているぬいぐるみであっても、外に連れ出すことに気恥ずかしさがあったり、荷物がかさばったりするなどから、多くの人は自宅で愛でるにとどめていることだろう。こうした潜在需要をビジネス化した面白い旅行会社がある。今回はぬいぐるみ専門の旅行会社である「おもちトラベル」を運営するうきうきわくわくの代表、片山きりん氏に話を伺った。
独立のきっかけは東日本大震災
生活拠点を結ぶ三角形を小さくする
角氏(以下、敬称略)●おもちトラベルはぬいぐるみ専門のツアーを企画して実施しているとお聞きしましたが、ぬいぐるみの持ち主は旅行に参加しないのですか。
片山氏(以下、敬称略)●おもちトラベルはぬいぐるみ専門の旅行会社として、ツアーの参加者も添乗員もぬいぐるみ限定なんです。ですから人間の参加はお断りしています(笑い)。
角●SNSではぬいぐるみを外出先や旅先に連れ出して写真を撮って投稿する「ぬい撮り」を楽しむ人がいますが、おもちトラベルのツアーはぬい撮りと何が違うのでしょうか。
片山●おもちトラベルではお客さまからぬいぐるみをお預かりして、私がぬいぐるみたちと一緒に持ち主の代理として旅行します。そして「ぬいぐるみ御一行様」がここへ行きました、あそこで何をしました、という報告を写真で提供するというサービスです。写真を撮ることについてはぬい撮りですが、ぬいぐるみがツアーに参加して、ほかのぬいぐるみたちと一緒に旅行を楽しむことが目的ですので、そこは単なるぬい撮りとは違います。
角●ところで、おもちトラベルの「おもち」に何か意味はあるのですか。
片山●私の大好物がお餅なので、それを使いました。
角●会社名も「うきうきわくわく」と、非常にユニークですね。
片山●会社名も「おもち おいしい」にしようと思っていたのですが、夫に大反対されまして。いろいろと夫と話し合った結果、「うきうきわくわく」に落ち着きました。
角●ぬいぐるみ専門のツアーをやろうと考えた理由や経緯を教えてください。
片山●ちょっと話が長くなってしまうのですが、大学でドイツ語を勉強しまして、そのときに外国語を学ぶだけではなく、外国人に日本語を教えたいと思うようになり、教職課程を履修しました。しかし教育実習でお世話になった学校の先生に仕事の実態を伺うと、外国人に日本語を教える先生だけで生活するのは難しいことが分かりました。
結局、新卒で一般の企業に就職したのですが、やっぱり何かを人に教える仕事をしたいと思っていたので、PC教室を運営する会社を選び、その先生として就職しました。すると入社1年目でPC教室の事業をやめることになり、その会社でやりたいこともなかったので退社することにしました。
これから何をしようかと考えたところ、せっかく大学で語学を学んだので外国に行って生活をしてみようと思い、ワーキングホリデーでカナダのトロントへ行き、1年半ほど生活しました。ボランティアでしたが念願の日本語教師を経験しました。実際にやってみて、やっぱり人に教えるのは楽しいと思いました。特に外国人相手だとその国の文化を知って驚いたり、外国人の生徒に日本の文化や実情を教えると驚かれたりして、そのやりとりが面白かったですね。
帰国して金融会社に就職しました。その会社でクレジットカードの会員向けの冊子を制作する部署に入りました。冊子にはいろいろな企画の記事があって、それらに携わったのですが、そこでも人に何かを伝えることが楽しいと感じました。
冊子の制作が楽しくてけっこう長い期間勤めました。その間に結婚して子供もできました。そして東日本大震災が発生しました。そのとき私は会社で仕事をしていたのですが、当時の多くの人たちと同じように帰宅できませんでした。そのとき自宅と私と夫を結んだ三角形の大きさが、なるべく小さい方がより安心して生活ができると実感しました。
では三角形を小さくするにはどうすればいいのか、子供がいる場所は変わらない、夫の会社も変わらない、そうすると私が家に近い場所にいれば三角形が小さくなります。つまり私が会社で働くのではなく、自宅で働ける仕事をすればいいのです。そして金融会社を辞めて、自宅でできる仕事を探し始めました。
ネイルやアフェリエイトで
「おかしいぞ」の失敗を繰り返し
角●自宅でできる仕事を探しているときに、何かやりたいことはあったのですか。
片山●特にこれという仕事を考えていたわけではありませんでしたが、私は好奇心が旺盛なので、小さな動機からいろいろと検討しました。例えば私はネイルを施術してもらうのが好きなので、私もネイリストになろうと思い、さっそく必要な道具や材料を買いそろえました。実際にやってみると、私は不器用なので上手にできず、しかもマニキュアの臭いが家中に充満して生活に支障が出て、これはおかしいぞとなって(笑い)。
それから私には収集癖があるのでマニキュアの色をそろえすぎて、しかもあまり使わない色は劣化してしまって使えなくなり、売り上げもないのに経費ばかりがかさんでいき、やっぱりこれはおかしいと分かって、ネイルの仕事はしばらく置いておくことにしました。
角●興味のあることを片っ端からやっていくという戦法ですね。
片山●本当にその通りで、いろいろとたくさんやってみました。SNSで特定の商品やサービスを取り上げて話題づくりに貢献するアフェリエイトが流行り始めたときも、1日1時間しか働かなくても大金を稼いでいると喧伝している人がいるという話を聞いて、私もさっそくやってみました。しかし自分のSNSで調子の良いことをたくさん書いたのですが、全くうまくいかず、これもおかしいぞと思って見切りました。
ならば物販なら手堅いのではないかと考えて、当時海外のオークションサイトで日本の製品がよく売れると聞いたので、それをやることにしました。もともと日本語の先生をしたかったので、日本のものを海外の人に売ることに魅力を感じました。
次回の後編では、新たに取り組んだ外国人向けの日本製品の物販が果たしてうまくいったのか、その後に始めた意外な仕事とは何か、そしてぬいぐるみ専門の旅行会社はうまくいっているのか、話題の尽きない片山氏の話を進めていく。