テクノロジーで解決する
カスタマーハラスメント

コールセンターや小売店の接客、訪問営業など、サービス業のさまざまな現場で問題となっているのが、「カスタマーハラスメント」だ。厚生労働省は企業に対して、カスタマーハラスメントの対策を義務付ける方向で法整備を進めていく方針だ。東京都はカスタマーハラスメントとを防ぐ新たな条例を2025年4月から施行する方針を固めており、企業は今後、対応が求められていくだろう。顧客が企業に対して理不尽なクレームや言動をするカスタマーハラスメントは、放置すると生産性の低下や、離職者・求職者の増加につながるため、企業ごとの速やかな対処も求められる。そこで今回はカスタマーハラスメントに対して、ICTを活用することによって実現できる解決策を提案していく。

CUSTOMER HARASSMENT EXPERIENCE

カスタマーハラスメント体験AIツール
四つの攻撃タイプに応じたカスハラの疑似体験で適切な応対方法を学ぶ

「おい、ふざけんじゃねぇよ!」——ドラッグストアのレジ打ちの仕事を始めたばかりのあなたが、顧客から突然このように怒鳴られたらどうするだろうか。カスタマーハラスメント事例を基に、このようなシナリオでカスタマーハラスメントを疑似体験し、従業員教育に生かせる「カスタマーハラスメント体験AIツール」を、富士通と東洋大学が共同で開発している。犯罪心理学の知見を生かした本ツールを活用するメリットについて、富士通に聞いた。

AIからのカスハラにどう対処する?

富士通
紺野剛史

 富士通は、2022年から東洋大学 社会学部 桐生正幸教授や兵庫県尼崎市と特殊詐欺の未然防止に向けた共同研究を行い「特殊詐欺防止訓練AIツール」を2023年11月に開発した。これは、生成AIを活用し、特殊詐欺の手口をAIトレーナーが電話で再現することにより、リアリティのある会話形式で、特殊詐欺に対する訓練が行え、高齢者の防犯意識の向上に貢献できるツールだ。今回富士通と東洋大学が共同で開発しているカスタマーハラスメント体験AIツールは、この特殊詐欺防止訓練AIツールの技術を応用した物になる。

 富士通 富士通研究所 コンバージングテクノロジー研究所 コンバージングテクノロジー基礎プロジェクト プロジェクトディレクター 紺野剛史氏は「特殊詐欺もカスタマーハラスメントも、加害者側を検知する技術は多くありますが、犯罪心理学的には加害者と被害者の両方を見る必要があります。高齢者を訓練して詐欺を防止したり、従業員の訓練をしたりすることで身を守ってもらうような部分から着想し、今回の体験ツールを開発しています」と語る。

 カスタマーハラスメント体験AIツールは、カスタマーハラスメント疑似体験機能と、ナラティブフィードバック機能の二つの機能で構成されている。

 カスタマーハラスメント疑似体験機能では、犯罪心理学の知見を活用することで、カスタマーハラスメントに共通する会話のパターンを学習し、それをAIトレーナーが再現する。例えばドラッグストアでの応対シナリオでは「一昨日買い物をしたのにポイントアップキャンペーンの案内がされておらず、ポイントの付与もない」と主張する顧客に対して、店員側の立場になって会話を行う。取材の際に、記者が本シナリオを実際に体験してみたが、AIによる再現と分かっていても、声を荒げる調子や応対の困難さなどに肝を冷やした。事前にある程度のシナリオは設定されているが、従業員(体験者)側の応答に応じて、生成AIが発話の内容を変えてくるため「何を言ってもいろいろな言い方でハラスメントしてきます」と紺野氏。AIとの自然な対話によって、カスタマーハラスメントへの疑似体験が可能になっている。

 カスタマーハラスメントへの疑似体験が終了すると、ナラティブフィードバック機能によって適切な応対スキルを身に付けるよう促すナラティブと、その内容を語りかけるアバター映像を自動生成して表示される。「ナラティブフィードバック機能では、桐生先生のAIアバターが語り口調で、個人に適したアドバイスを行います。訓練スコアや対応方法の詳細評価、ワンポイントアドバイスなどが桐生先生が語りかけるように表示され、音声再生されるため、非常に納得感が出ます。また、特長的なポイントとして、カスタマーハラスメントのタイプを『回避・防衛型』『影響・強制型』『制裁・報復型』『同一性・自己呈示型』という四つの攻撃タイプに分けており、それぞれのタイプの怒り方やそれに応じた対応方法などもアドバイスします」と紺野氏。

 ストレス状態なども表示する。カスタマーハラスメント疑似体験では、体験者の手前にミリ波センサーを設置し、心拍数や呼吸数を計測する。そのデータからストレス状態を推定し、体験者にどれくらい負荷がかかっているかを可視化してくれる。

 カスタマーハラスメント体験AIツールは、現在開発段階の製品であり、来年の製品化を予定している。しかし、すでにさまざまな業種からの引き合いがあるという。「一番ニーズが大きいのはコールセンターです。例えば初めてコールセンターに赴任した人が、前述したような四つの攻撃タイプの怒り方をされるというのはまれです。そのため、実際にそうしたカスタマーハラスメントを経験し、対応方法を覚える前に、辛くて辞めてしまう人も少なくありません。配属された後も心構えを持って応対ができるように、入社してからの研修などでカスタマーハラスメント体験AIツールを活用していただくことで、定着率を向上するような活用が期待できるでしょう」と紺野氏。

記者が実際に体験してみた。画面上ではテキストチャットのように、顧客との会話が表示されているが、これらは全て音声でやりとりしている。▶︎
体験後のナラティブフィードバック画面。訓練スコアは低ければ低いほど良いため、50点は中間といったところ。距離の取り方を評価された一方で具体的な提案や謝罪が必要だと指摘された。

応対方法を学んで定着率を上げる

 カスタマーハラスメント体験AIツールでは、ドラッグストアのような店頭での応対シナリオも用意されており、多様な現場でのカスタマーハラスメント体験を実現できる。すでにカスタマーハラスメント向けのガイドラインを作成しているような企業もあり、そうした企業に向けてナラティブフィードバックで表示される点数やテキストを導入企業とともにカスタマイズしていく。

 また意外と需要が高かったのが、教育現場だという。紺野氏は「昨今はモンスターペアレントのような保護者から、強いクレームを受けることも少なくないようです。新人の先生などですと、その対応に疲弊してしまうこともあり、教員研修に活用していきたいという声がありました」と語る。ニーズに応じてAIアバターの姿を変更するような対応も予定しているという。

USED ON OFFICE PHONE

カスハラ対策さくらさん
AI従業員のさくらさんがクレーム電話に応対し従業員の精神の健康を守る

駅構内などで、駅係員に代わって乗り換え情報を案内するAI接客システムの姿を見たことはないだろうか。JR東日本を始め、最高裁判所、佐賀県庁など、さまざまな場所で働いている「AIさくらさん」。フルネームを「澁谷さくら」というAIさくらさんは、同僚のように隣で一緒に働く存在として、企業が抱える課題をサポートしている。そのAIさくらさんを提供するティファナ・ドットコムが今年の初めに新たにリリースしたのが「カスハラ対策さくらさん」だ。

AIがクレームの内容を掘り下げる

AIさくらさん
課題に合わせた業務を同僚のように行ってくれるAIさくらさん。カスハラ対策さくらさんでは、AI電話対応さくらさんなどと組み合わせて、不適切な問い合わせやクレームに対応してくれる。

 ティファナ・ドットコムが提供するAIさくらさんシリーズは13個の製品に分かれている。「AIチャットボットさくらさん」「社内問い合わせさくらさん」「アバター接客さくらさん」「AI電話対応さくらさん」「落とし物管理さくらさん」「メンタルヘルスさくらさん」「Web改善さくらさん」「面接サポートさくらさん」「日程調整さくらさん」「受付さくらさん」「稟議決裁さくらさん」「マイナンバーさくらさん」、そして2024年初頭にリリースしたのがカスハラ対策さくらさんだ。

 カスハラ対策さくらさんは、名称の通り、カスタマーハラスメントやクレームに対して、AIであるさくらさんが人間に代わって応答を行う。もともとティファナ・ドットコムはAI電話対応さくらさんを提供していた。これはAIさくらさんが曜日や昼夜を問わず、人間の代わりに電話対応を行ってくれるボイスボット(IVR)サービスだ。問い合わせ対応や取り次ぎをさくらさんが行うサービスであり、さくらさん側で回答が可能な日時調整などの問い合わせは、さくらさんによる応対のみで簡潔する。

 しかしカスタマーハラスメントやクレームのような、さくらさんでは応対が難しい電話は、社内の人間に転送することが基本だったという。電話応対をさくらさんで効率化して業務負担を軽減しても、カスタマーハラスメントによる心理的な負担が残ってしまっていたのだ。

 ティファナ・ドットコム 取締役 横山洋太氏は「こうした負担を軽減し、顧客からの不当な要求やハラスメントから、企業や従業員を保護するために生まれたのが、カスハラ対策さくらさんです。もともとはAI電話対応さくらさんのオプションとして提供していましたが、需要の高い機能だったこともあり単体のサービスとしてリリースしました。当社ではメンタルヘルスさくらさんも提供していますが、その中で、苦情などのお客さま対応に精神的に疲れてしまい、休職や離職につながっていることが分かっていました。これまではさくらさんで、従業員のケアをすることに重きを置いてましたが、カスハラ対策さくらさんでは、さくらさん自身がカスタマーハラスメントに対応することで、従業員の精神の健康を守ります」と語る。

ティファナ・ドットコム
横山洋太

 カスハラ対策さくらさんによる応対は、顧客からのヒアリングが中心だ。AI電話対応さくらさんではかかってきた電話の一次対応をさくらさんが行い、必要な電話は人間にエスカレーションする。しかしカスハラ対応さくらさんでは、顧客が無理な要求を押し通そうするなど、無理難題や長時間の拘束を行おうとした場合、二次対応を人間にエスカレーションせず、さくらさんが対応を行う。

「基本的には相手の発言を掘り下げていくようなやりとりが中心になります。例えば店舗のスタッフについてのクレームだった場合、それはいつ起きたのか、どこのお店か、といった聞くべき項目をヒアリングし、『ご意見を速やかに社内に共有させていただきます。その後、こちらからご連絡がいくかもしれませんので、お待ちください』といったような形で応答を終了します。そのヒアリングで得られた情報は、全てテキスト化され、管理者に通知がいくようになっています」と横山氏は語る。通話中の音声はリアルタイムで解析されており、威圧的な言葉やトーンを検知して適切に対応してくれる。

対面接客の現場でも活躍を見込む

 このような通話音声の録音は副次的効果もある。暴言や威圧的な態度が抑止できるのだ。会話内容を記録することで暴言などの証拠となることはもちろんのこと、通話内容を記録していることを最初にアナウンスすることで、発言内容に気を遣うようにもなる。

 応答マニュアルの作成にも対応する。電話対応をする場合、さくらさん側で回答できない内容は人間に転送を行う。その際、オペレーターと顧客とのコミュニケーションを、さくらさん側でテキストに起こし、応対パターンを蓄積することで、適切な応答マニュアルを自身で生成して対応できるようにしていけるのだ。横山氏は「積極的な新人が入ってきたような感じです」とさくらさんと働けるメリットを語る。

 カスハラ対策さくらさんは、ここまで紹介したとおり、電話応対が求められる職場での活用が期待されている。それに加えて、さくらさんはさまざまな場所のサイネージで接客を行っている。ティファナ・ドットコムはこれらのサイネージに対して、カスハラ対応さくらさんの機能をオプションで提供していくことを予定している。

「導入を希望されている業種はさまざまで、鉄道や空港といった交通機関や、大型の商業施設などからの引き合いが増えています。特に交通機関などは、遅延などのトラブルが発生すると怒り出す人もいますので、そういった場面をさくらさんが応対できるようにしたい、といった要望もありますね」と横山氏。

 AIさくらさんは日々、導入企業の業務を学びながら成長を続けている。

「カスタマーハラスメントに関しても、日進月歩で成長しています。もしかしたら数カ月後、これまで以上に成長したさくらさんがカスタマーハラスメント対策で活躍しているかもしれません。さまざまなビジネスシーンにおいて、パートナーとして働ける存在として、これからもさくらさんを採用いただけたらと思います」と横山氏は語った。

USED ON FACE TO FACE

RECORiS
第三者の目が届かないクローズドな環境のクレームを音声で検知

店舗や窓口の接客や、訪問しての営業、点検といった業務においてもカスタマーハラスメントが問題になっている。特に顧客の家庭に訪問する業務は、第三者の目が届かないためクレームの要因となったり、カスタマーハラスメントに発展したりするケースが少なくないようだ。こうしたクローズドな環境におけるカスタマーハラスメントを対策するツールとして、ティ・アイ・エルが提供しているのが「RECORiS」(レコリス)だ。

現場のトラブルを専用アプリで検知

ティ・アイ・エル
藤浪 慧

 ティ・アイ・エル(以下、TIL) 代表取締役 CEO 藤浪 慧氏は、訪問営業時に発生するトラブルの一例を次のように語る。「水道修理業者が家庭に訪問し、水回りの工事を行いその料金を徴収したとします。大体は奥さまに対応いただきますが、その日の夜に旦那さまから『料金が高い』といったクレームの電話がかかってくることが多いのだそうです」

 こうしたクレームの原因はさまざまあるが、暴言などのカスタマーハラスメントに発展するケースもあり、こうした見えない現場の音声を可視化する技術が求められていた。

 TILは北海道大学発祥のベンチャー企業だ。もともと画像認識やディープラーニング技術を用いて、降雪地域におけるロードヒーティングの熱源制御を行う「AI ロードヒーティングオプティマイザー」の開発を手がけるなど、北海道大学のAI/IoTに特化した研究室と連携した最先端のソリューションの開発を手がけていた。RECORiSもその一つで、音声言語認識技術を用いてキーワードを抽出するAI音声ダッシュボードであり、クローズドな現場を見える化できるサービスだ。

 現場スタッフはRECORiSのアプリをインストールしたスマートフォンを持ち歩き、現地で顧客の許可を取り、録音を行う。現場の音声はリアルタイムにテキスト化され、あらかじめ設定されたキーワードを検知するとオペレーターなどにアラートが表示され、訪問先や密室でのトラブル発生を防げる。「見えなかったものが見えることによって、従業員を守ることに強く貢献できます」と藤浪氏。

 冒頭に紹介したような、訪問後に「説明された内容と違う」といったクレームの電話がかかってくるケースもある。そうしたクレームに対しても、RECORiSは音声データをテキスト化して保存しておけるため、さかのぼって会話の履歴などを確認できる。これらのテキスト化された音声データは、担当者、日時、場所、単語などから検索できるため、事故対応時のエビデンスとして役に立つ。

 音声データのテキスト化にはOpenAIのGPT-4が活用されている。またGPT-4を搭載したことで、会話の要約や感情分析、キーワードの抽出などにも対応している。

訪問先でカスタマーハラスメントを受けた場合、録音している音声データからそれを検知してオペレーターがサポートする。

音声を営業スキル向上に生かす

 こうした機能強化によって、RECORiSはカスタマーハラスメント対策だけでなく、営業活動のパフォーマンス向上にも活用できるようになった。例えば、営業活動の会話の中で「すみません」とよく発してしまう人や、「えー」などの間投詞(フィラー)を多く挟む人など、話し方の癖は個々人が持っている。こうした話し方の癖を分析し、会話の印象を判定をすることが可能だという。

 藤浪氏は「商談などの会話ですとやはり真面目に話しているので、ネガティブな印象が出ることが多いです。また、会話の改善事項なども表示されます。例えば私の話し方などは、『キーワードが難し過ぎる』とか『専門的な言葉を使いすぎる』といった表示がされますね。『1センテンスが長すぎる』とも指摘されます」と笑い、「営業職の人はこういったアドバイスを基に、自身の会話を改善していくとより効果的な営業ができるようになるでしょう」と続けた。

 カスタマーハラスメント対策として導入したRECORiSを深く活用することにより、営業活動の効果も高められるのだ。

 導入先はハウスメーカーやカーディーラー、不動産販売など多様だ。ハウスメーカーでは、カスタマーハラスメント対策としてRECORiSを導入したが、実際のところクレームやカスタマーハラスメントは決して多くはなかったという。一方でRECORiSに蓄積された録音データを活用して、営業の会話に生かしているようだ。「車が好きとか、ゴルフをよくするとか、お客さまとの会話で出てきたキーワードがRECORiSに蓄積されています。これらのビッグデータをマーケティングのベースにしたり、申し送りに使ったりしたいという声もあります」と藤浪氏。

 カスタマーハラスメントへの対策としても有効に働いた例もある。ある導入事例先では、事前に録音していることを「お客さまをトラブルから守るためのものです」といったチラシで案内した上で接客を行ったところ、以前と比較してカスタマーハラスメントの被害が90%削減されたという。

 保険会社などは自社の従業員が正しく商品の説明を行っているか、押し売りがないかといったエビデンスとしてRECORiSのデータを活用している。また今後は、担当者の変更が発生した場合にこれまでの顧客との会話を議事録化して申し送りに使いたいという要望もあり、前述のハウスメーカーも含めて、企業ごとのフォーマットに合わせた申し送りの作成を、生成AIで実施できるようにしていきたい考えだ。カスタマーハラスメント対策と営業活動の向上の両軸で活躍できるのが、RECORiSなのだ。

 また現在、小売店での接客にRECORiSを活用する検証も進められている。TILと同じく北海道大学発祥のベンチャー企業AWLと連携し、AWLが提供するAIカメラとRECORiSを連携し、カスタマーハラスメント対策に役立てていく。

「AWLのAIカメラはサッポロドラッグストアーの一部店舗に導入されています。そのAIカメラの情報と、店舗スタッフに取り付けられたマイクの音声を組み合わせ『何分あの場所で話していて、危険なキーワードが出てきている』というアラートを発することで、カスタマーハラスメントを受けるスタッフへのサポートが容易になるのではないかと現在検証を進めています。特に店舗の接客はノイズを多く拾ってしまうので、スタッフが特定のワードを発したらそれにアラートを出し、ほかのスタッフが助けに来るという仕組みの方が良いかもしれません。そうした実現可能性を含めて、今後も取り組みを進めていきます」と藤浪氏は語った。