上司は怒るな、叱るな、いつもニコニコしていろ

Z世代が、というより社会が変わってきているのは確かなようだ。「怒り」「叱り」「批判」がことごとく排除されようとしている。

騒いでいる学生を教師が注意することすら問題になる。とある大学で学生を注意したところ「PTAに言いつけます」と反発してきたという。その先生は「大学にPTAはありません」と返して学生を退場させたというが、学生も教師も何事も起こさず、ただ授業時間が平穏無事に過ぎることがお互いの幸福度を最大化する均衡点になっている。

個人的なことにせよ、社会的な不正にせよ、怒りの原因となることは常に起きている。イエス・キリストも「縄で鞭を作り、羊や牛をすべて境内から追い出し、両替人の金をまき散らし、その台を倒し」(ヨハネによる福音書)と怒りをあらわにしたことがある。やってはいけないことをした(あるいはやるべきことをしなかった)人を叱るのは家庭でも学校でも企業でも基本的な対応だ。批判は相手の行動や意見、主張に対して異なった意見を主張することであり、学問の根本でもある。だが、相手の悪口を言う誹謗や、根拠なく相手の名誉を傷つける中傷と批判の区別をせずに「相手が傷つくから批判は止めよう」などと言われたりする。

本書にある大企業管理職の発言が紹介されている。

「会社の研修でも、もう絶対怒らないでください。叱るとか諭すとか関係なく、それに類すると思われるようなことは一切止めてください、って言われるよ」

もう一つの事例は新聞記事から。

「気むずかしい表情の上司は存在がストレス」「働く人の心が崩壊する最大の要因は、上司の言葉、行動です」

ストレスの根源である上司の表情を監視し、管理するビジネスを立ち上げたベンチャー企業の社長のインタビュー記事だという。どういうビジネスなのかさっぱり分からないが、管理職は表情まで監視され、管理されるというのだ。ジョージ・オーウェルの『1984』や、オルダス・ハクスリーの『すばらしい新世界』で描かれたディストピア(反理想郷・暗黒世界)が現実になっているのだろうか。

パフォーマンスなきコスパとタイパ

若者を中心とした最近の流行語に「コスパ」「タイパ」がある。それぞれコストパフォーマンス、タイムパフォーマンスの略だ。誰だって無駄なお金や時間を使うのは嫌だろう。安くておいしい料理や短時間で効率的に稼げるビジネスは大歓迎だ。

だが、私はあまり「コスパ」という言葉が好きではない。「コスパ」を連発する記事や動画には違和感を持つことが多い。なぜかと思っていたが、どうやら得られる「パフォーマンス」がコストに合っていないことが多いからのようだ。

本書では学期が始まって間もなく、「あの授業、コスパが悪いから切ったわ」と語る学生の例をあげている。出席が厳しいとか提出物が多いとか、要するに「単位が取りにくいこと」=「コストがかかる」から履修を打ち切ったということだという。

確かに1コマ100分で半期14回、約23時間といった「コスト」は削減できるだろうが、それに対応する「パフォーマンス」は何も得られていない。もう履修届は締め切っているだろうから、別の「コストの良い」授業を選ぶことはできない。授業がダルくてエスケープするような学生が、他の科目の予習・復習するとか、資格を取るための勉強をすることは期待できそうにない。スキマ時間でパチンコでもしようものなら、コスパは最悪になるだろう。

著者は「コスパ志向の罠とは、コストを惜しむあまりパフォーマンスを何も得ていないということが往々にして起きる点にある。コスよりパの方がよほど大事である」という。

ガチャに当たりはあるのか

「○○ガチャ」という言葉も若者の間で流行っている。元はコインを入れてダイヤルを回すとカプセルが出てくるカプセル自動販売機、「ガチャガチャ」とか「ガチャポン」から来ている。カプセルの中にお目当ての玩具などが入っていれば当たり、違うものだったら外れとなる。当たりが出るか外れが出るかは運任せだ。

そこから転じて自分の力や努力では変えられない、自分で選べないことを「○○ガチャ」と呼ぶ。社会的地位の高い、お金持ちの家に生まれれば「親ガチャ」が当たったのであり、虐待や過干渉の家に生まれたら外れだ。新入社員が希望する職種に配属されるかどうかは「配属ガチャ」、上司との相性は「上司ガチャ」となる。

本書によると、学生が「ゼミ生がハズレ」と嘆く「ゼミガチャ」もあるという。話が合わないとか、かわいい子がいなかったのだろう。

2000年代には新自由主義的な考え方が広まり、「自己責任論」がもてはやされた。正社員になれない、非正規雇用になるなど社会で成功しない人は努力が足りないからであり、それは自己責任だと。
自己責任論に対するアンチとして出てきたのが他責、つまり親やゼミ(大学)や配属や上司が悪い、自分は選べないからしょうが無いだろうという「○○ガチャ」。

だが、親ガチャに外れたとか配属ガチャに外れたと嘆いてもどうにもならない。カプセルトイマシンなら、何度もお金を入れてダイヤルを回せば、いずれは当たりが出て、目当てのグッズが手に入る可能性もある。だが、親ガチャも配属ガチャも、何度もトライすることは不可能だ。

さらに問題なのは、本当に当たりが出るかどうかは分からないということ。著者は「ガチャだの嘆いている他責思考の人々に、当たりなど永遠に回ってこない」と手厳しい。それは本当は当たりが出ないインチキクジだからではなく、「当たりを当たりだと認識する認知能力がないからだ」と語る。

Z世代はZ世代以外の社会の構造を写している

著者は「はじめに」の中で本書の目的についてこう述べている。

「Z世代と呼ばれる若者たちを観察することで、われわれが生きる社会の在り方と変化を展望しよう」

そして最終章である第6章で「Z世代はわれわれの─Z世代以外を含む─社会の構造を写し取った存在であり、写像である」という。社会のさまざまな事象、本書でいえばビジネス化する社会も、不安を利用する社会も、若者がまっさきに影響を受けるだけであり、確実に上の世代にも影響してくる。


Z世代とうまくやっていく方法は「同じ推しを推すことではない。同じYouTubeを視聴することでも、一緒にテーマパークに行くことでもない。社会の中で、われわれの間に同じ構造が在ることを認識し、どうやってそこから生きていくのかを一緒に考えることにあるのではなかろうか」と説く。

本書はZ世代の若者にも、かつて若者だった人たちにも響くのではないだろうか。将来に不安を感じたり、若者とのコミュニケーションに苦労している人たちに希望を与えてくれるかもしれない。

まだまだあります! 今月おすすめのビジネスブック

次のビジネスモデル、スマートな働き方、まだ見ぬ最新技術、etc... 今月ぜひとも押さえておきたい「おすすめビジネスブック」をPC-Webzine.comがピックアップ!

『Z世代の社員マネジメント 深層心理を捉えて心離れを抑止するメソドロジー』(小栗隆志 著/日経BP)

本書は「新入社員が会社に定着し、軌道に乗って戦力となるまでのプロセス」を研究・分析し、そのソリューションを数多くの企業に提供してきた著者が、若手の離職に頭を悩ませる企業のマネジメント層に、その解決策のヒントを与えるものです。具体的には、「どうすれば若手社員が退職という意思決定をしなくなるのか」という視点で、そこに導くためのプロセスを「若手社員の表層の言動」ではなく「深層の心理にアプローチする手法」を用いて、「真の会社定着を実現するための手法」を紹介します。下をマネジメントするリーダーやマネジャーを中心として、経営者や人事担当者、また若手の育成を任された中堅社員のメンターにとって、示唆に富む一冊です。(Amazon内容解説より)

『Z世代に嫌われる上司 嫌われない上司』(加藤京子 著/ぱる出版)

今も昔も変わらず、上司が「部下は何を考えているか分からない」という悩みがあるものです。数年前から、職場における「Z世代」と「上司」のコミュニケーションの問題は顕著になりました。本書ではこの「あの人に言っても無駄」という状態に陥ってしまった上司のことをわかりやすく「嫌われる上司」と呼んでいきます。 「Z世代」とはどんな考えを持っているのか? 嫌われる上司とはどんな人か? 嫌われないためにはどうしたらいいのか? そんな上司のお悩みにお答えする一冊です。(Amazon内容解説より)

『「承認(アクノレッジ)」が人を動かす コーチングのプロが教える 相手を認め、行動変容をもたらす技術』(鈴木義幸 著/ディスカヴァー・トゥエンティワン)

コーチングでは、問いを投げかけ、その問いについて考えるプロセスの中で、相手が自然に目指す方向へ前進していくことをサポートします。ただ、目的地が決まり動き出したとしても、最終的に目的地にたどりつくためには「エネルギー」が供給され続ける必要があります。そのエネルギー供給のことを「アクノレッジメント(acknowledgement)」と言います。アクノレッジメントにあたるのは、ほめる、任せる、叱る、あいさつする、声をかけるなど、「私はあなたの存在をそこに認めている」ということを伝えるすべての行為、言葉。本書では、あらゆる事例をもとにアクノレッジメントの技術を伝えていきます。すべての人間関係が変わる、コミュニケーションの本質を学びましょう。(Amazon内容解説より)

『7つの“デキない”を変える “デキる”部下の育て方』(井上顕滋 著/幻冬舎)

心理学・脳科学に基づいて、成長しない部下の改善点を7つのタイプに分けて分析。それぞれのタイプにあわせた適切な対処法を人材育成のプロが解説! 本書では、部下の「デキない」を「集中できない」のほかに、「スケジュールを守れない」「指示やアドバイスを聞かない」「指示待ちで主体的に動かない」「ほかの社員らと協力しない」「新しいことに挑戦できない」「失敗しても反省しない」の7つに分類し、それぞれ異なる対処をすることによって改善に導くメソッドを紹介しています。またマネジメント層のマインドセットについても触れ、部下の能力を最大限に引き出せる達人になるにはどうすればよいかを解説しています。「デキない」部下を貴重な戦力に変え、部下育成に悩みを抱える人の助けとなる一冊です。(Amazon内容解説より)

『バブル世代からZ世代までをチームにする! スクールリーダーのための組織をまとめる法則』(山田貞二 著/明治図書出版)

自分より年上のベテラン、何を考えているかわからない若手。そんな様々な世代をまとめて、チームとなる学校組織をつくるにはどうしたらよいか徹底解説。基本原則から、ミドルリーダーの育て方、各世代の活かし方、会議や研修の方法まで詳述。学校管理職必読の1冊です。第1章 学校をチームにする5つの基本原則/第2章 教頭・副校長と協力して組織をまとめる法則/第3章 ミドルリーダーを育てて組織をまとめる法則/第4章 一般教員の持ち味を生かして組織をまとめる法則/第5章 学校全体を巻き込み組織力を上げる法則/第6章 保護者・地域との連携から学校をまとめる法則/第7章 意味ある会議・研修にする法則/終章 次世代のスクールリーダーの姿とは(Amazon内容解説より)