1社あたり473個ものデジタルツール
DXの目的はデジタル技術を活用して企業の競争力を高めることだ。しかし、現実には多くの企業がデジタルツールの導入にばかり注力し、競争優位の確立がおろそかになっている。たとえば、米国の大企業では1社あたり473個のSaaS(クラウドベースのソフトウェアサービス)が導入されているが、実際に使われているのはその約42%に過ぎないという。ツールが多すぎてどの業務にどのサービスを使えばいいのか分からなくなったり、必要なサービスにたどり着くのに苦労して業務の効率が落ちてしまっている実態がある。
もちろん従業員一人で473個のツールを全部使わなければならないというのではなく、全社での合計だろうが、それにしても相当な数だ。SaaSだろうがデスクトップアプリケーションだろうが、新しい技術・サービスを導入するのはデジタル技術を活用して企業価値を高め、市場での競争力を強化する「DX実現のため」のはず。ところが実際に企業でDXがうまくいっていないという問題が頻発している。
2018年にIMD(国際経営開発研究所)のMichael Wade教授が発表した研究では、95%の企業が失敗しており、2020年、2022年のボストンコンサルティンググループの調査でも約70%の企業が失敗しているという。
SaaS数爆発問題と日本企業の課題
日本企業でどれだけの数のSaaSが導入され、どれだけの企業がDXに成功(あるいは失敗)しているのか、詳しい調査は行われていないようだ。推して知るべしというか、期待はできないが、どうやら日本に限らず世界中で、DXはうまくいっていないのだ。
著者は「デジタルは手段であり、あくまでもトランスフォーメーションのXが重要です。しかし、手段であるデジタルを活用できていないと、デジタルの導入効果が頭打ちとなり期待通りのパフォーマンスが出せず、トランスフォーメーションに失敗してしまいます」と警告している。
473ものサービスが使われていると、従業員は目的の業務を行うためにどのサービスを選べばいいのかわからなくなる。著者はこれを「SaaS数爆発問題」と呼んでいる。「日本は米国の数年遅れで同じ状況になることがこれまでの歴史からも明らかなので、早晩日本企業もSaaS数爆発問題に直面します」という。
日本企業と欧米企業の違いとしてよく言われるのが、日本のIT人材の7割はシステムインテグレーター、ベンダー、システム子会社などのIT企業に属しているのに対し、欧米企業ではシステム開発の内製化比率が高く、約7割の人材が事業会社にいるという。
つまり、日本企業でのシステム開発は外注のケースが多い。外注率が高いということは、システム開発が「大ごと」になりがちで、とにかく納期内に決められた仕様を実装したシステムを納品・稼働させることが目的となる。そのシステムがどう企業内で使われているのか、企業価値向上や競争力強化につながっているか、といった評価が後回しにされることになる。
デジタルフリクションがもたらす影響
DXに失敗した組織は、導入したシステムの価値を引き出せていない。その理由として著者は「デジタルフリクション」をあげている。フリクションとは「摩擦」。システムを利用する際、操作に迷ったり、ミスの修正に時間を取られたり、面倒だと思わせる心理的ストレスのことだ。
企業で新システムを導入するとなると、担当部署が操作マニュアルを作成し、説明会を開いて操作方法を教える。だが、説明会が終わった時点で操作方法を半分忘れてしまい、1週間後には何も覚えていないというのが現実だ。
分厚いマニュアルから目的の項目を探し出すのも大変だが、最近では紙のマニュアルが作られることは少なくなり、社内ネット上にデジタルマニュアルの形でアップロードされていることが多い。そして、どこに目的のマニュアルがあるのかを探し出すのも一苦労になる。
著者は、『「研修を受けて使い方を学ぶ必要がある」「マニュアルを探す」「マニュアルのどこを見るか確認する」「マニュアルを見ながら操作する」というのがデジタルフリクションの例です』という。
またSaaSでは、提供されるシステムをユーザー企業の業務に合わせてカスタマイズするのではなく、SaaSがベストプラクティスを提供しているという前提で、自社の業務をSaaSに合わせることが多い。新しく外から連れてきたコーチが「お前らのこれまでのやり方はダメだ。これからは俺の指導に従え」と、いきなり言い出したら誰だって反発するだろう。ところがSaaSを使ったDXではこんな場面が珍しくない。欧米で開発されたSaaSだと業務フローや画面設計が日本企業のやり方に合わないことも多い。
かといってSaaSを業務に合わせてカスタマイズするとなると、スクラッチで開発するのと変わらないコスト・工数が発生するし、バージョンアップに対応できなくなることもある。
「システムが増えるほど、使い方を覚えるのも大変、一つの業務を完結させるのにいくつもシステムを切り替えるのが煩雑、といった問題に起因し、ルールが守られずコンプライアンス上の問題が発生する懸念が生じたり、従業員の不満が退職につながる」という。これは企業の存続に関わる重要問題だ。
IT・DX部門の変革と新たな役割
著者は、DXを成功させるためにはIT・DX部門の役割が大きく変わるべきだと主張している。これまでのように問題があったら対応するという姿勢ではなく、問題点を自ら発見し、どんどん改善するというマインドにならなければならない。DXが成功するためには何が必要かを考え続けなければならない。そうすれば、課題が発見された際に、短いリードタイムで修正することができるようになる。つまり、IT・DX部門のDX推進活動自体をDX化するのだ。
これらのためのツールがDAP(Digital Adoption Platform)だ。DAPは業務を指定するだけでシステムを意識することなく処理を始められ、入力が必要なところは正しい入力ができるようガイドし、複数システム間の切り替えも業務プロセスに沿って誘導する。
デジタルの力で成長を促して利益を生み、ビジネスに勝つためのDX、それを成功させるためのDAP導入はCIO(最高情報責任者)やCDO(最高デジタル責任者)がリーダーシップを取らなければならない。CIOやCDOといった役職がなければデジタル投資の責任者、CEOや情報システム部長が担うことになる。
CIO、CDOは経営陣としての視座を持つことが必要
最終章ではCIO業界団体代表、CDO業界団体代表との対談が収録されている。
NPO法人CIO Lounge理事長の矢島孝應氏は、良いCIOと悪いCIOという問いに対し、「IT部門を守ろうとしているCIOはあまりいいCIOではないですよね。やはり会社のためにどれだけ視野を広げていくかだと思います」と、CIOはITを熟知している側面もあるが、経営者の一人だという視座の高さを持つことを求め、「CIOにはもっとボードメンバーに入って欲しい」という。
一般社団法人CDO Club Japan代表理事の加茂純氏は、CIOとCDOとの違いについて次のように述べている。
CIOは「IT部門として基幹システムの構築や管理を担い、それを最適化して効率よく、投資を少なくする」、CDOは「企業全体をデジタルでいかに変革するか、データ等を使って企業自体を新しく価値創造するか、新しい事業で変化するか」という。CIOが守りの役、CDOは攻めの役だという。もちろん企業内でCIOとCDOが対立しては話にならない。「しっかりと話し合って目的や役割を明確化することが重要」だ。
CIOやCDOは単にITやデジタルの専門家としてだけでなく、経営者の一員としての視座を持つことが求められている。
本書は、企業のCIOやCDO、DX担当者、情報システム担当者にお勧めだ。DXを成功させるための示唆に富んだ内容が詰まっている。
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『ホワイトカラーの生産性はなぜ低いのか 日本型BPR 2.0』(村田聡一郎 著/プレジデント社)
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『企業変革のジレンマ 「構造的無能化」はなぜ起きるのか』(宇田川元一 著/日経BP)
新規事業開発をはじめ、企業変革の取り組みには様々なジレンマが付きまとう。なぜなら、私たちは長期的な問題への対処や地道な取り組みの大切さを薄々わかりながらも、日々の成果を求められるなかで、四半期ごとの予算達成や、次々と降りかかる短期的な問題への対処などを、どうしても優先せざるをえないからだ。本書では、今、多くの企業が直面する、「必要な変化が生まれない」という問題のメカニズムを、国内外の様々な企業事例や、経営学をはじめとする幅広い学術的知見をもとに、丁寧に掘り下げていく。経営層、ミドル層、メンバー層によらず、組織に集う一人ひとりが自ら考え、実行する力を回復し、その企業をよりよいものにしていけるという実感を持てるようになるには、どうすればいいだろうか。本書はその難問に、正面から取り組もうとするものである。(Amazon内容解説より)