テック企業とは何か

著者としてはマーティ・ケーガン一人の名前しか出ていないが、実際には彼を含む5人のSVPG(Silicon Valley Product Group)プロダクトパートナーによって執筆されている。SVPGはマーティ・ケーガンによって2001年に設立された、プロダクトマネジメント専門のコンサルティング集団。本書で「SVPGには文字通り数人しかおらず」と述べているように、かなりの少数精鋭集団のようだが、これまでGoogle、Apple、Adobe、Netflix、Airbnb、Disney、Amazonなどあまたのテック企業をサポートしてきた。

本書のターゲットは、第1章「想定読者」にある「私たちはテック企業ではないのだが、プロダクト・オペレーティング・モデルは自分たちにも関係があるか?」と質問を投げかける人たちだ。まず、自分たちをテック企業ではないと考えてしまうことが間違っていると本書は指摘する。「テック企業なのかそうでないかは売るものによって決まるのではなく、売るものをどのようにデザインし、構築し、どのようにビジネスを運営するかによって決まる」のだという。

つまりプロダクト・オペレーティング・モデルは、ほぼ全てのジャンルの、ほとんどの企業に当てはまるのだ。GoogleやAmazon、Metaといったインターネット時代に誕生した企業は代表的なテック企業で、多くの企業にとっては極めて異質な、別世界の人たちに見えるかもしれない。だが、技術が急速に変化する時代においてはテック企業でなくも、生き残り、勝利するためにはテクノロジーを吸収し、トランスフォーメーションが不可欠だ。著者は「それは決して簡単ではない」という。

プロダクト・オペレーティング・モデル

トランスフォーメーション(変革)と言えば、「DX(デジタルトランスフォーメーション)」が思い浮かぶだろう。経済産業省の定義によれば、DXとは「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。」だ。

本書は「デジタル」が付いていない。その目的は「自社をプロダクト・オペレーティング・モデルへと移行させようとしている人のために書かれている」からだという。デジタル変革ではなく、プロダクトモデルへの移行を目指しているのだ。

ここで取り上げられている「プロダクト」とは、基本的にテックプロダクト、つまりIT製品・サービスのことで、旧来の工業製品などは対象となっていない。具体的にはどういう企業・プロダクトかというと「Teslaは自動車を売っている。Netflixはエンターテイメント。Googleは広告。Airbnbは休暇用の宿。Amazonは本の販売から始まり、今ではありとあらゆるものを売っている」という。

著者はテック業界で用語の定義が不明確であったり、標準化されていないことを指摘し、まず「プロダクト・オペレーティング・モデル」という概念を明確にすることを宣言している。正直、「プロダクト・オペレーティング・モデル」という言葉には馴染みがないが、重要なので、長めに引用しておこう。

“プロダクト・オペレーティング・モデルは、プロセスでもなければ一つの決まったやり方でもない。プロダクト・オペレーティング・モデルは、強いプロダクト企業が真実であると信じている、第一級原則のもとに成り立つ概念的なモデルである。”

“本質的には、プロダクト・オペレーティング・モデルとは、顧客に愛され、かつビジネスにも有効な、テクノロジーパワードなソリューションを継続的に生み出すことにある。”

プロダクト・オペレーティング・モデルと似通っているビジネスモデルとしてITモデルやプロジェクトモデルがあるが、ITモデルは「ITはビジネス部門に奉仕するためにある」と考えるビジネスモデル。一方、プロジェクトモデルはプロダクトではなくプロジェクトに対して予算配分と人員配置が行われるビジネスモデルだ。他には営業が主導権を握っている営業主導型プロダクトモデルや、マーケティングが主導権を握っているマーケティング主導型プロダクトモデルもある。

『本書では、どのようなモデルであろうと、今現在のモデルを「旧来のモデル」と呼び、トランスフォーメーションしようとしている先のモデルを「プロダクト・オペレーティング・モデル」』と呼ぶことにしているという。

企業がトランスフォーメーションに乗り出す3つの要因

本書のタイトルにある「トランスフォーメーション」については、企業がトランスフォーメーションに乗り出す要因として、以下の3つをあげている。

1)生成AIなど破壊的イノベーション・破壊的テクノロジーによってもたらされる競争上の脅威。
2)トランスフォーメーションに成功した企業の市場評価額や利益の大きさといった報酬。
3)常態化したコスト超過、期待はずれの成果、長いリリースタイムなどに対するリーダーの不満。

そして「動機は何であれ、基本的に企業がトランスフォーメーションする理由は、新たに生まれる機会をうまく活用し、また同時に、深刻な脅威に効果的に対処できる必要があると考えるからである」と述べている。これはテック企業に限らず、ほぼすべての企業が当てはまるだろう。どんな老舗だろうと、トップシェア企業だろうと、現状に安住していては先行きが暗い。

反対意見を乗り越える

米国の企業であろうと、トランスフォーメーションには反対意見が付きものらしい。変化を好まないから抵抗する人もいるが、難しいのは新しいモデルにもっともな懸念を抱いており、その懸念がどのように解決されるかわからない場合だ。

反対者はさまざまだ。導入している製品・サービスの機能変更に懸念を抱く顧客だったり、その顧客と直接向き合っている営業部門だったり、コスト削減を主張する財務部門だったり、職務分類の変更に反対する人事部門だったり、自らがプロダクトマネジャーとして適任だと思っているマーケティング部門だったりする。

さらには経営トップ、CEOや取締役会がトランスフォーメーションに反対することすらあるという。CEOは「プロダクトチームが何を提供するべきかを決定するのに、私が適任なはずだ」と主張しがちだ。CEOが現状にしがみついてしまうことでプロダクトモデルへ移行できない企業もあるという。大規模な企業であれば、CEOがプロダクトリーダーを兼ねるのは得策ではない。「CEOは一日の限られた時間の中で、プロダクトを運営するか、会社を運営するかを選ばざるを得ない」と本書は指摘する。

かといってCEOが責任者を指名するだけでうまく行くと思ってはいけない。担当者に丸投げしてしまうと、デジタル以外の部門はこれまで通りのビジネスを続けることになる。「CEOはプロダクトモデルのチーフエバンジェリストになる必要がある」というのだ。だが、これはそうとうに難しい。

トランスフォーメーションは、最先端のテック企業でも、旧態依然たる老舗企業だろうと、成長を求めているすべての企業に必要不可欠だ。本書は経営トップであるCEO、財務トップのCFO、そしてプロダクトチームメンバー、プロダクトリーダーにお勧めの一冊だ。

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