業務の電子化でモズク生産を支援
「漁業DXソリューションの実証実験」

日本の漁業就業者は減少傾向にあり、水産業の現場では人手不足と従事する人々の高齢化が深刻な問題になっている。さらに漁業に関する技術が漁師の長年の勘や経験に依存しており、後継者への技術継承が難しいという課題もある。こうした現状を改善する手段の一つが、ICTを活用して漁業技術のデータ化や作業効率化を支援する「漁業DX」の取り組みだ。今回は、沖縄県うるま市にある勝連漁業協同組合とTOPPANデジタルが共に行った「漁業DXソリューションの実証実験」を取材した。

沖縄県うるま市

沖縄本島中部の東海岸に位置する人口12万6,666人(2024年8月1日時点)の都市。全国シェアの9割以上を占める沖縄県のモズク生産のうち、うるま市勝連地域は約4割の水揚げを誇っている。勝連漁業協同組合はモズクの生産や販売を担っており、10月初旬ごろには海底にビニールシートを張り、そこにモズクの芽を着床させる作業を行う。

漁師の高齢化が進むモズク生産

 沖縄県は全国一のモズクの産地だ。うるま市勝連地域では、そのうち約4割の水揚げが行われている。しかし一方で、漁業就業者の減少と高齢化が深刻な問題となっており、モズク生産で人手不足が発生しているのだ。さらには業務の一部が熟練の漁師の勘や経験に依存し、次世代への技術継承が難しいという課題も発生している。

 現場の課題を正確に把握するために、TOPPANデジタルはうるま市にある勝連漁業協同組合(以下、勝連漁協)にヒアリングを行った。すると、主に三つの悩みが判明したという。「一つ目は、モズクの品質判定が担当者の勘や経験に依存している点です。この品質判定を規格化するために、当社は判定作業をAIに置き換えられないか検討しました。二つ目は、収穫量の管理や伝票の発行を手計算・手書きで行っている点です。この作業をデジタル化し、業務効率化につなげられないか、こちらも検討しました。三つ目は、生産条件・収穫データが見える化されていない点です。生産工程は先輩の背中を見て覚える継承が行われており、若手の漁師はなかなか作業が覚えられない問題が発生していました。そこで、収穫データを見える化して生産条件の把握を行い、技術継承に役立てられないか検討しました」とTOPPANデジタルの担当者は話す。

三つのアプリで漁協の課題を解決

 勝連漁協へのヒアリングを基に、TOPPANデジタルは漁業DXソリューション「InnoReef」を開発した。InnoReefでは三つのソリューションを提供する。

 まず一つ目は、収穫したモズクの成熟度をAIシステムで分析する「品質判定AIアプリ」だ。モズクを専用の装置にセットすると、LED光でモズクの撮影が行われる。すると、撮影データによる見た目の判定や、レーザー光によるぬめりの数値化で、AIがモズクの品質に関わる太さとぬめりを4段階で判定する。職人技となっていた判定をAIが行うことで、モズクの目利きに関する技術を次世代に継承できるのだ。

 二つ目は、モズクの重量管理を電子化する「重量管理アプリ」だ。水揚げ時に漁師ごとのモズク重量をタブレットに入力すると、籠の重量を差し引いた正味の収穫量が自動計算される。さらに、収穫量のレシート出力も自動で行われる。手作業の手間をなくし、業務の効率化が可能だ。

 三つ目は、モズクの生産工程を見える化する「生育メモアプリ」だ。作業記録や作業分類をカレンダーからすぐ表示できる「カレンダー」機能、作業日・作業内容・数量などを記録可能な「モズク生育記録」機能、海上の藻場位置をGPSで登録し、複数の藻場位置の管理が行える「GPS位置情報取得」機能を備える。適した生育状況に関するデータを蓄積し、データに基づいた生産をすることで、収穫量の増加につなげられるのだ。

 InnoReefはTOPPANデジタルのエンジニアが実際に現場へ赴き、漁師や勝連漁協の職員と指摘・要望に関する対話を重ねた上で、開発が進められた。

漁業DXで効率化や技術継承を支援

 InnoReefの実証実験はモズクの収穫期間に合わせ、2024年3月1日〜6月30日まで勝連漁協にて実施された。モズクの水揚げ工程で使用する品質判定AIアプリと重量管理アプリについては、以下の有用性に関わる検証が行われた。


・品質判定AIアプリ:モズクの判定精度の確認と精度向上
・重量管理アプリ:導入前後の工数削減効果


 生育メモアプリについても、アプリの使用方法に関する説明会を開催した上で実際に使ってもらい、ユーザーからフィードバックを募集した。

 実証実験の結果、品質判定AIアプリはまだ熟練の漁師の判定基準に達しておらず、引き続き開発と改善を続けていくこととなった。しかし実証実験を進める中で、品質判定の規定化以外の活用法が見えてきたという。「2023年に収穫したモズクから取ったデータが、2024年に収穫したモズクに当てはまらないケースが出てきました。詳細な原因は調査中ですが、モズクの生育具合が異なることが可能性に挙げられています。本アプリでモズクの品質を判定することが、沖縄の海の状態を知るきっかけにもつながるのではないでしょうか」(TOPPANデジタル 担当者)

 重量管理アプリの結果は、導入前は手書き・手計算で1件当たり4分かかっていた作業が、導入後はアプリ入力で1件当たり2.5分で完了するようになった。作業の効率化を実現し、省力化に貢献する道筋が見えた。

 生育メモアプリについては、ユーザーから「現場のニーズをくみ取った漁師目線のアプリになっている」といったポジティブなコメントをもらっているという。現在もユーザーからのフィードバックを基に、さらなる改善を行っている。

 今後もInnoReefの開発や改良を続け、重量管理アプリと生育メモアプリは2024年中にベータ版をリリース予定だ。最後にTOPPANデジタルの担当者は「InnoReefを通して、アナログ作業の電子化による作業の効率化、データに基づいた生産での収穫量増加、品質判定をAIに置き換えることでの技術継承といった価値を提供していきます。また、こうした先進的な取り組みを水産業に従事する人々が積極的に行っていることを発信し、モズクの認知度向上にもつなげたいです。今後は漁業DXを沖縄県外のモズク養殖業者へも展開していきたいですね」と展望を語った。