生成AIの活用で内部事務の手間を削減
「RAGを活用した生成AIツールの実証実験」

自治体で生成AIの導入が進んでいる。活用方法はあいさつ文案の作成やポスター・チラシといったテキスト/画像の生成をはじめ、議事録の作成のように要約を行わせるものまでさまざまだ。中には外部/内部からの問い合わせをAIチャットボットに任せているケースもある。いずれの業務も、自治体職員の業務負担を減らすことに貢献している。今回は、生成AIの活用によって内部事務の効率化を目指す神奈川県横須賀市を取材した。

神奈川県横須賀市

神奈川県南東部の三浦半島に位置する人口37万1,608人(2024年9月1日時点)の都市。黒船来航の地であり、「横須賀製鉄所(造船所)」や「千代ヶ崎砲台跡」など開国の雰囲気を感じ取れる名所が多く存在している。市の中心に位置する「ドブ板通り商店街」は米兵向けの土産物として売られた「スカジャン」発祥の地として知られる。

契約締結業務の手間が課題に

 総務省が2024年7月5日に公開した「自治体における生成AI導入状況」によると、生成AIを導入済みの団体は都道府県で51.1%、指定都市で40.0%、その他の市区町村で9.4%だった。実証実験中の団体は都道府県で44.7%、指定都市で50.0%、その他の市区町村で15.7%となっており、自治体が生成AIの導入に積極的であることが分かる。

 神奈川県横須賀市も生成AIの活用に積極的な自治体であり、2023年4月20日にChatGPTの全庁的な活用実証を開始した。その実証に関する問い合わせをほかの自治体から多く受けたことをきっかけに、問い合わせ対応を省力化するため、2023年8月16日に横須賀市のChatGPTの取り組みに関する問い合わせに答える「他自治体向け問い合わせ応対ボット」を開発し運用を始めている。この応対ボットの開発と運用を通して横須賀市は、大規模言語モデル(LLM)によるテキスト生成に外部情報の検索を組み合わせる技術「検索拡張生成」(Retrieval-Augmented Generation:RAG)の活用の可能性を見出したそうだ。しかし同時に「AIにとって分かりやすいナレッジデータをあらかじめ作らなければAIの精度が出にくい」「ナレッジデータの品質や鮮度を維持し続けなければならない」という二つの課題を実感したという。

 こうした生成AIによる業務の効率化事例が生まれる中で、横須賀市はさらなる内部事務の効率化を検討し始めた。内部事務の中でも、業務遂行や必要情報へのアクセスに多くの時間を要する契約締結業務の改善に焦点が当てられた。「契約や出張に関する旅費の規定など、庁内では多様なルールが詳細に決められています。そうしたルールはドキュメントにまとめられていましたが、100ページ近い資料になっていたため、問い合わせがあるたびに担当の職員が参照するのは手間になっていました。加えて、問い合わせの対応にかなりの時間を割いていることも課題になっていました」(横須賀市 経営企画部 デジタル・ガバメント推進室 推進担当 村田氏)

資料を参照し回答するAIを採用

 契約締結業務を改善するに当たって、より庁内業務に即した結果を得るために、まずは業務への確実な理解と適切なアプローチの模索が行われた。契約締結業務をしている職員やデジタル・ガバメント推進室へのヒアリングを通し、担当者は現状の問い合わせ内容や結果を得た後のネクストアクションへの理解を深めた。これにより、業務内容やビジネス要件への解像度を高めていったという。

 その結果、契約マニュアルや規則など庁内の業務を規定する文書を参照・検索する技術を組み合わせ、生成AIから回答を得るアプローチで業務の改善を行うことが決定した。こうした流れを踏まえ、2024年6〜9月末にかけて「RAGを活用した生成AIツールの実証実験」が実施された。

 実証実験では契約締結業務で使用する契約マニュアルや規則に関するデータをAIに学習させた上で、契約についての質問を投げかけた際に、正確な回答が返ってくるかという生成AIの精度を検証した。実証実験は現場の業務に即したAI開発やRAGの活用を支援するコリニアと協働で開始した。実証実験時はAIの回答精度に加えて、利用者自身が求める回答を得るために必要な情報がはっきりしておらず、曖昧な質問をした際に正確な回答を返せるかどうかについても検証したという。抽象度の高い曖昧な質問や、どんな回答を求めているのか明確でない状態の質問に対して、対話を通して質問の解像度を高めるステップを組み込むことで、パッケージにはない細やかな対応の実現を目指した。

最新技術で職員や市民を支援

 実証実験の結果、他自治体向け問い合わせ応対ボットを開発・運用した際に感じた課題と同様の課題を改めて認識したという。「RAGはAIに対して辞書を与え、その辞書を引きながら回答してもらうイメージの技術です。そのため辞書となるデータがうまく学習できていないと、回答の精度が100%になりにくいという課題があります。今回の実証実験では契約マニュアルを学習させたのですが、使用したAIがテキストを読んで回答を返すものだったので、図版をはじめとしたテキスト以外の要素をうまく学習できませんでした」(村田氏)

 加えて、ナレッジデータの品質や鮮度に関わる事柄も改めて課題として挙がってきた。「例えば法律の改正があった際には、新しい法律に合わせてナレッジデータを更新しなければなりません。また契約マニュアルに間違いがあった場合は、正確な情報に修正する作業も発生します。この更新や修正に関して、大幅な手間がかかってしまうという結果が出ました」(村田氏)

 こうした課題を解決するために、横須賀市は今後も事業者と協力し、より精度の高い生成AIツールの開発を進めていくという。そして横須賀市における生成AIの活用展望を、村田氏は次のように語った。「RAGのみにとどまらず、職員や市民の役に立つ最新の技術を活用していきたいです。横須賀市には米軍基地があり、英語を話す方との関わりが多くなっています。そうした市の状況も踏まえ、今後は生成AIを活用して多様な市民に沿った情報発信を行っていきたいです」