デジタル活用で魅力的なまちづくりを目指す
地域課題の解決のために、産学官連携でDXを推進するケースがある。自治体だけでなく民間企業、教育・研究機関、地方自治体がそれぞれの特性を生かして取り組みを進めることで、デジタル人材の育成や地域の魅力発信、地元企業と市民の共創といった目的を効率的かつ効果的に達成できる。今回は、市全体のデジタル活用を進める組織「デジタルシティ松本推進機構」を設立し、その組織で自治体の魅力を発信する仮想空間「ばーちゃるまつもと」のプロジェクトを支援する長野県松本市を取材した。
長野県松本市
長野県のほぼ中央に位置する人口23万4,111人(2025年1月1日時点)の都市。現存する五重六階の天守の中で日本最古の国宝の城「松本城」をはじめとした歴史的な建造物から、年間約120万人もの観光客が訪れる山岳景勝地「上高地」といった自然豊かな場所、草間彌生氏の作品を中心とした「松本市美術館」などの芸術を楽しめるスポットまでさまざまな観光地がある。
デジタル活用を推進する組織
先進的なテクノロジーの活用によって、地域の発展や地域課題の解決を目指す自治体は多い。長野県松本市もデジタル技術によって豊かで便利なまちづくりを目指す自治体の一つであり、市全体のDX推進のために、産学官で連携してデジタル活用を進める組織「デジタルシティ松本推進機構」(DigiMAT)を立ち上げている。
松本市 総合戦略局 DX推進本部長 宮尾 穣氏は、DigiMATを設立した背景を次のように語る。「松本市では第11次基本計画の重点戦略に『DX・デジタル化』を位置付け、全ての施策においてデジタルの活用を推進しています。2020年度以降、国のスーパーシティ構想への申請や市のデジタル化に向けた事業者アイデアの募集を通じて、民間企業と連携しながら地域の発展に向けた取り組みを進めてきました。2022年度には、ほかの先進自治体と比較した松本市の現状を自己分析し、この先3年間でDX先進自治体の第1グループに追いつくという目標を掲げました。この目標を達成するためには、スピード感と実行力が不可欠でした。そこで2023年4月に、松本市のDX・デジタル化推進に関する骨太の方針にも掲げる『共に創る』という理念を体現し、デジタル活用が進む松本市を指す『デジタルシティ松本』の進化を共に目指す産学官の仲間と一緒にDigiMATを設立しました」
DigiMATは2024年12月末現在、DigiMATの目的に賛同した上で事業意欲を有し、資金面で支援する団体などの正会員13者と、DigiMATの目的に賛同した上で必要な協力を行う公共性を有する団体などの特別会員3者に加え、総務省や信越総合通信局、経済産業省などの6者をオブザーバーに迎えた構成となっている。
DigiMATでは、デジタル人材を育成し、デジタルを駆使して働くことができ、便利さを実感可能な「イノベーション・エコシステム」の形成を目指している。イノベーション・エコシステムを通じてデジタルシティ松本を進化させ、さらに魅力的な地域社会をつくり上げることを目的としているのだ。こうした目的を達成するために、地域課題の解決・新しい価値の創造に資するデジタルサービスの創出や、地域のデジタル人材の育成に取り組んでいる。
仮想空間でまちの魅力を発信
DigiMATが支援するプロジェクトの一つが、松本市の自然、歴史、風土、食文化などの魅力を伝えるWeb上の仮想空間「ばーちゃるまつもと」だ。市民主体を目指したプロジェクトであったため、若手クリエイターの参画を目的に地域教育機関に支援を仰ぎ、中・高・大学生に実際の3D空間やばーちゃるまつもと内に設置するコンテンツを作成してもらったという。
ばーちゃるまつもとは全世界から誰もがアクセス可能だ。自然豊かな山々から生まれたエントランス「湧き水公園」を入ると、松本市を代表する百貨店「井上百貨店」を再現した「ばーちゃる井上百貨店」やみそ蔵、酒蔵などがあり、バーチャル空間で松本市の名産品を楽しめる。また、松本市の観光ストリート「六九商店街」のアーケードをデジタルで復刻したエリアもあり、松本市の魅力ある街並みを堪能できるのだ。メタバース内は、案内人の「ばーちゃるカヨさん」が訪問者をサポートする。
企業と市民の共創活動を促進
ばーちゃるまつもとは2024年10月2日のオープン以来、2カ月で延べ2,700人を超える来場者が体験した。ばーちゃるまつもと推進プロジェクト 渋谷 透氏は、来場者について「松本市内にあるの五つの高校の探求授業に取り上げられたこともあり、想定以上に若い世代の利用者が増えたと推測しています」と語る。
松本市も、ばーちゃるまつもとプロジェクトを通して得られた効果があると話す。「仮想空間の活用だけにとどまらず、地元企業や市民との共創活動にも役立っています。このプロジェクトによって地域のみそ蔵同士の新たな連携が生まれ、地元企業の新規事業創出につながりました。高校生をはじめとする若手クリエイターの発掘・育成にも大きく貢献しています。さらに、このプロジェクトを通じて市民同士のつながりが広がり、新たな市民活動のうねりを生み出しています。こうした効果があったことに加えて、不登校の児童生徒が空間を活用することで社会との新たな接点を得る機会に発展し、多様な人々が関わり合える場としての役割も果たしています」(松本市 総合戦略局 DX推進本部 主任 深澤亮平氏)
最後に渋谷氏は、ばーちゃるまつもとの今後の展望を次のように語る。「松本の魅力発信はもとより、産学官と地域住民の皆さまとの連携を継続し、地域をつなぐプラットフォームとしての役割を担える空間づくりを進めます。2025年度以降はより多くの松本市内の企業や市民の方々にご参画いただき、運営主体を市民に移行する計画も検討中です」
そして宮尾氏も、ばーちゃるまつもとへの期待を「バーチャルの特性を生かした地元企業の新たな事業創出や、地域のクリエイターの活躍機会につながることを期待しています。また、松本の魅力や可能性を多くの人に発信し、地域の経済や文化に新たな活力をもたらすことも期待しています。ばーちゃるまつもとのようなバーチャルとリアルの世界双方をつなげる取り組みは地域創生の新しいモデルケースとなり、松本市の魅力をさらに高めていくと確信しています」と語った。