教育のビッグデータ活用に向けた仕組みを整備

文部科学省

PC-Webzine2月号の本特集において紹介した、2022年度の文部科学省予算案は、2022年3月22日に案の通り成立した。その中で触れた一部事業は、省庁連携で実現するロードマップにも関連する。本項ではロードマップにおける文部科学省の取り組みと、データ利活用に向けた現在実施している施策について、前項の内容からさらに深掘りしていく。

匿名化した教育データを二次利用

文部科学省
総合教育政策局
調査企画課長
DX推進室長
桐生 崇 氏

 GIGAスクール構想による児童生徒1人1台端末や高速大容量のネットワークの整備など、これまで教育現場のICT化を推し進めてきた文部科学省。その教育分野におけるDXに関する取り組みを、デジタル庁など関係省庁と連携して早急かつ一体的に整備していくために、文部科学省は2021年4月から総合教育政策局に教育DX推進室を新設。同年10月からは国立教育政策研究所に教育データサイエンスセンターを新設すると同時に、初等中等教育局にGIGAスクール構想実現の司令塔として、学校デジタル化プロジェクトチームが設置された。これまで学校のデジタル化は初等中等教育局の情報教育・外国語教育課が中心となって進めてきたが、組織体制を見直すことにより、文部科学省全体で学校のデジタル化を進めていくことを目的としている。

 その新たに設置された文部科学省 総合教育政策局 調査企画課長 DX推進室長を務めている桐生 崇氏は、教育データの利活用の現状を次のように語る。

「文部科学省では教育データを『行政系データ』『校務系データ』『学習系データ』の三つに分類しています。また、主に児童生徒や教員がシステム内で利用するデータをスモールデータ(一次利用)、主に行政や研究機関で活用し匿名化が求められているのはビッグデータ(二次利用)と定義しており、この6分類を基に現在利活用の議論を進めています」

 この分類の内、行政系データや校務系データのスモールデータはすでに広く活用されている。学習系データのスモールデータの活用も徐々にスタートしている。一方で、ビッグデータについては行政系データの一部で活用が始まっているものの、まだまだこれからの状況だ。また、校務系データと学習系データのビッグデータは仕組みが未整備の状態であり、まだ活用には至っていない。

学習eポータルがデータ活用のハブに

 GIGAスクール構想による1人1台環境の活用が進む現在、まずは全国の学校現場で公教育データ(公教育に必要なデータ)の一次利用ができる環境の充実が急務とされている。二次利用についても同時並行で検討の実施が進められている。

「今現在、公教育データは各教材会社のクラウド上などに蓄積されており、バラバラにデータが活用されています。これを各学校において便利に利用できる仕組み作りが重要になります」と桐生氏。

 この課題を解決するため、文部科学省では公的なCBTプラットフォームであり、デジタル学習の基盤となる「MEXCBT」(メグビット)の開発に取り組んでおり、2020年度にはプロトタイプ版を開発した。2021年度補正予算と2022年度予算では、このMEXCBTに合計で10億6,100万円を計上しており、2022年度は引き続き希望する全国の学校での活用を広げると同時に、問題数をさらに追加していく。

 このMEXCBTにアクセスするためのハブとなるのが、「学習eポータル」だ。現在、NECやNTTコミュニケーションズなど4社が、文部科学省「教育データ標準」において、「教育データの相互運用性を確保するための技術的標準」として位置付け、一般社団法人ICT CONNECT21が公開している「学習eポータル標準モデル」に準拠したソフトウェアを提供している。

 学習eポータルは前述したMEXCBTへのアクセスや、デジタル教科書、デジタル教材、各種ツールへの窓口機能を有する。日本の初等中等教育に適した、共通で必要な学習管理機能を備えたソフトウェアシステムだ。現在はICT CONNECT 21を中心に、学習eポータルの標準モデルの構築や、手続き、ルールの検討を進めており、将来的には前述した4社以外の企業も、学習eポータルの機能を提供できるようになる予定だ。

 文部科学省は公教育データの一次利用を拡大するため、この学習eポータルの普及促進を図るとともに、ガバメントクラウド構想なども踏まえつつ、学校や自治体ごとのデータ集約の標準モデル構築を図っていく。

 また、教育水準を向上させるためには、大規模な教育データの分析に基づく評価や改善が必要だ。文部科学省ではビッグデータの利活用に向けて、個人を特定する情報を用いずに全体の状況・傾向を把握できるようにするべく、データ利活用のポリシーに係る議論も進めていく。

校務系と学習系のデータ連携を推進

 学校現場からの統計や調査データなどの情報を基に、大学や研究機関が研究した成果を集約・公開するプラットフォームとして、文部科学省は「公教育データ・プラットフォーム」の構築も進めていく予定だ。2021年度補正予算として3億2,600万円、2022年度予算として1,000万円が計上されており、教育データを活用した研究の活性化や、既存の研究成果を活用した教育施策の充実につなげていく方針だ。

 加えて、学校内外のデータを含めた生涯を通じたデータを集約し、希望した本人が自由に使える「個人活用データ」の仕組みについても、検討を深めていく。

 教育データの利活用を進める上で、ボトルネックとなり得るのが校務系システムと学習系システムの連携だ。現在、多くの学校現場において児童生徒の成績処理や出欠管理、健康診断票などの管理を行う校務系システムと、児童生徒の学習に利用する教材ファイルやツールなどを使う学習系システムは、ネットワーク分離によって分断されている。しかし、教育データを利活用するためには、校務系システムと学習系システムにそれぞれ保存されているデータが連携されないことには、新たな分析価値が生まれにくい。

 この課題を解決するため、現在、eラーニングやICT活用共有分野における国際標準化団体であるIMS Globalが策定している「OneRoster規格」を用いて、校務系システムから学習系システムにデータ連携を図ることを協議している。

 学校現場における安心・安全なデータ利活用に向けて、文部科学省は今後も、関係省庁と連携をしながら、DXに向けた改革を進めていく。

 また一部報道で取り上げられた「マイナンバーを用いて学習者のデータを管理する」ことについて桐生氏は「そもそもマイナンバーとマイナンバーカードは意味が異なり、個人番号であるマイナンバーは、社会保障、税、災害対策分野に利用が限定されています。つまり現時点では教育にマイナンバーそのものは利用できません。一方で、本人であることを証明するマイナンバーカードは、さまざまな側面での利用が検討されており、教育分野においてもマイナンバーカードの本人証明によって何ができるか、ユースケースの検証を含めて議論を進めていく方針です。これは学習者のIDとして個人番号(マイナンバー)を利用するのではなく、あくまで本人証明の機能を、どう教育現場で活用するのか、という方向です」と説明した。

学校外の教育データを活用する仕組み作り

総務省

文部科学省と連携し、主に技術的な側面から教育の情報(ICT)化の取り組みを進めてきた総務省。ロードマップにおいても、デジタル庁、文部科学省、経済産業省と連携を取りながら、主に学習塾や習い事、課外活動などの教育データ利活用にまつわる支援を進めていく。その取り組みを見ていこう。

総務省
情報流通行政局
情報流通振興課
情報活用支援室 課長補佐
熊原 渉 氏

 フューチャースクール推進事業(2010〜2013年度)をはじめ、若年層に対するプログラミング教育の普及推進(2016〜2017年度)など、教育の情報(ICT)化に向けた取り組みを積極的に進めてきた総務省。スマートスクール・プラットフォーム実証事業(2017〜2019年度)では文部科学省と連携し、学習系システムと校務系システムとの間で安全かつ効果的にデータの受け渡しを行う連携方法などについて実証も行った。

 そんな総務省が今回のロードマップにおいて取り組むのが、「教育・学習分野におけるデータ連携の推進」だ。本事業は2021年度からの継続事業であり、2021年度補正予算として1億6,000万円が計上されている。1人1台端末の整備や新型コロナウイルス感染症の影響によって、オンライン学習の機会が見込まれる中、学習履歴の把握や、教育指導の質を向上させるため、異なるシステム間でのデータ連携を可能にする「デジタル教育プラットフォーム」の検討を行うものだ。2021年度事業においては本プラットフォームのプロトタイプとなる技術仕様の策定に取り組んでおり、2021年度補正予算による事業ではこれを活用したユースケースの創出などに取り組む。

 総務省 情報流通行政局 情報流通振興課 情報活用支援室 課長補佐の熊原 渉氏は「教育課程内の学習データは文部科学省の学習eポータルを介した連携の検討がなされていますが、例えば習い事や学修塾での学びといった、教育課程外の学びは形式一元化できず、また現時点では異なる学習システムで管理されているため、学習データの連携ができていません。本事業のプラットフォームではそのデータ連携を行うためのルールを検討して技術仕様書を策定すると同時に、集約された情報を基に個別最適化された学びを支援します。将来的にはより広範なデータを包括的に連携できるような仕組みを検討していきたいですね」と語る。

総務省
情報流通行政局地域通信振興課
デジタル企業行動室
課長補佐
小西建次郎 氏

 また総務省では現在、「情報銀行」と呼ばれる個人側、企業側が双方安心して個人情報を流通・活用できる仕組みを構築している。

「例えば私たちがWebサービスやアプリを利用する際、個人のプロフィールや位置情報が意識せず取得・蓄積され利用されるケースがあります。そうした個人情報の取り扱いを個人においてコントロール可能にするため、個人の十分な理解と同意のもと第三者に提供し、企業側は許可された情報を基に個人に最適化したサービスを提供できるようにする仕組みです。個人と企業、双方が抱える個人情報への課題を解消できる仕組みといえるでしょう」と総務省 情報流通行政局地域通信振興課 デジタル企業行動室 課長補佐の小西建次郎氏は語る。

 この仕組みを、教育分野のプラットフォームや自治体と連携する中で、必要名情報を安全に取り扱う枠組みとして利用するための検討を、ロードマップの中で進めていく。教育データを利活用するために情報銀行が必須となるわけではなく、あくまで利活用の手段の一つだ。「まずは私教育現場を中心に、情報銀行の仕組みを使うニーズの有無や課題の検討からスタートします。将来的には個別最適な学びにつなげるための安全な仕組みとして情報銀行を活用するため、情報銀行での教育データ取り扱いに関するガイドラインの作成なども見据えながら、有識者と共に議論・検討を進めていきます」と小西氏は語った。

教科横断的な学びをSTEAM ライブラリーで支援

経済産業省

教育DX の実現に向けた取り組みに、以前から注力してきた経済産業省。その取り組みの要として「未来の教室」がある。ロードマップにおける経済産業省の取り組みと、「未来の教室」との関係性について聞いた。

経済産業省
商務・サービスグループ
サービス政策課長 兼 教育産業室長

デジタル庁 統括官付参事官
浅野大介 氏

 全ての小中学校で整備された児童生徒1人につき1台の端末環境。経済産業省は、その1 人1 台の端末環境を大前提とした、新しい学習環境を考える「未来の教室」とEdTech研究会を2018年1月から設置し、「2030年頃の普通の学び方」を想定した学びについて議論を進めてきた。また、未来の教室構築に向けて、①学びのSTEAM化、②学びの自律化・個別最適化、③新しい学習基盤作りの三つを柱とし、先進的なモデル事例の創出や普及、横展開を図る「未来の教室」実証事業などに取り組み、それらの情報を未来の教室Webサイト(https://www.learning-innovation.go.jp/)で発信を続けている。

 2021年度は「未来の教室」実証事業において、以下の4テーマで実証を行った。

A.「未来の教室」ビジョンの実現に関するテーマ
B. 「地域×スポーツクラブ産業研究会」 第1次提言の実現に関するテーマ
C. STEAMライブラリー構築に資するテーマ
D.「学習ログ利活用」の実現に関するテーマ

 この事業の中で構築されたデジタル図書館「STEAMライブラリー」(https://www.steam-library.go.jp/)に蓄積されているデジタル動画などの教材データが、今回のロードマップにおいて、学習指導要領コードとのひも付けが行われるコンテンツとなる。2022年度の「未来の教室」実証事業は、EdTechイノベーション創出支援事業と共に「学びと社会の連携促進事業」として11億5,000万円が計上されており、今年度の実証テーマや公募などは今後告知される予定だ。

 経済産業省 商務・サービスグループサービス政策課長 兼 教育産業室長であり、デジタル庁 統括官付参事官も兼務している浅野大介氏は、経済産業省における教育DXの取り組みを当初からけん引してきた人物だ。今回のロードマップについて浅野氏は「最もこだわったのが、ロードマップの最初に掲げられた教育のデジタル化のミッションである『誰もが、いつでもどこからでも、誰とでも、自分らしく学べる社会』です。本ロードマップについて、半年間各省庁と連携して議論を重ねた中で感じたことは、徹頭徹尾現場の先生方や子供たちがメリットを感じられるかが全てであり、そのために教育の在り方を、省庁間で連携して変えていく必要があります」と力強く語る。

学びのSTEAM 化実現のために、企業や研究機関が開発した資料や動画などの教材が掲載されている。各教科やAIやエネルギーといった社会に接続されたテーマ、SDGs の17 の目標などを関連付け、探究型の学びが行いやすくなる。

 STEAMライブラリーでは、その新しい教育を支援するための教材コンテンツが用意されている。多くの教員は多忙であり、教科のカリキュラムに沿った学びの中で探究的な学びを行うことに難色を示すケースも少なくない。そこでSTEAMライブラリーでは、学びのSTEAM化実現のために、企業や研究機関が開発したコンテンツに、各教科やAIやエネルギーといった社会に接続されたテーマ、SDGs の17 の目標などを関連付け、探究型の学びを行いやすくしている。

「 このコンテンツに学習指導要領コードをひも付けることで、学年や教科を横断した学びが、より行いやすくなります。特に高等学校の先生方は、教科の枠を超えて学習の議論を交わすことが少ないのですが、このSTEAMライブラリーのコンテンツを利用して、教科のサイロを飛び出して共通の課題を考えることに取り組んでほしいですね」と浅野氏は語った。