SXと連携したDXの推進
新たなイノベーションとビジネスを生み出す
SXやGXはなぜDXと共に語られるのか?
2019年11月に経済産業省が設置した「サステナブルな企業価値創造に向けた対話の実質化検討会」において、2020年8月に発行した「中間取りまとめ」の中で企業の持続的な価値向上に向けてSX(サステナビリティトランスフォーメーション)が提案された。その意義について同報告書では「不確実性が高まる環境下で、企業が持続可能性(サステナビリティ)を重視し、企業の稼ぐ力とESG(環境・社会・ガバナンス)の両立を図り、経営の在り方や投資家との対話の在り方を変革するための戦略指針」と定義している。
昨今、このSXやGX(グリーントランスフォーメーション)がDXと共に企業の存続と成長に欠かせない取り組みとして社会から注視されている。SXおよびGXでは地球温暖化や環境破壊、気候変動などを引き起こす温室効果ガス(GHG)の排出を削減して、環境改善と同時に経済や社会の仕組みを改革するという取り組みに注目が集まりがちだ。
しかしSXやGXは地球環境への配慮という観点だけではなく、これらに取り組むことで企業や組織にイノベーションをもたらしたり、新たなビジネスの創出につながったりすることも期待できるのだ。
そしてSXやGXはDXとの親和性が高いことにも注目したい。GHGの排出量を算定する際の基準として「GHGプロトコル」が国際基準として世界中で広く認知、支持されている。このGHGではスコープという概念が定義されており、三つに分類されている。
スコープ1では自社で使用したガスや重油、軽油、灯油、ガソリンなどの燃料の燃焼や、自社の工場など工業プロセスで排出される、直接的に排出するGHGを指す。スコープ2は自社が購入して使用した電気や熱などのエネルギーの使用に伴って間接的に排出するGHGを指す。そしてスコープ3は自社の事業活動に関連したバリューチェーンにおいて他社および他者が排出するGHGを指す。
これら三つのスコープでGHGの排出量を算出するには、自社だけではなくサプライチェーン、さらには顧客を含めたバリューチェーン全体でGHGの排出量を把握する必要があり、ネットワークやICTなどのテクノロジーを活用する必要がある。GHG排出量の把握にとどまらず、その削減を進めていくにはバリューチェーン全体でさまざまな改善や最適化も必要となる。この取り組みにDXとの連携が求められることになる。
DXとSXあるいはGXを連携させた取り組みは、DXの推進を加速させる明確な目標をもたらすとともに、それを実行していくことでビジネスに効率化や生産性向上、コスト削減などの効果ももたらす。さらにSXやGXという新たな取り組みが加わることで、新たなニーズが生まれ、それが新たなビジネスを創出することも期待できる。
現在、炭素税の導入が議論されており、導入されれば脱炭素に向けた取り組みはサプライチェーンを含めて非常に多くの企業の義務となる。いずれにしてもSXやGXへの取り組みは企業価値を左右する重要な要素である。そしてSXは脱炭素だけではなく社会、経済、企業やビジネスなど、広い領域で持続可能性を実現するための変革を目指すものであり、DXの取り組みと重なる部分が非常に多い。SXと連携したDXの推進は、業種や規模を問わず全ての企業が取り組むべき課題なのだ。
GXの推進でハードウェアに関する予算を増加
GREEN TRANSFORMATION MARKET
「GX by IT」の年平均成長率は22.6%※ ※2020−2025年
カーボンプライシングやSDGsおよびESGを社会的な義務という受け身ではなく、こうした社会の変革を能動的なビジネスチャンスとして捉える動きが出てきている。そして脱炭素化を契機とした企業活動の価値評価の仕組みの変化や新規ビジネスの創出、生活習慣の変革などをもたらすグリーントランスフォーメーション(GX)は、IT業界にとって大きなビジネスチャンスとなるという。
環境対策への支出が増加
CIOがサステナビリティに関わる
IT専門調査会社のIDC Japanの調査によると、翌年度のIT予算で重点的に支出する分野について2020年から2022年の結果では情報漏えい対策がトップで、ネットワークセキュリティ管理やID/アクセス管理、脅威管理といったセキュリティ関連と働き方改革対応が上位を占めた。その一方で大きく変化しているのが環境対策だ。
2020年は16位、2021年は7位、2022年は8位の結果だった環境対策だが、回答数が年を追うごとに倍増しているのだ。16位だった2020年は2.1%であったのに対して2021年は4.8%、2022年は前年から一つ順位を落としながらも8.0%と回答数が増えている。
環境対策にデジタルテクノロジーを活用して社会や経済、ビジネス、日常生活などに変革をもたらす取り組みであるグリーントランスフォーメーション(GX)に関するIT市場の動向について、IDC JapanのITスペンディングでグループマネージャーを務める村西 明氏は次のように解説する。
「CO2排出量の可視化を含む企業経営のサステナビリティを表すESG(環境、社会、ガバナンス)に関する指標を収集、分析、評価するためのデジタル技術活用への支出が増加しています。サステナビリティはCIOにとって非常に身近なトピックとなっており、今後数年間でCIOやビジネスリーダーはサステナビリティに関連するツール、データセット、分析やコミットメントのためサービスについてポートフォリオの評価、統合、利用の管理を行うとみています」
デジタルサステナビリティ関連の
ソフトウェア市場は5年で2倍に成長
企業に対する評価において、成長だけでなく事業のサステナビリティに関する取り組みの重要性が高まっており、事業のサステナビリティを見える化するためにESGに関する項目を内部で評価して外部に発信することが求められている。
IDC Japanでは世界のESGリスク評価と報告をデジタルで行う「デジタルサステナビリティ」に関するソフトウェア市場規模は2020〜2025年で2倍に増加し、2025年で7億2,000万ドルに達すると予測している。またESGは、ほぼ全ての企業の全社的なGRC(ガバナンス、リスク、コンプライアンス)戦略の中心的な要素になりつつあり、ESGリスク管理ソリューションの普及率が2021年の50%から2026年までに90%以上になると予測する。
ESGに関連したデジタルサステナビリティへの需要やGXの推進に伴うデジタルテクノロジーの活用に加えて、DXとの連携も必要となる。デジタルサステナビリティやGXやSX(サステナビリティトランスフォーメーション)への取り組みは事業や業務、経営と密接に関わるほか、サプライチェーンおよびバリューチェーン全体で取り組むことが求められるため、DXの推進にGXやSXを取り込む必要がある。
IDC Japanの調査ではサステナビリティ経営のためにDXが重要と回答した企業が60%を超えており、企業規模が大きくなるほどその意識が高い傾向も分かった。また業種別では金融や情報通信、官公庁、製造、流通共にDXが重要との認識が高かった。
GXの推進に向けたIT予算の変化についてIDC Japanの調査によると、サーバーやストレージの消費電力を低減すること、スマートメーターからのデータ増加への対応、エネルギーの分散化によるエッジコンピューティングの導入・活用、IoTからのデータ量の増加を支えるインフラ増強という具合にハードウェアに関する予算を増加する傾向がある。
村西氏は「GXに関するITとしては運用の支出が増加する傾向があります。またハードウェアについては低消費電力のシステムや、消費電力の見える化が容易に行えるシステムが今後重要になるとみています」と解説する。
全ての産業で脱炭素化の促進に伴い
新たなデータビジネスが生まれる
ITの観点で脱炭素化を促進するためには二つの側面でビジネスチャンスがあると村西氏は指摘する。それはサーバー、ストレージ、PCなどのハードウェアであるIT機器自身の脱炭素化を促進する「GX of IT」と、ITを利活用することで企業や一般市民の活動の脱炭素化を促進する「GX by IT」の二つだ。
GX by ITでは脱炭素化を支援するために得たデータを格納して分析するインフラとして、オンプレミスやプライベートクラウドのサーバーやストレージ、パブリッククラウドのIaaSが重要な要素となり、市場成長が期待されている。
データビジネス創出の可能性についても期待できそうだ。「脱炭素化によるデータを活用した新たなビジネスは生まれると思いますか?」という問いに対して、「とてもそう思う」と「ほぼそう思う」の合計が産業全体で63.0%となっており、脱炭素化に関係して何らかのデータビジネスが生まれると考える人が多いことがIDC Japanの調査で分かっている。
例えばスマートメーターから得られる電力使用状況から消費者の生活様式や嗜好に合わせたマーケティングサービスや高齢者の見守りを行うといった、エネルギーに関するデータを生かした新たなサービスが生まれると考える企業が多い。
またスマートメーターや、再生可能エネルギー電源および蓄電池から得られるデータは増加の一途をたどることから、データを格納するためのストレージへの支出も拡大すると予測される。
村西氏は「GXは脱炭素や省エネルギーといった地球環境への対策だけではなく、新しい価値やビジネスの創出といったイノベーションを起こしていくことも政府が推進する狙いです。その実現には見える化などに向けたデータの活用が不可欠であり、DXとの連携をはじめとしたデジタルテクノロジーの活用領域がますます広がっていくとみられます。こうした流れに乗ってITビジネスが成長する可能性は大いにあります」と説明する。
なぜGXの実現が求められるのか
SXへの取り組みの現状とこれから
SUSTAI NABILITY TRANSFORMATION TRENDS
富士通は2022年6月に世界9カ国の企業を対象にSX(サステナビリティトランスフォーメーション)への取り組みに関する調査結果を発表した。その調査結果からサステナビリティが企業経営の優先課題として捉えられていることや、実際に取り組みを進めている企業が多くいること、一方で取り組みを進展させる際の課題も明確になっていることなどが分かる。同調査結果からSXへの取り組みの現状と課題を見ていこう。
パンデミックなど不確実性が拡大
デジタルイノベーションによるSXが急務
富士通ではSXの重要性について次のように説明している。まずこれまでの10年間で、デジタルテクノロジーによって人々の生活やビジネス、社会が大きく変化したこと、新型コロナウイルス感染拡大を経てデジタルテクノロジーを活用した生活やビジネス、学習といったニューノーマルが定着したころ、フェイクニュースの氾濫やプライバシーの侵害、テクノロジーの信頼に対する懸念が広がり、社会の信頼を再構築することが急務になったと指摘する。
そして気候変動がもたらす経済損失や新型コロナウイルスの世界の累計感染者数、60歳以上の人口、1日5ドル以下での生活を強いられている人々の人数、学校に通っていない子どもの人数、絶滅の危機にある生物の種類などのデータを示し、環境、社会、経済はグローバル規模の危機に直面していること、新型コロナウイルスの感染拡大や地政学的な危機など不確実性がさらに拡大していることを指摘している。
そしてこれらの危機的な状況に対して何をすべきかという問いに、これからの10年間でデジタルイノベーションによって、SXを実現することを提言している。すなわちデジタルイノベーションによって環境や社会、経済により良いインパクトを与えるためにビジネスを変革する必要があるとしている。
経営におけるサステナビリティの優先度
調査対象の60%が高まったと回答
これからの10年間に実現すべきデジタルイノベーションによるSXについて、企業の取り組みの現状はどうなっているのだろうか。富士通は2022年2月にForrester Consultingに委託してSXに関する調査を実施した。日本、米国、オーストラリア、イギリス、ドイツ、スペイン、フランス、シンガポール、中国の9カ国において従業員数500人以上、前年度売上100億円以上の企業の経営層および意思決定者を対象に、オンラインが1,800人、対面インタビューが23人の回答者に対して調査した。
経営におけるサステナビリティの優先度について、調査対象の60%が過去2年間で経営におけるサステナビリティの優先度が高まったと回答した。さらに、41%がサステナビリティを経営の優先課題のトップ3に位置付けていると回答した。
これらの結果の理由として気候変動や生物多様性の喪失、不平等、高齢化社会といった地球環境や社会、経済のさまざまな危機に直面している背景を挙げ、若い世代のサステナビリティに対する意識が高く、自社の事業に影響を与えていること、政府の規制やガイドライン、消費者団体からの要請への対応、SXへの取り組みが商品・サービスの価値向上や企業のブランド価値向上につながることなど、消費者心理や規制などの外的要因がサステナビリティの優先度を押し上げているとしている。
SXへの取り組みの成功要因は四つ
パーパスとデータ、ヒト、エコシステム
SXの成熟度について調査対象の60%が生産プロセスを主体的に変革していること、45%が製品やサービスの価値を主体的に変革していること、さらに79%非財務指標を設定してサステナビリティへの取り組みの成果を評価していることが分かった。特に非財務的な指標もサステナビリティへの取り組みの栄養を測定するという点で大きな役割を果たし始めていることに着目したい。
ただしSXの実践における成熟度は企業によって大きく異なり、成熟したプラクティスを実践する真のリーダー企業は全体の5%にとどまっていることも分かった。
同調査ではSXの成熟度を非アクティブ、フォロワー、ネクストリーダー、リーダーの四つに分類し、非アクティブ、すなわちサステナビリティ戦略を実行していない企業が54%、サステナビリティのビジョンや全社戦略を策定して事業の一環として実行しているフォロワーが25%、さらに具体的な成果を上げているネクストリーダーが16%という割合となっている。
こうした調査結果からSXの重要な成功要因として、リーダー企業に共通する次の四つを挙げる。一つ目はサステナビリティと密接に関連する企業パーパスを設定し、トップが従業員にパーパスに基づいた行動を促す「パーパスドリブン」、二つ目は人材育成によりサステナビリティに取り組む企業文化を醸成する「ヒューマンセントリック」、三つ目はデータとデジタルテクノロジーを活用して新しいソリューションを生み出してビジネスプロセスを変革する「データドリブン」、四つ目が公的機関や民間企業とのパートナーシップを含めて、オープンなエコシステムを積極的に構築する「コネクテッド」だ。
DXとSXとの関連性についてDXはSXの成功に寄与すると回答したのは調査対象の67%で、SXの成功とDXの成熟度に密接な関係があると理解されていることが分かる。別の質問ではSXのリーダーおよびネクストリーダーはDXにおいても成熟度が高いことが分かっている。また60%がサステナビリティ向上を目的としてデータ、デジタルテクノロジーへの投資を拡大すると回答している。
一方でSXを推進する上で課題も明確になってきている。38%が経営層の関与が不足していることを挙げているほか、35%が社内のSXに対する抵抗や疑いを挙げている。また30%が求められる変革が複雑かつ規模が大きく、テクノロジーインフラストラクチャの強化が課題になっていることも挙げている。
こうした課題に対して富士通は四つの提言を示す。まず戦略的かつパーパスドリブンなリーダーシップによる変革の実施、そして財務目標と非財務目標を含む大胆な計画の策定、デジタル活用能力の強化、外部エコシステムにテクノロジーパートナーを組み込むことを挙げている。
SXの取り組みによる直接的な効果は、短期的には企業に負担を強いることになる。ただしSXはサプライチェーン、バリューチェーン全体での取り組みが不可欠なため、長期的な取り組みとなる。SXへの取り組みはDXを伴うため企業にさまざまな効果をもたらすことが期待できる。長期的には財務価値と非財務価値の両方が得られるだろう。