アバターを活用した眼鏡のバーチャル試着サービス

–Retail Tech–
MASUNAGA1905 下北沢店

アパレル業界でのバーチャル試着サービスの普及が徐々に進む中、眼鏡業界でもこのバーチャル試着を活用したサービスが登場している。家庭でも多様な眼鏡フレームが試着できるそのサービスの活用メリットを聞いた。

非接触で眼鏡を試着

 1905年創業の増永眼鏡は、福井県福井市に本社を置く、老舗の高級眼鏡フレーム製造メーカーだ。創業者の増永五左衛門は福井県の眼鏡産業の生みの親として知られている。その直営店であるMASUNAGA1905は、青山店、下北沢店、阪急三番街店、LACHIC店、学園前店の5店舗を展開し、増永眼鏡が手掛ける各種ブランドの眼鏡を取り扱っている。

 その直営店の一つ、MASUNAGA1905 下北沢店は、下北線路街のreloadにある。コロナ禍の最中である2021年6月16日にオープンしたこの新店舗は、とある設備の導入で注目を集めた。それが「ZEISS VISUFIT 1000」だ。

 ZEISS VISUFIT 1000は、光学レンズメーカーのパイオニアであるカールツァイスビジョンが開発した3D測定機器で、9台のカメラを用いて、ワンショットで180度を撮影することで、顔を正確に計測・解析する。瞳孔間の距離や目の高さ、顔に対するフレームの角度やカーブなどのデータを基に、顧客一人ひとりに応じたフレームやレンズを提案できるデバイスだ。下北沢店ではこのZEISS VISUFIT 1000で撮影したデータによって、個人のアバターデータを作成し、バーチャル3Dの眼鏡フレームと組み合わせることで仮想試着が行えるサービスを提供している。非接触で一人ひとりに合わせた眼鏡フレームを提案し、試着までトータルで対応できるため、眼鏡のフィッティング時間を短縮しながら、コロナ禍における非接触ニーズに応えたサービスだ。

1.下北沢の線路跡地「下北線路街」にオープンしたreloadの1階に位置するMASUNAGA1905 下北沢店。2.店内の中央には3D計測機器であるZEISS VISUFIT 1000が置かれている。このZEISS VISUFIT 1000による計測を目当てに来店する顧客も少なくないという。

多様なフレームを試せる

「出店はコロナ禍以前に決定していましたが、パンデミックが起きたことによって接客のスタイルを再度検討する必要がありました。そこで“非接触”をキーワードに接客スタイルを検討する中で、カールツァイスビジョンジャパンから製品の提案がありました」と振り返るのは、増永眼鏡 マーケティング室 野原弘道氏。ZEISS VISUFIT 1000を活用したバーチャル試着サービスは「ZEISS Virtual Try-on@Home」(以下、Virtual Try-on)として2022年12月1日にリリースされ、他社への提供もスタートしている。

 Virtual Try-onは前述した通り、ZEISS VISUFIT 1000で撮影したデータを基に作成したアバターを活用し、眼鏡フレームの試着を行えるサービスだ。店舗で計測したデータを保存することで、自宅に帰ってからも個人のスマートフォンやタブレットから、アバターを活用したバーチャル試着が行える。

「視力の悪い方は実際に試着すると視界がぼやけ、眼鏡をかけた自分の顔を鏡で確かめることが困難であるケースもありますが、バーチャル試着では眼鏡を装着した自身の顔がはっきり確認できることに加え、さまざまなフレームを手軽に試せるため、お客さまからの評価も注目度も非常に高いですね」と語るのは、MASUNAGA1905 下北沢店の店長を務める荒川大地氏。実際に Virtual Try-onでの試着を目当てに来店する人も多く、新しい接客のモデルケースとして、 Virtual Try-onを軸とした眼鏡の提案を今後も進めていく方針だ。

3.ZEISS VISUFIT 1000による計測の様子。計測する人に応じてカメラ部の高さが調節され、9台のカメラによる撮影が行われる。撮影は数秒で完了し、数分足らずでアバターが生成される。4.下北沢店では非接触のバーチャル試着を接客のメインに据えているため、実物の眼鏡フレームはガラスケースに収納されている。顧客はまずバーチャル試着でさまざまなフレームを体験し、そこから絞り込んだフレームを直接試着する。

高精度の測定データをレンズ作りや
バーチャル試着に生かす

–Retail Tech–
カールツァイスビジョンジャパン×増永眼鏡

ZEISS Virtual Try-on@Home

アバター制作に使われる3D測定機器「ZEISS VISUFIT 1000」とはどのようなデバイスなのか。その仕組みとバーチャル試着サービスによって生まれる眼鏡店の新しい接客の形を聞いた。

デジタルで高精度のデータを

 ドイツの代表的光学機器メーカーで知られるツァイスグループ。その中で眼鏡レンズや眼科光学検査機器の開発・製造を行うのが、カールツァイスビジョンだ。同社が開発したZEISS VISUFIT 1000は、半円状になった部分に9台のカメラが設置され、顔のデータを180度撮影可能な3D測定機器だ。本ハードウェアの魅力について、カールツァイスビジョンジャパン マーケティングコミュニケーション マーケティング責任者の乾 大輔氏は次のように語る。

「ZEISS VISUFIT 1000は、瞳孔間距離、目の高さや、角膜とレンズの距離などを正確に測定可能なデバイスです。この綿密な計測を当社では『セントレーション』と呼んでおり、この計測より眼鏡レンズの精度を最大限発揮することが可能になります。と言いますのも、特注レンズになるとお客さまの顔や、瞳孔の距離といった個人差はもちろんですが、フレームの角度などによって、同じレンズの度数でも見え方が異なることがあります。お客さまにとって一番良い状態の眼鏡を処方するための機器として、ZEISS VISUFIT 1000を提案しています。また、ZEISS VISUFIT 1000で計測したデータは、インディビジュアルレンズと言われる個人の目の性質に合わせた、一番精度の高いレンズを作る上でも役立ちます。これまでインディビジュアルレンズを作る上ではアナログな計測手法が主流でしたが、デジタル技術を駆使することで、本当に精度の高いデータを基にしたレンズの開発が可能です」

 ZEISS VISUFIT 1000は現在、国内の約20弱の店舗で導入が進んでいるほか、グローバルでも導入が進む。その導入店舗の一つが、増永眼鏡の直営店であるMASUNAGA1905の下北沢店と、阪急三番街店だ。MASUNAGA1905ではZEISS VISUFIT 1000による3D計測に加えて、そのデータを3Dモデリングに活用し、精細なアバターを制作することで「ZEISS Virtual Try-on@Home」(以下、Virtual Try-on)による仮想試着サービスの提供を行っている。Virtual Try-onの開発もカールツァイスビジョンジャパンが担っている。

ZEISS VISUFIT 1000は半円状のヘッド部分に9台のカメラを搭載し、精細な顔のデータを180度撮影できる。
撮影時にはユーザーの顔の高さまでヘッドが降りてくる。撮影は数秒で完了する

自宅でも眼鏡を試着できる

 Virtual Try-on利用のフローは以下の通り。まず来店者は、ZEISS VISUFIT 1000で自身の顔を撮影する。すると、数分もせず撮影データを基に頭部のアバターが生成され、タブレット上のVirtual Try-on画面に表示される。Virtual Try-on上には、増永眼鏡が製造する眼鏡フレームを3D化した「バーチャル3Dフレーム」が多数そろっており、顧客は自身のアバターに多様な眼鏡フレームを合わせて試着できる。

「Virtual Try-onの画面上には、お客さまのアバターのそばに、当社のバーチャル3Dフレームが並びます。この眼鏡フレームはお客様さまの目、肌、髪の色や髪型などに合う最適なフレームを、AIアルゴリズムが計算して提案しています。自身で眼鏡のフレームを選ぶ場合、どうしても同じようなデザインのものを選択してしまいがちですが、AIが相性の良いフレームを提案してくれることで、これまで選んでいなかったようなフレームを試着することが可能になります」と増永眼鏡の野原弘道氏。

 このVirtual Try-onは、MASUNAGA1905の店頭のほか、店舗でIDやパスワードといった情報を発行することで、来店者自身のスマートフォンやタブレットからでもアクセスできる。これにより、来店者が店舗を出た後もバーチャル試着を行って、購入する眼鏡フレームが検討できる。

「店頭で購入を迷われた場合、一度自宅に帰って検討すると思いますが、自宅で家族と相談しながら一緒に選んでもらったり、落ち着いて再検討したりすることで、購買意欲の喚起につなげられると考えています」と乾氏。実物の眼鏡を店舗で試着した場合、迷ったまま店舗を出るとそのまま再来店しない可能性もあるが、Virtual Try-onでタッチポイントを増やすことで、再来店を促すきっかけづくりにもなるのだ。

フレームの角度や目からレンズの距離などを細かく調整可能だ。
Virtual Try-on上でバーチャル3Dフレームをアバターにかけて試着できる。AIアルゴリズムで似合うフレームを提案してくれる。

来店してもらう仕組みづくり

 野原氏は「眼鏡業界は非常にアナログで、眼鏡のオーダーなどもいまだにファクスが主流です。一方で、若い潜在顧客層にリーチしていくためにも、もっとデジタル化を進めていく必要があります。省くことができないアナログ的な作業は残しつつ、デジタルとうまく融合させる足がかりとして、Virtual Try-onでの接客を進めています。当社の顧客層は30代後半から60代ぐらいがボリュームゾーンです。そうしたお客さまにリピーターになってもらうため、Virtual Try-onを活用してタッチポイントを増やしていきます。一方で、当社が運営するSNSの閲覧者の年齢層を見ると20代が最も多いです。潜在顧客である若者向けへのプロモーションをさらに促進するため、現在Virtual Try-onを拡張した新しいサービスも試験的にスタートしています」と語る。

 そのサービスとは、来店しなくてもMASUNAGA1905のECサイト上でバーチャル試着が行えるものだ。個々人に応じたアバターの作成には、直接来店してZEISS VISUFIT 1000で測定を行う必要があるが、試験サービスではサンプルアバターを4種類用意し、眼鏡フレームの装着イメージを確認できるようになっている。「来店前にまず装着感を確認いただいて、そこから実際のフレームを店舗で体験してもらう狙いもあります」と野原氏。

 Virtual Try-onのサービスは、増永眼鏡以外の眼鏡店への展開も進めている。「増永眼鏡の店舗は直営店ですが、他社の眼鏡店さまでは複数ブランドの眼鏡フレームを取り扱いますので、Virtual Try-onでもそのブランドのフレームを選択できるようにしています。今後、ZEISS VISUFIT 1000を眼鏡業界にさらに普及させていくために、Virtual Try-onのシミュレーション機能と組み合わせて、提案を進めていきます」と乾氏は展望を語った。