テクノロジーで子供の身の安全と健康をサポート
–Kids Tech–
神戸常盤大学附属ときわ幼稚園
センサーによる子供たちの見守りは、さまざまなシーンで需要がある。その内の一つが、幼稚園などの送迎バスだ。車内への置き去りを防ぐため、昨今テクノロジーの活用が注目されている。
送迎バスへの置き去りを防止
2022年9月に、静岡県の認定こども園において、送迎バスの車内に園児が置き去りにされ死亡する事件が発生した。2021年7月にも福岡県で同様の事件が発生しており、再発を防止するため幼稚園・保育園関係者は対応に追われた。
そうした社会問題に対して、テクノロジーの活用が有効だ。実際、2023年4月1日からは幼児等の送迎バスにおける所在確認と安全装置の装備が義務化されている。国土交通省によって要件が定められた2種類の安全装置の内、一つはカメラなどのセンサーによって、車内の置き去りを検知するものだ。
スポーツ用品の製造、販売などを行うアシックスが提供するスポーツデータ統合システム「TUNEGRID」も、この送迎バスの置き去り防止に活用されている。アシックスは2022年11月ごろから、神戸常盤大学附属ときわ幼稚園(以下、ときわ幼稚園)と、ときわ幼稚園をはじめ複数の幼稚園、福祉施設の送迎バスなどを運行管理している近畿タクシーと連携し、送迎バスの見守り実証実験を実施した。
アシックスのTUNEGRIDのコア技術の一つに、小型BLEセンサー「TUNEGRIDCube」がある。TUNEGRIDCubeは重さ約5gの小型センサーで、TUNEGRIDCubeを内蔵したセンサーシューズによって時刻に応じた歩数を記録したり、受信機と連動することで着用者の位置情報を取得できる。
運動教室も開催
ときわ幼稚園では、年長の園児15名(2022年11月時点)を対象に、このTUNEGRIDCubeを取り付けたスマートシューズを着用してもらい、送迎バスの中に設置した受信機(ゲートウェイ)によって、バスへの乗降を記録した。ときわ幼稚園で園長を務める髙木真美氏は「当園ではおととしの送迎バスへの置き去り事件を受けて、3名で園児の人数を確認するトリプルチェック体制で送迎バスを運用していました。それに加えTUNEGRIDによる見守りを導入したことで、もう1人職員が子供たちを見守ってくれているような心強さがありました」と語る。TUNEGRIDCubeによって記録された送迎バスへの乗車状況は、専用の管理画面から一目で確認できるため、園児が送迎バスに取り残されていないか遠隔から確認できる。3人分の人の目と、機械の目によって園児に身の安全をより精度高く守ることが可能になったのだ。
「TUNEGRIDで運動量を計測し、子供たちの運動量を増やす取り組みも行いました。実証実験がちょうど11月からと気温が低い時期であったのとコロナ禍もあり、運動量がどうしても落ちてしまっていたため、計測データを基に外で遊んだり、縄跳びをしたりと体を動かすことを意識しました」と髙木氏。アシックスによる運動教室も開催し、子供たちはマット運動など体の動かし方を学んだ。ときわ幼稚園では今後、アシックスと共に子供たちの運動量を上げる取り組みを継続していく方針だ。
運動データの可視化が
生活を豊かにするTUNEGRID
–Kids Tech–
アシックス
TUNEGRID
スポーツ用品メーカーであるアシックスがなぜ子供の見守りを手掛けているのだろうか。子供たちの運動不足を解消することを目的とした実証実験から始まった、その技術と取り組みを見ていこう。
完全防水で洗えるセンサー
アシックスが開発したスポーツデータ統合システム「TUNEGRID」は、スポーツの競技データや日々の運動習慣を簡易に記録し、その記録を分析できるシステムだ。小型BLEセンサー「TUNEGRIDCube」を内蔵したスマートシューズやビデオカメラなど、多様な測定ツールと連携しながら、データの一元的な管理および分析を行う。
TUNEGRIDの開発がスタートした背景には、ラグビーワールドカップ2015があった。アシックスの事業推進統括部 チューングリッド営業部 開発営業チームの久野宗郎氏は「当時、各国の代表選手がトラッキング技術などを活用して活動量を分析する取り組みが注目を集めました。当社でも実際に選手の活動量を分析できるシステムを作ろうと、試作機の開発に取り組みましたが、高性能なシステムはどうしてもコストが高くなりがちでした。そこで機能を絞り、必要な情報だけを取得して解析できる低コストなシステムとして開発し、2021年6月に実用化したのがTUNEGRIDです」と振り返る。
TUNEGRIDのコア技術の一つであるTUNEGRIDCubeは、重さ約5gの非常に軽量な小型BLEセンサーだ。このセンサーは専用のシューズ(スマートシューズ)のベロの部分に収納することで、時刻に応じた歩数の記録や、受信機(ゲートウェイ)と連動してシューズの着用者の位置情報や、運動量などを可視化する仕組みになっている。TUNEGRIDCubeは使い切りのセンサーで、充電の必要がないのが特長だ。「シューズのベロ部分に収納するため、充電の必要があるとそのたびに取り出す手間が発生してしまいますし、充電後に装着することを忘れてしまう可能性もあります。TUNEGRIDCubeは完全防水なので、入れっぱなしでシューズが洗えるのも魅力です。ときわ幼稚園さまの実証実験でも入れたまま洗える点が衛生的で良いと好評でした」と久野氏。
TUNEGRIDCubeのデータを取得するための受信機も必要だ。受信機は利用シーンに応じて、複数のTUNEGRIDCubeのデータを一度に取得できる専用端末と、ユーザー自身のTUNEGRIDCubeのデータを取得できるスマートフォン専用アプリ(今後リリース予定)が用意されている。専用の受信機を活用すれば一度に約50名のデータを取得できる。
四つの活用シーンで提案
こうした仕組みを活用し、アシックスは現在主に四つの活用シーンで、TUNEGRIDの提案を進めている。一つ目はスポーツデータ分析を目的に活用する「TUNEGRID For Sports」、二つ目は働き方の改善を目的に活用する「TUNEGRID For Works」、三つ目は地域の暮らしのDX推進に活用する「TUNEGRID For City」、そして四つ目に、幼稚園や学校のDX推進に活用する「TUNEGRID For School」だ。今回はTUNEGRID For Schoolにフォーカスして紹介していく。
そもそもTUNEGRIDを活用した最初の実証実験は、子供の運動量測定だった。総合型キッズスポーツスクールを運営する「biima sports」と協力し、5〜12歳ごろの子供60人にTUNEGRIDCubeを内蔵したシューズを2カ月程度着用してもらい、1日当たりの歩数や時間ごとの運動量など、子供の運動習慣の可視化を行った。TUNEGRIDCubeで取得した歩数などのデータは保護者のスマートフォンとペアリングして把握したという。運動習慣の可視化と同時に、起床時間や就寝時間、食欲の有無などの生活習慣に関するアンケートも実施したところ、平均歩数より多く歩いている子供は早寝早起きで寝起きがよく、食欲が旺盛で、外に遊びに行く頻度が高い傾向にある、といった結果が明らかになった。また、スマートシューズによる運動量の可視化を行うことで、運動量が増えたといった回答もあり、子供の運動へのモチベーション向上とともに、親子のコミュニケーション促進にも貢献したという。
久野氏は「TUNEGRIDを開発した当時、子供の運動能力低下が課題となっていました。当社は創業哲学に『健全な身体に健全な精神があれかし』を掲げており、アスリートに限定せず、全てのお客さまの生活を豊かにするための製品やサービスを提供しています。この最初の実証実験も、そうした取り組みの一つです」と振り返る。
夏場の活用も想定した検証へ
ときわ幼稚園と近畿タクシーとの実証実験もこのTUNEGRID For Schoolの取り組みの一つだ。「実は、本実証実験も当初はときわ幼稚園の子供たちの運動量可視化を目的に、準備を進めていました。背景には、コロナ禍でなかなか外で遊ぶことができないことによる運動不足があったようです。しかし準備を進めている最中に、送迎バスへ園児を置き去りにしてしまう事件が発生し、園児の運動量可視化と並行して、送迎バスの見守りもTUNEGRIDで実現すべく、実証実験をスタートさせました」(久野氏)
昨年11月からスタートした本実証実験は事故もなく、無事に終了した。実証実験中に受信機からのデータが管理画面に表示されないといったトラブルが発生したものの、実証の中で解消されたという。久野氏は「今回の実証は秋冬と気温が低い環境で実施しましたが、置き去り検知は夏にこそ必要な技術です。しかし、真夏の送迎バスの車内でも受信機がきちんと動作するかといった検証ができていませんので、今後そうした環境での検証を進めていきたいですね」と語った。