Disaster Prevention Research
国内防災情報システム・サービス市場は高成長を続ける
台風や豪雨が全国各地で発生する7~9月は災害対策への関心が高まる時期だ。近年では、気候変動の影響などで台風や豪雨の被害を受ける地域が広がっており、その損害の規模は年々大きくなっている。防災・危機管理の観点から、災害対策についてもセキュリティ対策と同様、自社はもちろんサプライチェーンを含めた対策が求められる。本特集ではデータ保護やBCPへの取り組みに加え、サプライチェーンを視野に入れた防災・危機管理ソリューションを紹介し、災害対策にとどまらないビジネスの広がりをリポートしていく。
国内防災情報システム。サービス市場は高成長を続ける
平時と非常時の両方で利用できる、提案が商機につながる
近年、豪雨災害を中心に自然災害が頻発化しており、またその被害も激甚化している。それに加えて以前より指摘されている南海トラフ地震や首都直下地震、日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震といった巨大災害のリスクも依然として残っている。こうした背景から災害対策およびBCP対策に対する意識が高まっており、国内の防災情報システム・サービス市場が高い成長を示しているという。
2027年度は1,533億円に成長を予測
さらに大きく成長する可能性も指摘
豪雨をはじめとした自然災害が全国で頻繁に発生するようになり、甚大な被害をもたらしている中で、災害対策やBCP対策の重要性が広く認識されるようになった。その結果、防災情報システム・サービスへの需要が高まり、ビジネスとしても同市場が注目されるようになっている。
そこでシード・プランニングでは3年前より国内防災情報システム・サービス市場の調査レポートを提供している。その最新版である今年1月末に発表された2023年版のレポートによると、同市場規模は2021年度が1,050億円であるのに対して、2027年度は1,533億円に成長すると予測している。
シード・プランニングの同調査では防災情報に特化したシステムやサービスを対象としており、例えばPCやスマートフォンも防災情報を利用するツールとして広く利用されてはいるが、専門的に使われていないため対象外としている。
また同市場について「防災情報システム」「センサー設備」「情報サービス」「防災行政無線」「消防無線」「消防指令システム」「通信回線」の七つの分野に分類し、公共機関向けの「官公需要」と企業など向けの「民間需要」に分けて市場規模を予測している。
シード・プランニング 取締役 ジェネラルマネージャー リサーチ&コンサルティング部門担当 山本聖香氏は「調査対象以外の付帯する機器やサービスを含めると市場規模はもっと大きいと推測されます。また防災情報に直接的に関わる設備や機器のハードウェア市場が数兆円規模であることと、国や地方公共団体が防災情報システムを活用した防災、減災、国土強靱化に注力していることを考慮すると、同市場は大きく成長する可能性があります」と分析する。
クラウドやソフトウェアを活用した
効率化とコスト削減が需要を刺激
防災情報システム・サービス市場の動向において二つの注目すべき傾向がある。一つは前述の通り国や地方公共団体が防災情報システムの活用を推進していることだ。山本氏は「防災情報システムを提供しているベンダーがビジネスチャンスを求めて、政府がどのような調達をしているのか情報収集に力を入れており、当社のレポートを利用しています」と説明する。
そしてもう一つがデジタルなどの新しいテクノロジーを活用したシステムやサービスが同市場に刺激を与えていることだ。従来のハードウェアを主体とした防災情報システムは高価になりがちで、導入できるのは国や地方公共団体、大企業に限られる傾向が強かった。ところがクラウドやソフトウェアを活用することで導入方法やシステムの仕組みを効率化でき、コストが低減されて中小企業でも導入しやすくなっている。
例えば各地方公共団体で個別に導入していたシステムを、同じ目的のシステムについて共通化したりクラウドで共同利用したりすることでコストダウンしている事例もある。山本氏は「コストダウンだけではなく、災害発生時はほかの自治体から応援が来るため、同じシステムを利用していると対応が迅速化できるメリットもあります。異なるシステムを使っていると、現地でシステムの操作を指導、習得するのに時間がかかるからです」と指摘する。
市町村単位で異なるシステムを利用しているケースに対して、地域や県の単位でシステムを共通化、共同利用してもらう提案が商機につながりそうだ。
非常時だけ利用するものではなく
平時も使えるものが有利になる
防災情報においてデジタルを中心とした新しいテクノロジーを活用したシステムやサービスへの期待が高まる中で、従来の専用設備や機器のベンダーに加えてクラウドやソフトウェアなどのITベンダーにも同市場への参入が可能となっている。
山本氏は「災害発生時だけ使用するシステムやサービスではなかなか納得してもらえないのではないでしょうか。平時の日常業務に利用できて、非常時にもそのまま利用できるシステムやサービスが受け入れられやすいと思います」とアドバイスする。
また導入したシステムが万が一の際に使えなかったという事例もあり、平時に動作を確認したり、使い方を習得したりしておく必要がある。こうした課題に対しても日常的に利用しているシステムやサービスならば、非常時もスムーズに活用できるというメリットもある。
例えばある地方自治体では避難所の開設・混雑状況を情報提供するシステムを、平時は選挙の投票会場の混雑状況の情報提供に使っているという事例がある。また業務アプリケーションを災害発生時の各種対応業務にも活用する事例もある。
山本氏は「国や地方公共団体では防災情報システム・サービスに予算が割り当てやすくなってはいますが、デジタルテクノロジーを活用したシステムやサービスは新しい分野であるため、予算を獲得しづらいという側面もあります」と指摘する。こうした状況に対しても、平時と非常時の両方で活用できるシステムやサービスの提案が有利になりそうだ。
Disaster Prevention Information Solution
防災情報システム・サービスに最新のデジタルテクノロジーを採用して、新しいソリューションを提供する動きが広がっている。例えば日常生活で身近になっているスマートフォンやSNS、AIなどを取り入れて、より効果的かつ効率的な防災や災害対応、復旧を実現しようとするソリューションが開発、提供されている。ここではAI防災協議会で実証実験を進めてきた「SOCDA(ソクダ)」と、SOCDAの技術を用いてウェザーニューズが提供する「リスクロ」サービスを紹介する。
SNSを通じて災害情報を収集・提供
デマや誤情報の流布に対策
災害による被害を少なくし、被災した地域を迅速に復旧するには迅速かつ正確な情報の収集と共有が活動の前提となる。これまでもライブカメラや各種センサー、気象情報サービスなどを駆使して最善の策が講じられてきた。さらにTwitterなどのSNSが普及したことで、災害時の現場の写真や状況の説明といった情報が個人でも発信できるようになり、情報の量と共有のスピードが格段に向上し、防災および減災に大きな効果をもたらしている。
ただし従来はSNSを利用した災害時の情報発信、共有は個人や自治体がそれぞれ個別に活用しており、集めた情報を自助、共助、公助に生かせる共通の仕組みがなかった。
そこで内閣府が主導する「戦略的イノベーション創造プログラム」(SIP)の第2期において、国立研究開発法人 防災科学技術研究所(NIED)と日立製作所が共同で基盤的防災情報流通ネットワーク「SIP4D」の研究開発を2014年より進めてきた。
さらに2018年からのSIP第2期では、このSIP4Dを基盤にAIやSNSなどを活用して情報の収集、整理、提供を行うシステムとして、ウェザーニューズの主導で防災チャットボット「SOCDA(ソクダ)」も開発された。そして2019年、NIEDやウェザーニューズと共に民間企業、自治体などが集まり、SOCDAをはじめとする先端技術の防災への適用の効果の確認、普及に向けてAI防災協議会が設立された。
SOCDAの仕組みは次の通りだ。自治体の職員あるいは災害現場の住民が災害に関する情報を、LINEを通じてテキストや画像でSOCDAに報告する。SOCDAが収集した情報はAIを利用して災害種別などを分類し、地図とひも付ける。そして地域の被災状況を地図上に一覧表示するとともに、各現場をクリックするとその詳細を閲覧できる。
またLINEを通じて住民からの問い合わせにチャットボットで効率的に対応するサービスや、避難所の情報の提供などのサービスもある。例えば実際の災害時では避難所までの経路が浸水してしまい、避難が困難になるケースが少なくない。そこでSOCDAを利用することで自宅や避難所周辺の浸水の状況を把握でき、避難の参考にすることが可能だ。
SNSを利用した情報共有で大きな課題となるのがデマや誤情報の流布だ。SOCDAでは国立研究開発法人 情報通信研究機構(NICT)が開発した災害状況要約システム「D-SUMM」や対災害SNS情報分析システム「DISAANA」を活用して、情報の集約とデマの判断材料を提供する。
ウェザーニューズがSOCDAを社会実装
ハザード予測サービスの提供も計画
前述の通りSOCDAはSIP4Dを基盤とした個人一人ひとり向けの防災情報サービスのプラットフォームであり、SNS(現在はLINE版を提供)を通じて情報収集・提供を行うほか、政府が保有する情報や自治体が保有する情報も連携させられる。またSIP4Dを通じてほかのシステムと連携したり、分析などのサービスを利用したりすることも可能だ。
またSIP4Dと接続しなくてもSOCDAを単体で利用できる。SIP第2期が終了した今年3月末以降は開発の全般を担ってきたウェザーニューズがSOCDAの社会実装を進めることになった。SOCDAはLINEなどのチャットサービスを通じた情報収集と提供のプラットフォームであるため、今後はSIP4Dとの連携以外に、ウェザーニューズが提供する気象情報サービスを組み合わせたリスク連動型デジタルクロノロジーサービス「リスクロ」も提供される。
現在、ウェザーニューズはSOCDAを通じて災害データや災害対応履歴データを活用したハザード観測サービスと、気象実況データを活用したハザード分析サービスを開発している。さらに今後は同社の気象予測モデルを活用してハザード予測サービスも提供する計画だ。
AI防災協議会ではSOCDAの社会実装の形態として自治体ごとにシステムを導入する、あるいは全国で公共インフラとして整備することを検討してきた。社会実装を担うウェザーニューズでは当面、自治体ごとにシステムを導入する形態で社会実装を進めていく計画だ。
また自治体にSOCDAの導入が広がるメリットについて、これまで分断されていた災害対策および災害対応が、異なる自治体間で情報連携できるようになることで、より効果的に実施できるようになるという。AI防災協議会で常務理事を務めるウェザーニューズの萩行正嗣氏は「例えばある地域の避難所が氾濫した川を渡る経路上にある場合、隣接する自治体の避難所を越境して提供するといった連携が円滑に行えます。また同じ流域の上流の地域の被害状況を知りたいといった要望に応えることもできます」と説明する。
ソフトウェアサービスで商機を期待
懸念事項の払拭を含めて方策を提案
SOCDAは自治体だけではなく、民間の企業や組織も利用できる。例えば広域にわたって多くの拠点を展開している企業の災害情報システムとして、またサプライチェーンでつながっている企業や拠点の災害情報システムとして活用できる。また自治体と災害時協力協定を結んでいる土木業者と情報連携をして、復旧を円滑に進めるといった活用方法もある。
さらに災害情報システム・サービス市場に新たな商機を生み出すことも期待できそうだ。萩行氏は「今後はIoTセンサーによってより多様な情報を収集することが可能になります。収集した情報を防災や減災にどのように生かすのかのアイデアをソフトウェアでサービス化することで、新しい防災情報のソリューションが生み出されます。また既存のライブカメラの映像に関しても、AIで解析することで新しいサービスを生み出すことも可能です」と説明する。
SOCDAおよびデジタルクロノロジーを活用した災害情報ビジネスを伸ばすには、いくつかのポイントがある。SOCDAに関して萩行氏は「SNSを通じたSOCDAでの個人情報の扱い方についての法解釈を明確にしておくこと、またSNSで把握した事象に関して自治体に対応義務が生じると認識されるケースがありますが、消防などにおける通報に当たらないことも説明する必要があります。自治体がしたいことを、懸念事項の払拭を含めて方策を提案していくことが大切です」とアドバイスする。