MENTAL HEALTH MEASURES.
テレワーク環境の再考と再構築への着手
経営戦略としての社員のメンタルヘルスケア

長期化するテレワークによってメンタルに不調を来す社員が増加しており、休職する人や離職する人が増えている。テレワークが本格的に導入された昨年春は、リモートワークによる社員の生産性の低下が指摘されていたが、テレワークが長期化している現在、メンタルヘルスというより深刻な問題が顕著化している。このメンタルヘルス問題は業務レベルではなく事業レベルで支障が生じ、ひいては企業の存続にも影響を及ぼす恐れがある。本稿ではテレワークが引き起こすメンタルヘルス問題の実態と、その対処について考察する。

長期化するテレワークにおける
メンタルヘルス問題の実態と対処策

Part1 データから見るストレス

長期化するテレワークによってメンタルに不調を来す社員が増えているという。その実態と原因などについて『月刊総務』を発行する月刊総務が「メンタルヘルスケアに関する調査」の結果を公表している。『月刊総務』の元編集長であり同社の代表取締役社長と戦略総務研究所の所長を務める豊田健一氏に、企業が直面しているメンタルヘルス問題について話を伺った。

メンタルヘルス問題の最大の原因は
コミュニケーション不足による孤独感

月刊総務
代表取締役社長
豊田健一 氏

『月刊総務』が実施した「メンタルヘルスケアに関する調査」は『月刊総務』の読者および「月刊総務オンライン」のメールマガジン登録者などへのWebアンケートで実施された。実施期間は2020年9月14日から18日までで255件の有効回答を得ている。実施期間は今から1年近く前だが、本格的なテレワークが実施された昨年3月および4月から半年を経た時期となる。なお本稿ではテレワークと在宅勤務を同義で扱う。

 調査結果の一つを見ると本格的なテレワークが開始されてわずか半年の時点で「テレワークの推進によってストレスが増えているか」という設問に対して、「とても増えた」と「やや増えた」が合わせて54.6%にも上っている。

 調査期間から約1年を経た現在、依然テレワークは推進され続けており、1年以上も出社していないという人もいると聞く。現在の実態は調査結果よりも悪化していることは想像に難くないだろう。月刊総務の豊田氏は次のように指摘する。

「政府や各地の自治体がテレワークを推奨した当初は、社員の多くは通勤しなくていいということで、テレワークを歓迎していました。しかし実際にテレワークで仕事をしてみるとコミュニケーションが取りづらく、仕事がうまく進まないことが分かる。自分が置かれた状況を直視した時にこのままでは仕事ができないというストレスを感じ始める人が増えたのが、ちょうど調査した期間だったと考えています」(豊田氏)

 コロナ禍以前は働き方改革をスローガンに掲げ、通勤に費やす時間と労力、出張の移動にかかる時間やコストが無駄だとされ、テレワークやモバイルワークは合理的な働き方だと理解されていた。もちろんこの考え方は間違ってはいない。しかしコロナ禍という状況の中でテレワークが長期化するのは仕方のないことではあるが、その実態が合理的な働き方一択ということに問題があるのではないだろうか。

『月刊総務』が公表している調査結果の中に「新型コロナウイルスの感染拡大以降において、従業員のメンタル不調の要因が何だと思うか」という設問がある。この問いに対して「新型コロナウイルス感染への不安」(54.9%)は当然の回答だとして、そのほかに「テレワークによるコミュニケーション不足・孤独感」(60.0%)、「外出しないことによる閉塞感」(56.5%)、「オンとオフの切り替えの難しさ」(52.5%)という回答が目立つ。

 また割合は少ないが「生活リズムの乱れ」(23.1%)や「仕事のプレッシャーの増加」(15.7%)、「テレワークによる労働時間の増加」(13.3%)という回答も見逃すべきではないだろう。

テレワークは合理的だが不健全
不公平感やさぼりの誤解もある

日本で唯一の総務専門誌『月刊総務』

 メンタルへの悪影響についてコミュニケーション不足や孤独感、閉塞感という要因は容易に想像できよう。豊田氏は「我々ホモ・サピエンスが誕生して進化してきた過程で、ずっと集団で生きてきました。テレワーク環境は人類の進化と逆行していると言えるでしょう。例えば人間に対する懲罰とは禁錮刑です。完全に移動の自由を取り上げて閉じ込めることが懲罰として成り立っています。極論を言えばテレワークはこの状況にあります。オフィスで集団で活動していた社員がばらばらにされて自宅に閉じ込められるという現状は、社員にとって本来はとてもつらいことなのです」と指摘する。

 一方でテレワークは合理的でもあると考える。前述の通り通勤に費やしていた時間や労力を仕事や日常生活に利用できる。また企業の規則によって制限があったり違いがあったりはするだろうが、個人のライフスタイルに応じて仕事をする時間の配分を柔軟に組み立てることもできるため、ゆとりも生まれるだろう。

 しかし豊田氏はテレワークは合理的ではあるが、健全ではないとも指摘する。豊田氏は「通勤やオフィスにいることに無駄はあるものの、人としての健全性はありました。例えば通勤するのは面倒ですし時間の無駄とも言われますが、通勤にかかる時間と状況はマインドセットの切り替えに必要な無駄だと言えます。この通勤によって仕事をする心構えに切り替えたり、通勤で目にしたり耳にしたりした情報で新たな発想を生み出したりするなど、人にとって必要で大切な無駄なのではないかと思います」と説明する。

 そして最も危険なのは若い人の一人暮らしだと指摘する。ワンルームで1人で生活している若い人がテレワークを続けると、着替えたり外出したりするなど環境や状況を変化させないことで仕事のオンとオフを切り替えられず、生活のリズムも乱れてしまい、心身ともに不健全に陥りやすいという。

 また企業によってはテレワークをする人(部署や業務)とテレワークができない人(部署や業務)に分かれてしまい、テレワークができるできないで不公平感が生じるという問題もあるという。加えてテレワークをしていることに対して、さぼっているのではないかという疑念を持つ人がいたり、さぼっていると思われていないかという不安を抱く人もいるなど、調査項目の「仕事のプレッシャーの増加」につながる問題も聞かれる。

出社率を含めて迷走する経営層
テレワークの勝ちパターンが見えない

 テレワークにおけるメンタルヘルス問題の最大の原因は明らかで、「テレワークによるコミュニケーション不足・孤独感」に尽きる。この要因への対処は後述するとして、「オンとオフの切り替えの難しさ」と「生活リズムの乱れ」も含めた「外出しないことによる閉塞感」や、先ほど指摘したテレワークができるできないの不公平感、テレワークをしている社員への理解や信頼といった課題に対してどのように対応していけばいいのだろうか。豊田氏はまず企業としての対処の難しさを指摘する。

「テレワークでの問題に対して、それが仕事なのかプライベートなのか境目が分かりづらいという問題があります。どこまで踏み込んでいいのか判断しづらいのが実情なのです。とはいえ個別に対応する際にプライベートに関わるようなことにも、今後は対応が求められるようになるでしょう」(豊田氏)

 またテレワークの不公平感などについて豊田氏は出社率を含めてテレワークの勝ちパターンが見えないことを指摘する。豊田氏は「新型コロナウイルス感染拡大がある程度落ち着いたら全員出社に切り替えると表明しているIT企業も見られますが、今後もテレワークの推奨は続くでしょう。そうした状況下で多くの企業はテレワークの比率を何%に設定するのか決断できません。なぜなら成功事例がないからです。とりあえず50%に設定して実施し、状況を見て修正していこうというのが現状です。しかし業務の現場ではコミュニケーション不足による業務の遅延や停滞、社員のメンタルヘルス問題などが生じています。一律にテレワークの実施率を設定するのではなく、これら問題への対処を含めてテレワークを推進しなければ事業や経営への悪影響は深刻化してしまいます」と警鐘を鳴らす。

 またテレワークをしている社員への理解や信頼といった課題に対しても「監視ツールを導入して社員の仕事を見える化することで良い評価につなげてあげたり、労働時間の増加を防ぐという考え方もあります。しかし監視されている側は会社に信用されていないと思ってしまい、かえって問題を悪化させる恐れもあります。社員を信用して主体性を尊重し、テレワークを推奨することは好ましいことですが、一方で成果のみが評価対象となってしまい『仕事のプレッシャーの増加』につながる恐れがあります。仕事のプロセスを把握して社員に適切なケアを施すことを主な目的とした上で、社員の理解を得てから監視ツールを運用するといった方策を慎重に検討するべきでしょう」とアドバイスする。

ただ集まるコミュニケーションは失策
目的やテーマなど大義名分を明確にする

 前述の通りテレワーク環境下での社員のメンタルヘルス問題の最大の原因は「テレワークによるコミュニケーション不足・孤独感」だが、この問題に対して企業ではどのような対処をしているのだろうか。『月刊総務』が公表している調査結果によると「相談窓口の設置」が最も多く34.1%、次いで「朝礼・夕礼等の実施」が26.7%となっている。

 豊田氏は「オンラインコミュニケーションツールが普及したおかげで、対面ではなくてもリアルタイムの映像を通じて意思の疎通が比較的しやすくなりました。こうしたツールを活用して総務や人事に相談窓口を設ける、あるいは仕事から離れた雑談をする機会を設けることで、孤独感や不安感を軽減する効果は期待できるでしょう」と説明する。

 こうしたコミュニケーションの場を設ける際に注意しなければならないのは、いつでもいいから連絡をください、とにかく集まって話をしましょうなどといった目的を明確にしないやり方だという。

 豊田氏は「いつでもいいからと言っても誰も連絡してきません。例えば朝礼や夕礼では部署のメンバーが各々の仕事の予定や完了した業務などをお互いに報告して共有するという目的があります。ただ社員をつなげるだけではなく、集まる、集めるための目的やテーマといった大義名分が必要です。コミュニケーション不足を補うための場を、総務や人事が中心となって、頻度もさることながらいかに設計していくかが大切であり、ここが腕の見せ所です」と強調する。

 そして効果的なコミュニケーションの場の設定について二つの事例を紹介した。それらの事例を話す前に豊田氏は「人間を含めた霊長類は味覚、嗅覚、触覚によってつながりを認識する」と説明する。そしてあるIT企業ではミーティングを実施する前に参加者にカレーを宅配して、参加者は同じカレーを食べながらコミュニケーションするという。またあるコーヒーチェーン店ではミーティングを実施する際に参加者は同じ種類のコーヒーを飲みながらコミュニケーションするという。

 豊田氏は「つまりメンバー全員で同じ味、同じ香りがする食べ物や飲み物を楽しみ、その楽しみを共有しながらコミュニケーションすることで連帯感を実感するわけです」と説明する。そして「例えばカレーを配布するだけではなく、あらかじめミーティングの参加者にカレーに必要な食材を準備してもらい、参加者がオンラインツールで作り方を教え合い、雑談しながら一緒にカレーを作り、食べながらコミュニケーションするという場を設けるのはどうでしょうか」と提案する。

新しい取り組みを実施する絶好のチャンス
テレワーク環境を再考し、再構築する

 現在はテレワーク時のコミュニケーション不足が社員のメンタルヘルス失調の原因となっている。しかしテクノロジーが進化すれば、フルリモートで仕事をしてもストレスを感じにくくなる世界が実現するかもしれない。

 豊田氏は「アバターを使ったバーチャルオフィスでコミュニケーションするサービスも提供され始めています。例えばほかの人に近づくと、その人や周囲の会話が聞こえてくるなど、実際のオフィスと同じような体験が再現できるようになれば孤独感を払拭できるのではないでしょうか。またバーチャルオフィスの仮想空間を徘徊することで、仮想空間内にいるいろいろな人たちと突発的にコミュニケーションができたりするなど、実際のオフィスでは実現しづらい機能や体験も得られるでしょう」と説明する。

 そしてテレワークが長期化している現在、こうした新しい取り組みを実施する絶好のチャンスであると豊田氏は強調する。まずテレワークが長期化して社員の通勤に交通費の負担が激減していることに加えて、出張に伴うコストやオフィスの光熱費の負担も激減している。オフィスの面積を縮小したり拠点を廃止したりした場合は、さらにコストが削減できている。

 豊田氏は「こうしたコストの削減によって得られた資金を利益に加えるのではなく、社員が健全に働ける環境づくりに投資すべきです。そして総務や人事が音頭を取って、先ほど例示したカレーを使ったコミュニケーションを経営層に提案するべきです。現在、事実としてメンタルの不調を訴える社員が増えている問題があるわけです。その予防、対処として総務や人事が経営層に積極的に具体的な施策を提案して改善を働きかけていく好機です。経営層としても社員が健全に働ける環境を実現すれば、生産性の向上や売上、利益の向上につながる効果も期待できます。こうした全体像を描きつつ、現実に起こっている社員のメンタルヘルス問題を深刻に捉えて、テレワーク環境を再考し、再構築することを強く提言します」と締めくくった。


「現実に起こっている社員のメンタルヘルス問題を深刻に捉えて、テレワーク環境を再考し、再構築するべきです」