太田肇直伝! 働き方改革を100倍加速する「分化」の組織論 ― 第3回

時間を区切ればがんばれる



残業ありきが生産性を低下させる原因に

働き方改革を進めていく中で、一番注目されているのが残業をいかになくすかだ。欧米に比べて圧倒的に多い残業時間の問題、これも「分化」によって解消されるのだ。今回は、時間に関する「分化」についてお話しする。

文/太田 肇


残業しない欧州諸国、生産性は日本の1.5倍

 前回、社員のモチベーションを上げるには、個人の仕事を組織や集団から分化することがいかに大切かを説明した。しかし「分化」が必要なところはほかにもある。その一つが、時間的な「分化」である。

 ドイツやフランス、北欧などの人々は有給休暇を目一杯取り、よほどのことがないかぎり残業はしない。しかし仕事に対する意欲が低いわけではなく、ワークエンゲージメント(仕事への熱意)は日本人よりはるかに高い。ちなみにほとんどの調査で、日本人のワークエンゲージメントは最下位クラスである。また時間あたりの労働生産性を見ても、ヨーロッパの主要国は日本の約1.5倍である(日本生産性本部、2015年)。

就業1時間あたりで見ると、OECD加盟国中21位で、ドイツやフランス、米国は日本の約1.5倍。公益財団法人 日本生産性本部の「日本の生産性の動向」より引用(2015年)。

 つまり彼らは仕事と私生活をはっきりと「分化」しており、それが仕事に対する高い意欲や生産性につながっていると考えられる。

 なぜ、仕事と私生活を分化すると意欲や生産性があがるのか?

 わが国のように残業が当たり前になっている職場では、仕事と私生活とのトレードオフ(二律背反)が生じやすい。仕事をがんばりすぎたら私生活が犠牲になる。まして新しい仕事に挑戦しようものなら、帰りがますます遅くなる。だから表面的にはがんばるそぶりを見せながら、心のなかでは適当にやっておこうという気になる。

定時退社で「力の出し惜しみ」がなくなる

 そもそも毎日何時に帰れるかわからないような職場は、たとえていうならゴールのないマラソンを走らされているようなものであり、全力で働いたら体力も集中力ももたない。午後9時になっても、10時になってももつように力をセーブする。無意識のうちにモチベーションのリミッターが働くのだ。良質で自発的なモチベーションがいっそう求められるようになった今日、これは決定的なロスといえる。

 それに対し、残業がない職場では私生活へのしわ寄せが生じないので安心して仕事に没頭できる。またゴール(終業時刻)が決まっていたら、力の出し惜しみも起きない。能力を100%発揮するほうが楽しいし、定時の範囲内なら少々ハードな仕事やストレスのかかる仕事でも耐えられる。

 わが国でも、残業をなくしたら生産性が上がったという話をしばしば耳にするが、それはけっして奇跡や偶然ではなく、必然的な結果なのである。

キャリアの「分化」が定着率を高める

 こんどは時間軸をグンと伸ばしてみよう。

 わが国では一部に「終身雇用は崩壊した」という声がある。しかし統計を見ると日本人労働者の平均勤続年数は短くなっていないし、多くの企業は今でも定年までの雇用を暗黙の前提にしている。ところが新人や若手にとって、定年まで一つの会社で働けることは、必ずしも魅力的ではないようだ。

平均勤続年数でみると、昔よりむしろ長くなっている。独立行政法人 労働政策研究・研修機構の「早わかり グラフでみる長期労働統計」より「平均勤続年数」のグラフを引用。元資料は厚生労働省「賃金構造基本統計調査」。

 この会社で職業人生を終えるのかと思うと憂鬱になることもあるし、働き続ける自信がなくなることもある。また、自分のキャリアをすべて会社に委ねてしまうと、どうしても働き方が受け身で消極的になる。

 一方、キャリアを「分化」すれば積極的なキャリア形成ができるようになる。若手社員のなかには、10年間ほど一つの会社で働いて経験を積んだら別の会社に転職しようと考えている者や、資金が貯まったら独立する計画を立てている者もいる。彼らは能力開発にも積極的だし、仕事に対するモチベーションも高い。

 しかも興味深いことに、期間を区切るとかえって仕事が長続きするようだ。静岡市にある新聞販売の会社では、この業界の例に漏れず新卒採用者の8割が3年以内に辞めるという状態が続いていた。そこで社長は発想を転換し、3年間がんばれば独立できるように新人を育成する制度を取り入れた。もちろん独立せずにこの会社で働き続けてもよい。この制度を取り入れたところ、3年間の離職率が1割にまで低下したという。

 メキシコオリンピックのマラソンで銀メダルを獲った君原健二氏は、現役時代に出場レースをすべて完走したことでも知られている。その彼も、常に完走を目指していたわけではなく、次の電柱まで走ること、そこへきたらまた次の電柱まで走ることを目標にがんばり、それが結果として完走につながったと語っていた。

君原健二氏のブログ。2016年に75歳でボストン・マラソンを完走。現在もゲストランナーとして走っている。

 人間は、自分の意思でキャリアを形成できると思うと意欲が湧くし、目標が身近なところにあるとがんばれる。時間的な「分化」も、やる気を引き出す重要なポイントである。

筆者プロフィール:太田肇

 同志社大学政策学部・大学院総合政策科学研究科教授。1954年生まれ。神戸大学大学院経営学研究科博士前期課程修了。京都大学博士(経済学)。専門は組織論。近著『ムダな仕事が多い職場』(ちくま新書)、『なぜ日本企業は勝てなくなったのか―個を活かす「分化」の組織論―』(新潮選書)のほか『「見せかけの勤勉」の正体』(PHP研究所)、『公務員革命』(ちくま新書)など著書多数。