あの人のスマートワークが知りたい! - 第22回

転職・起業せずとも人生を変えることはできる!「心の騒ぎ」を見逃すな



令和時代は「ライフシフト」がキーワードに

ベストセラー『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)』を挙げるまでもなく、すでに日本は、最初に就職した会社で定年まで順風満帆の社会人生活を送れるような社会状況ではない。令和時代の社会人には人生の転換期が何度も訪れることになるだろう。しかし、その転機をいかに掴めばいいのか? その具体的な方法は? ライフシフト・ジャパン株式会社取締役CRO/ライフシフト研究所 所長の豊田義博氏にお話を伺った。

文/成田全


豊田義博
ライフシフト・ジャパン株式会社 取締役CRO/ライフシフト研究所 所長。東京大学理学部卒業後、リクルート入社。『就職ジャーナル』『リクルートブック』『Works』編集長を歴任、リクルートワークス研究所主幹研究員として就職や働き方についての研究調査に関わる。現在はリクルートを退社、特任研究員としてリクルートワークス研究所の研究に引き続きコミットしつつも、一般社団法人産学協働人材育成コンソーシアム理事、高知大学、金沢工業大学大学院の客員教授も務めている。著書に『「上司」不要論』『就活エリートの迷走』『若手社員が育たない。』『なぜ若手社員は「指示待ち」を選ぶのか?』、共著に『実践!50歳からのライフシフト術~葛藤、挫折、不安を乗り越えた22人』などがある。

“ライフシフト”とは何か?

―― 「ライフシフト」とはどんな概念なのでしょう?

豊田 ライフシフトは、2016年に出版された『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)―100年時代の人生戦略』(リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット著、池村千秋訳/東洋経済新報社)に起因する言葉です。この本の中では、その人の持つ様々な資産を活かし、変わり続ける「マルチステージ」で人生100年時代を生きていこうと提唱しています。しかし日本で使われるライフシフトという言葉は、これまでとはまったく違う別のことを始める「大きな変化」としての意味で使われているのではないか、と感じています。

―― ライフシフト・ジャパンでは、どのように「ライフシフト」を定義されているのですか?

豊田 私たちライフシフト・ジャパンでは「人生の主人公として、100年ライフを楽しむこと」という言葉を掲げて、自分自身の人生の主人公として、自分の価値軸に気づき、なおかつ変化に対応できる能力や知識である「変身資産」を活かしながら、いきいきと楽しく人生そのものを過ごそうとする「状態」と定義しています。

 昭和の牧歌的な時代では、ひとつの会社で定年まで勤めた後にセカンドライフがあるという人生が大勢でしたが、平成に入ってから世の中が変わり、これまでやってきた仕事がなくなったり、リストラなどいろいろな事が起こって、好むと好まざるとにかかわらず、今までと違うことをせざるを得なくなりました。そして現在のようなシフトし続けていく時代では、自分自身のライフキャリアのありようも抜本的に変化していきます。

 またライフシフトは仕事や会社でのことだけでなく、趣味や勉強会といった「サードプレイス」でのこと、そして転居や結婚、子育てといった「ライフイベント」も大きな要因となります。また世の中の状況は時々刻々と変わりますし、自分の考え方や物事の捉え方といったようなスタンスも変わります。

 そうした様々な変化に適応して、自分のマインドや行動を変えることで、いきいきと、楽しく生きていける状態にし続ける状態を目指していることが「ライフシフト」なんです。なので必ずしも転職や起業といったことだけがライフシフトではないですし、「ライフシフトを一回したら上がり」でもないんです。もちろん今の仕事を続けながらライフシフトすることも可能です。

LIFE SHIFT(ライフ・シフト)―100年時代の人生戦略』リンダ・グラットン、アンドリュー・スコット著、池村千秋訳/東洋経済新報社

―― ライフシフト・ジャパンには「ライフシフト4つの法則」というのがありますね。

豊田 第一法則は「5つのステージを通る」ことです。自分や社会の状況が変わったことで、悶々とした状態でなんとなく毎日を過ごしている人は多いと思います。この「何かがおかしい、このままでいいんだろうか」と感じる状態が、1つ目のステージ「心が騒ぐ」です。

 そして答えは見えないけれども、今のままではまずいぞという自分自身の心の騒ぎに忠実にアクションを起こすと、2つ目の「旅に出る」行動となります。大学院や勉強会へ行ったり、NPOやボランティア、副業を始めるなど何かしら行動を起こすことで、悶々としていた状態から抜け出し、改めて自分自身が何を大切にしているのかに気づくきっかけが生まれる。これが3つ目の「自分と出会う」ことにつながります。

 人というのは、自分がいったい何を大切にしているのか日々考えているわけではありません。しかし心が騒いで旅に出ると、「今のこの状況では、自分はこういうことをした方がいい」と気づく。気づくと、人間は物事を学んだり、人と会ったりなどいろんなことに取り組み始める。これが4つ目の「学びつくす」につながります。そして最後に、新たなことを始める「主人公になる」ステージへと到達し、ライフシフトを果たすことになります。

 この5つのステージの中で、ライフシフトの一番のキーポイントとなるのが「自分と出会う」でしょう。

 多くの日本人は会社勤めをして、会社からの要求に応えることによって報酬を得ています。もちろんそれである種の承認欲求も得られるでしょうが、 多くの人は「自分と出会う」ことをスポイルして、人生の主人公となることを放棄しているんです。「目の前に仕事もあるし、このままでいいか、60歳になったら考えよう……」と考え、心が騒いでも旅に出ることにブレーキを掛けてしまう。

 そうではなく、その都度考えていくことが大切なんですね。もちろん変化は自分から仕掛けなくてもいいんです。誰かから誘われたことに巻き込まれて実際にやってみることで、自分の気持ちに適応していく。そうすると人は大きく変わるんです。それもまた、素敵なシフトだと思うんですね。全部自分で決めてやるんだ、という堅苦しいキャリアや未来をデザインする必要はありません。そうやって誘ってくれた人というのは、第二法則「旅の仲間と交わる」における「使者」になるわけです。

―― ライフシフトの第二法則で、自分が主人公になるために交わる。仲間には、使者・ともだち・支援者などがいて、励まし合ったり、力を貸してくれたり、軌道修正を促したりなど様々な役割があるのですね。

豊田 実は私も大学を卒業してからずっと一社にいて、そろそろ定年後の生き方を考えなきゃな、と思っていたところ、元上司から声をかけられたという巻き込まれ型なんです。ライフシフトをテーマにした本を一緒に書かないか、と元上司に誘われて、面白そうですねと参加したら、それが会社を作るという話に変わっていて(笑)。なので『こんなことをやりたいな』と思っていたら向こうからやってきた、という話に近いんです。

 どうして自分のやりたいことが舞い込んできたのか? それはもちろん元上司との人間関係が続いていたということもありますが、私自身が研究したことをメディアに発信したり、本にまとめたりと、アウトプットしていたことが大きいですね。元上司はそれをずっと見て、知ってくれていたんです。

 もちろん研究発表や本の執筆といったことばかりではなく、今はソーシャルメディアもありますから、「こういう志がある」「こんなことをやってみたいけど上手くいかない」といったことを発信するのは誰でもできるようになっていますよね。そうやって絶えずアウトプットをしていると、いろんなフィードバックが来る。また単純に他の人の動向を見ていることで、時代の流れに気づくこともある。ソーシャルメディアでよくある「今日ご飯何食べました」だと、せいぜい「いいね」をもらえるだけで、変化の要因は訪れませんが、自分の思いや心の騒ぎ的なものをその都度アウトプットしていくと、新しいことのトリガーになる時代なんだろうなと思いますね。

 またライフシフトのサイクルは、会社に入ってから引退するまでという大きなサイクルもあるし、数年や数ヶ月で変わっていくこともある。会社のプロジェクトに参加するのも、サイクルのひとつです。時間軸は主観的なもの、大きなサイクルと小さなサイクル両方があると捉えた方がいいでしょう。

“心の騒ぎ”に忠実に行動する

―― 冒頭でお話しいただいた「自分の価値軸」について、詳しくおしえてください。

豊田 ある会社でワークショップをやったときに、ライフシフトをしてパラレルワーカーをしながら人生を楽しんでいる人のエピソードに対して、50代の女性から「そんな人はごくわずか。そもそも自分はなりたくもない」とすごいディフェンシブな意見をぶつけられたことがありました。もちろん彼女としては「今までの生き方を否定されたくない」という気持ちもありつつ、「そんなのできない、無理」という心の中にある違和感もあったんだと思います。しかし一方で、自分がどういうことを大切にしたらいいのか、つまり「自分の価値軸は何なのか?」ということがわかっていないんですね。

 外から様々な情報のシャワーを浴びると、人はディフェンシブになりがちなんですが、どんな人にも「変わりたい」「大切にしたい」と思うことが自分の中にあります。自分の思いの通りに生きると楽しい、こんなことがやれるかもしれないということに気づけると、ディフェンシブな部分が取れて変わることが怖くなくなる。「変われない」のではなく、気づけば変われるんです。

―― 自分がどんな部分を大切にしているか、自分にとって何が大切なのかを見極めることが大切なわけですね。

豊田 それがライフシフトの第三法則「自分の価値軸に気づく」です。誰かのために役に立ちたいと考える「社会価値」なのか、自分の志向や能力を活かした「個性価値」を大切にしたいのか、それとも家庭のような生きていく上での起点となる「生活価値」をベースにするのか、大切な部分は人それぞれです。どこで自分が主人公になりたいのかの軸を定めると、ライフシフトをさらに進めるためのキーポイントである「変身資産」をどう使っていくのか、という第四法則「変身資産を活かす」につながっていきます。

 例えば「変身資産を活かす」には「3つ以上のコミュニティに所属していること」という項目があります。これはなぜかと言えば、会社、家庭以外に場(サードプレイス)を持つことで、普段自分が所属しているコミュニティとは違う考え方に触れられるからです。すると自分の偏りなどに気づいたり、普段は無意識に押し殺していた部分が自然に出てきたりして、オープンマインドになっていくんです。すると、どんなことからも学んでいくことができるようになり、学んだことを捨てられる勇気を持つこともできるようになる。「こういうのもありなんだ」ということに触れると、変化に対するマインドが開かれていくんです。

 とはいっても、人間は変化を好んでいるわけではないですし、「変わるのが怖い」という方もいます。しかし日本の社会はここ30年、混迷の時代を辿ってきました。そこでは多くの人が、いろんな変化をせざるを得なかったんです。自分のこれまでを振り返ると、変わってきたことがあるはずなんですよ。転職や独立、起業した方はもちろんのこと、一社で働いてきた人であっても、社内での仕事のやり方や事業内容が変わったこともありますよね。

 そう考えれば「いろいろと変わってきたから、なんとかなるかもしれないな」と思えるようになる。そして自分の中の変身資産に気づけば、新しいことをやってもいいかなと、一歩を踏み出せるはずです。ライフシフトを果たした方に話を聞くと「最初は『とりあえず何かやろう』と思って始めてみた」と言う方が多いんです。とにかく、まずは心の騒ぎにブレーキを掛けず、何かを始めてみる。もしそれが上手くいかなかったとしても、次は別のことをしてみたらいいんですよ。

働き方が変わる中での“会社の役割”と“ライフシフト”

―― 社会の変化するスピードが加速する中、働き方もどんどん変わっています。

豊田 働く時間や場所の自由度がこんなに日本の中で議論されるとは、3、4年前でも多くの人は思っていなかったですよね。今後も「働く」を取り巻く環境は、いろんなことが起こると思います。ひとつの仕事、ひとつの会社、ひとつの職場だけではなく、自分自身の変化に対する態勢をどんどん広げるマルチコミットがあっていいし、逆にそうした方がキャリアに関するアダプタビリティ(適応性)も当然広がる。

 現在の転職は、「A社を辞めてB社へ行く」という0:100の割合ですけれど、今後は興味を持っているB社の仕事に近いようなことを副業といった形でお試しでやってみる、つまりコミットの比率をいきなり0から100に変えるのではなくて、0から徐々に増やしていくという「コミットメント・シフト」(参考URL)という考え方もあるんです。

 7月にライフシフト・ジャパンで「カイシャの未来研究会2025」という研究会を開催しました。そこでは、企業が良い意味で個人との関係をリファインしていきながら、欧米スタイルのクールな関係ではなく、心理的に距離の近い関係でいようということを話し合って、「会社を『出会いの社(やしろ)』にしよう」というメッセージを出したんです。日本の社会では、企業という「インフラ」がライフキャリアに大きな影響を及ぼしていて、そこで働く人が幸せに生きるためのプラットホームになっていたんですが、今ではそれがうまく機能しなくなって、多くの人が、会社の外にライフシフトの機会を求めている、という現実があります。しかし会社が知恵を出したり、会社同士がつながっていけば、多くの人が再び会社の中でライフシフトのサイクルを回していけるのではないかと思うんです。

 また、そういう方向へ会社も変わろうよ、というキャンペーンも始めています。たとえば同業の会社同士がつながってインフラを共有したり、採用活動を一緒に行ったり、自社の人材開発やリーダーシップ研修をシェアするといった機会を作る。これが広がっていくと、時間や場所といった狭い意味での「働き方改革」ではなく、A社メインで働きながらB社も兼務するといったような、より自由度が高く、自分がやりたいことと出会う機会を増やせるのではないでしょうか。

 ただ、働くスタイルや基本ができていない人たちが、いきなり自由度の高い働き方をすると、すべてが中途半端になって身につかないというリスクはあるでしょう。これまで新人は、打席に立つ回数を増やしてもらうことで、成功と失敗を重ねて自分なりのスタイルや勝ちパターンを体得していましたが、これからはひとつひとつの仕事の質や気づきを高め、他の人間との接点を豊かに持ちながら働くことが重要になります。

 それを実行するにはコミュニケーションインフラなどを豊かにして、リアルでなくてもいろんな形で関わり合える、いつでもどこでもフランクにコミュニケーションできたり、ちょっとしたときに思ったことが伝わるという「つながっている状態」を作ることが大切になります。それにはITがとても重要です。普通はテクノロジーが進化するとコミュニケーションは損なわれる傾向にあるんですが、グループウェアを使うなど、豊かな方へと揺り戻すことが必要となるでしょう。

―― 最後に、今後のライフシフト・ジャパンの活動についておしえてください。

豊田 まずはライフシフトを成功させた、あるいは目指す人たちのネットワークを広げていくことですね。ウェブやリアルを介して、多くの人と接点を持ち、個人、法人を対象としたワークショップを様々な機会で展開して、最初の一歩をどう踏み出してもらうか、という「気づき」を提供していきたいですね。

 そしてサードプレイスになるようなコミュニティや、サロン的なものを生み出せないか、とも話しているんです。そういうところを探している人はたくさんいらっしゃって、心が騒いでいても、行方がわからないから旅に出られないという人は多いでしょうから。そういう機会が社会的にも求められていると思うんです。

筆者プロフィール:成田全(ナリタタモツ)

1971年生まれ。大学卒業後、イベント制作、雑誌編集、漫画編集を経てフリー。インタビューや書評を中心に執筆。幅広いジャンルを横断した情報と知識を活かし、これまでに作家や芸能人、会社トップから一般人まで延べ1600人以上を取材。『誰かが私をきらいでも』(及川眠子/KKベストセラーズ)など書籍編集も担当。