今読むべき本はコレだ! おすすめビジネスブックレビュー - 第36回
合理的で使い勝手がよいシステムを作るための発注者の心構えと技術
『システムを作らせる技術 エンジニアではないあなたへ』白川克 著、濵本佳史 著/日本経済新聞社
現代においては、ほぼすべてのビジネス、サービス、エンターテイメントはコンピュータを使ったシステムが中心になっている。つまり、システムの良し悪しは事業の質に直結しており、企業・団体の将来をも左右する。だが実際には、世の中には使いにくいシステムがあまりにも多い。本書では、コンサルティング会社で業務改革、ビジョン策定、コンセプト立案などを手がけてきた著者たちが、その経験から「システムを作らせる側」に必要な技術を紹介している。
文/土屋勝
使いにくいシステムはなぜ作られるか
35万人月・4,000億円をかけてシステムを再構築した大手都市銀行が頻繁に障害を起こしたり、新型コロナウイルス感染対策の給付金申請で自治体が大混乱に陥いるなど、現代はシステムの不具合が市民生活に大きな影響を与える時代だ。全国民を巻き込む大規模障害だけでなく、一企業・団体の内外で起こるシステム障害や使い勝手の悪さは、市井のいたるところに溢れている。
こういったシステムのトラブルはなぜ発生するのか。開発サイド、プログラマー側に責任があることも多いかもしれないが、それ以上に問題が大きいのは、システムの発注者側に本当の原因があることだ。発注者がシステムの稼働ビジョンをきちんと認識していなかったり、開発者に丸投げしてしまったり、必要な機能の確認を怠ったり、納期や予算を十分に確保していないなど、おそらく複数の問題が絡み合ってシステムのトラブルは発生するものだ。
多くの場合、発注者はプログラミングのプロではない。業務のシステム化が目的であれば、その企業内で業務に精通している人が担当者になるのが一般的だが、新規事業、新規サービスを立ち上げるとなると発注担当者も初めてのことで、素人同然だったりする。デジタルトランスフォーメーション(DX)の本質を理解していない社長から「我が社もとにかくDXに取り組め!」との号令が下って、右往左往することもあるだろう。だが、発注者側、作らせる側がプロジェクトの全貌を理解し、きちんと管理できなければ、まともなシステムは完成しない。本書は、プログラミングのプロではない発注者が心がけるべき、ノウハウや心構えを説く。
本書では失敗するシステムの原因として、次の7つを掲げる。
・ゴールがバラバラ
・システムをITエンジニアに丸投げ
・システムを欲しがるが、業務を変えるつもりはない
・必要な機能がもれている
・現場の声を聞きすぎてコストが膨らむ
・システムを作ってもらうベンダーやソリューションの選択に失敗
・コントロールできない炎上プロジェクトとなる
いずれも身近に体験したり、聞いたことのある事例ではないだろうか。
プロジェクトに関わる人たちの認識、目指すゴールがバラバラというのはよくある話だ。社長が「自分はIT音痴だから」とエンジニアにシステム構築を丸投げし、結局完成しない、あるいは使い物にならないシステムが納品されることはしばしばある。
合理的でビジネス目線のシステム作り方法論
著者の一人・白川氏は20年前、若きシステムエンジニアとして業務をこなしながら「作って終わりではなく、ビジネスとして成果を刈り取るところまで関わりたい」「ユーザーとエンジニアは対立関係ではなく、同志としてプロジェクトに参加したい」といった理想を掲げ、独力で工夫を重ねていたという。
だが、転職した先のケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズでは、そういった悩みへの回答が、すべて合理的な方法論として示されていたことに大きなショックを受けた。ケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズでは具体的な方法論が理屈で裏付けられ、さらにエンジニアの美意識でもユーザーのわがままでも上司の気まぐれでもなく、「ビジネスを良くするために、どんなシステムを作るべきか」というビジネス目線に裏打ちされていた。
本書はそのケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズでの20年間の実績、研鑽をもとにまとめられた。著者は戦略立案や業務改革、人材育成などを手がけ、方法論を著書や講演で伝えてきたが、今回、ようやく「システムを作らせる技術」をまとめることができたという。
Whyから始めよ
著者は、「プロジェクトを成功させるにはWhatではなく、Whyから始めよ」という。Why→How→Whatの順番で考えるというのだ。普通の人はついついWhatを先行させてしまう。「この製品がすごいので導入したい」とか「パソコン上で動いているシステムをクラウド化したい」というのは、What先行の例だ。なぜ導入したいのか、なぜクラウド化したいのか、それによって現状とどう変わり、どのようなメリットが得られるのかというWhyが曖昧なまま多くのプロジェクトはスタートしがちだ。
Whyを先に考えるとはどういうことか。たとえば、「工場ごとにバラバラな業務を標準化/統合し、一つの会社として運営すべきだ」(Why)→「統合後の業務プロセスはこうしたい。ガバナンスはこうあるべき」(How)→「そのためにはこういうシステムを作ろう。こういう機能が必要となる」(What)といった流れで考えることで、このように発想すればストーリーがきちんと見えてくる。これに従ってシステムを作ることで、会社をどうしたいのかという将来構想も明確になるだろう。システム作りに関わる(巻き込まれた)人に対してもビジョンをきちんと示すことで、彼らも自分で考えて行動できるようになるのだ。
本書は400ページ近いボリュームがあり、内容はかなり高度で、開発の進め方、プロジェクトマネジメントについての知識がないと理解するのは大変だろう。外資系コンサルタントの文書にありがちで、横文字や略語が多用されていて、まごつくところも多い。たとえば私はFMというと「ファシリティ・マネジメント」、FSというと「フィジビリティ・スタディ」しか思いつかなかったが、本書ではFMは「ファンクショナリティ・マトリクス」、FSは「ファンクション・スペック」の略で使っていたりして、理解するまでに時間を要した。検索してもほとんど出て来ないので、ケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズの用語かもしれない。だが、企業の将来を背負うシステム開発を成功させたいのであれば、エンジニアでなくてもこのレベルを理解する必要があるだろう。本気でシステム開発に取り組みたい人にはオススメの一冊だ。
まだまだあります! 今月おすすめのビジネスブック
次のビジネスモデル、スマートな働き方、まだ見ぬ最新技術、etc... 今月ぜひとも押さえておきたい「おすすめビジネスブック」をスマートワーク総研がピックアップ!
『出社しなくても最高に評価される人がやっていること』(池本 克之 著/日本実業出版社)
リモート勤務が一般化してきた現在、従来と同じ働き方では成果を出しにくくなった。また、仕事の過程がわかりにくいため、うまくいかなかった時には評価されないこともある。そんな中でも、着実に成果をあげ評価されている人は、どのような仕事の仕方をしているのか、自分KPIを使いこなす仕事の進め方、リモートで結果を出す営業の仕方、コミュニケーションの取り方、モチベーションの保ち方など様々なノウハウを紹介! (Amazon内容紹介より)
『高橋洋一式デジタル仕事術』(高橋洋一 著/かや書房)
コロナ禍の拡大を防ぐためにリモートワークの機会が増え、ビジネスパーソンはPC、タブレット、スマホなどを多用する「新しい仕事の仕方」、いわば「デジタル仕事術」を余儀なくされていると言っていい。逆に言えば、機械に弱いビジネスパーソンは、これからどんどん取り残されてしまうだろう。本書の著者・髙橋洋一氏は、財務省(旧・大蔵省)在職時代より機械に精通し、「デジタル」という言葉が人口に膾炙する前から、データ分析やプログラミングを行ってきた。最近では、大学の授業や書籍の対談などもオンライン会議ソフトのZoomを駆使。その対談も、タクシーの中からスマホで行ったという。本書では、その仕事術の全貌を明らかにする。 (Amazon内容紹介より)
『トヨタの会議は30分 ~GAFAMやBATHにも負けない最速・骨太のビジネスコミュニケーション術』(山本 大平 著/すばる舎)
本書は、トヨタが大企業病から逃れるうえで重要な要素の一つになっている「社内でのコミュニケーション術」について、実際にトヨタマンとしてビジネス人生の基礎を築いた著者が、愛を持って振り返りつつ分析、一般に紹介する1冊です。「カイゼン」など、生産管理手法についてはすでによく知られているトヨタ自動車の社内で、実際にどんなコミュニケーションが行われているのかが明らかになります。……すべてのジャパニーズビジネスパーソン、必読の書と言えるでしょう。 (Amazon内容紹介より)
『良いデジタル化 悪いデジタル化 生産性を上げ、プライバシーを守る改革を』(野口悠紀雄 著/ 日本経済新聞出版)
日本の「失敗の本質」を明らかにし、本当に「使える」仕組みへの道筋を提示する。コロナ禍におけるさまざまな出来事を通じて、日本におけるデジタル化の遅れが白日のもとに晒し出された。かつて銀行オンラインシステムで世界の最先端を走っていた日本で、なぜ、こうした事態になってしまったのか? クラウドやブロックチェーンの導入、世界に開かれた仕組み、政府への国民の信頼が、なぜ不可欠なのか? 日本の労働生産性の低迷、「テレワーク」「オンライン教育」「オンライン診療」も進まない官民双方の著しいデジタル化の遅れの根本要因を明らかにし、個人の自由とプライバシーを守れるデジタル化への道を指し示す。(Amazon内容紹介より)
『ミスしない大百科 “気をつけてもなくならない"ミスをなくす科学的な方法 』(飯野謙次、宇都出雅巳 著/SBクリエイティブ)
大事な時に限って忘れ物をしてしまった! メールの返信を忘れていた! 慌てているときほどミスが多くなる! 大事な書類が見つからない! 日常起こるミスですが、これは頑張って意識してもなくなりません。「脳」の特性や、失敗の本質を知って、「仕組み」をつくることが大事です。本書では、スタンフォード大学情報工学部出身で現在は失敗学副会長を勤める飯野謙次氏と、脳科学・認知科学の知見を踏まえた仕事術を伝えている宇都出雅巳氏により、科学的にも腑に落ちる「ミスのなくし方」を紹介するもの。メール周りやSNSの誤爆から、忘れ物といった身近なミスまで、脳科学・認知科学や失敗学的な知見を踏まえ、それをなくす方法を伝授していきます。(Amazon内容紹介より)
筆者プロフィール:土屋勝(ツチヤマサル)
1957年生まれ。大学院卒業後、友人らと編集・企画会社を設立。1986年に独立し、現在はシステム開発を手掛ける株式会社エルデ代表取締役。神奈川大学非常勤講師。主な著書に『プログラミング言語温故知新』(株式会社カットシステム)など。