買い物困難者を支援する仕組みを構築
ドローン配送で地域課題を解決
日本は国土の70%近くを山地・丘陵地が占めている。しかし、山間部やその周辺の中山間地域は、平野部に比べると地理的条件が厳しく、人口の減少による過疎化が著しい。それ故に地域密着型の店舗は経営難に陥り、撤退や廃業を余儀なくされるケースも少なくない。地域課題となっている食料品や日用品などの購入ができずに困窮してしまう「買い物困難者」を生み出す結果を招いているのだ。こうした課題を解決するべく、伊那市がゼンリンと共に取り組むのがドローンを活用した配送サービスである。
ドローン飛行に最適な環境
中山間地域で深刻な課題となっているのが、近隣に店舗がなく食料品や日用品など生活必需品の購入ができずに困窮してしまう「買い物困難者」の存在だ。長野県の南部に位置する伊那市も、少子高齢化が進み、高齢者を中心とした買い物困難者の増加を地域課題に抱えている地方都市である。
「生活必需品を購入するためには、数十km離れた店舗まで赴かなければなりません。道路はうねりや高低差があり、徒歩や自転車での移動は困難です。住民の多くは自動車を暮らしの足として利用していますが、高齢者をはじめ自ら運転ができない住民もいます。当市では、そうした住民を買い物困難者にすることなく、生活しやすい環境を整えるための仕組みを求めていました」と伊那市役所 企画部 企画政策課 新産業技術推進コーディネーターの堤 秀幸氏は話す。
そうした地域課題を解決するのが、伊那市がゼンリンと共にシステムを構築し、伊那市が運用を開始した「長距離ドローン配送サービス」だ。中山間地域における買い物支援をドローンで行い、住民の買い物の利便性向上と地域経済のさらなる発展を目指すものである。
ドローンの飛行に関しては、墜落といったリスクの観点から、人が密集して居住する「人口集中地区」での飛行を禁止する「航空法」や国の重要な施設とその周辺での飛行を禁止する「小型無人機等飛行禁止法」などの規制がかけられている(飛行させたい場合には国土交通省の飛行許可が必要)。その点、山岳や河川の多い伊那市は、ドローンを飛行させる環境として最適な場所だった。「伊那市とゼンリンは2018年から河川上空をドローン配送航路として中心市街地と中山間地域を結ぶ物流ルートの確立を目指す『INAドローン アクア・スカイウェイ事業』を進めてきました。実証実験を重ね、伊那市長谷地区を南北に流れる三峰川と美和湖上空域をドローン専用の空路とする“空の道”を形成しました。伊那市では、2020年8月からKDDIと共に6.6kmの配送距離でサービスの運用を開始し、2021年11月16日からは、配送距離を10.3kmまで伸ばした『長距離ドローン配送サービス』として運用を始めました」とゼンリンの梁田真吾氏は説明する。
安全を担保した“空の道”で配送
ドローン長距離配送サービスの利用の流れは以下の通りだ。
(1)利用者が、ケーブルテレビの画面または電話で商品を注文する(受付時間は午前11時まで)。
(2)配送元となるスーパーは、商品のピッキング作業を行う。サービス担当者がスーパーへ赴き、商品を引き取る。
(3)商品を道の駅のドローンポートまで配送する。
(4)道の駅でドローンに商品を搬入する。ドローンは“空の道”を利用し、利用者宅周辺の着陸地点へ向かう。
(5)着陸地点に到着次第、各地区のボランティアがドローンから商品を受け取り、利用者宅へ届ける。
ドローンが道の駅を出発して着陸地点に到着するまでの時間は、最短で約5分、長距離であっても約15分とあっという間だ。自動車での配送では、渋滞に巻き込まれて遅延してしまうといった恐れもあるが、“空の道”であればそのような心配もない。
商品の注文にケーブルテレビが用いられていることもポイントだ。伊那市は中山間地域で電波を受信しにくいことから、全住宅でケーブルテレビを導入しており、誰でもサービスが利用できる環境がすでに整えられていた。決済に必要な口座なども併せて開設しているため、ドローン配送サービスで注文した商品の代金は全て引き落としされる。金銭面のやりとりもスムーズに行える。
“空の道”を使うため、墜落して人を負傷させるようなリスクは少ないものの、ドローンの飛行に対して不安を感じる住民もいるだろう。「雨天や風速5m以上の風が吹いているといった飛行する上で危険だと判断された場合には、その日の配送は停止となります。また、ドローンのより安全な運航を実現するため、高精度な3D地図データを活用した『衝突判定アプリ』を開発しました。本アプリケーションを使用することで、飛行ルート付近の障害物の有無をドローンの飛行前に確認することが可能です。これにより事前に障害物情報を察知して現場での操作ミスを防ぎます」(梁田氏)
見守りの役割も果たす
ドローン配送サービスをスタートした2020年8月~2021年12月末までの期間で、延べ1,060世帯から注文が届いたという。利用した住民からは、サービスの便利さを評価する好意的な反応が多く見られた。
「ドローンが配送した荷物を各家庭まで届けるラストワンマイルは、地域ボランティアなどの人の手で行います。1人暮らしをしている高齢者も多くいらっしゃるため、荷物を届ける際に、顔を合わせることで、健康状態の確認といった見守りにもつながります。行政として、市民の生活をより良いものにしていくことを第一に支援していきます」(堤氏)
今後は、ヘリコプターに頼っていた山小屋への物資輸送を無人VTOL機で行うといった新たな「物資輸送プラットフォーム構築プロジェクト」にも注力していく予定だという。